恋する乙女達09
「んふ、んふへへへへ……」
自分のすぐ隣で、シェフィルが幸せそうに笑っている。両頬を手で押さえながら、踊るように顔を振る様は正しく恋に夢中な女の子。可愛らしく、そして幸せに満ち満ちた姿だ。
好きな人が幸せになっている。その様子を目にすれば、大半の人が自分の事のように幸せを感じるだろう。アイシャもシェフィルの笑顔が見られた事自体は嬉しくて、幸せな気持ちになっている。
ただ、気持ちと身体の状態は必ずしも一致する訳ではない。特に疲労感とは。
「はぁぁ……ふひぃ……」
色々あって疲れたアイシャは、毛皮の服も着ず仰向けに寝ていた。身動ぎすると大地を埋め尽くすトゲトゲボーに接触して痛いので、出来るだけ動かないようぼんやりと天を見つめる。
脱ぎ捨てた服は傍で丸まっているが、そちらに手を伸ばすのも億劫なぐらい疲労している。惑星外から降り注ぐ星明りがやたらキラキラ見えるのは幸福感によって世界が彩を増したからか、それとも太陽が黄色く見えるのと同じ理由か。
対してシェフィルの方はまだまだ元気な様子。初めての『経験』故か今回は既に満足しているようだが、何回かして慣れてきた頃、更に求めてきたら大変な事になりそうだと、今からアイシャは不安になってくる。
……不安にはなっても嫌だとは思わない、むしろちょっとときめく辺り、アイシャも人の事は言えないだろう。
むしろ今回のような、シェフィルに『攻め』られるのはかなり良かったとすら思う。確かに攻めるよりは攻められたいタイプだという自覚はあったが(俺様騎士に弄ばれる系の漫画など大好物だったので)、一層激しい『愛』を楽しみにしている自分の恋愛脳には少し呆れた。或いはこれも本能の仕業なのか。半端に異星生物の遺伝子が身体にあるものだから、この気持ちが自分の心なのか、繁殖優先の本能なのか判別出来ない。別に、理由がなんであろうとこの気持ちに変わりはなく、否定する気も更々ないが。
「アイシャ、大丈夫ですか? 何やら疲れている様子ですが、無理はしちゃ駄目ですよ!」
自分の淫らな感情に赤面していると、シェフィルから気遣いの言葉を掛けられた。好きな人に優しくされて嬉しくない筈もなく、アイシャは自然と笑みを浮かべながら頷く。
ただ、何故優しくされるのかが分からない。別段怪我もなければ、体調も悪くしていないのだ。強いて言うなら途轍もなく疲れたぐらいで、それだってこんな心配させるほどではない。というより疲労の原因はシェフィルな訳で。
「えっと、無理はしてないけど……なんでそんなに心配してるの?」
疑問はほぼ無意識に、アイシャの口から零れ落ちる。
「だって私とアイシャの子供が出来たのですから、身体を大事にしませんと!」
するとシェフィルはすぐに答えてくれた。一片の疑いもなく目を輝かせながら、心から喜びの感情が溢れ出ていると分かる満面の笑みを浮かべて。
……どうやらシェフィルは、『繁殖行為』をしたからもうアイシャと自分の間に子供が出来ている認識らしい。
自分のお腹に子供がいるという可能性について、アイシャとしては否定しない。以前母から聞いていたが、この星の生物は基本的に雌雄同体で、交尾する時に凸型器官を生やす事が可能だ。シェフィルとアイシャもそれは変わらず、尚且つアイシャは受け入れた側。妊娠するとしたら自分の方だという確信がアイシャにはある。
そして一回しただけでも妊娠の可能性があるというのは、学生時代の保健体育で散々習ってきた。避妊なんてしていないのだから、どう楽観的に考えても可能性はゼロではない。
しかし確実に出来ているかと言われれば、恐らく違う。
確率だけで見れば人間の『繁殖成功率』はそこまで高くない。ある研究によれば排卵日などタイミングを合わせた上で性交渉をしても、最も確率が高い二十代前半で妊娠確率は三十パーセント程度だと言われている。将来を左右する時には賭けたくない数字だが、欲しい時には心許ない値だ。
