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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第八章 星の継承者

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星の継承者03

 シェフィルとアイシャが連れられた先は、住処である旧アナホリの巣からあまり離れていない位置にある平野だった。

 厳密には、平野だった場所、と言うべきだろうか。大きなクレーターが出来上がっており、周囲よりも一段低い地形となっている。クレーターの半径はざっと百五十メートルほど。隕石でも落ちてきたかのような状態だが……何が落ちたのか、シェフィル達は知っている。

 全長二百五十メートルにもなる、巨大な宇宙船だ。

 アイシャ曰く戦闘艦であるそれは、クレーターの中央に高々とそびえていた。星の吸収能力を受けてエネルギー切れに陥り、ろくな抵抗も出来ずに墜落したであろうそれは、楕円形の胴体から伸びていた三本の『角』がどれも折れている。しかし本体の方は案外壊れていない。表面は一部剥がれるなど損壊していたが、宇宙空間で見たものと『同じ』だと判別出来る程度には形を保っている。シェフィルやアイシャの乗ってきた船がかなり壊れていた事を鑑みると、戦闘艦というのはとても頑丈なものらしい。

 その戦闘艦の傍には、二種の生き物の姿がある。

 一つは母の一族。体長十メートル、頭に大きな傘を持った存在がざっと二十体はいた。半分ぐらいは落ちてきた宇宙船を取り囲み、触手で触れるなどして調べている様子。暗号通信を使っているのか『声』は一切聞こえてこないものの、仲間同士で顔を合わせる姿は、相談しているように見えた。

 そしてもう一つの生物が、宇宙船の乗組員と思しき存在――――人間である。


「おー。たくさんいますねー」


 クレーターの縁から見下ろしていたシェフィルは、人間達の姿を見て暢気に独りごちる。

 人間の数は、ざっと五十人ほどだろうか。いずれも身体を銀色の布で包み込み、頭は光沢のある物質で覆った、珍妙な服を着ている。確か、『宇宙服』と呼ばれるものだったか。頭を包む物質は不透明で中が見えず、人間達がどんな顔をしているか分からない。

 人間達の傍には母の一族が十体ほどいて、様子をじっと観察している。母曰く話し合いをするつもりらしいので、危害を加える事はしないだろう。しかし人間達は母の一族が余程恐ろしいのか。誰もが身を寄せ合い、顔が見えずとも分かるぐらい不安と恐怖を露わにしていた。

 そんな人間達の手には、かつて見た事のある『武器』が握られている。

 確か、中性子ビーム銃だったか。大爆発を引き起こす物騒な武器だが、母によればこの星の生物には通じないもの。果たしてあの人間達がそれを使うかどうか分からない(既に使った後という可能性もある)が、使われたところで大した問題にはならないだろう。故に母の一族達は、銃口を向けられても意に介していないのかも知れない。

 遠目から分かるのはこのぐらいか。シェフィルの傍にはアイシャもいて、同じ光景を見ているが、特段不安がっている様子もない。ただ、顰め面にはなっていたが。


「アイシャ、どうかしましたか? 何か違和感でも?」


「ん? 違和感というか……前にも言ったけど、あれは人類文明が持つ戦闘艦の一つ。私が乗っていた個人用の船と違って細かな制御や役割があるから、動かすのに必要な乗員はかなり多いわ」


「ふむ。だからあんなにたくさんの人間が乗っていたのですか」


「逆よ。あんなんじゃ全然足りない。あの規模の軍艦なら、乗組員は最低でも百人ぐらいの筈。そりゃ、私は軍人じゃないから確かな事は言えないけど、でも半分は少な過ぎると思うわ」


 どうやらアイシャの知識よりも、船に乗っている人間の数が少ないらしい。

 宇宙船を動かすには(特に戦闘艦は)たくさんの人員が必要との事。それが足りていなければ、宇宙船は動かないか、動かせても苦労が大きいのはシェフィルにも想像が付く。

 そんな状態で、わざわざ惑星シェフィルにやってきたのか? はたまたアイシャの知識に誤りがあるのか。疑問の答えは、シェフィルにはなんとなく想像出来た。そして答えもすぐに教えてもらえる。


【あそこにいる人間は生存者です。乗組員のうち五十八体は死亡していました】


 自分達を此処に連れてきた母が、人間達に何が起きたか教えてくれたからだ。

 アイシャは一瞬目を閉じる。

 何かを深く考えているようにも見える仕草の後、アイシャは首を横に振る。目を開けた時、彼女の表情は凛々しいものとなっていた。アイシャなりに『覚悟』を決めたようだ。


「……そう。死んだ理由は?」


【墜落に伴う物理的衝撃、つまり打撲によるものが十六体。他四十二体はその際に服が損傷し、窒息または低体温症により死亡しています】


「生存者は何人?」


【五十一体です】


 アイシャの問いに母は淡々と答えていく。

 乗組員の半分以上が死んだらしい。生存率五割という数字に、シェフィルは特段思う事もない。星の外から落ちたのだから相当数死ぬのが普通だろう。むしろ九割ぐらい死ぬものと思っていたので、普通の人間達も意外しぶといものだと感心した。

