これが初邂逅のようです
「あ、ううっ⋯⋯」
意識が戻った僕は、ヒリヒリと痛んでいるはずの頬をさすりながら起き上がった。
瞳を開けば少しクラクラする気がしたが、すぐにリズに張られたはずの頬に痛みがないことに気付いた。
「お、おはよぅ。さっきは悪かったわ⋯⋯、その、結構赤くなっていたから治しておいてあげたわよ」
起き上がったところは、先程と変わらない宿屋の僕の部屋。
流石にイスカとセラ様も着替えを終えて身支度を終えている。
「ふむ、やはりレベルが下がると、リズ様のビンタは人を殺めかねませんな」
気がつくと、髭を触りながらローガンがリズの後ろに立っていた。
どうやら、ローガンも部屋に来てくれたようだ。
「さ、流石にあれくらいで気絶しちゃうとは思わなかったもの」
スカートをキュッと握って、リズが恥ずかしそうに下を向く。
「レベルが45に戻ってたんだけどね。流石に60を超えているリズのビンタには耐えられなかったよ」
「ん。S級クラスの冒険者レベルのレベルのユズキが一発。普通の冒険者なら首がもげてる」
う⋯⋯確かに、レベル45は普通ならS級に分類されるレベルだ。
これを、昨晩のレベル30の時に受けていたと思うとゾッとする。
流石に、『魔王』の称号は伊達じゃないということか。
「30分も意識を失ってたから、本当に心配しましたぁ」
少し涙目でイスカが僕の手を握ってくる。
横を見ると、同じように心配そうな目で少し所在なさげに座っているセラ様の姿が見えた。
「それにしても、ほんとっ。夜になると毎回女の子が増えるってどういうことよ?」
リズがジト目で僕を睨む。それは、自分のことを含めてだろうか?
その視線にたじろぎつつも、僕はイスカに「セラ様のことを言ったの?」と、アイコンタクトをとる。
──フルフル
イスカの頭が少しばかり左右に振られた。
確かに、「この女の子が創造神です」とでもいきなり説明しようものなら、正気を疑われることだろう。
「先に言っとくけど、その女の子。普通の人族じゃないわよね?」
ため息混じりに腕を組んだリズが、ビシッとセラ様を指さす。
うーん、知らないとはいえ、神様を指さしているなんて知ったら卒倒するのではないか。
「ん。フーシェには普通の人族に見える。危険も関知しない」
フーシェはそう言うと、トトトッと小走りにセラ様に近づくと、その張りのある頬をムニッと伸ばした。
「ヒャッ!何するんですかぁ。うに⋯⋯うまく喋れませんぅ」
「見た目通り素晴らしい触り心地⋯⋯」
本来なら、大慌てで引き剥がさなくてはいけないレベルの粗相なのだが諦めよう。フーシェなら、きっと正体を知っていたとしてもやりかねない。
それに、人扱いをしてほしいと願ったのはセラ様自身だ。
だとしても、隣で青ざめるイスカが一般的な反応であることは間違いない。
「もう、このメンツで大分慣れたわ。さぁ、大抵のことじゃ私はビックリしないわよ」
リズが自信満々に胸を張る。
「ふぅん。その話、僕にも詳しく教えてくれないかな」
「──!!」
いきなり、部屋の外から聞いたことのない男の声が聞こえた。
「誰だ!」
一気に緊張が高まる。
しかし、次に言葉を口にしたのはローガンだった。
「──そんな、まさか」
狼狽したようなローガンの声。
その声は、少し震えているようにも聞こえた。
「ふんっ、まさかこんな所でお前に再会するとはな。ローガン」
凛とした声。
芯の強さを感じさせる声量は、自尊心から来るものなのか。
「ジ、ジェイク様──」
これが、ローガンが再会することを目的としていた『勇者』!!
長身のローガンの陰に隠れて、その姿は全容が見えない。
ジェイクは目深にローブを被っており、そのフードの暗がりからは、眼光が鋭くこちらを睨みつけていた。
「なんだ、ここに『魔王』がいると聞いてきたんだが⋯⋯。随分大所帯じゃないか」
『魔王』という言葉を聞いて、仲間達に緊張が走る。
何故ここに、『魔王』がいるということが分かったんだ?