今のアイシャはこの星の生物の遺伝子を取り込んでいるので、成功率が九割ぐらいになっていてもおかしくはないが……生憎人間は自分が妊娠したかどうか、今が妊娠出来るタイミングかどうか分からない生物だ。アイシャに妊娠した自覚がない以上、確実な事は何も言えない。
変に期待させて、実は出来ていませんでしたとなったら、シェフィルはがっかりするのではないか。そうなるぐらいなら、今のうちに正しい知識を伝えるべきだろう。
「えっと……シェフィル。人間は交尾をしても、そう簡単には子供が出来ない生き物なのよ。だから私のお腹に赤ちゃんがいるとは限らないわ。いないとも限らないけど」
「……あ、そうなのですかー。そう上手くはいきませんねー」
正直に伝えてみると、シェフィルは明るい口調で反応しつつ露骨にガッカリしていた。しょんぼり、という効果音が聞こえてきそうなぐらいの、見事な俯き方をしている。
赤ちゃん出来ないだけでここまで落ち込む? とも思ったが、この星の生物は自分の遺伝子を増やすのが史上目的らしい。繁殖行為をしたけど失敗した、という状況に対するストレスは、アイシャが思うよりもずっと強いのかも知れない。
勘違いさせたままよりはマシだと思っての行動だったが、ここまで落ち込まれるのは想定外。もう一度励まそうかとも考えたが中々妙案は浮かばない。
いっそ「出来るまでやっちゃう?」と誘惑するか……等と本能的衝動剥き出しの考えが浮かんだが、実行に移す前にふと閃く。
話を逸らすのはどうだろうか。
幸い聞きたい事が一つある。大事な話なので、うっかり聞き忘れてしまう前に確認した方が良いだろう。
「ね、ねぇ。そういえば、あの生き物について教えてくれない? 私達を襲った、化け物みたいなやつ」
アイシャは少々強引ながら、怪物について尋ねてみる事にした。
落ち込んでいたシェフィルは顔を上げ、しばし沈黙。その間に意識を切り替えたのか、話し始めたシェフィルの声色は何時もの調子に近いものだった。
「あれは、プリキュと言います」
「プリキュ?」
おどろおどろしい見た目に対し、なんと可愛らしい名前なのか。シェフィルのネーミングセンスが独特なのは前から分かっていたが、あの怪物の名前は特に珍妙である。
この名前だと、まるで何百年も歴史があるあの女児向けアニメみたいね。二人はなんたら〜みたいな……自分が幼少期に見ていた番組の事を思い返し、アイシャは少し笑みを零す。
無論、あの怪物にアニメの敵のような優しさや甘さはないだろうが。
「奴等は執念深い性格です。一度見付けた獲物は執拗に、何時までも追い続けます。今は振り切っていますが、奴等は今もこっちを探しているでしょう。正直……あんな隙を晒しておいて言うのもなんですが、何時またやってきてもおかしくありません」
あんな隙とはつい先程までやっていた『繁殖行為』の事だろうか。思い出してしまったアイシャは顔を真っ赤にしつつ、シェフィルの話の続きに耳を傾け、自分の考えを伝える。
「つまり、アイツらは今も私達を探しているって事?」
「ええ、間違いなく探しています。それが奴等の作戦です」
シェフィル曰く、プリキュは大型の獲物を好んで狙うが、一回で仕留めようとはしないという。ある程度ダメージを与えて、けれども仕留めきるのが難しいと判断すればすぐに退く。相手が遠く離れても、一旦は追うのを止めるらしい。
しかし血や体臭などの臭いを辿り、何処までも追ってくる。
そしてじっと観察する。相手がもう来ないと思ったタイミングで現れ、また攻撃を仕掛ける。当然狙われた生き物はまた逃げ出すが、プリキュ達はやはり深追いしない。上手く逃げられたらそのまま逃がす。だが決して追跡は止めず、延々と追い続ける。
絶え間ない攻撃。また現れると言う緊張感。
どちらも致死的ではないにしても、獲物に大きなストレスを与える行為だ。強いストレスを感じた生物はストレス反応と言われる、血圧の上昇や筋肉の緊張、食欲の抑制や呼吸の増加などの身体的変化を引き起こす。こうしたストレス反応は危機を切り抜けるために身体能力を上げるのが目的であり、過酷な自然界で生き抜くには欠かせない機能だが……あくまでも緊急時に使う非常手段。常時続く事は想定されていない。
