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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第七章 穏やかな日々

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穏やかな日々07

「……全然捕まらないわねー」


「捕まりませんねぇ」


 自宅であるトゲドゲボー製の『巣』の前で、またアイシャとシェフィルは山盛りの小型種を摘んで食べていた。

 アイシャのために! と意気込んで狩りに出掛けたシェフィルだったが……そんな事で獲物が捕まえられるなら最初から苦労していない。こう言ってはなんだが、こちらが「愛のために!」に対し、獲物達は(そこで『感情的』に考えるような思考回路は持ち合わせていないが)「何がなんでも死ぬもんか」という気持ちである。愛は大事なものだとはシェフィルも思うが、獲物達の想いがこれに負けると考えるほど驕ってもいない。

 今回の狩りでも大きな成果は得られず、小型種で消耗したエネルギーを補給する事にした。

 お腹を満たすだけなら小型種を集めて食べれば良いので、今のところ飢えてはいないが……余裕ある生活には程遠い。アイシャの不安を解消したいのに、これではむしろ一層不安がらせてしまったかも知れない。

 なんとしても、安定して大きな獲物を狩りたいところだ。


「(しかし夏の狩りなんて、大体こんなもんなんですよね。今更劇的に成功率を上げるのは無理がありますし)」


 シェフィルは十五年間、この星で暮らしてきた。狩りは数え切れないほど行い、やる度に問題点を改善。今の環境に最適化していった。

 改善点がないとは言わないが、劇的に効率化出来るような問題もないだろう。よってアイシャを安心させられるような、どんどん獲物を捕まえる事は不可能と言わざるを得ない。

 もどかしい、と感じた。

 言葉では知っていた感覚。しかし『合理的』な思考では決して抱かない気持ちになり、シェフィルは感動にも似た想いを抱く。アイシャは自分の知らないものをたくさん明らかにしてくれる。愛一つでこんなにも世界が色付くとは、思いもよらなかった。

 等と愛に改めて感謝したところで、状況は何も改善せず。そしてこのままだと……


「(食料調達に時間を取られて、全然アイシャと愛し合えません!)」


 母が聞いたら本気で呆れそうな、生存上は全くどうでも良い問題。

 しかし愛に溺れたシェフィルにとって、これは一大事だ。いや、愛し合わなければ子供も出来ないので(まだ妊娠していなければ)それはそれでアイシャの不安も解決するのだが……本能的にはやはり次世代は欲しい。

 それに夏はなんやかんや食べ物が豊富なので、妊娠や子育てなど、エネルギー消費が多い活動をするには最適の時期だ。今のうちに妊娠した方が子育ての成功率は高いだろう。

 どうにかして効率的に獲物を確保し、『繁殖』したい。愛情だけでなく、本能的にもシェフィルは思う。


「シェフィル、どうする? また獲物を探しに行く?」


 では、アイシャが訊いてきたように改めて大物狩りに出向くべきか? 試行回数を増やす事で、得られる肉量を増やすのは合理的か。

 ――――理性の衝動は肯定的に受け取るが、本能が待ったを掛けた。


「いえ、一旦休もうと思います。狩りと小型種集めで、かなり疲労が溜まっていますから」


「んー。そう、なのかしら?」


「感覚で判断しようとしてもハッキリとは分かりませんよ。僅かでも組織が傷付けば、すぐにエネルギーと資源を集めて再生しますから」


 惑星シェフィルの生物は肉体の再生力に優れている。比較的再生力が弱いシェフィルでさえも、栄養状態が良ければ腕ぐらいは簡単に生えてくるほどだ。記憶の損失などはあるが、神経が引っこ抜かれても問題なく『再生』する種も少なくない。

 当然筋繊維なども再生は容易い。筋肉というのは存外破断しやすく、シェフィル(勿論アイシャも)も何時間も歩けばたくさんの筋繊維が切れてしまう。だが切れた繊維は即座に再生し、運動能力は一切衰えない。機能的に問題はないので歩行能力も変わらず維持されるため、一見シェフィル達は疲れなく歩き続けられるように見えるだろう。

 しかし実際には、とある部分で疲労が蓄積している。

 それは『細胞』だ。腕の欠損や筋繊維の破断が起きると、シェフィル達の細胞は通常よりも活発に分裂を行う。単に資源やエネルギーが供給されるだけでなく、細胞自体の活性を強化して、通常の数十〜数百倍の速さで分裂・増殖を行う。

 「死んでも再生する」ほどの生命力を発揮出来るのも、この性質があるからこそ。しかし通常状態を上回る分裂は負担が大きいという欠点もある。細胞自体が摩耗し、様々な機能が低下していく。そして瞬間的に大きなダメージが入るより、継続的に傷を負い続ける方がより細胞への負荷は大きい。