皆目検討がつかない。
ここウォールに到着してから、リズが『魔王』であるというやり取りをしたのは、レグナント号の船長であるビビとだけだ。
ビビが命の恩人であるリズのことを町中で話したとは考えられない。
しかし、あの船着き場でビビとリズが話をしていた時、周囲に人はいなかった。
だとしたら、何故ジェイクはここに『魔王』がいると分かったのか。
思考が時間を凝縮したかのように回転する。
だが、ジェイクは誰が『魔王』であるかを分かっていない。
分かっているならば、既にリズに対して何かしらのアクションを起こしているはずだ。
「此度の再会⋯⋯、このような緊迫した形で行うつもりではございませんでした。私は、追放された身ではございますが、ジェイク様を追って魔大陸へと渡ったのです。その私が、何上『魔王』と共にここにいると思われるのです」
流石は、ローガンだ。
決して動揺することもなく、かといって不自然さを感じさせない声色でジェイクに話しかける。
「ふんっ、僕は『勇者』だぞ。ローガン、お前とは見ている世界が違うんだ。とはいえ、流石に情報がなければここを探し当てることはできなかった。しかし来てみれば、ローガン。まさかお前がいるとは思わなかったがな」
「ジェイク様。見ての通り、ここには女子供しかおりません。それを『魔王』がいると言う情報だけで真偽を疑うことなく来られることは、『勇者』としては浅慮でございますぞ」
ローガンが僕達を庇うように前に立つ。
その姿は、長年ジェイクの世話係を続けて来た師としての行動のように思えた。
しかし、ジェイクはおもむろにローガンへと一歩近づくと、いきなりローガンの襟首を掴み、床へと叩きつけた。
「──ガハッ!」
速い!
レベルが落ちた今の僕では、見ることがやっとだ。
──!
僕がベッド横の剣を手に取り、狭い室内をジェイクに向かって行くよりも速く、2つの人影がジェイクへと襲いかかった。
短刀を煌めかせて、狭い室内を猫のようにしなやかに飛びかかったのはフーシェ。その横でリズが手をかざすと、黒い靄が現れ一直線にジェイクへと伸びていく。
「ハッ!こんなもの!」
──ギギンッ!!
「フーシェっ!!」
剣戟の音と共に、靄の中から弾き飛ばされるように僕達の方へと吹き飛んできた小さな影はフーシェだった。
完全に力負けをしたのか、一直線に飛んでくる身体を僕は剣を手から離して受け止める。
「ガハッ!」
勢いは止まらず、僕の身体は背後の壁へと叩きつけられた。
肺がフーシェの身体と壁によって押しつぶされ、口から空気が塊のように吐き出される。
「──ああっ!!」
僕の腕の中で、抱きとめられたフーシェが、今まで聞いたことのない程の絶叫を上げた。
「大丈夫か!?」
僕は慌てて、フーシェを見て絶句する。
フーシェは、左腕をしっかりと胸に抱きしめるように抱え込んでいた。
すると、みるみるうちに給仕服が鮮血に染まりだす。
純白の生地は鮮やかな赤に、黒い生地は墨を垂らしたかのように広がりを見せる。
「なんてことをっ!!」
床に押さえつけられたまま、ローガンが激昂する。
しかし、ジェイクはローガンの言葉を一向に意に介さず、口元に笑みを浮かべた。
「はぁん、なるほどね。ところで、ローガン。お前は明らかに『魔族』と一緒に行動しているわけだが、それはどういう了見なんだ?まさか、僕にパーティーを追い出された腹いせに、魔族と結託したというかい?」
「何を馬鹿なことをおっしゃるのです!」
組み伏せられたローガンが、身をひねってジェイクの拘束から逃れようとするが、完璧な形で押さえつけられているのか、ローガンは身体を満足に動かすことさえできない。
「『体力譲渡』!」
「『癒やしの風』!」
僕とリズが同時に、フーシェに向かって回復を行う。
「ガッ!」
僕の右手から白い光が抜け出ると、レベル低下した体力の大半を奪っていくかのように強力な脱力感が身体を襲った。
僕の『譲渡』と、リズの放った回復の光。
2つの光がフーシェの身体を包むと、血の気が戻ったのかフーシェの頬に赤みがさす。
「分かったぞ。お前が『魔王』なんだな」
僕達の様子を見ていた『勇者』ジェイクは、その肩書とは程遠い歪んだ笑みを口元に浮かべて不敵に笑うのだった。




