真実を知るようです
「どうぞ、こちらはお返ししますよ。一時とはいえ最後に自由を楽しまれたようで何よりです」
青白い魔族は、ゆっくりとリズの胸から曲刀を引き抜くと、ぞんざいに僕の目の前へと華奢なリズの身体を放り投げた。
僕の身体は、頭からつま先まで衝撃を受けて麻痺してしまったかのように一歩も動き出せない。
「あ」
間抜けな声を出した僕の、咄嗟に伸ばした腕の僅か先でリズの身体が先に地面へと落ちてしまう。
──ドサッ
軽く跳ねたリズの身体と、生気がなくなりそうな瞳が僕の視線と交差する。
「リ、リズッ!!」
時間が動き出したかのように、僕は這うようにリズの身体を抱きかかえる。
「ハッ、ハッ。ごめんなさい、ユズキ⋯⋯目の前が暗くなってきたわ。そこにいるの?」
リズの力なく伸ばされた右手を僕は必死に包む。
「あぁ!いるよ。そうだ!『レベル譲渡』!」
僕は空っぽになってもいい!
残されたレベルを全部注ぎ込んででも助けてみせる。
『マスター!『回収』で直接リズさんにフーシェさんからレベルを送り込みます!』
「ん」
フーシェの身体から真っ白なレベルの塊が、球状ではなく帯となって抜け出ると、一直線にリズに向かって流れ込む。
「これなら!」
しかし、口元からリズの血は止まらない。
「ありがとう。少し楽だわ──」
その言葉に、僕は少し安堵する。
しかし、その次にリズが口にした言葉は最後の別れの言葉だった。
「これで、気持ちを伝えられる。──ユズキ、本当に私は貴方のことが好きよ。⋯⋯イスカをフーシェを大切にしてあげなさい、私の分まで──お願い⋯⋯よ」
『マスター!リズさんが受けた攻撃は、高度の呪詛を含んでいてレベル59の譲渡じゃ助けられません!このままじゃ!』
⋯⋯
必死なセライの言葉は、残響のように頭に響いた。
僕の最後に見た顔は、迫る死に反して最後まで僕に微笑みかけるリズの笑顔だった。
『マスター!』
『⋯⋯死んだよ』
抱き抱えた身体から、何かがフッと抜け出るような感触。
大切な物がリズの身体から離れてしまったことを感じた僕は、まだ温もりを感じるリズの身体が、今は物言わぬ亡骸へと変わったことを直感的に悟ってしまった。
「リズさん!!待って!」
セラ様が飛びつくように、リズの身体に覆いかぶさる。
ごめん、セラ様。
助けられなかったよ。
『レベル9999』なんて、この世界で誰も持ち得ない力を頂きながら。
「ふふふっ、これは傑作です。まさか『魔王』でありながら、人に恋をしていただなんて!道化の魔王が相容れぬ種族と恋に落ちる!吟遊詩人だって思いつきませんよ!!」
笑いを堪えきれないといった風に、青白い魔族が甲高い歓喜に近い笑い声をあげた。
「黙れ」
僕はゆっくりとリズの亡骸を地面へと下ろすと立ち上がった。
「ははっ⋯⋯なんだ、仲間割れか。はは」
突然の出来事に、強がったようなジェイクの笑い声はやけに乾いたもののように聞こえる。
だが、そんなことはどうでもいい。
「何故リズを殺した」
レベルは1に落ちているというのに、頭は恐ろしいほどに冴え渡り、純粋な殺意しか生まれてこなかった。
「ふふっ、虫けらレベルのあなたを相手にするのも億劫ですが、あの道化が愛した男という情けでお教えしましょう。私は我が主、メナフ様のご意思に従ったまで。道化の魔王には、メナフ様の野望の礎になってもらったのです」
そうか、こいつがリズを最低の『魔王』とするために、情報操作を繰り返していたのだ。
「殺す」
殺意が宿った言葉が、呪詛のように口から漏れ出る。
「駄目です!ユズキさん!」
「ユズキ!」
セラ様とフーシェの静止を無視して、僕は一歩前へ踏み出した。
「勇ましいことは大いに結構。ですが、私達はそちらの『勇者』をもてなさなければなりません。あなたの相手をしている程暇ではないのですよ」
男の言葉を無視して僕は一直線に男の元へと向かうと、頭1つ高い場所にある魔族の顔を見上げた。
着こなす服は、執事服といったところか。
物腰の柔らかそうな見た目や口調からはまるで異なる、冷酷な視線が僕を見下ろしてくる。
「汚い人間をここまで近づかせたのは、これから一緒にあの女の元へと直々に送って差し上げるという、私の慈悲です。」
スッと男の右手が、僕の顔の高さまで持ち上がる。
『──』
警告のようにセライが脳内で何かを叫んでいるが、僕はその言葉を理解しようとしない。
リズを失った悲しみと、何もできなかった自分自身への怒りは確かにあった。
しかし、民の為に腐心してきたリズを道化と呼び、切り捨てた男の所業が何よりも僕は許せなかった。
「はい、あなたも退場して良いですよ。さ、死になさい」
驚異を感じさせない僕には、手間を取ることさえ億劫と思ったのか、男は軽く右手に握られた曲刀を振るった。
「ユズキさん!」
「ユズキ!」
セラ様とフーシェの声が遠くから聞こえる。
だが、そんな事は今はどうでもいいんだ。
あいつを、殺さなければ──
『マスター、それが貴方の選択なのですね』
やけにクリアなセライの声が脳内に響いた。
「──なっ!!」
剣を振るった男の顔が突然、驚愕へと変わる。
男の攻撃で飛ぶべきだったはずの僕の首はいまだ健在だ。
僕は、やけに動きが遅いと感じた男の振るう刃を、片手で受け止めていた。
「⋯⋯」
僕が軽く力を入れると、曲刀はパリンと飴細工のように割れてしまった。
「ユズキ、レベルが戻った!?」
レベルを『回収』され、元の姿へ戻ったフーシェが、状況を見守っているジェイクとグスタフに注意深く剣先を向けながら叫んだ。
『現在レベル1、『回収』対象者の死亡により、譲渡したレベルの『回収』は不可能。これより、代替処置としてマスターの職業『譲渡士』を対象殲滅の為『最適化』し、『略奪者』へ『反転』させます。──マスター、これ以上大切な物を失わないで下さい』
最後に、セライが心配するような言葉をかけたが。何を躊躇することがあるのだろう?
そう、何もなければ『奪えば』いいというのに。
まるで、自分が自分ではないような思考に支配されている。
しかし、そのことをおかしいと思うことさえ僕はできなくなってしまっていた。
そして、そこで僕の思考は完全に闇に飲み込まれた。
その時僕は知らなかった。
僕に授けられたスキル「レベル9999」と職業『譲渡士』。
この2つは、アマラ様の世界で正真正銘の『魔王』が持っていたということに。




