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起きたはずなのに眠らされます

 鳥の鳴き声──?

 カーテンから差し込む柔らかな光。

 そうか、朝が来たんだ。


 ──ギャッギャッ!


 鳥の鳴き声と思っていた僕の耳に飛び込んできた音は、小鳥の囀りとは程遠い、テレビで聞いた恐竜のような鳴き声。

 その騒々しさによって、僕の重たい瞼は開くこととなった。


「あぁ──そうか、ここは魔大陸だったか」


 隣のベッドを見てみると、イスカとセラ様が肩を寄せ合って眠っている。

 美少女二人が眠っている姿を、間近で見れることは凄く光栄なことではあるのだけど。


「このうるささで、よく起きないなぁ」


 上の屋根で、鳥なのか魔物なのかよく分からない生き物の鳴き声が響き渡るため、目覚めは良くない。

 ただでさえ船旅の疲れも抜けきれていないうちに、夜中はセラ様との邂逅もあり、緊張からか寝付きも悪かった。


「おーい、起きるよ」


 僕は気怠い身体を起こして、イスカの張りのある頬を人差し指でつついてみる。

 プニッ

 という擬音語が付きそうな程に柔らかい感触が僕の人差し指に伝わってくる。


 周囲からガタガタと音が聞こえるのは、先程の生き物の声によって起きた冒険者達が、旅の支度を始めているのだろう。

 慌ただしく金属が打ち合う音が聞こえるのは、装備を身に着けているのか。


「あ、隣も起きたみたいだ」


 僕達の泊まっている部屋の左の部屋からも物音が聞こえた。

 こっちは、リズとフーシェの部屋だ。準備が整ったら二人は間違いなく僕の部屋を訪れるだろう。

 慌てて、僕もイスカとセラ様を起こすために、今度はイスカとセラ様の身体をゆっくりと揺らした。


「んんっ」

「おはよぅございますぅ」


 二人同時に眼をこすりながら起き上がる。

 うーん、女神様とは眠るものなのか?


『あれは、人族の身体に宿った為だと推測されます』


 うぉっ!

 セラ様の目の前でセラ様AIが脳内で響き渡ると、なんだか不思議な気分だ。

 特に声はほとんど同じ、いや、目の前のセラ様が少女の身体に入っていなければ、声は全くの同じなのだ。


 うーん、混乱する。

 そんな、僕の葛藤を察してか、セラ様AIが提案を持ちかけてきた。


『確かに、脳内で響く声と本体からの声が一致しているとマスターに負担をかけてしまいますね。それでは、これから私のことをセラ様を模したAIということで、『セライ』とでもお呼び下さい』


 本当にこの声はスキルの一部なのか?

 ここまで会話のやり取りがスムーズになると、脳内に会話相手の女の子がいる気分だ。


『勿論です。『譲渡士』としての職業、『レベル9999』はアマラ様の物でしたが、システムを通じてマスターの身体に取り込まれる時に、セラ様を経由しています。あくまで、私はスキルの一部ですが自我のような物が芽生えたということは、スキルが成長している証なのでしょう』


 なるほど。それにしても、今日からマスター呼びをされるとは何だか照れくさい気持ちだ。


『あれ?でも、『譲渡士』って職業でスキルじゃないよね?『レベル9999』もよく考えたら、スキルじゃなくてギフトのようなものだし──じゃあ、君を作っているスキルというのは──』


 僕が脳内で言葉を続けようとした時、隣の部屋では部屋を出ようとする音が聞こえてきた。そして、次の瞬間──


 バガンッ!!


