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まだ何も伝えていないんだ

 北斗の妖気を、遠くから僅かに感じ取った凛華は眉を顰める。


「何か感じなかったか?」


「そう? 私別に感じなかったけど」


 少女にそう言われた凛華だが、その不安は消えることはなかった。


「すみません、先ほど北側から妖気を感じませんでしたか? 嫌な予感がします」


「確かに感じた。もしかしたらトップチームが標的と戦ったのかもしれんな」


 三級陰陽師の言葉に、凛華は自分を納得させる。


「すみません、トップチームと連絡取れませんか?」


「仕方ないな。待っていろ。こちら第五チームです、応答おねがいします」


 三級陰陽師の男は、無線で第一チームに連絡をする。

 だが、応答はない。


「応答がないな。戦闘中かもしれん」


 男は何度も無線に向かって話しかけるが、一向に応答がない。


「嫌な予感が……おい! 前方から何か来るぞ!」


 男は大声を上げる。


 その視線の先には、巨大な怪鳥が居た。


「あれは……以津真天? おそらくあれが今回の標的のはず……第一はどうなって……逃げるぞお前等!」


 男は式神を召喚すると同時に、走り出した。

 凛華は北斗のぎょろりとした大きな目と、目が合った。

 その瞬間理解した。

 自分が勝てる相手では到底ないと。


「うわああああああ!」


 五級陰陽師の者は北斗を見ただけで、半狂乱で逃げ出した。


(ぼ、僕も逃げなければ……! か、勝てない……こ、怖い!)


 凛華の顔は恐怖で真っ青になっていた。

 今まで多くの妖怪を見ていた。

 だが、彼女は本当の妖怪の恐怖を知らなかった。


 (あれは……人が勝てるモノなのか?)


  その時、自分の目の前を走っていた陰陽師達が北斗の吐く黒炎に包まれた。


「ギャアアアアアアアア! 熱い! 熱ィイイイ!」


「あああああああああああああああああああああ!」


 目の前で焼かれる同僚達。


(地獄だ……)


 凛華は腰を抜かし、その場にただ蹲る。

 その目からは涙が溢れていた。


「まだ……何も伝えていないんだ……何も」


 そう呟く。

 北斗がそのまま地面に降り立つ。

 残った陰陽師も皆、戦意を喪失してただ固まっている。


「こんなことになるなら……伝えておけば良かったな。僕は馬鹿だ」


 凛華は愚かな自分を呪った。

 凛華は道弥の大ファンだった。


 初めはただ凄い新人が出てきたんだな、としか思っていなかった。

 だが、芦屋という名字に聞き覚えがあったことで、芦屋家について軽い気持ちで調べた。

 そこで芦屋家が裏切者のレッテルを張られ、ずっと陰陽師界で爪弾きに会っていることを知る。

 その悪名を払しょくし、一族を再興するために動く道弥に、その背景を知り凛華は心を奪われたのだ。


(本当に裏切ったのかも、定かではないのだな。残っているのは安倍家の記録だけ。勝者しか歴史は作れないものだからな。けど、少なくとも現代の芦屋家にはなんの罪はないはずだ)


(それにも折れずにトップを取るなんて……ヒーローじゃないか!)


 気付けば凛華は道弥の活躍を追っていた。

 あまり情報は入らなかったが、伝手で色々調べた。


 佐渡二級陰陽師や、菅原一級陰陽師とも繋がりがあることが分かった。


(もうそんな凄い人達と知り合いなんだな。彼はどこまで凄くなるのだろうか。きっと色々な苦難があるに違いない。それをいつか隣で支えたいな……いやそれは望みすぎか)


 だが、そんな凛華に驚きの情報が届く。

 自分と同じ白陽高校に道弥がやってくるという情報が入ったのだ。

 これは神がくれたチャンスだと思った。


 凛華は考えた。


 ただのファンでは駄目なのだと。

 努めて冷静にただの先輩として道弥と接した。

 だが、初めて会った時から興奮で頭がいっぱいだった。


 少しずつ、少しずつ仲良くなり、一緒に依頼を受ける関係にまでなることに成功した。

 そして、遂に三級陰陽師になるとそこで雇ってもらえる約束まで取り付けた。

 凛華は幸せでいっぱいだった。


 道弥は、凛華の想像よりはるかに強かった。

 自分の見る目は間違っていなかったと誇らしい気持ちでいっぱいだった。


「ま……まだ死ねない! 僕は……まだ道弥に何も伝えていないんだ!」


 真っ青になった顔で、震える足でなんとか立ち上がり、北斗に立ち向かうため護符を持つ凛華。

 だが、その願いは叶わず。北斗の足により凛華は叩き潰された。

 それから数時間、夜杉町奪還チームはほぼ全滅したことが発表された。



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なんてこと… 難しいかも知れないけど無事でいて…
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