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初めての夜は欲望と戦うようです

「あの〜」


 ──!!


 突如声をかけられて僕はビックリする。

 どこだ?どこだ?

 声をかけられたのに姿が見えない。

 僕は今ミドラから無理矢理店番を任せられた身だ。今座っている椅子の前には140cmくらいの高さの受付のカウンターしかない。


 ──ん?


 よく見るとカウンターからちょこんと小さい頭が見えた。


「えっと、君は?」


 椅子から立ち上がり、カウンターから覗き込むと黒髪をしたメイド服姿の女の子が立っていた。

 ギリギリ身長はカウンターより高くは見えるが、145cmには満たないだろう。

 少し褐色の肌、黒い髪はツインテールに結われ少女の動きに合わせてユラユラと揺れている。


「ん、貴方誰?おかぁどこ?」


 女の子は、やや不機嫌そうに僕の顔を見る。


 ん?おかぁ?

 ここにさっきまで座ってたのがミドラってことは、まさかミドラの娘さん!?



「ミドラさんなら、僕の連れの女の子と一緒に奥に入っちゃったよ。で、僕はいきなりここで店番を任せられるっていう、無茶苦茶な状況」


 ため息混じりに僕が答えると、女の子はフムフムと頷きながら聞いている。


「おかぁが無茶苦茶なのはいつもの状況。問題ない」


 グッと親指を立てるのは、全世界共通なのだろうか?


「問題あるのは、むしろ⋯⋯」


 少女が続けようとした時だ、いきなり足音荒く通路から一人の大柄な男が現れた。


「おい!メイド!さっさと酒を追加しろって言ってるんだ!!」


 男はあっと言う間に少女の前に立つと、威圧感たっぷりに少女を見下ろす。

 しかし、男の怒声に少女は臆するどころか、やれやれといった風に口を開いた。


「ん。あなたが飲んでいた酒は元々希少性が高いから、さっき出したので在庫は最後。他の酒は出せるけど、暴れるくらいならお部屋帰って」


 傍から見ても分かるほどのジト目で、少女は面倒くさそうにため息を吐きつつ答える。


 うわ、それは客相手に不味いんじゃ──


 なんて、僕が思う間もなく男の顔は茹で上がったタコのように怒りを爆発させた。


「あー!?お前客に向かって何だその態度は?それも、俺は普通の客じゃないぞ。Bランクパーティー、『炎熱の釜』のロウ様だぞ?四の五の言わずに酒を持ってこい、なければ近場の酒屋で調達してくるんだ」


 きましたよ。

 この俺強い、俺偉い感。

 どうすれば、お酒の力を借りるだけで、こんなにも強気になれるのだろう。不思議な気がするけど、最早雲行きが怪しくなってきたぞ。


「うわー、困ったなぁ。暴れるお客さんを相手にするのは、おかぁの仕事だけど、おかぁいないしなぁ──」


 何、その棒読み。

 恐ろしい爆弾をこの子は投下しようとしている。


 一刻も早くミドラさんを呼ばないといけない、僕がミドラとイスカが消えた扉に向き直る前に少女が最後の一押しを平然と押してきた。


「本当なら当店の店主が対応するけど、いないからお客さん。今後の対応は、このお兄さんがしますので」


「ちょっと待って!僕はミドラさんに座らされただけで──!」


 続けるよりも早く少女は無表情に近いが口元だけが少し笑う。


「大丈夫、そこに座ってるってことはお兄さんももはやこの宿の関係者。ほら、そこのカウンターの入口に『関係者以外立ち入り禁止』って書いてる」


 グッと親指を立てる少女。


 クソッ、マジでカウンターに入る扉に『関係者以外立ち入り禁止』って書いてるじゃないか!


 清ました小女の顔が小憎たらしい。


「では、私はこれで〜」


 ガッ


 回れ右をして、さっさとこの場からいなくなろうとした少女の肩をロウと名乗った男は荒々しく掴んだ。


「おい、お前。そんな馬鹿にするような対応しておきながらいなくなるだと!店主と二人で仲良く俺の前で土下座をさせなきゃ、気がすまねぇな!」


 まずい!


