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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第四章 侵略的祖先種

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侵略的祖先種10

「ムゥウウッキュゥウゥウゥーっ!」


 激しい闘争心に満ちた、マールの雄叫びが周囲に響き渡る。

 どれだけ強大な咆哮だったとしても、普通のシェフィルならば身が竦むような事はない。惑星シェフィルに響き渡る声というのは所詮ただの電磁波であり、身体を拘束するような力はないのだから。アイシャのように『繊細』なら怯えて動けなくなるだろうが、シェフィル含めたこの星の生き物は図太く合理的。強さを察して逃げる事はあっても、恐怖で動けなくなる事はない。

 しかしマールの大咆哮を受けたシェフィルの身体は、上手く動かせなくなった。

 尤も原因はシェフィルの感情ではなく物理的なもの――――雄叫び(電磁波)が有する桁違いの出力にある。強過ぎる電磁波によって身体中の原子が激しく振動。この振動に耐えられなかった酵素や体組織の分子が崩壊し、様々な生理機能が阻害されているのだ。筋肉を動かす神経伝達も妨害され、身体どころか思考すら上手く働かない。


「う、ぶぇぇ……」


 アイシャに至っては吐いている。自律神経が激しく乱され、消化器官の機能が制御出来なくなっているのだろう。

 吐くだけならまだマシで、心臓や脳の機能が止まったら致命傷となりかねない。ただ鳴き叫ぶだけで、こちらの生命活動を阻害する……どれほどの強さならばこんな真似が可能なのか、シェフィルには想像も付かない。

 そしてシェフィル達が必死に抵抗している間、マールはこれほどの『出力』を発していない。

 マールは今まで、全く本気を出していなかったという事だ。さもありなん。ここまで力の差があるのに、本気を出す訳がない。人間が足下の虫けらを殺すのに、闘争心を露わにする事がないのと同じである。

 しかしこうして力を放つようになったからには、最早手加減はしないという事。

 それほどまでに、マールはこの場に現れたシェフィルの母を警戒しているのだ。未だマールの姿は粉塵の奥にあるため見えないが、見方を変えれば、迂闊に動かず出方を窺っているのだろう。咆哮と共に放たれた電磁波が弱まったのは、力を温存しておくためか。


【はい、シェフィル。あなたの片腕を拾っておきました。今のうちにくっつけておきなさい】


「はーい」


 対して母は、緊張感のないおっとりとした声でシェフィルに語り掛ける。シェフィルの方も元気よく返事をして、母から渡された腕を受け取り、断面を合わせた。

 再生途中の断点は、切り落とされた腕の断面の一致しない。なのでごりごりと押し付け、力尽くで馴染ませる。

 なんとも雑な『治療』であるが、シェフィルの再生力ならこのやり方で問題はない。押し付けた断面の細胞同士が絡み合い、数秒もすれば押さえなくても落ちなくなる。更に十数秒もすれば傷も塞がり、これにて完治。「さらっととんでもない事を……」と、何時の間にか吐き気の収まったアイシャから呆れられた(驚かれた)


【それにしても、原種返りを相手にしてよく今まで生きていましたね】


「私としても驚いてます。まぁ、母さまが来なかったらその時死んでいたと思いますけど」


【初撃を躱し、二発目においては発射を防いでいます。あなたの身体能力を考慮すれば、十分過ぎる成果です。褒めてあげましょう】


 そう言って母は触手を一本伸ばし、シェフィルの頭を撫でる。

 頭を撫でてもらうのなんて、何時ぶりだろうか。

 もう子供ではない、という気持ちもあるが……母から褒めてもらえて嬉しくない訳もなく。シェフィルの口許は弛み、にへへーと笑いが漏れ出てしまう。


「……その言い方、もしかして私達の行動を見てたの?」


 撫で撫でが終わったのは、アイシャが疑問を言葉にしてから。

 母の触手が離れてしまい、シェフィルはその原因であるアイシャをジトっとした眼差しで見つめる。アイシャは少し居心地悪そうに目を逸らしたが、母の方は然程気にしていないようで、淡々と疑問に答えた。


【ええ。此処から一千五百キロほど離れた位置で観測していました。距離があったので、此処まで来るのに少し時間が掛かってしまいましたが】


「ああ、遠くから見て……って一千五百キロ!? え、そんな距離から見て、というかどうやって此処まで」


 母の答えに納得出来なかったようで、アイシャは問い詰めようとしてくる。しかし母がそれに言葉で答える事はしない。


「ムキュァァッ!」


 マールがいよいよ攻撃に転じたからだ。

 舞い上がっていた粉塵を吹き飛ばし、炸裂する閃光。それと共に、閃光を放つマールの姿も現れる。シェフィル相手に放ったものと違い、『溜め』を殆どせずに撃ち出された。恐らく威力よりも隙の小ささを優先したのだろう。

