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第3章が終わるようです

「着きましたぁ」


 僕の前を歩くイスカが町の入り口にかかる看板を指差すと、嬉しそうに声をあげた。


「あそこがリビアンか」


 昨夜のキャンプから一夜明け、朝早くから行動を開始した僕達はレーヴァテイン南西にある町、リビアンに到着した。


「よく町の名前が読めるわね」 


 隣を歩くリズが、僕に感心したように声をかけてくる。


「それはセラからもらったスキル『言語把握』のおかげだね。頭で勝手に変換される感じかな?」


「言語の違いは大きな壁ですからね。転生者にはつける必須のスキルですよ」


 隣で僕をこの世界に連れてきた張本人であるセラ様が、控えめな胸をずいと張った。


「ここで準備を整えてからレーヴァテインに向かうとして、いつ出発しますか?」


 イスカの質問に僕はローガンと顔を見合わせる。


「ローガン、ジェイク達はレーヴァテインに向かうと思う?」


「ふむ──、当初のジェイク様の目的地は魔王のいるレーヴァテインでした。しかし、リズ様が死んだと思い込んでいるなら、わざわざ首都を目指さないかもしれません。それに──」


 ローガンは僕を見ると苦笑した。


「このように危険な人物と遭遇する危険があると思って、もしかしたら引き返したのかもしれませんな」


 あぁ、確かに『略奪者(プレデター)』となっていた僕は完全に狂人に見られていただろう。

 もしかすれば、『魔王』よりも危険な存在と思われたかもしれない。


「ローガンはジェイクを追わなくてもいいの?」  


 ローガンにとって、このレーベンに来た理由はジェイクとの邂逅だ。

 しかし、そのジェイクと接触する可能性がほぼなくなった今、僕達と行くことをローガンはどう思っているのだろうか?


「そうですなぁ。お会いして感じたことは、改めて私の言葉には耳を貸してはくれないといったことですな。今はもう言葉で分かって頂くことは無理かもしれません。──ですが、私は皆様と一緒に行きますぞ」


「ん。ローガンは大丈夫なの?」


 フーシェの言葉にローガンは大きく頷いた。


「勿論ですとも、魔大陸にここまで入った人族はほんの一握りしかいないでしょう。ここの魔族の暮らしを見ることは、人族が持っている魔族への偏見を解く鍵に繋がります。だから私は、これからも皆様と一緒にこの魔大陸の見聞を広めたいのです」


 そう言ってくれるのは心強い。


「しかし、ジェイク様の言っていた言葉が私には気になりますな」


 ローガンは思案するように腕を組む。


「あぁ、彼は誰かから魔王であるリズが僕達と一緒にいると情報をもらったって言ってたよね」


 あまり思い出したくはないが、僕は昨日の朝ジェイクが襲撃してきたことを思い出した。


「レグナント号のビビさんが情報を漏らしたとは思えないですし──他にリズさんの正体を知っている人はいましたっけ?」


 イスカが考え込むように視線を落とす。その動きにつれられて、長い耳も同じように下がるのが少し可愛い。


「いえ、いないと思うわ。昨日私を襲ったドルトン達とジェイクは初見のようだった。だから、魔族側からジェイクに情報が渡ったとも思いにくいのよ。尚更謎が深まるわね」


 結局めぼしい相手を絞ることはできず、僕達はリビアンの町の中心部へとやってきた。

 街道へ出た時に、僕達はリズから『認識阻害魔法』をかけられているため、他の魔族からは僕達が魔族にしか見えないはずだ。


「改めて見ると流石です。あまりに自然なので認識阻害魔法がかかっているなんて、信じられないくらいのレベルの魔法ですね」


 エアは元々魔族であるため、認識阻害魔法をリズからかけてもらっていない。

 だが、僕達はそれぞれリズの魔法のお陰で見た目が変わっているはずだ。

 その精巧な魔法技術にエアは感嘆している。


「フフッ、これくらいは一応ね。ところでエアはこれからどうするの?」


 エアは、ピタリと歩みを止める。

 彼女の動きに合わせて、僕達も振り返った。


「あの──、一晩考えていたのですが私はウォールへ帰ります」


 エアはそう言うと、深々と頭を下げた。


「あの森に飛ばされた時、きっと一人だったら死んでいました。本当に、ユズキさんを始め、私を許して下さったリスフィル様の御恩は、ずっと忘れません。でも、やっぱり『壁の穴(ウォールネスト)』の宿がどうなっているか心配なんです」


 顔をあげたエアの瞳には固い意志が宿っていた。


「ん。短いけど楽しかった」


 フーシェがエアに近付くと少し微笑む。


「わ、私も昨日の夜、子供達と話せてとっても楽しかったです!」


 うん、セラ様。

 その発言は女神さまにとっての子供達っていう意味なんだろうけど、絶対変な誤解与えますよ。


「皆さん──。ありがとうございます!もし、またウォールに来る時は『壁の穴(ウォールネスト)』に寄ってくださいね。皆さんの喜ばれるようなメニューを考案していますから!」


 眼を輝かせて意気込みを語るエアの表情は明るい。


「なに、人族と魔族の交易が進めば港町のウォールはトナミカとすぐですぞ。また寄らせて頂きます」


 ローガンが恭しく頭を下げた。


「──そういえば、イスカさん。記憶違いだったら申し訳ないから言おうか迷っていたんだけど──」


 エアは、イスカに近付くと声をかける。


「10年前、レーベンとドミナントに戦争が起こった時に、『壁の穴(ウォールネスト)』に泊まった冒険者達の中に、人族がいたのをうっすら覚えているの。名前は忘れたけど⋯⋯酒に酔って、自分の娘をとても自慢していたのよ。確かハーフエルフの血を引いて、とても美人なんだって。人族がハーフエルフと結婚していることが珍しく思って覚えていたんだけど──って、大丈夫!?」