 扉を破壊したのかと疑う程の音。間違いない、フーシェがドアを開けたのだ。


『ほら、マスター二人が来ますよ』


 おっと、ボーッとしている場合じゃない。

 セラ様AI、いや、今はセライか。彼女に声をかけられて、僕は慌てて二人に向き直った。

 気がつくとまだ眠気眼の二人が、ぼんやりとしていた僕の顔を不思議そうに覗き込んでいる。


「ご、ごめん!そろそろ起きないと。フーシェ達もすぐここに来るから」


 僕がそう言うと、二人は息を合わせたかのようにコックリと頷くと、身支度を始めた。


 ──コンコン


 すぐにノックする音が響き、フーシェとリズが僕達の部屋に着いたのだと分かる。


「ごめん!今着替える!!」


 危ない。僕も慌てて着替えるために、寝間着を取り払った。


「キャッ!!」


 セラ様の声が聞こえて、僕は真っ赤になった。

 いつもは、イスカしかいないのだが、そうだ、今日はセラ様がいるのだ。

 癖って恐ろしい。


「ご、ごめんっ!」


 慌てて、ベッドの影に隠れるように着替え始める。

 狭くてやりにくい⋯⋯。


「ごめんなさい、少しビックリして。──でも、ユズキさんが良ければ、私は全然見ても大丈夫、いや、見せて頂いて大丈夫なんですよ?」


 ──あれ、セラ様?

 明らかに後半、口調が興奮していませんか?


「あのー、セラ──さん?」


 僕が困ったように声をかけると、慌てたようなセラ様の声がベッドの向こう側から降ってきた。


「ご、ごめんなさい!ほら、ユズキさんの身体を作ったのは私じゃないですか⋯⋯。だからそう、ちょーっとだけ私の理想像を詰め込んで見たといいますか。そして、その身体が実際に動いているのを見ると。こう──感慨深い物があります。ふ、ふふっ」


 この身体がセラ様の理想像?

 う、うん?

 なんか少し光栄だけど、怖いぞ。


「──セラ様?」


 あ、なんか地雷を踏んだようなイスカの声。

 勿論、ベッドの下で着替えている僕はイスカの表情を読み取ることができない。


「な、なんでしょう──?」


 セラ様の口調が緊張を含んでいるということは、僕の彼女はかなりの迫力ある顔をしているに違いない。


「ふふ⋯⋯セラさん。例え理想の男性がユズキさんだとしても!女神様に譲るつもりはありません!」


 高らかな宣言が頭上から聞こえる。

 丁度僕はズボンを履こうとしていた途中だ。

 朝という環境の、血行の良くなった下半身が少しばかり主張をしてしまっている。


 ──オマエも女神様に作られたんだと思うと感慨深いよ。


 なんて、馬鹿なことを考えていた思考は、次の瞬間に起こった大音量によって吹き飛ぶこととなった。


 バギンッ!!


 鍵が根本からへし折られる音。

 間違いない。これは、久々のドアクラッシュだ。


「──ん。新しい女の匂いがした」

「貴女、さっきはギリギリドアを壊さなかったのに、今度は壊すのね」


 そう言いながら、二人共ずかずかと部屋へと入ってくる。

 僕、着替えるって叫んだよね?


「あ」


 音に驚いて、ズボンを履ききっていなかったことを思い出す。

 思わず背筋に冷汗が流れる。


「ん。ユズキおはよう。レベルが下がっていても下の方は上がっているようで何より」


 フーシェ⋯⋯何、そのオヤジみたいな言葉。


「キャアァッ!!なんてもの見せるのよ!」


 フーシェの対応に気を取られた瞬間、顔を真っ赤にしたリズが視界に飛び込んでくると、振り上げた右手がいきなり僕の頬を張った。


 ──バチィッ!!


 その、ある種理不尽な衝撃に意識が吹き飛びそうになる。


『現在のマスターのレベルは45。63のリズさんに比べたら18の差がありますね』


 これが、18レベル差の衝撃!!

 危うく、床にめり込みそうになったが、ギリギリの所で意識と共に留まった。


『ユズキさん!?』

「ちょっとユズキ!?」


 イスカとセラ様の声が重なり、僕が吹き飛ぶと思わなかったリズが焦りの声をあげる。


 そんな様子を見ていたフーシェが最後にポツリと呟く。


「あ、下もレベルと同じくらいに戻った」


 その言葉を聞いて、僕は踏みとどまっていた意識が自尊心と共に遠のくのを感じた。

 フワッとした感覚と共に、僕の視界は次の瞬間暗転してしまうのだった。







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