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クラーケン討伐を行うようです⑩

ビビが見張り台に上がる。


「キ、キャプテン!?」


見張り台に登っていた男が、ビビが上がってきたことに驚きの声を上げた。


「どきなっ!」


「イエス!マム!」


ビビが一喝すると、男は弾かれるように見張り台から飛び出すと、マストのヤードの上へと飛び移ってしまった。


僕はビビの後を追って、見張り台の下までついてきていた。

ビビは見張り台にヒラリと身を翻して入ると、周囲の艦船を見渡した。


「ははっ、これをやってクラーケンが襲ってきた時は何とかするんだよっ!よし、ユズキ!耳を塞ぎなっ!!」


そう言うと、ビビはすうっと一つ息を吐き出すと、今度は胸一杯に空気を吸い込んむ。そのまま、ビビが天に向かって口を開くと、数キロは聞こえる程の声量が響き渡った。


「トナミカ連合の諸君!私はレグナント号の船長ビビだ!これよりクラーケンに総攻撃を仕掛ける!クラーケンの周囲を石障壁(ストーンウォール)で囲み、その中にしこたま火魔法を打ち込むんだ!水に火はきかないと思っている諸君!焼けた鍋に水をぶち込んだことを想像しろ!あの爆発をクラーケンにくらわせるのだ!安心しろ!ここにはトナミカギルドマスターのウォレーン氏とエラリアギルドマスター、ラムダン氏よりお墨付きをもらった支援術士がいる。我こそは、火魔法と土魔法が使えると思った者は光球(ライトボール)を船上に上げろ!」 


僕がお墨付きを頂いているわけではないが、こういうものは、信じさせることが必要だ。


しかし、レグナント号は魔族の船だ。

その言葉を皆が聞いてくれるのだろうか?


その心配が脳内によぎる。

やはりというか、船上に『光球(ライトボール)』が上がる船はない。


──!!


ビビの大気を震わす程の大音量に、クラーケンがレグナント号を標的に決めたらしい。


ギュボッ!!


大音量と共に、レグナント号の横っ腹をかすめるように水中から水柱が上がった。

直撃を免れたのは、ビビが演説をした瞬間に操舵員が舵を全開できっていたためか。


しかし、その衝撃で数人の乗組員が海中に落ち、船体が悲鳴をあげる。


「浮き輪を投げ込め!」

「捕まれれば何でもいい!木の板でも投げてやれ!」


甲板の乗組員が慌ただしく動き回る。


そんな中、フーシェは甲板の綱を掴むと、躊躇することなく船から飛び降りた。

水柱の衝撃により荒れ狂う波の中、フーシェは落ちた乗組員の真横に着水する。そして、そのまま船上の乗組員達に合図をすると、片手で乗組員を抱えたまま引き上げてもらっていた。

甲板上では、視界に映るベビー達をイスカが端から狙撃して狙い撃っている。

しかし、次に死角から攻撃を受けてしまえば、今度こそ船は転覆してしまうだろう。


『能力値譲渡残り3分』


ドグが冷静でいられる時間は僅かしかなかった。


「ドグ!船底を氷結魔法で固めな!船の竜骨だけ守れればいい!」


ビビが甲板のドグに向かって叫んだ。


「ドグ!受け取れ!」


僕はマストから、ドグに必要な魔力を『魔力譲渡』によって分け与える。

そのまま、イスカに向かって僕は叫んだ。


「イスカ!1回目の『譲渡(アサイメント)』をかけるよ!この前覚えた『物理障壁』を船底に展開!」


僕が右手を掲げると、魔力と能力値譲渡が合わさった青白い光が浮かび上がる。その光はパッと見張り台を明るく照らしたと思うと、一直線にイスカの身体に吸い込まれた。


「『氷結障壁(フロストウォール)』!」

「『物理障壁』展開!」


能力を強化された二人の防御魔法が重なり合い、共鳴するかのようにレグナント号の船底にかけられる。

全長100メートルを超える船底から冷気が上がってきたかと思うと、周囲は一気に真冬のような寒さを呈した。


「スゲェ!」

「寒すぎだけど!これなら耐えられる!」

「いつもの、ペラペラ障壁が嘘のようだ!」


甲板の乗組員達が、二の腕をさすりながらはしゃぎ始めた。


「ん。ギリギリすぎる」


見れば、転落者を救出したフーシェが甲板からふくれっ面で僕を見上げていた。

確かに海から上がろうとしていたフーシェにとって、障壁によって巻き起こった冷気は凄まじいものがあったようだ。

他の落下者も浮き輪に掴まって、何とか海面を離れているところだ。


「ごめん」


僕は頭を下げるが、フーシェは機嫌が直らないのか、一飛びで僕のいるマストまで跳躍すると、その濡れた身体で僕に抱きついてきた。


「──っ!!」


身長が僕とほぼ同じになっているフーシェの身体が、抱きついてきたものだから、全身に冷気が駆け上った。

まるで氷柱を抱きしめているようだ。

しかし、そんな身体になってまでレグナント号の乗組員を助けてくれたのだ。僕は寒さに耐えながらも、フーシェの冷えた身体を抱き寄せた。


「ん。許す」


そう言って、フーシェは恥ずかしそうに僕の胸に顔を埋めてしまった。


他の船からの応答はない。

失敗か?