 放たれた閃光は真っ直ぐ、ほぼ光速で飛ぶ。シェフィルとアイシャには視認すら出来ない攻撃だが……母は既に対処していた。

 自身とシェフィル達を守るように、透明な壁を作り出していたのだ。この壁がマールの放った閃光を受け止め、散らしていく。熱で焼かれる事はおろか、強力な電磁波を至近距離で浴びた事による不快感もない。

 母が展開した『壁』は、マールの攻撃を完璧に防いでいた。


「ひゃっ!? え、何これ……」


【量子シールドです。素粒子を一定領域内に固定し、光学及び質量攻撃を阻害します。似たような技術は人間も有していると、あなたの宇宙船の電子機器に記録されていましたね】


「え? ……いや、量子シールドって確か軍用艦が使うようなもので」


 アイシャが呆けた顔で何かを言っていたが、母は気にした素振りもなく前進を始める。

 マールは閃光を一旦止め、改めて力を溜めていく。たっぷりと時間を掛けて、作り出されたのは極大の閃光。

 放つ前からシェフィルには分かる。今まで自分達に向けて撃たれたものが、ただのじゃれ合いに思えてくるエネルギー量だ。最早悪寒すら感じないほど、隔絶した力の差をまざまざと見せ付けられる。

 その桁違いの攻撃をマールは放つ。

 シェフィル達二人では、どれだけ足掻いたところで為す術もなく蒸発しただろう。だが、母からすれば対処可能な一撃だ。透明な壁こと、量子シールドによって閃光は阻まれ、母とシェフィル達には衝撃すら届かない。


【原種返りとはいえ、これほどの出力を有する攻撃が可能とは思いませんでした。我々の一体を倒せたのも頷けます】


 量子シールドを維持したまま、母は淡々と感想を述べる。嘘偽りのない、正直な感想だ。

 だからこそ、告げられる。


【しかしこの私を、そこらの有象無象と同一に思わない事です】


 原種返りさえも凌駕する、圧倒的な存在がいる事を。

 マールの閃光が止んだ、次の瞬間、母はその姿を忽然と消した。

 文字通り一瞬の出来事。これにはマールも驚いたように身を乗り出し、情報を集めるためか耳のような触角を忙しなく動かす。アイシャも驚いたようで、口許を両手で覆っていた。

 ただ一人、シェフィルだけは冷静だ。シェフィルは母が何をしたか、理解しているのだから。

 母が行ったのは量子ゲートワープという技。

 以前聞いた母の説明によれば、空間内に素粒子などの量子を密集させ、局所的に膨大な重力を生成。この重力を一直線に引き伸ばし、目的地の『座標』を空間ごと引き寄せる。その引き寄せた空間に一歩踏み入れた状態で重力を解除すれば、引き伸ばされた空間は元に戻り……一瞬で引き寄せた座標に移動している、ように見えるというものだ。

 理屈は分かるが、その理屈を実現するには何をどうすれば良いかはさっぱり分からない。なんにせよ母は離れた場所にも一瞬で移動出来る、という事だ。長距離になると精度が落ち、巻き込むものも多くなるので不都合があるが――――至近距離ならばそれらの問題はなく、自由に飛び回れる。

 たとえそれが、マールの背後であったとしても。


「厶、キ」


 気配を察知したのか、マールは即座に後ろへ振り返ろうとする。だが母が動き出す方が格段に速い。

 母が繰り出したのは一本の触手。無造作に振られたそれは、マールの顔面を力強く殴った。

 瞬間、大地が揺れる。

 マールから伝わった打撃の余波が、大地さえも震わせたのだ。シェフィル達の腕力など比にならない、途方もなく強大な一撃。もしもシェフィルがあの攻撃を受けたなら、首が飛ぶどころか全身が粉砕されて跡形も残るまい。

 しかしマールは原型を留めていた。

 マールの身体を覆う、光り輝く膜。これが母の攻撃を防いだのである。完全に防げた訳ではないらしく、僅かに身体はよろめいていたが……遠目で見ているシェフィルには、傷跡などは見付けられない。無傷であの攻撃を耐えたのだ。おまけにその場で踏み止まっている。


【ふむ、電磁防壁ですか。出力は中々のものですね。とはいえ、私からすれば不十分なものですが】


 だが母は動じない。今度は二本を絡めて一本に纏めた、より太く強靭な触手で殴り付けた!