 僕が思わずカウンターから飛び出そうとする前に、信じられないことが起こった。


「あいたたたっ!!」


 見ると、少女がその小さな手でロウの手を掴み上げている。


「いだ、いだだだっ!!」


 その華奢な手のどこに力があるのだろうか。万力に締め上げられたかのようにロウの右手は握りつぶされようとしていた。


「ん、おかぁじゃないと加減できないから。お客さん、このまま腕潰しますけどいいですか?はい、5秒で潰れますよ。1、2、さ──」


「待って!」


 カウンターから出た僕は思わず少女の手を掴む。


「そこまでにしなって──」


 僕が、ロウを掴んでいる少女の手を握ると、少女の身体が思わずビクッと震えた。


「どうして?」


 どうしてと言われても⋯⋯


「こういうのは舐められたら終わり、手を出してきたのだからそれ相応の報いは受けて当然」


 取り付くしまもないといったところだ。

 どうするべきか⋯⋯

 いつの間にやら、少女はロウを掴んでいた手を離したのか、ロウは小さく悲鳴をあげながら、腫れ上がった右手を左手で押さえて後ずさった。


「な、何だよそいつ!お、俺はレベル19だぞ?そんな細腕の女がなんでそんなに強いんだ?」


 なるほどね、この世界にはやはりレベルという概念があるんだね。

 レベル19と聞けば、ゲームといえばあまり強くない気もするが、あれだけ豪語できるのであれば強いのかもしれない。


「なんだ、やっぱり低い」


 少女は蔑むようにロウを見下ろす。


「私、冒険者じゃないからレベルを測ってないけど、レベル25相当らしい」


「ヒッ──!レベル25なんて、Aクラスパーティーにも入れるレベルだぞ!そんな嘘が──」


「いいや、合ってるよ」


 不意に後ろからかけられた声に僕達は振り返る。

 そこには、こめかみをピクピクとさせながらミドラが仁王立ちをしていた。


「お客さん、ちょっと遊びがすぎるんじゃないかい。確かに、フーシェはレベル25だよ。何故なら、元レベル42冒険者の私が前に測定してるんだからね」


 レベルを聞いた、ロウは腫れ上がった手が痛むことを忘れて壁際まで後ずさる。


「レベル40台なんて、この町にいないぞ──!それこそ、帝都のSランクパーティー、『夜明けの魁星かいせい』くらいしか⋯⋯、まさか店主!」


「あー、隠すつもりもないけど、あたしはあそこの元パーティーだから」


 ヘナヘナと崩れ落ちるロウを見て少し可愛そうな気持ちが湧いてしまう。最早、酔いは冷めてしまったみたいだ。

 よろめきながら立ち上がるロウにミドラは止めを刺す。


「待ちな、うちの娘に手を出したんだ。慰謝料として金貨1枚置いていきな」


「──ッ、それは!」


 金貨1枚と聞いて、ロウの顔は青ざめる。


「はーん、出せないっていうならいいよ。あんたのとこのギルド『炎熱の釜』だっけ?あそこの隊長は、赤ん坊の時から知ってるからね。あんたの素行の悪さも一緒に届け出てやるけど、それでもいいかい」


「そっ!それだけは!!⋯⋯払いますから」


 よろめきながらカウンターにまで歩み寄ると、ロウは震える手で袋から金貨を1枚探し出すと、名残惜しそうにテーブルへとのせた。


「さ、荷物まとめて出ていきな」


 ミドラの声に男は振り返らずに、よろよろと階段を登る。


「あのパーティーにいた人が店主なんて、化け物だ⋯⋯」


 ぶつぶつと独り言を念じながら、上がるロウの足取りは重い。

 全面的にロウが悪いのだが、あそこまで完膚なきまでにプライドをへし折られる姿を見てると、少し同情してしまいそうだ。


「ん。おかぁ遅い」


 ミドラにフーシェと呼ばれた少女は、少し拗ねたように口を膨らませるとミドラをビシッと指さした。

 しかし、その指は突然僕の方にも向けられる。


「お兄さん。あなた凄く強いから私気になる」


 え、僕何かしたっけ?何かする前に解決しちゃったんじゃないかな?