 つまり戦闘で頭が飛ぶよりも、獲物探しなどで延々と歩き回る方がシェフィル達にとっては『消耗』が大きいのだ。ちなみにウゾウゾのように筋繊維がなく、液状体組織の持ち主の場合、破断される繊維がないので持久力だけならシェフィル達高等生物の比ではなく優れている。

 この事を失念して動き回ると、限界を超えたところで細胞機能が突然急低下してしまう。それで死ぬ事は稀だが、身体能力は普段の数分の一以下まで低下するだろう。このタイミングで敵に襲われたら抵抗すら儘ならない。

 ここまで疲労が蓄積する事は稀で、その前に休むのが普通だ。されどいざ休もうとしたタイミングで敵に襲われた、という事が起きないとも限らない。休める時に休んでおくのが重要だ。


「という訳でもう寝ましょう。体力温存のため愛し合うのは抜きですからね?」


「そんな四六時中発情なんてしてないっつーの」


 ただ寝るだけだと念を押してみると、アイシャは呆れたように笑う。

 ……ちょっと残念そうに見えたのは気の所為か?

 本当にそうなのか、自分の止め処ない愛欲が現実を都合良く解釈したのか。少なくとも自分は残念に感じているなと、四六時中発情しているシェフィルは思う。どちらにしても今は休むべき時なので、過った考えは頭の隅に寄せておく。

 欲望を抑え込んだら、シェフィルはアイシャと共に家の中へと入る。トゲトゲボーで作った家はとても狭い。シェフィルとアイシャは向き合い、抱き合った体勢に自然となった。寝るだけでもこうしてイチャイチャしたいのだと、語り合わずとも気持ちが一致している。

 ならば先程の、残念に思う気持ちは当たっているに違いない。なんだか滑稽に思えてシェフィルが笑えば、アイシャも笑った。

 そのままキスをしたら、きっとまた求めてしまう。今は我慢と心の中で言い聞かせ、シェフィルは服の上からアイシャの胸元に顔を埋める。アイシャもシェフィルの頭を包み込むように、優しく抱き締める。

 互いに落ち着く形となったところで、シェフィルは目を閉じて眠りに入り――――

 瞬間、強烈な気配を感じた。


「っ!?」


 シェフィルの意識が覚醒する。次いで抱き締めるアイシャの腕を乱暴に退かし、身体を起こした。

 そのまま、周りの気配を探る。

 シェフィルが起き上がった時は不思議そうな顔をしていたアイシャだが、シェフィルがずっと真剣な面持ちをしていたからか。段々不安そうな表情に変わっていく。

 本来なら、シェフィルはここでアイシャに一言伝えたい。危険ならば警告し、安全ならば不安を取り除くために。

 だがシェフィルにもこの気配が『何』か、まだ判断が付かない状態だ。

 どうもなんらかの個体が近付いているとかではなく、『地域』全体がざわめいている気がする。何千何万もの生命が蠢く、漫然としながらも強大な動きを全方位から感じた。

 そして懐かしさも覚える。

 呼び起こされる遥か昔の記憶。何時感じたものだったか、何が起きたか。ちゃんと思い出すには情報が足りない。これ以上の事を知るには、積極的に情報を集める必要があるだろう。

 一つ言えるのは、危険なものではなかったような気がする。


「……アイシャ。少し外に出たいと思います」


「え? に、逃げるって事……?」


「いいえ、違います」


 きっぱりと否定したシェフィルの顔に浮かぶのは、捕食者らしい獰猛な笑み。

 自分がそんな笑みを浮かべている事に、シェフィルは後から気付く。理性ではろくに思い出せていないが、身体の方は何かを理解したらしい。

 これは、少なくとも悪い事の前触れではなさそうだ。


「何かが起きている気がします。ただ、その何かが分からないので情報を集めたいのです。アイシャは此処で待っていてください」


 事情を説明し、シェフィルは家から出ようとする。本当に危険はないと思うのだが、根拠はシェフィルの感覚でしかない。安全が確認出来るまで、アイシャには留守番してもらおうと考える。

 するとアイシャはすぐに答えず、ごくんと息を呑む。目を泳がせ、顔を力強く横に振り、しばし沈黙。再びシェフィルと向き合った時、アイシャはキリッと引き締めた表情になっていた。


「ううん、私も行くわ! 私達、つがいなんだから!」


 返ってきたのは気丈な答え。

 怖さを抑え込んででも、自分と共に行きたいと思ってくれている。想われるシェフィルとしては今すぐキスをしたいぐらい愛おしく、共に生きようとするこの心意気を無下にはしたくない。