終わりのないストレス反応は、段々と獲物の身体を蝕む。食欲の減衰からエネルギーの補給が滞り、過剰な運動で筋繊維はボロボロ。上昇した血圧によるダメージで体組織が硬化し、多量の情報処理を続けた脳は機能が低下していく。
対してプリキュは持久力に優れている。臨戦態勢を何百時間も続ける事が出来、神経系の緊張状態も同じぐらい長い間継続可能だ。更にエネルギー効率が良く、長期間の絶食にも強い。欠点として身体能力が低めなのだが、だからこそ無理はしない。何度撃退されようと、最後に相手が死ねばそれで良い。
長期戦に持ち込み、じわじわと相手を嬲り殺す。その戦法により生き延び、繁栄してきた生物なのだ。
「私達は奴等が普段襲っている獲物と比べれば、かなり小さい部類なのですけどね。若い個体で、狩りの練習がしたかったのか。それともお腹が空いていたのでなんでも良いから襲おうとしたのか。いずれにせよ、獲物と判断されたらには何処までも追ってきます」
「……ほんと、やってる時に襲われなくて良かったわね」
「私達二人とも興奮状態でしたから、それを警戒したのかも知れませんねー」
けらけらと笑いながら語るシェフィルに、アイシャも笑みを零す。捕食者が脅威を覚えたと思うと、一体自分達はどれだけ熱愛状態だったのやら。恐怖よりも呆れが上回った。
……しかし。
「そうなると、そろそろやってくるかも知れないわね。大分落ち着いてきたし」
「ですね。さぁて、これからどうしましょうかね」
プリキュがまたやって来るのであれば、対策を練らねばなるまい。自分達の命を守り、次世代に繋いでいくためにも。
起き上がったアイシャが服を着ながら考える中、シェフィルは指を二本立てた。二つ、作戦があると言いたいのだろう。
「プリキュへの対処法は二つあります。一つは、何処までも逃げる事。執念深いと言いましたが、絶対に諦めない訳ではありません。こちらの臭いが辿れなくなれば、流石に別の獲物を探します」
一つ目の作戦は逃げるというもの。
シェフィルが話していたように、プリキュ達はあくまで狩りとして自分達を追ってきている。食べるため、生きるための行動だ。生存上得にならない状態となれば、執念などあっさり捨て去るだろう。
追跡出来ない獲物を追うのは、果たして適応的か? 言うまでもなく、否である。追跡中は他の食事が出来ず、移動にもエネルギーを使うのだ。何処にいるか分からない獲物を追うぐらいなら、さっさと他の獲物を探した方が良い。
酷い目に遭わされたのにすごすごと逃げ出すのは、人間的には負けを認めるようで悔しくもあるが……そもそも逃げる事の何がいけないのか。野生の世界で重要なのは生き残る事。死ぬまでの間に子孫を残した者こそが勝者である。逃げずに戦った者ではない。だから逃げられるのであれば、アイシャとしてはその作戦を拒もうとは思わない。
しかし。
「成程。出来ればそうしたいわね……んで? 逃げられるの?」
「無理かと。奴等の鼻の良さは尋常ではありません。アカウゾを塗ってトゲトゲボーで傷が付かないようにしても、体臭だけで正確に追跡してきます。私達が無臭と思っても、奴等にとってはハッキリ見える道筋でしょう」
「そんな事だろうと思ったわ」
執念深く追跡するという生態なのだ。プリキュの身体には、そのために必要な機能がぎっしり詰まっているのは容易に想像出来た。
大体どうやって『逃げ切った』と判断すれば良いのか。トゲトゲボーの茂みが邪魔で相手の姿は見えず、今、何処からプリキュが見張っているか分かったものではない。執念深い相手が諦めた事を証明する事は出来ず、もう大丈夫だろう……と油断すれば寝首を掻かれる。
逃げた相手を執拗に攻撃する生物なのだから、逃走は相手の得意分野で『戦い』を挑むようなものなのだ。どうやっても追い付かれ、殺されるのは必然だろう。
アイシャがそう考えたのを見計らうように、シェフィルは指を一本だけ折る。残りの作戦は一つ。