 困る僕に対して、ミドラが豪快に笑う。


「いや〜悪い悪い!まさか、あんな酔っぱらいが来るなんてな。あ、これが娘のフーシェ、まぁ見ての通り養子だけどね。滅茶苦茶可愛いだろう!──さて、お詫びに今日は飯と宿代は無料ただでいいから。で、待たせたね──」


 そう言うと、ミドラはその大柄な身体の後ろに軽く手招きをする。


 そこには──


「あの、ユズキさん大丈夫でしたか?」


 現れたイスカの姿に僕は言葉を失う。

 ボロボロになった洋服や、土煙に汚れた肌は見違えるほどに綺麗になり、イスカの透き通るような白い肌は、刺繍が施された白いシャツに包まれ、紺色のスカートは膝下まで伸び、その裾からはほっそりとしたしなやかな足が見える。キュッと紐で締められたダークブラウンのブーツは、足回りを引き締めるように見せるだけでなく、機能性を兼ね備えているように見えた。


「あの、遅くなってごめんなさい⋯⋯ミドラさんから身体を清めていいって言われて」


 余りの可憐さに、言葉を失ってしまった。


「ほれ、女がここまで綺麗になって出てきたんだ。気の利いた言葉くらいかけてやんな」


 ──!!


 ミドラの声でハッと我に返った僕は、何かを言おうとして必死に言葉を探す。


「えっとイスカ──、本当に凄く綺麗だよ。君を助けられて本当に良かった」


 僕の言葉にイスカは赤面し、少し垂れた耳は真っ赤に染まっていた。

 僕の顔だって、火が出そうな程に真っ赤だ。

 背中には、じっとりと汗が出てくるようだ。


「ごちそうさま、女性の口説き方30点」


 三つ指立てた、表情少ないフーシェの容赦ない採点が、僕の心を今日一番に傷つけたことは確かだった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 してやられた。

 ミドラから鍵を借りて部屋に一歩踏み入れた僕は、ある物を見て固まってしまった。

 入ったのは客室であるからにして、僕の目の前にあるのがベッドであることは至極当然であるわけなのだけど──


 これ、ダブルベッドだよね?


 僕とイスカの前に鎮座するベッドは、明らかに人一人で使うには大きすぎる。かといって、狭い客室の中には他のベッドがあるわけもなく。


 僕が思わず立ち止まってしまっていると、なんと先に動いたのはイスカだった。

 僕の右手をイスカは握ると部屋へと誘う。


「ユズキさん、心細くて一部屋にして欲しいって言い出したのは私ですから、入りましょう」


 髪をかき分けて見えるイスカの耳は、薄暗い客室の中では色味が分からなかったが、きっと赤くなっているに違いない。

 手を惹かれた時に、仄かにイスカの首元から香る香水の匂いに僕はドキッとさせられてしまう。

 きっと、ミドラにつけてもらったのだろう。


 でも、イスカさん。ベッド1つですよ?そこに突っ込みはないのかな?

 やけに落ち着いているというか、決意したというか、なんか迫力があるんだけど、どうしたの?


 室内にはランタンの形をした照明が1つあるだけで、他に光源はない。ランタンの中には光る石が封じ込められており、石が放つ光はカットされた断面に応じて万華鏡のように室内に拡散した光を投げかけている。


 幻想的な光に包まれた室内で、僕は装備を下ろす。

 身体はもうクタクタだ。

 今すぐにでも眠りにつきたいが、汗ばんだままの身体は気持ちが悪い。


「ちょっと、身体拭いてきてもいいかな?」


 僕はポーチの中から、受付で買い取った寝衣とタオルを引き出す。

 イスカは、ミドラに連れられて戻って来たときには、寝衣を受け取ったのか袋を持っていたが、ポーチに入れることは拒んでいた。


 コクコクと小さく頷くイスカの手には、いまだにしっかりと袋が握られている。


「僕は洗面の所で身体を拭いて着替えるから、イスカは広くここで着替えてね。出る前に声をかけるから、着換え中だったら言ってね」


「は、はい!分かりました」


 耳が小さくピコピコと動くのは見えるが、薄暗い照明の中でははっきりとイスカの顔を見ることはできなかった。


 さて、僕は部屋に唯一ある扉を開けてみる。

 そこには古びた洗面台と、洋式に似た形の便器が鎮座していた。

 壁には


『使用の際は、水の魔石にお客様の魔力を供給してください』


 と書かれている。

 よく見れば、洗面台と便器の上には、それぞれくすんだ色の石が取り付けられている。


 なるほど、これに魔力を込めれば水が出るわけだ。


 ん、でもどうすれば?