 何よりシェフィルは、別に人間が死んでもどうとも思わない。アイシャは愛しているが、だからといって《《人間を愛している訳ではない》》のだ。

 とはいえアイシャは違うようで、少し表情が暗くなったように見えた。それでも冷静さを保っているのは、彼女なりにこの星に慣れた証なのかも知れない。


「一応言っとくけど、死体を食べちゃ駄目よ」


【おや、駄目ですか。資源及びエネルギー源として欲しかったのですが】


「駄目ったら駄目! 人間はねぇ、そういう行為をすごく嫌うのよ! 死んだ人がいたらお葬式とか、埋葬とか、そういう事しないといけないの!」


【まいそう? ……ああ、死骸の処理ですか。我々が摂取しても処理は出来ると思うのですが、何故人間の手でやる必要があるのですか?】


「そーいうのが分からないうちは手を出すなって話よ! ほら、対話するんでしょ! さっさと行くわよ!」


 母に警告しつつ、アイシャは一人駆け出してクレーター内に足を踏み入れる。母はあまり納得していない様子だが、アドバイザーを頼んだ以上言う事は聞くつもりらしい。拒否せずアイシャの後を追う。

 シェフィルもアイシャのすぐ後ろを追い、クレーター内に踏み込む。

 天敵となるような生物がいなければ、こんな窪地を数百メートル移動するなど訳ない。どんどん近付くと、シェフィル達の存在に気付いたのか、人間達は驚いたように身体を仰け反らせた。


「ん、んんっ……あーあー、こっちの声が聞こえますか? どうぞー」


 ある程度近付いたところで、アイシャは人間に話し掛ける。

 電磁波の声を浴び、人間達は顔が見えなくても分かるぐらい露骨に戸惑いを露わにした。次いで、互いの顔を見合う。激しく電磁波が飛び交い、話の内容はシェフィルには難しくてよく分からなかったが、色々と相談しているようだ。


「(なんか、随分と低い声ですね?)」


 シェフィルが一つ疑問に思ったのは、その声の低さ。自分やアイシャよりも、数段低い周波数帯で話している。

 個体差と呼ぶには些か低過ぎる声にも思えるが、電磁波で飛び交う他の声も低いものが多い。自分達ぐらい高い声もちらほらあるが、大部分の声が低周波だった。

 それと体格も、アイシャより肩幅の大きなものが多い。勿論全身を覆う宇宙服の所為で正確な輪郭は測れないが、出会ったばかりの頃、宇宙服を着込んでいた時のアイシャと比べても一回りぐらい大きいだろう。

 アイシャが偶々珍しい体型の人間だったのだろうか? その可能性は、否定出来ない。個体差がある生き物なら、どの個体にも何かしらの、平均から逸脱した『特徴』があるものだ。気にするほどの事でもあるまい。

 そんな観察と考察が出来るぐらいの時間、人間達はシェフィル達にこれといった返事をしてこなかったが……やがて人間の一人が話し掛けてきた。


「そ、そちらはなんだ。型式番号、もしくは製品名を答えろ」


 それは、随分前に聞いた内容だった。


「ほへー。人間ってみんな同じ事聞いてくるんですね」


「あー……まぁ、うん。懐かし過ぎて恥ずかしくなってきたわ」


 アイシャも同じ感想を抱いたようで、ぼやきながら俯き、顔を横に振りつつ人間に歩み寄る。

 気持ちを切り替えるための仕草でもあったのだろう。人間達から数メートルほど離れた位置で立ち止まった時、アイシャの顔から羞恥は消えていた。代わりに浮かぶのはとびきりの、シェフィル的にはこの星で最高に可愛らしい微笑み。ただし何時もと違って、ちょっと演技臭い。


「えっと、まずは、初めまして。アイシャと言います。その、信じられないかも知れませんが、私達はアンドロイドではなく生き物でして」


「何? ……いや、こんな空気のない星に生き物がいられる訳がない。仮に異星生命体だとしても、人間の言葉を話すのは不自然だ。人間のフリをする違法アンドロイドか。だとすれば……」


