風呂はなければ作るようです
「はー、お腹一杯ですぅ」
私の隣でイスカが、空になった器を腰掛けている丸太の上に置くと、大きく伸びをした。
夕食はイスカとフーシェが作ったシチューだ。
レシピはエラリアでフーシェが働いていた宿屋、『星屑亭』のものと同じだ。
疲れた身体に染み込むような優しい味わいは、私も大好きな味だ。
「ん。久々に料理を作るの楽しかった」
フーシェが温かい紅茶を口にしながら、口元を緩める。
「こんなに人族は美味しいものを食べているなんて──羨ましすぎます」
エアが涙目で、シチューを一滴足りとも無駄にしないようにと、スプーンで皿を綺麗にしている。
「あら、魔族だって食事には気を使うわよ。でも、種族によって好みも忌避する食べ物も千差万別。宿屋だと、誰もが無難にエネルギーを取れるメニューしかおけなくなるのも考えものよね」
リズはそう言うと口元を軽くハンカチで拭くと、満足気に眼を細めた。
「こんなにも、魔大陸の森の中でくつろげるとは思いませんでした。これもユズキ様のお陰ですな」
ローガンが食事を終えたリズに、タイミング良く紅茶を注いで手渡す。
礼を言って、リズは紅茶を受け取った。
私が作った水晶柱のお陰で、火も安全に炊くことができている。
ここだけ見ると、ちょっとしたキャンプにでも来たような気分だ。
「そういえば、ローガン。お願い通り、川の所まで水晶柱を設置してくれたかしら?」
リズがそう言うと、ローガンは大きく頷いた。
「勿論、御所望通り設置しましたから安心して下さい。水を汲んだ周辺は安全になっておりますとも」
ローガンの答えを聞いたリズは嬉しそうに笑った。
「良かった!服は替えたけど、身体は泥だらけだし、水浴びをしたかったの」
確かに。リズは血だらけの服は捨てて、予備の服に着替えたが気持ち的には水浴びをしたいだろう。
──私だって、できれば汗は落としたい。
明らかに男性の時よりも、身なりと清潔に対して敏感になっている気がした。
「いいですね!私も行っていいですか!」
イスカが喜んでリズに同意する。その横ではセラ様とエアも自分たちの身体を見回すと、「行きます」と声をあげた。
「あれ?フーシェは行かないの?」
私が、鍋の片付けをしているフーシェにたずねると、フーシェは少し思案したあと、首を振った。
「ん。ユズキが行かないなら、行かない」
「何言ってるの?ユズキは行くわよ」
──ブッ!!
思わず、紅茶を吹きこぼしてしまった。
「ケホッ、ケホ。ま、待って──本来男の私が行ったら変でしょう?」
自分でも言っている意味が分からなくなる発言だけど、本来は男のはず。そんな私が女性だらけの水浴びに混ざっていいとは思えない。
「今は女の子なんだから問題ないはずよ」
ちょっとこの状況、どうにかしてほしい。
私は期待を込めてローガンに瞳を向けるが、ローガンは少し頬を染めながら顔をそむけた。
「大変申し訳ありませんが、今のユズキ様はどこをどう見ても男の要素が見当たりません。お嫌じゃなければ、ここは私が守っておきますゆえ」
絶対深追いしないようにしてるでしょ。
「ほら、エアにもさっき聞いてOKもらっているんだから行くわよ。女の子がこんなドロドロなままにしておかないの!明日入れる保証はないのだから、綺麗にできる時に綺麗にしましょ」
リズはそう言うと、私の手を掴むと無理矢理立たせてしまった。
「ん。なんだ、ユズキが行くなら私も行く」
片付けの手を止めてフーシェが、近寄ってくる。
「ふむ、あと少しの片付けは私がやっておきますぞ」
完全にローガンは、私を助けるつもりはないようだ。
「ちょっと、待ってぇ〜」
私は情けない声をあげながら、リズとイスカに両脇を抱えながら水浴びに行くことになってしまった。
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私を含めた、女性陣は川原までおりてきた。
周囲が安全と分かっているため、『光石』を使ったランタンで周囲を照らすこともできるため安全だ。
この姿だと、下がスカートなため下手をすると鋭い草に皮膚を切ってしまいそうで怖かった。
まぁ、レベルのお陰で傷はつかないとは思うのだけど。
というか、リズ、セラ様、私がスカートなのは良いけど、何故私のスカートが丈が一番短いのか。
私はため息をついて川原の周囲を見渡す。
ハアッ
吐く息は白く、明らかに周囲は肌寒い。
特に、スースーとする下半身は冷気にあてられてモジモジとしてしまう。
「ふ、風呂作らない?」
寒さに負けて何気なく口にした私の言葉に、皆の動きが一瞬止まった。
「野外で──風呂?」
怪訝な顔の一同に、私は皆を一人ずつ指差す。
身体が汚いことは、今の身体だと結構耐え難い。でも、この寒さの中で水浴びとは、一種の修行だ。
私の脳内に、前世でテレビで見た海へ禊に行く風習がフラッシュバックする。
「土魔法が使えるリズが風呂の形を作って、水魔法を使えるエアが水を貯める。イスカとフーシェは火魔法でお湯調整。私は魔力供給の燃料、あと、えーっとセラ様は可愛い係で」
「私だけ何もしてなくないですか!?」
ショックを受けたようなセラ様はおいておいて、とりあえず適材適所と思うのだけど、どうだろう?