 そこで、僕は先程覚えたばかりのスキルについて思い出していた。


『魔力譲渡』


 僕はステータス画面を開き、『魔力譲渡』の項目について調べてみる。

 そこには次のように書かれていた。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『魔力譲渡』

 友好関係を結んだ相手に対して、魔力を譲渡できる。

 友好関係がない場合でも、使用者が対象に使用することを決定した場合、その一部の効果を使用することができる。

 無生物に対しては、魔力供給という形で魔力の譲渡を実施することができる。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 なるほどね。それなら生活魔法が使えない僕でもできそうだ。

 狭い洗面所で、パンツ1枚となった僕は右手を洗面台の石に近づける。

 与える魔力が分からないから、とりあえず最小出力で様子を見よう。


 そーっと、そーっと静かにグラスに水を注ぐイメージで──


魔力譲渡アサイメント


 シュババババッッ!!


 ブルッと魔石が青白く光ったかと思えば、もう遅い。

 魔石から溢れ出た水は洗面台にぶつかると、僕に跳ね返り水しぶきが直撃した。


「つ、冷たい!!」


 思わず叫び魔力供給を止める。


「大丈夫ですか!」


 扉の外からイスカの声が聞こえ、僕は大丈夫と答えたものの大惨事だ。

 全身水浸しになるだけでなく、床までがグッショリと濡れている。


 水シャワーを浴びれたと思おう。


 僕は呟くと、寒さに震えながら身体を拭くことになるのだった。




「イスカ、出ても大丈夫?着替え終わった?」


 僕は身体だけでなく、床まで拭くはめになっていたのだから、イスカはとっくに着替え終えているだろうけど、一応寝室のイスカに声をかける。


 ガサゴソ、バフッ


 何やらドタバタしたような音が聞こえた後に、少し慌てたイスカの声が聞こえた。


「あ、あの!出てきて大丈夫ですよ!」


 何を慌てているのだろう。

 寝間着に着替えた僕は寝室に戻ると、そこにはベッドの上で布団をギュッと身体に押し当てるイスカがいた。


 あ、そうか。

 緊張させているのか。


 僕はそう思い、ベッドの横まで歩くと床にゴロンと寝転がる。


「──!」


 ビックリしたような眼をしたイスカに僕は笑う。


「いきなりダブルベッドしかないと心配しちゃうよね。大丈夫だよ、僕は床で寝るから、イスカはベッド使っていいからね」


 いや、本当は僕だってベッドで寝たい。

 木でできた床はゴツゴツしてお世辞にも良いとは思えないけど、さすがに今日出会ったばかりの女の子と、同じベッドで寝ますなんて主張する程落ちぶれてはいないはずだ。

 明日にはミドラさんに文句を言ってツインの部屋に替えてもらおう。


「あ、あの!ユズキさん、違うんです。って──ワッ!」


 急にベッド上で上体を起こしたイスカは、身体に巻き付けていた掛け布団に引っ掛かり──

 そのまま僕の上に!


 ドサッ!


 降り注ぐように落ちてきた僕は、イスカが床にぶつからないように受け止めた。


「危なかったぁ、大丈夫?って──!」


 イスカを抱きとめる形になった僕は、イスカの服装を見て飛び上がりそうになった。


「イスカ!ふ、服!」


 暗くて、よく分からないが。

 イスカが纏っているのは、明らかに、透け感がありすぎるシースルー。

 洋服の上からでは分からなかったイスカのしなやかな肢体が、室内の明かりに透かされ、際どい輪郭が僕の目の前へと露わになる。

 豊満とはいかないまでも、張りのある2つの膨らみ。腰のくびれは理想的なカーブをウエストからヒップに向かって描き、二本のほっそりとした足はシースルーから流れ落ちるように、僕の足を跨いでいる。


「ユズキさん、私ならいいですよ⋯⋯」


 ほぼ密着したような状態から、熱く甘い吐息が僕の首元へと落ちてくる。

 緊張したような、それでいて熱く蒸気したイスカの顔は恥ずかしさからか火照っている。

 零れ落ちそうな翡翠色の瞳が僕を覗き込み、潤いに満ちた唇の動きは僕の視線を釘付けにさせる。

 イスカは恥じらうように、その身を僕に預けてくる。

 柔らかな膨らみは張りがありながら、この世の物とは思えない柔らかさで僕の胸を優しく圧した。

 イスカの下腹部が僕の身体に密着すると、イスカは小さくピクッと震えると恥じらいながらも、全体重を僕に預けようとして──


 あ、これはやばい。理性が飛ぶ。


「ええいっ!」


 だけどだ!