そう思った瞬間、陸地のギルドから狼煙が上がった。


ポッ、ポッ、ポッ、ポッ


その光を食い入るように見つめていたいたビビが、嬉しそうな声を上げた。


「見な!ギルドからの司令だ。『当艦を全面的に支援せよ』だ!ハハッ!大声を叫んだ甲斐があったってもんだよ!」


まさか、先程の声がギルドまで届いてしまうとは⋯⋯

ビビは、周囲の船だけではなくギルドの屋上にいるリズ達にも向かって声を出していたのだ。


──!!


程なく、いくつかの船上からポッ、ポッと光球(ライトボール)が浮かび上がる。

先程の言葉を裏付けるようにギルドが指令を出したのだ。魔族の船とはいえ、ギルドからの命令に面と向かって反対するものは少ないのだろう。

それに、どの船もこの状況を打開できるとは考えていなかったのだ。

次々といくつかの船の上に『光球(ライトボール)』が上がった。


ここからは、僕の出番だ。


「行きな!」


ビビの声に、フーシェが名残惜しそうに身体を離した。


「残念」


フーシェの残念そうな表情に、ビビがドンッと胸を叩いた。


「船員達を助けてくれたことにお礼を言うよ!アンタはレグナント号の救世主だよ!こんな筋肉の塊でよければ私の胸を貸してあげるよ!」


人見知りをしそうなフーシェだが、ビビの笑顔につられて、フーシェはトンッと跳躍をすると、ビビが入っているだけでぎゅうぎゅう詰めとなっている見張り台の中にすっぽりと収まってしまった。


「ん。これはいい」


そう言いながら、フーシェはビビに抱きついてしまう。

ここは、ビビに任せて大丈夫そうだ。


「行ってくる!」


僕は、マストを蹴ると、光球(ライトボール)が上がった船に向かって跳躍した。


かなりの力で蹴ったためか、流れるように視界が過ぎていく。


──ザシッ!!


スライディングするように、目的の船へと着地した僕はすぐに頭を上げる!


「なんだ!!」

「人が降ってきた!?」


驚く船員達に、僕は声を張り上げる。


「先程のレグナント号からの支援術士です!この船の魔法使いは!?」


僕の声に、一人のローブを纏った男性が進み出る。


「私だ。得意なのは火魔法だ。君は一体⋯⋯」


説明を求める男性に僕は手をかざす。


「『譲渡(アサイメント)』」


ありったけの魔力と、魔法攻撃力と命中率の能力値を有無を言わさず譲渡する。

2つの力が混ざりあった青白い光が、男性を貫く。

周囲の乗組員や冒険者が思わず身構えたが、次の瞬間、信じられないくらいの能力の上昇を実感した男性が、高揚感と共に眼を見開いた。


「な、なんなんだ!このパワーは!」


うん、気持ちは分かるけど時間はない。

だって、5分しか保たないのだ。


『ドグへの能力値譲渡、残り2分』


できれば、ドグの能力が消えるまでに帰り着きたい。


「レグナント号の合図が出たら、白い矢が落ちた先に魔法を落としてください!」


僕は、能力の高ぶりにうっとりとする男性の肩をグラグラと揺さぶると、頷いたことを確認して、走り出す。


「絶対ですよ!」


──ドンッ!


次の船だ!

今度は中型船に降り立つ。

周囲の反応は今まで通りだが、時間はない。

出てきたのは、女性の魔法使いだ。


「土魔法です」


はい!『譲渡(アサイメント)』。


「あっ──」


少し身体をよじらせる女性に構わず、僕は『石障壁(ストーンウォール)』を作ってもらうことを頼みこんだ。


次っ!


次の船は火魔法。


次っ!


「火魔法だ」


次っ!


『能力値譲渡残り1分』


「土魔法」


次っ!


「火魔法と土魔法」


土魔法を頼む。火魔法ならばイスカも使えるからだ。


次っ!


──バキィンッ!!


空中を飛ぶ僕の視界に、クラーケンの水柱の直撃を受けたレグナント号が映った。


「イスカ!フーシェ!!」


届かないとは分かっていても叫んでしまう。

レグナント号が水圧に押され、海面から浮き上がろうとする。

しかし、重ねがけされたドグの氷結障壁(フロストウォール)とイスカの物理障壁がなんとか、その攻撃に耐え凌いだ。


船上から、キラリと何かが光ると、水柱を壊すように爆発が起こった。

遠くて見えないが、フーシェなのだろうか?


その一撃によって水柱の威力は多少削がれたものの、氷結障壁(フロストウォール)が、攻撃に耐えきれずに粉々に砕かれた。しかし、物理障壁も構えていたおかげか、攻撃が船体に穴を開けることは免れたようだ。

水圧によって海面よりせり上がっていたレグナント号が、ゆっくりと着水する。


次は耐えられない!

僕は視界に迫る次の船を見据えながら、祈るような気持ちで空を駆けるのだった。





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