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クラーケン討伐を行うようです⑨

 僕達が先程まで乗っていた船に開いた穴。

 その正体が、クラーケンが吐き出した水によるものであることを、僕は天に昇る水柱によって知ることになった。

 タコは水中を進む時に漏斗と呼ばれる器官から、貯めた水をジェット水流のように吐き出して進むと、前世のテレビ番組で見たことがあった。

 クラーケンが見た目の通り、タコと器官が同じ造りであるならば、実際に水を吐き出すことは可能なのだろうが、山のような筋肉から搾り出された水流は、最早レーザー兵器のようだ。


 ──ギュインッ!!


 僕たちが離れたばかりの船を両断するように水柱が船体を両断する。

 遠目にも、その水流に巻き込まれたであろう船員達の身体が、細切れに吹き飛ぶ姿が目に入った。

 決して、僕たちに向けられた視線は良いものではなかったが、人が簡単に死んでいく様子に、胸が押しつぶされそうになる。


「ん。見ないほうがいい」


 すっかり大人の女性の姿となったフーシェが呟く。


「ユズキは、人の死に慣れていない」


 心配してくれているんだね──


 近づいてくるレグナント号を見て、僕はフーシェを抱く腕の力を少し強くした。

 こういうところの心配りが、フーシェの鋭いところなのだろう。普段のドアを破壊する姿からは想像できないが、時折心情の機微を察して行動してくるところが、彼女の凄いところ──


 そう思ったところで、僕はハタと気づく。

 いや、違う。フーシェだって成長しているのだ。

 出会った頃に比べ、普段無表情なフーシェが何を考えているのかを僕は分かるようになった。それはきっと、僕が分かるようになっただけではなく、フーシェ自身の変化がきっと理由なのだ。


 ダンッ!!


 狙い通り、僕はレグナント号の甲板に着地する。


「ユズキさん!!大丈夫ですか!?──えっ!?まさかユズキさんが連れてきた女性ってフーシェですか?」


 うん、いやまあそうなるよね。

 困惑顔のイスカに、フーシェはブイブイとピースサインを作って見せる。


「あんた達!そして、ドグ!!やるじゃないか!?」


 甲板には、イスカ達が奮闘したおかげかベビーたちの姿は一掃されていた。

 手の空いている乗組員が、甲板に横たわるベビーの死骸の片づけを行っている。

 その、乗組員をかき分けるように現れたのは、レグナント号の船長のビビだ。

 顔には明らかに疲労の色が見えるが、大きな傷もなく覇気の宿った瞳は、いまだ脅威であるクラーケンに対しての注意を切らすことがない。


「えぇ、ワシがこのように冷静でいられるのは、旦那のおかげです」


 うやうやしく頭を下げたドグを見て、ビビは思わず自分の顔をつねってしまった。


「まさか、いつの間にか私は死んでしまっているのではないよな。ドグが、こんな話し方をするなんて、ドグがイカれたか私が夢でも見ているかのどっちかしかないよ」


『能力値譲渡残り7分です』


 脳内のセラ様AIが、ドグへの強化が切れる時間を教えてくれる。


「えっと、彼は僕が支援魔法をかけたおかげで⋯⋯、何というか一時的に知性が極端に上がったんです」


 僕の言葉を聞き流しつつ、自分の頬をつねっていたビビは、僕の言葉より、自身の頬の痛みによって現実と受け止めたらしい。


「え?あのドグがこんなになるなんて、ユズキ、アンタまさか禁呪にでも手を出しているんじゃないだろうね?」


 そこまで言わせるほど、ドグの変貌はビビにとってショッキングな出来事であったようだ。


「まぁ、あと6分もすれば元に戻りますよ──って、そうだ!クラーケンが海から攻撃してきているんです!このままじゃ、船が狙い撃ちにされてしまいますよ」


 僕の言葉に、ビビが軽く天を見上げた。


「さっきの攻撃ね、見たよ。本当は、機雷をしこたまぶち込むしかないのだろうけど、あいにく、今やったら怒りを喰らって攻撃を受けるだけだろうからね。正直、海面に出ている時に仕留めきれなかったのが運のつきさね。今じゃオールも漕がずに、息を潜めているのさ」


 ビビの言う通り、乗組員達は各人の持ち場で待機しているが、攻撃を行おうとはしていない。


 ──ギュバッ!!