「もう一つの作戦は、戦って倒す事です」
逃げるのが駄目なら、戦うしかない。
実に分かりやすい作戦だ。殺してしまえば、どれだけ執念深くとももう追跡は出来ない。アイシャとシェフィルは安心して眠る事が出来る。しかもプリキュの肉には毒がないので、倒した後は食べる事も可能。全ての問題が解決し、食糧まで手に入る最高の策と言えよう。
相手の強さを考えたら、無謀極まりないという点に目を瞑れば。
「……倒せる?」
「私一人では無理ですねー。さっきの戦い、見たでしょう? 押されっぱなしです」
念のため確認してみれば、シェフィルは笑いながら絶望的な答えを返す。分かりきっていた内容なので、アイシャもへらへらと笑ってしまう。
プリキュは単純に強い。そして人間であるシェフィルからすると相性も悪い。
明確な弱点があればやりようもあるのだろうが、シェフィルがそれを言い出さないからには知らないのだろう。アイシャも戦いを見て、弱点があるようには思えなかった。
絶対負けるとは言わないが、勝てると言えるほど互角の相手ではない。シェフィルに惚れた身であるアイシャすらそう思うぐらい、先の戦いはプリキュが優勢だった。
「母さまがいれば、追い払ってもらう事も出来たでしょうが……」
「それは無理ね。シェフィルのお母さん、なんか忙しいみたいだからしばらくは戻ってこないみたいよ」
「あ、そうなのですね。じゃあ私達でなんとかしないといけません」
頼りの母も、今は何処かに行ってしまった。呼べども待てども来ない可能性が高く、祈るよりは来ない事を前提に策を練った方が合理的だろう。
しかし逃げる事は得策ではなく、戦うのは自殺行為。この条件下で一体どうすれば良いのか。
アイシャは目を閉じ、しばし考える。されどどれだけ考えたところで、こうもどん詰まりでは第三の案など微塵も浮かばず。出てきた二つの案を改良する事だって出来やしない。ならば二つから選ぶしかなく。
「……戦いましょう」
アイシャが選んだのは、二番目の選択肢だった。
アイシャがその選択をした事に驚いたのか、シェフィルは目を大きく見開く。
「そちらの案を選ぶのですか。ちょっと意外ですね」
「だって逃げられそうにないなら戦うしかないじゃない。それに」
「それに?」
「シェフィル一人じゃ勝てなくても、私達二人が力を合わせれば簡単に倒せるでしょ。愛し合う二人が最強無敵なのは、人類普遍の摂理なんだから」
さも当然であるかのように、アイシャはシェフィルの疑問に答える。いや、答えたと言っていいのかも怪しい戯言だ。なんの科学的根拠のない妄言に過ぎない。
いくら人類文明の常識に疎いシェフィルであっても、ここまで論理性皆無な話を信じはしないだろう。ぽかんと口を開け、呆けた顔を見せた。何時もなら「どういう事です?」と追及してくる筈。
ところが今回は違う。
シェフィルはぷっと軽く吹き出し、そのまま笑いを堪えるように震える。けれども我慢が出来なかったようで、やがて大きな声で笑った。まるで自分の居場所を教えるかのような、大声量だった。
「はははははっ! あははは! ああ、成程。でしたら戦うべきですね。だって私達は無敵なんですから!」
「そうそう。勝てる試合はやらなきゃ損よ」
強気なアイシャの発言に、シェフィルは更に大笑い。脱ぎ捨てた服を着るという、簡単な行為すら覚束ない。
どうにかこうにか毛皮の服を着て、立ち上がったシェフィルはアイシャに向けて手を伸ばす。
アイシャはその手を掴み、シェフィルに引き上げてもらう。立ち上がってからも手は離さず、強く、握り締めた。シェフィルはそれに何も言わず、同じぐらい強く握り返す。
暖かな手の感触。さながら薪をくべたかのように、それがアイシャの心に勇気という名の炎を燃え上がらせる。なんの論理性もない、ただの気の所為であるのは分かっている。二人が結ばれたところで、肉体的には強くもなんともなっていない。むしろこの過信は、過酷で無慈悲な自然界を生きるにはマイナスに働くだろう。