 エアの話を聞いていたイスカが思わず口を両手で覆った。


「きっとそれは私のお父さんです。だってお父さん、10年前に家を出て行って、それきりで帰ってきませんでした」


 僕の中で何かが繋がっていく感覚がした。


「ん。10年前は私がおっ母に拾われた時と一緒」


 フーシェが僕の隣で呟く。

 フーシェを助けたのはミドラ。そのミドラはS級パーティー『夜明けの魁星』に所属していた。

 そして、エアがイスカの父親と思われる男性を見た時期は、ミドラがレーベンにいた時期と一致している。


「もしかして、イスカのお父さんってミドラさんの所属していた『夜明けの魁星』のメンバー?」


 僕の言葉に、目をパチクリするイスカ。


「え?いつも父さんは忙しそうだったけど、冒険者としてのことはほとんど話してくれなかったから⋯⋯」


 確かに、イスカの話してくれる父親像は、仕事の合間に娘を溺愛する父親そのものだった。


「そういえば、聞きそびれてたことがあったわ。私、イスカが才能の塊って言ったわよね──。貴女の父親はなんという名前なの?」


 そういえばリズと出会って間もない頃、リズがイスカの波動を感じた感想がそれだった。


「えーっと、父さんの名前はヴェインです。お友達からはヴェルってあだ名で呼ばれてたそうですけど」


 名前を聞いたリズの顔が真っ青になった。


「本当に父親の活躍を知らないの!?」


 信じられないといった風に、リズが額の汗を拭う。


「は、はい」


 思わずおずおずと答えるイスカに、一息ついて落ち着いたのかリズはイスカの顔を見ると軽く額を抑えた。


「『鬼神のヴェイン』、そう二つ名で呼ばれていた貴女の父親。彼こそが伝説と言われたパーティー『夜明けの魁星』の創始者であり、リーダー。ここ100年の間、人類で一番強い男と言われた人物よ」


「はぇ?」


 リズの言葉に、思わずポカーンとしてしまうイスカ。


「当時私の父親が、人族の中で最も危険と感じていた人物が、イスカの父親よ」


 リズの真剣な口調に、必死でイスカは自分の記憶の中の父親像を修正しようとしているようだ。


「ほ、ほんとですか?」


 イスカの言葉にリズが頷く。


「その時『万象の(まなこ)』でレーヴァテイン周辺を偵察していたから間違いないわ。──そして、その波動はレーヴァテインで途切れたの」


 リズの言葉に、イスカがペタンとその場に崩れ落ちる。

 すぐさま、その膝にはポツポツといくつもの涙が零れ落ちた。


「──やっぱり、父さんは死んだのですね。帰ってこないってことは冒険者だから亡くなったって思ってました。でも、遺体を見てないことから、もしかしたら生きているってかもって、心の奥底では思いたがってたんだと思います」


 言葉をつまらせながらも紡いでいくイスカに、リズが寄り添う。


「ごめんなさい。貴女にとっては辛いことよね──配慮が足りなかったわ」


 優しく肩を抱くリズの手を、イスカはそっと自分の手で包んだ。

 そして、首を横に振ると顔をあげる。

 その瞳には、光が宿っている。


「だとしたら、私はレーヴァテインに行かなくちゃ。もしかしたら、父さんのことが何か分かるかもしれませんから」


 フーシェの故郷を訪ねる旅は、今やレーベンを救うだけでなく、イスカの父親とも繋がっている。

 そして、その鍵はきっとレーヴァテインにあるのだ。


「行こう、レーヴァテインへ」


 僕の言葉に仲間たちは一斉に頷いた。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ふーん。グレイン様やられちゃったんだぁ」


 ケラケラと無邪気に笑う少女の声にドルトンは戦慄する。

 命からがら、あの化け物のような人族から逃れてきたばかりだというのに、安息の地のはずのレーヴァテインの城内でさえ化け物がいるのだ。


「え、えぇ」


 あまり余計なことを口にしたくない。

 ドルトンは冷や汗をかきながら下を向く。

 そうすれば、危険な嵐も過ぎ去っていくだろう。ドルトンは彼女、メーシェと顔を合わせることなく口をつぐんだ。


「ま、いっかぁ!グレイン様、偉そうなのに、メーシェにとったらクソ雑魚みたいなもんだもん。やっぱり、弱いって悲しいことだね!」


 トコトコとドルトンの周りを歩き回るメーシェ。

 しかしドルトンには、それが無数の刃に囲まれているような恐怖の時間でしかなかった。


「ところでさぁ、さっきの話は本当なの?」


 無邪気な声が、本当に嬉しいといった感情を含む。


「え、えぇ。楽しみですか?」


 ドルトンの頭には、当初の計画とは違うが保身のための閃きが生まれていた。

 しかし、それは必ず成功させなければならない。

 そうでなければ、自分は敬愛するメナフ様の眼前に二度と立てないであろう。


「そっかぁ。そうなんだぁ、楽しみだなぁ」


 メーシェはレーヴァテインの夜空を照らす星明かりを見ると手をかざした。


「待ってるよ、お姉ちゃん」

いつもお読み頂きありがとうございます!

これにて第三章終了です!


そして、話の内容でお気付きかと思いますが、いまだレーヴァテインについておりません。

そのため、第三章を『魔導都市レーヴァテイン』から『城壁都市ウォール』へと変更させて頂きました。


次回は3月12日(土)更新の予定です。

楽しみにして頂けると嬉しいです。

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