 レグナント号より3隻離れた大型船が、海中からの攻撃によって舟底を貫かれる。


「くそっ、やりたい放題やりやがって!せめて居場所が分かれば」


 毒づくビビに、僕の隣に寄ってきたイスカが恐る恐る声をかけた。


「あの、私なら分かるかもしれません」


 イスカは、そう言うと自分の弓を握った。


「私の『追尾矢(ホーミングアロー)』は、視界と相手の魔力を辿って、追いかけていきます。一度私はクラーケンに矢を命中させていますから、次は多分魔力を辿って矢がクラーケンを目指すはずです」


「なら、それを使って分かったところに機雷をしかければいいのかい!?」


 ビビが喜び勇んで腕まくりをする。

 しかし、そんなビビを止めたのはフーシェだった。


「ん。多分無理。船の樽レベルの機雷じゃ、あの身体にはダメージがほとんどない。もっと暴力的なまでの爆発が必要」


 いきなり別人のように姿が変わったフーシェに気づき、ビビの目が点になる。


「おい、まさかとは思うが、こいつがさっきの小さいやつだったとか言うんじゃないだろうね」


 ビビの驚愕する顔に向かって、身体は大人になっても変わらない態度でフーシェは、ビビに向かってピースをした。


「ん。フーシェ大人モード、バージョン2」


 その仕草の中に、覚醒前のフーシェの名残を見たのか、ビビは顔を覆ってしまった。


「あんた達のおかげで、私の中の常識が崩壊しちまいそうだよ。だけど、そのおかげで吹っ切れそうだ。ぶっちゃけ、あんたならクラーケンを仕留めきれるかい?」


 無理ですよ!


 そう言ってしまいたいところだが、この船団の命がかかっているだけあって、僕は否定することができない。

 しかし、フーシェの言う通り、今効果的な攻撃はドグの氷結魔法と斬撃による近接攻撃だけだ。


 だがクラーケンが海に潜ってしまった今、クラーケンの居場所を知ることができたとしても、ドグの魔法は射程圏外だ。斬撃による攻撃をしかけようにも、クラーケンが海に潜ってしまえば刃を通すことも叶わない。


 ──本当に手詰まりだ。


 このレグナント号に乗り組む船員達だけでも100人はいるだろう。ましてや、この船団の数。下手をすれば数千人の命が危険にさらされているのだ。


 何か糸口は⋯⋯


 ──ギュバッ!!


 今度は、中型船がクラーケンの攻撃によって、まるで輪切りにされるかのように、水柱によって船体を真っ二つに両断されてしまった。

 船の艦尾と艦首が引きずり込まれるように海中に没しようとし、沈む船に引き込まれないように、船員達が船から離れるように海に向かって飛び込んだ。


『能力値譲渡残り5分』


 刻一刻と、ドグへ譲渡した能力のリミットも迫って来ていた。

 確かに、水中の敵を炙り出すなら機雷が必要だろう。

 でも、火力が足りない。

 フーシェの言うように暴力的な爆発でもあれば⋯⋯

 その時僕の脳内に、前世の世界で行われる核実験の映像が流れた。

 ん⋯⋯待てよ。


 僕はそれを思い出して、閃いた。

 そうだ!水蒸気爆発だ!

 なんとか、クラーケンの動きを止めて爆発に巻き込ませることができれば⋯⋯


「できるかもしれない──四方を土魔法で囲んで、その中に火魔法を打ち込めば、爆発を引き起こせるかも⋯⋯」


 僕の言葉に、ビビは訳が分からないといった表情だ。


「海に火魔法を撃っても効くわけないじゃないか」


 うん、この世界の科学に対する認識であれば、それは間違ってはいない。しかも実際に水蒸気爆発を起こすためには、それこそ海底火山レベルのエネルギーが必要となる。

 そのような魔法使いが都合よく、ここにいるとは誰も思わないだろう。

 しかし、僕の『譲渡』スキルが合わされば不可能ではないのではないか。


 しかし、それはあくまでも一発勝負だ。

 失敗すれば次はないだろう。


「──その眼、考えなしってわけではなさそうだね」


 ビビも覚悟を決めたように真剣な瞳で僕を見つめる。

 僕はビビの顔を真摯に見返して、大きく頷いた。


「ですが、時間も魔法使いを探す時間もありません」


 そう、どの船に魔法使いが乗っていて、土魔法と火魔法に長けているのかが分からない。

 ここにリズがいれば何とかなるのかもしれないが、頼りになる彼女は今はトナミカギルドの屋上だ。


 そんな僕の心配を察したのか、ビビはニヤリと笑った。


「そんな顔するなって!まだ手がないわけじゃないよ」


 笑ってはいるものの、ビビの顔も少し青ざめている。

 生死をかけた、最後の作戦が今始まろうとしていた。



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