それでも、アイシャは愛の力を信じたいと思った。愛を心に刻んでこそ、『ヒト』という動物は人間になるのだから。
さぁ、来い。愛で結ばれた私達の実力を獣達に見せてやる。
沸き立つ心を支えに、アイシャは堂々たる佇まいで胸を張った。力強く張ったつもりなのだが、その堂々たる姿は、自然界だと隙の扱いとなるらしい。トゲトゲボーの森が急に静まり返り、生き物達の活動が弱まっていく。
忘れもしない。初めて『奴』と出会った時に起きた現象だ。
アイシャが息を呑む。シェフィルが森の一点を睨む。対する『奴』は、たっぷり十分以上の時間何もせず、ただ存在だけを臭わせる。こちらが疲弊するのを、じっくり待っているのだろう。
生憎、最後まで油断する気は毛頭ない。シェフィルと一緒なら、気持ちだって緩まない。
アイシャが更に気迫を滾らせる。全方位に生える無数のトゲトゲボーによって、視界は完全に埋め尽くされた状態。今までなら何処から来るか分からず、強さでアイシャは震えていただろう。だけどシェフィルの手を握るだけで、その恐怖は何処かに飛んでいく。
やがて痺れをきたしたのか。トゲトゲボーの森の奥から強い気配が現れた。最早隠れるつもりもないのか、気配は少しずつアイシャ達の下へと近付く。
そしてついにトゲトゲボーを掻き分け、数メートル先、トゲトゲボー同士の間から姿を現したのは予想通り怪物・プリキュだった。
数は二体もいたが。
「……………んー?」
見間違いかしら? そう思ってアイシャは目を擦るが、プリキュは相変わらず二体のまま。
視覚的な異常で像がぶれて見えている、という淡い希望も、二体がそれぞれ異なる動きをしていては否定せざるを得ない。トゲトゲボーが邪魔で全体像が見えていないという可能性も、二体の距離が二メートルも開けば流石に考えられない。
偶々二体のプリキュが現れた、という考えも、プリキュ達に戸惑いがない事から否定される。戸惑わないどころか、互いに顔を合わせて額から生える獣耳染みた触角をピコピコ動かしている。まるで仲良く会話しているようだ。
なんで?
恐怖を通り越して疑問が頭を支配したものだから、アイシャは真横にいるこの星の専門家に意見を求める事とした。
「……ねぇ、シェフィル。なんでこいつら二体いるの?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ? プリキュは常につがいで行動する生物なんです。幼生は芋虫型で地中に隠れているのですが、つがいを得られた個体は成体となって地上に出てくるという生態をしています」
一瞬キョトンとしつつも、シェフィルは淀みなく答えてくれた。
成程、とアイシャは思った。思い返すとシェフィルはプリキュの事を「奴等」という複数形で話していた。それに自分がプリキュに襲われた際、振り切ったと思った直後、予想外の方角から襲われている。猛スピードで追ってきたと考えていたが、もう一体近くに潜んでいたとすれば簡単に説明が付く。
謎はスッキリ解けた。ただ、もう一つ聞きたい事がある。
「ちなみに、プリキュって名前の由来は何?」
「えーっと、私が乗っていた宇宙船に記録されていたデータにですね、ふたりはプリキュなんちゃらというものがあったそうで。常に二体で行動するアイツらにはプリキュが相応しいだろうと思い、そう名付けました」
そっかー、成程ねー……納得を言葉で示しつつ、アイシャは空を仰ぐ。空気を読んでくれたのか、奇怪な行動を警戒してか、攻撃してこなかったプリキュ達のお陰でたっぷり数秒遠くを眺める事が出来た。
そうしてからまた息を整えて、アイシャは言う。
「二対二って知ってたなら、流石に逃げる方選んでるわよ」
「……すみません。てへ」
謝りながら照れるシェフィルは可愛いなと、現実逃避気味な事を思うアイシャ。
残念ながら逃げる相手を追うのは、プリキュの得意技。
二体同時に駆け出し、襲い掛ってくる光景を目の当たりにし、アイシャの意識はすぐに現実へと引き戻された。