 幸い、危険はないと『予想』している。置いていくのはあくまで念のためなので、アイシャが強く望むのなら拒むつもりもない。


「……分かりました! 危険はないと思いますが、警戒は怠らないでください! 武器も忘れずに!」


 シェフィルは自らの手をアイシャの方へと差し出す。アイシャはその手を躊躇わずに掴んだ。

 しっかりと手を繋いだ事を確かめるように、シェフィルは強く握り返す。丁度同じタイミングでアイシャも握り返す。ぴったり同じ事をしたものだから、想定よりも強く握ったように感じて驚いて、思わず目を丸くして……それさえも同時だから、二人同時に吹き出す。

 アイシャの中から恐怖は消えたようで、その目付きは力強く前向きだ。これなら万一何かがあっても大丈夫。アイシャが弓矢を持ったのを確認してから、シェフィルはアイシャの手を引いて家の外へと歩み出し――――

 直後、またしてもシェフィルの背筋に何かが駆け抜けた。

 ただし今度はハッキリ『悪寒』だと分かるものが。そして嫌な予感は、シェフィル達の下に迫ってきていると感じる。間違いなく、猛烈な速さで。


「っ!?」


「きゃあっ!?」


 シェフィルは反射的に手を引き、アイシャと共にその場から跳び退く。

 次の瞬間、シェフィル達がいた場所を何かが通る。

 それは体長一・三メートル程度の、ごわごわとした白い毛に覆われた獣――――ガルルだった。

 初めてアイシャと出会った時に襲ってきた、あの猛獣の同種族。二本足で直立する姿勢、槍のように鋭い三本の爪、捻れた手足、左右に開く獣染みた口とそこに並ぶ鋭い牙……相変わらず一目で捕食者と分かる獰猛な出で立ちは、冬間近だったあの頃よりも更に屈強そうだ。

 身体付きから判断するに、以前戦った個体より数段上の実力があるだろう。夏の厳しい生存競争を生き抜き、ここまで大きくなった個体なのだからさもありなん。今回はアイシャも戦力になるので二対一となり数的有利は取れているが、決して油断出来ない相手である。アイシャも直感的にガルルの実力を察したのか、身体を強張らせながら少しずつ後退りしていた。

 ところが当のガルルは、あまり敵意を向けてこない。

 シェフィル達を警戒していない訳ではない。だが、どうにも襲い掛かろうとする意欲が全く感じられない。しかもじりじりと、アイシャと同じように後退りまでしていた。

 そうしてある程度距離を取ったら、ガルルは踵を返してトゲトゲボーの中へと突入。シェフィル達の前なら退散する。

 シェフィル達は二人いたので、確かにそのまま戦っても勝ち目の薄い相手である。だから逃げ出すという判断自体は納得だ。しかし今の逃げ方は、勝率を計算した上での合理的判断というよりも……


「(興味がない?)」


 ガルルは決して馬鹿ではない。数学的思考で全てを演算し、合理的に判断する事が出来る。だから勝ち目がないと分かれば逃げ出す。

 だが、ガルルの獰猛さは指折りだ。冬前とはいえ、体格で上回るシェフィルに躊躇なく襲い掛かるぐらいには攻撃性が強い。そのガルルが、高々二対一というだけでああもあっさり諦めるものだろうか?

 何か他に理由があるのではないか。しかしその理由に心当たりがない。捕食者が眼前の獲物を見逃す時など、他にもっと魅力的な獲物がいる時ぐらいか。だがそんな獲物は今何処にも――――


「あ、ああああああああっ!?」


「ふぇ!? え、何? どうしたの?」


 等と考えた刹那、シェフィルは叫んだ。驚いたアイシャが怯えを見せるも、謝罪しようという意識すらシェフィルには湧かない。

 思い出した。ついさっき感じた『懐かしさ』が、脳の奥底に仕舞われていた記憶に結び付く事で。当時見聞きした情報が、今目の前で起きたかのように蘇る。

 あの生き物だ。

 過去に一度だけ出会った、とても希少な種。危険はなく、むしろ恵みをもたらしてくれるこの星で最良の獲物。

 そしてこの星で唯一、()()()()()()()()()()()


「アイシャ! 私達も急いで向かいましょう!」


「えっ、な、なん」


「家畜に出来そうな生き物! あれが発生している筈です! 今、このタイミングで!」


 説明を求めようとするアイシャの言葉を遮り、シェフィルは自分が感じた気配の正体を語る。

 アイシャは目を見開く。そんなまさか、と言いたげな表情。しかしアイシャは知っている筈だ。シェフィルが、こんなしょうもない嘘を吐く性格ではないと。

 アイシャは口を噤むと、こくんと頷く。納得してくれた事で、懸念の一つは拭えた。しかしこれでは足りない。申し訳ないが、アイシャにはもっと急いでもらわねばならない。


「ですから急ぎましょう! 他の奴等に食い尽くされる前に!」


 猶予はもう、残り少ないかも知れないのだから……

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