 これにはマールも耐えられず、その小さな身体が宙に浮かんだ。重力に引かれて落ち、大地を激しく転がっていく。

 やがて大岩にでも激突したのか、マールが転がった先で大きな『爆発』が起きた。大量の土石が舞い上がる。母が喰らわせた打撃の威力の片鱗が、眺めているだけのシェフィル達にも伝わった。


「ムウゥウゥキュウゥゥゥゥゥーッ!」


 ただしこれでもマールは死なず、一層激しく興奮する。遠く離れているため負傷の有無は不明だが、鳴き声から感じ取れる出力は未だ衰えていない。

 怒り狂う、という表現を使いたくなる激しさだが、マールに感情はないだろう。惑星シェフィルの生物の思考は全て演算であり、数値の羅列に想いが入り込む余地などないのだ。マールも興奮こそすれども、激昂して走り出す事はしない。冷静に、じっと母を睨む。

 母の方は圧倒的な優勢であるが、だからと言って油断した様子はない。演算的思考をする母は、エネルギー消費を抑えるため『加減』はしても、見下すような真似は決してしない。強いて気を緩める瞬間があるとすれば、相手を跡形もなく消し飛ばした時だけだろう。

 油断などしない母が構えたのは、触手の一本。先端をマールに向けた触手が、光を放ち始める。光であるが……その輝きは『黒』一色。光と対極にある筈の黒を放つ閃光が作り出されていた。

 何故黒い輝きという、物理学に反した光景が生まれたのか。

 これは母があらゆる電磁波を集めているからだ。周辺を飛び交うあらゆる波形の電磁波が、母の構えた触手の先に凝縮されていく。今までそこにあった電磁波の消える過程が、黒い光のようにシェフィル達の目には映っていた。もしも普通の人間が此処にいても、母の行動は何一つ認識出来ないだろう。

 無論、放った攻撃も。

 無言のまま母が撃ち出したのは電磁波ビーム――――母達の一族が使う大火力攻撃だ。凝縮した電磁波により原子を振動させ、素粒子レベルで粉砕する。飛び散った素粒子は周りの原子に激突し、更なる崩壊を引き起こす。 

 これは核分裂の連鎖反応である。

 即ち母が放った電磁波ビームを浴びたものは、()()()を引き起こすのだ。マールも例外ではなく、電磁波ビームの直撃を受けた瞬間、生じた巨大な爆発に飲まれた。

 シェフィルが閃光に石を放り込んだ時にも爆発は起きたが、今回のものはその比でない。シェフィル達も飛ばされそうなほどの爆風が辺りに吹き荒れ、爆発の威力を物語る。舞い上がる爆煙は高さ何百メートルにも昇り、母の姿さえも一瞬覆い隠す。

 これならばマールも流石に……そう思うシェフィルだったが、凍り付いて小さくなった爆煙の中からごろごろと転がる影が現れた。

 マールだ。どうやら今の核爆発でも、マールを殺しきる事は出来なかったらしい。母が電磁防壁と呼んでいた、光り輝く膜のお陰だろう。とはいえ此度は無傷という訳にはいかず、雪のように白い毛のあちこちが焦げ付いていた。爆煙から出た後の身体はぐらぐらと揺れている。

 ついにマールは膝を付いた。


「な……な、に、これ……!?」


 そんな戦いの光景を見ていたアイシャは、驚きからか腰を抜かした。言葉さえ満足に出せない様子である。

 しかし顔には笑みが浮かんでいた。母は自分達の味方であり、その味方が圧倒的な優勢に立っているのだから、笑ってしまうのは自然だろう。

 されどシェフィルは今、その自然が出来ないでいる。

 母が優位に見えるが実は違う……という訳ではない。見た通り、母が圧倒的に有利な状態であろう。体力面でも問題ない事は、母がどれだけ強いか知っているシェフィルが保証する。

 どう考えても、マールに勝ち目はない。

 なら、どうしてマールは逃げないのか?


「(私なら母さまと対峙した時点で逃げますが……)」


 怒りで我を忘れている? 自分の強さに絶対的な自信があり、プライドを捨てられない? どれも否だ。この星の生命にそんなくだらない感情は存在しない。生き延び、繁栄する事だけが『勝利』だ。そしてこの性質は、原種の頃から変わらない。

 原種返りだろうと、力に溺れる、プライド高くなるという事はあり得ない。ライバルを虐殺するのは、それが可能で、尚且つ餌を独占するなどの利益があるからしているだけ。不利を悟り、意地を張る事で得られる利益がなければ、脇目も振らずに逃げ出すのが普通なのだ。

 なのにマールは、警戒こそしているが逃げ出さない。確かにタイミングを見極めなければ隙を晒す事になるので、機会は窺うべきだが……どうにも、マールにはその素振りすら見られない。「逃げる」という選択肢を、端から除外しているようにすら思える。

 これは明らかにおかしい。母も同じ事を考えているのか、マールを追い詰めていながら警戒を解かないでいる。


【……しっかりと潰しておきますか】


 だからこそ、次の電磁波ビームは何十と生えている全ての触手から発しようとしたのだろう。

 構えられた何十本もの触手。その先が一斉に黒く光り始める。

 一発だけでも大爆発を起こし、マールの守りでも防ぎきれない威力の攻撃だ。これを何十と食らわせれば、どれだけ守りを固めたところでマールの身体は跡形も残らないだろう。

 これで勝負が決する。シェフィルはそう思っていたし、このままならそうなる筈だった。

 だが、予想外が起きる。

 電磁波ビームを撃とうとしていた母の背中に、眩い閃光――――高エネルギー電子が浴びせられたのだ。

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