「このメンバーが揃わないとできない力技ね」
確かに、私も魔法は使えるようになっているはずだけど、まだ訓練もしていないから、上手く魔法を扱える自信はない。
ただ、説得力はあったのかリズは手を組んで手首をクルクルと準備運動のように回すと、ニヤリと笑った。
「そうね、できるなら私も温かい湯船に入りたいわ。──やっ!」
リズが力を込めると、途端に川原に転がっている石が移動を始め、地面にまるで露天風呂のような深さの空間ができあがった。
「術式展開したら、この辺りが吹き飛ぶから魔力操作で穴を作ったわよ」
「ん。消毒のために、中を火で炙っておく」
フーシェが使えるようになった魔法で、穴を焼き払おうとする。
「待って!水漏れしないように底の土を粘土質にしておくわ」
エアが魔力を込めると、凹凸の激しかった底が平らになる。
「燃やす」
ゴオッ!
乾燥と焼きがほぼ同時に行われるように、フーシェが火魔法で底を炙れば、気がつけばあっと言う間に立派な浴槽が出来上がっていた。
「ちょっと、魔力下さい⋯⋯」
レベルの低いエアが、魔力を補充しに私に近づいてくる。
「エア、ありがとう。はい、『魔力譲渡』」
トンとエアの背中に手を当てると、私の手から魔力がエアへと譲渡される。
「こ、これ凄い!早く出さなきゃ、漏れちゃう!」
エアが驚いたように、広々とした浴槽へと魔力で作った水を放出し始めた。
あ、危ない危ない。エアに見合った量の魔力を注がないと。
魔力をコントロールしてあげると、エアは落ち着いたように浴槽へ水を注いでいく。
「ユズキさん、私にも魔力を下さい!私が火でお湯を作りますね」
少し恥ずかしそうに近づいてきたイスカが、私に背中を向ける。
左手でエアの背中を、右手でイスカの背中に私は魔力を注ぐ。
なんかこれ、蛇口みたいな配置⋯⋯
「では!不肖、私が身体を張って湯温を確かめたいと思います!」
ここまで何も役割がなかったセラ様が、一気に服を脱ぎ始める。
何故、女神さまが一番ノリノリなんだか。
「私は半分、不死身みたいな存在ですから!暑いのも寒いのも平気です。では、いざっ!」
パシャンッ!
うん、一応直視はしなかったけど。
私が心の中で、動揺を整えていると──
「さ、寒いですっ!!」
湯船から、今にも泣きそうなセラ様の声が聞こえた。
あ、怪我や火傷はしないけど寒いのは寒いのね。
確かに、私もエラリアの井戸水で水浴びをした時は寒かった。
「わ、わわっ!すぐ温めます!!」
──ゴウッ
どうやら、イスカの方は地面を熱しているようだ。
「はぁ、温かい〜癒やされます。って──こ、今度は熱いです!!」
イスカとエアの後ろだから、全然前が見えない!
本当に大丈夫なのこれ?
「すみません!すぐ水を増やします!」
エアが水魔法の出力をあげる。
「こ、今度は寒いです!!」
「──大丈夫なのこれ?」
隣でドタバタ劇を眺めていたリズが、やれやれと言った声を放つ。
それから数分かけて、ようやく適温となったお湯が浴槽一面に張られることとなった。
「つ、疲れたぁ」
魔力は大丈夫なんだけど、これはきっと気疲れね。
私は、気持ち良さそうに湯船に浸かるセラ様を見ると、思わず地面に腰をおろしてしまっていた。
「ユズキさん、折角作ったんです。入りましょう」
私にイスカが手を差し出す。
すごいなぁ、疲れを物ともせずにそのまま風呂とは。
でも、本当に私はここにいていいのかな?
多分、男性であるなら夢みたいな展開。男だったら一回くらいは馬鹿な妄想として考えそうな状況なのだけど──
そう、何を隠そう全然嬉しくない。
恐ろしい、この身体。
心身共に女性になっているからか、勿論情欲が一切湧いてこない。
気持ち的には、男の時に普通に友人と銭湯に入る感覚と一緒だ。
ごく自然なことと受け入れている自分がいるところが、また怖い。
しかし深く考えると、本来は男なのにと罪悪感しか湧いてこないという状況だ。
まぁ、ここで男に戻った方が問題なのだけど。
「ん。服や下着の脱ぎ方分からないなら、手伝う」
フーシェがトコトコと横に寄ってくる。
もう覚悟を決めるしかない。
私はせめてのもガードとして『魔法袋』からタオルを取り出すと、観念したように服を脱ぎ始めた。
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次回は3月3日(木)までの更新を予定しています!