 僕はイスカをなるべく見ないようにして抱き上げると、ポイッとベッドに乗せて、ドサッと掛け布団を身体にかけてやる。


 どうして?


 そう問いたげなイスカの顔には戸惑いの表情が浮かんでいた。

 その顔を見て、僕は困ってしまうが。ちゃんと伝えた方がいいだろう。僕もベッドに上がるとイスカとしっかりと向き合う。


「その、本当はすっごくドキドキしたんだけど。初めて会ったばかりなのに人間を避けていたイスカがこんなことするなんて。⋯⋯ミドラさんと何かあったのかい?」


 僕の困り顔を見たからなのか、それとも緊張の糸が途切れてしまったのか。

 翡翠色の瞳がコロコロと動いたかのように、ブワッとイスカの両目に涙が溢れた。


「だってぇ⋯⋯私何も、持ってないですから。お金も、力もない。命を助けてもらって、宿にも泊めて頂いて、返せる物と言ったら私の身体くらいしか⋯⋯」


 泣きながらイスカは続ける。


「ミドラさんからは、この町でハーフやクォーターが生き続けるには、周りを黙らせるような力や地位を手に入れるか、力を持っている人に守ってもらうしかないって。だから選ぶしかないって、ユズキさんに見合うような力を持つか、ユズキさんに守ってもらうかをって。私には、力なんてない。もし、今一人になったら私──」


 そうか、それで選んだのか。

 僕がイスカを手放さないように、イスカは唯一持っている自分の身体で僕を繋ぎ止めたかったのだろう。


 僕には想像もつかない種族感の差別や文化。きっと、過去の地球でも行われてきた迫害が、今のこの世界の現状だ。

 強い物に守られることも、生きるために選ぶことは当然のことなんだ。

 でも!僕はそれでも、そんな生き方をイスカにはしてほしくない!


 僕はそっとイスカの手を握る。


「大丈夫だよ。僕はイスカを見捨てない。でも、そのためにイスカが僕に身体を差し出すことなんてないんだ。その──イスカみたいに素敵な子が誰かに守られなければ生きていけないなんて間違ってる。この世界のことを分からない僕が言うのもおこがましいけど、何かに縛られることなくイスカがイスカらしく笑って過ごせることが大事なんだ」


 僕はイスカの瞳を真っ直ぐに見据える。


「だから、何も差し出さなくていいから。これからも、この世界に来たばかりの僕を助けてくれないかな?」


 素直に好きになったと言えばいいのに。

 これが、ヘタレなのか良い人どまりの所以なのか。

 でも、心身共に疲弊しているイスカに好意を伝えることは、弱った心につけこむようでどうしても口から出てこなかった。


 ポロポロと涙をこぼしていたイスカだったが、泣き止むと優しく僕に笑いかける。そして──


「えいっ!」


 イスカはいきなり僕の首筋に両手を巻き付けると、そのまま体重をかけて後ろに倒れた。


「わわっ!」


 当然、首を掴まれた形の僕も倒れることになるわけで。

 二人して仲良くベッドに横たわる形になった。

 僕の目の前には、鼻と鼻が触れ合いそうな近くにイスカの顔がある。


「ミドラさん言ってくれたんです。私が、これからもユズキさんの側にいることが嫌なら守ってあげるよって。でも、私断ったんです」


 え?

 イスカの言葉にドクンと胸が音を立てる。


「それってどういう──」


 僕の言葉は、熱く柔らかいものに塞がれた。


 !!


 しっとりとした感触と甘い香り。

 唇に触れる柔らかさにのぼせてしまいそうになる。


 たっぷりとした時間だったのか、一瞬だったのか。

 そっと離れて行くイスカの顔は、蒸気しながらも少し拗ねているようにも見えた。


「──もう、ばか。私は、ユズキさんのことが好きになってきているからこれからも一緒にいたい。──そういう意味ですよ!」


 イスカは小さな声で言い終えると、たまらなくなったのか、ボスンと頭を布団の中に隠してしまった。



『友好度が親愛度に変化しました。これにより、対象イスカに対して譲渡士の全てのスキルを使用可能となります』


 セラ様AIの声が聞こえたけど、今の僕の頭にそれを理解する余裕はない。顔を真っ赤にさせながら、僕は異世界初日の夜を過ごすことになるのだった。

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