女神様の価値観は少しズレているようです
小さい、明らかに小さい。
しかし、僕の目の前に佇む少女は、明らかに女神セラ様を幼くしたかのような御姿。
闇の中、光を放っているのかと見間違える程に純白に広げられた翼は、まさしく転生前にお会いしたセラ様と同じものであった。
「セラ様の御前でこのような姿をお見せしてしまい、失礼致しました!」
慌てて寝間着姿のイスカが跪く。
僕にとっては、命の恩人だ。
あまりの衝撃に固まってしまったが、すぐに僕もイスカにならって跪いた。
「ふぇ⋯⋯」
──ふぇ?
思わず、セラ様の口から漏れ出た声に、心の中で疑問が浮かんだ。
しかし次の瞬間、感情が溢れたかのようなセラ様の声で僕達の思考はかき消されることになった。
「ふぇぇ〜ん!怖かったですよぉ!!ユズキさんに助けてもらって、本当に良かったです!!」
神様の世界で、女神アマラ様にボコボコにされていた時のセラ様再びかというくらい、女神さまの威厳を忘れてしまったかのように、か細い泣き声をあげると、抱きつくように僕の胸にセラ様が飛び込んできた。
まさか、女神さまに抱きつかれるなんて思ってもいない。
そして、そんなことより
──力強っ!!
「わわっ!」
飛びつかれた衝撃で、僕は思わず地面に倒れ伏してしまった。
「きゃっ!」
セラ様も僕が受け止めきれないとは思ってもみなかったのか、可愛らしい悲鳴をあげて僕を押し倒すかのように、ピッタリと覆いかぶさってしまった。
──案件?これ、案件になるよね?
それより、ここに信者がいたら殺される?
様々な感情が脳内を駆け巡るが、何となく冷たい視線を感じ、僕は思わず視線の主へと顔を向けた。
うん、あぁ。やっぱり、そんな目で見てるよね。
「あのぅ、セラ様。セラ様がなんでこんな所にいるんですか?」
少し冷めたイスカの口調は、笑顔だけど怒気を含んでいるようで怖い。
「セラ様が僕の上にずっと乗ってちゃ駄目です。さ、降りましょう」
慌てて、僕はセラ様の華奢な身体を支えると、そっと身体からおろした。
細身と思いながらも、女性的な柔らかさを含んだ身体は、ドキッとしてしまう。
まぁ、女神様の身体を触れてしまうなんてことは⋯⋯いや、初対面で翼を触ってしまったか。
慌てながらも、僕も立ち上がる。
少し取り乱したような仕草をしていたセラ様だったが、スンッと小さく鼻をすすると、少し瞳をうるませながら口を開いた。
「こ、こ、怖かったです。この前、お会いした時にアマラ様に連れて行かれた後、長老会に引っ張られて行って1ヶ月間休みなしで報告書を作成させられて、長老様達の説教を頂いていたんです。そして、長老会の最終結論が『人族の一生分、このセラフィラルで過ごすこと』ってなったんですよぉ」
ほぼ息継ぎもなく、早口でまくし立てるセラ様は余程怖い思いをしたのか、その純白の翼をパタパタとはためかせて熱弁した。
「いくら、神様にとって人族の一生が瞬きくらいのものとしても、いきなり、見知らぬ土地に降り立ったら、もう心細くて⋯⋯だから、すぐに子供達に声をかけたんですけど⋯⋯」
『子供達⋯⋯?』
セラ様の言葉に、僕とイスカが声を揃えて絶句する。
その様子を見ていた、セラ様は慌てて両手と首を力強く横に振った。
「ち、違いますよ!私はほんの140億歳くらいの新米女神ですが、他の殿方の神と関係を持ったことはありません!⋯⋯ですが、ほら私の世界で産まれた生命は、全部私の子供達みたいなものですし⋯⋯困っていることを伝えたら、助けてくれると思ったのですけど」
「それで、まさか──魔族に声をかけてしまったと──」
恐る恐るといった口調で、イスカがセラ様に尋ねる。
セラ様は、その通り!と力強く同意するように胸の前で握り拳を作った。
「そ、そうなんです!きっと子供達なら助けてくれると思って声をかけたのに、いきなり、「とびきりの有翼族の子供だ!高く売れるぞ!」って私を攫おうとしたので、怖くなって逃げてしまったんです」
──返す言葉が見つからない。
いや、女神様なのだから僕達の価値観で物事を測るのはできないのかもしれない。
とは言っても、流石に無理があるよ。
涙目で力強く力説するセラ様だが、これだけ見ると怖い思いをした幼い女の子が家族と再会した時のような絵面にしか見えない。
「流石に、魔族でもここに創造神がいらっしゃるとは思わないでしょうし──」
イスカも困ったような表情だ。
とにかく、ここにいてもウォールの寒空の下だと落ち着くこともできない。
「あの、セラ様さえよろしければ、僕達の宿に向かいませんか?」
僕が提案すると、セラ様の顔がパアッと明るくなる。
そして、即答するように首を縦に振った。
今までの不安や緊張が解かれたようなセラ様の表情に、僕は少しホッとした。
「では、行きましょうか」
僕の言葉に、セラ様は少しもじもじとしていたが、すぐに意を決したかのように、そのか細い手を僕とイスカに差し出した。
「あの⋯⋯よければ、手を引いてくれませんか?まだ怖くって⋯⋯」
その仕草に、思わずグッと庇護欲を掻き立てるような衝動が襲ってくる。
どうやら、イスカもセラ様の仕草と表情にやられてしまったようだ。
圧倒的愛くるしさに目眩を覚えてしまったように、フラフラとしながらイスカは差し出された手を握った。
僕も差し出された小さな手に、少しの躊躇いを覚えたが意を決して握ると、ふわりとした絹のようなきめ細かい肌の感触が僕の手に伝わってきた。
「ふふっ、行きましょう。ユズキさん、イスカさん」
両手を左右から握られニコニコと笑うセラ様。
ふと、僕とイスカが結婚して子供が産まれたなら、いつかこのように歩いているのだろうか?
そんな思いが胸中に去来した。
女神様を見てそんな未来を連想してしまうことは失礼だったかと、内心焦ったが、セラ様は僕のことを気にする様子もなく嬉しそうに前を向いている。
「では、出発です!」
僕達を先導するように、手を引いて歩きだしたセラ様に引っ張られるように僕とイスカは歩きだした。
明けましておめでとうございます!
今回は少し短めの投稿となります。
次回は、1月14日(金)までの更新を目指したいと思います。
本年もどうぞ、よろしくお願いします。