「此処がなんらかの違法採掘基地の可能性があります。テロリストの占有地という事も考慮すべきかと」


「いや、ここからだと第三植民惑星が近い。連邦政府からの独立を企てているという噂もあるが、もしかすると……」


「アイシャ〜。なんか一瞬でこちらの話を聞かなくなりましたが」


 アイシャが話し掛けたところ、人間達の興味は一瞬で失われたようだ。アイシャは眉間をぴくぴくと動かし、次いで大きなため息を吐く。

 そのため息は、こちらの話をろくに聞かない人間への呆れか。


「……全部私の時と同じね」


 はたまたかつての自分に対するものか。

 なんにせよ、此度の状況は以前見たものと同じ。アイシャもこの星に来たばかりの頃、シェフィルの事をアンドロイドと誤認し、話を聞かなくなった。

 人間は空気中では生きられない。だから此処にいるシェフィル達は人間ではない。実に簡単な理屈だ。こちらの話を一切聞かなくなるのはどうかと思うが、理屈自体はシェフィルも理解している。

 だからどうすれば良いかも分かる。要は『あんどろいど』ではないという証拠を示せば良い。そのやり方も、アイシャとの交流によって既に分かっている。

 己の身体に流れる、真っ赤な血を見せるだけだ。


「仕方ないですねー。じゃあ、これをやりますか」


 シェフィルは爪を立て、自分の腕を引き裂こうとする。深々と抉るつもりはなく、すぐ治る程度に抑えるつもりだ。

 ところがその手をアイシャが掴む。必要ないと言わんばかりに。


「待って。私がやるわ」


「え? いや、アイシャがわざわざやる必要は……」


「話をする私が生き物だって示さないと駄目よ。こういうのは信頼が大事だから」


「むぅ。そこまで言うのでしたら」


 アイシャの真摯な言葉を受け、シェフィルは手を下ろす。正直、いくら治るといってもアイシャの肌に傷を付けたくはないが……アイシャの決意を無下にもしたくない。

 シェフィルを止めたアイシャは、一人で人間達の下へと向かう。

 人間達は近付くアイシャを見ても、これといって反応を示さない。アイシャの事を『あんどろいど』と思っているのだろう。


「て、てやっ」


 そうではないと証明するため、アイシャは人間達の前で自分の腕に爪を立てた。

 ……シェフィルほど鋭くない爪で、覚悟もなかったようで、然程深い傷は付かなかったが。それでも一筋の切り傷は出来、底から血が流れ落ちる。

 人間達はアイシャを見ていなかったため、彼女の行動にすぐには気付かず。しかし一人がちらりと ― 顔は見えないが動きで ― 視線を向け、ギョッとしたように身体を仰け反らせた。続いて周りの人間達の肩を叩き、「あれを見ろ」と通信で叫びながらアイシャの方を指差す。

 アイシャの『証明』は、ようやく人間達の下に届いた。


「なっ……ち、血が……!?」


「馬鹿な、アンドロイドの循環液は青だぞ! あれを赤く着色するのは不可能だ!」


「そ、それに、傷跡が治っていく……こんなに早く……ナノマシンでもこうは……」


 血を流すアイシャの姿に、人間達はあれこれと言葉を交わす。人間達がどんな会話をしているのか、ことばが難しくてシェフィルには理解出来ないが……アイシャには分かるのだろう。

 人間達が一通りの驚きを言葉にしたところで、アイシャはすかさず話を続ける。


「私達はアンドロイドではありません。この星で生きている、生物です」


「し、しかし、人間の言葉を話しているではないか。アンドロイドでないのなら、君は一体……」


「……………私達は、元々人間です。訳あってこの星に事故で遭難し、此処で暮らしています。なので人間の言葉を知っているんです」


 アイシャの説明を受け、人間達はざわつく。

 またしても、しばし人間達の話し合いが始まる。「人間だと」「そんな馬鹿な」「しかし現に人間の姿で」……アイシャや自分達の存在に疑問を持ちながら、アイシャの言葉を否定し切れないようだ。

 こちらに友好的かどうかは兎も角、人間達が再びアイシャに関心を抱いたのは間違いない。これなら『対話』出来そうな雰囲気だとシェフィルは思う。

 母も同じように感じたのだろう。


【アイシャ。そろそろこの人間達との対話は出来そうですか?】


「え? あ、うん。そうね、多分こっちの話を聞いてくれると思うわ……聞いてくれます、よね?」


「あ、ああ。こちらとしても聞きたい事がある。話し合いが出来るなら、是非ともそうしたい」


 アイシャが尋ねると、人間達の一人が肯定的な回答をする。

 答えたのは五十人以上いる人間のうちの一人だけだが、他の者から異論は出ない。反対はない、という事なのだろう。

 その返事を聞いて、母は少しアイシャに近付く。次いでひっそりと話された母の言葉は、アイシャの傍に立つシェフィルにも聞こえた。


【ではアイシャ。まずはこの人間達が何故シェフィルに訪れたのかを確認してください。出来れば裏取りも含めて】


 相手の目的を探れ。

 母に指示された通り、アイシャはこの問いを人間達に投げ掛けた。

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