クラーケン討伐を行うようです⑧
双剣を構えたフーシェの姿は、今や小柄な少女の姿ではない。
スラリと伸びた肢体、鍛えられた肉体はしなやかながら力強い。
肌の色は変わらない、頭部の角は今やなくなり背中まで伸びた金色の髪が海風にフワリと舞った。
「いや⋯⋯綺麗だよ。ビックリした」
アースドラゴンの時の姿と全く異なるため、別の意味でもビックリしていたが、僕の言葉に満足気な笑みを浮かべると、フーシェは小さく頷いた。
「ん。時間稼ぎ行ってくる」
フーシェはそう告げると、音もなく甲板を蹴り上げると夜空へと飛び出した。
100メートル程に近づいたクラーケンの足がフーシェに向かって襲いかかる。
「ドグ!まだか!?」
「あと30秒下さい!」
1分にも満たない僅かな時間が、永遠のように感じる。
身長は伸びたとはいえ、フーシェの身長の5倍近くの太さの足がフーシェを吹き飛ばそうと迫ってくる。
「危ない!」
僕が叫んだ瞬間、突如白い流星のような光がクラーケンを貫いた。
──ギャオオオンッ!!
一直線に空を疾走った光は、クラーケンの瞳を貫いたのか、クラーケンは苦悶の声をあげて、一瞬動きを止めた。
あの方向はレグナント号!
方角から光を放ったのが誰なのかが分かる。
勿論イスカだ。
その一瞬は僕達にとっても、フーシェにとっても必要な時間だった。
動きを止めたクラーケンに向かって、砲弾が雹のように降り注ぐ。
ダメージは少ないが、飽和攻撃によってクラーケンの動きは明らかに緩慢となった。
フーシェは、クラーケンの足を正面からは受け止めず、すれ違いざまに、二本のアースブレイカーをクラーケンの足につき立てる。
フーシェは制動をかけるために20メートル程、クラーケンの足の肉を切り刻みながらすすむと、スピードが落ちた所で改めてアースブレイカーを突き刺し直し、ぬらぬらとした足の上に片膝をつく形で静止する。
砲撃と魔法攻撃を受けながらも、クラーケンの闘志は落ちることがなく、身体に取り付いたフーシェを叩き落とそうと足をあげた。
フーシェは、片方のアースブレイカーをクラーケンから抜くと、一気にその刃で足を斬りつけた。
そのまま、もう一本のアースブレイカーを固定具として、フーシェはクラーケンの足を蹴った。アースブレイカーがクラーケンの足から抜け、フーシェは再び空へと跳躍する。
その動きにクラーケンは怒りの声をあげながら、執拗にフーシェの動きを追った。
フーシェは、砲撃が集中されているクラーケンの頭部には近づかない。
その上で、自分を無視してはいけないようにクラーケンに印象づけるために、わざと足を斬りつけてはクラーケンの注意を引いていた。
「旦那!準備OKです!!」
ドグが叫ぶ。
『一回目の能力値譲渡終了。続けて2回目の譲渡を開始します』
ドグをまともに運用するためには、残り10分しかない。
「フーシェ!戻ってこい!!」
声の限りに僕は叫ぶ。
遠く離れたフーシェだが、聴力が人並み外れているため、その身体はすぐにクラーケンから距離を取るのが見えると、海面の瓦礫を踏み台にしてあっという間に僕達のいる船の所まで戻ってきた。
「ん。あいつの近くヌメヌメして臭くて気持ち悪い」
給仕服の臭いを嗅ぎながら、フーシェが顔をしかめた。
大丈夫だよ、ドグよりマシだとは、流石に先程から奮闘しているドグに悪いため言えなかった。
──バリッ!!
クラーケンの頭部に術式が組み上がり、大気を震わせる音が轟いた。
「ワシじゃありませんよ、旦那。誰かの殲滅魔法です」
隣のドグが慌てて首を振った。
確かに、大型船には魔法使いが乗っていると聞いた。
しかし、クラーケンの頭上に出現した術式は100メートル程にも及び、発動させた術者が並大抵の実力ではないことが分かった。
──オオオンッ
異変を感知したクラーケンが海面に潜ろうとする。
「いけない!あいつ逃げますよ!」
ドグが慌ててストックしていた魔法を発動させるために右手を突き出した。
「貫け!『アイススピア』!!」
──キインッ
涼やかな金属音が甲板に響き渡る。
直後、クラーケンの足の付根辺りの海面が冷気を纏い凍り始める。
次の瞬間、ピキッという氷が軋む音が周囲に聞こえたかと思うと、海面の一部が鋭く隆起した。
ズムッ、というクラーケンの肉を貫く音が僕達の甲板にまで聞こえてくる。
足の付根が、ドグの魔法によって串刺しになる。
──ギュオオンッ!!
断末魔をあげて、クラーケンが残り6本の足を暴れさせた。
その動きが大波を起こし、周囲の船が横波に揺れる。
僕達の船やレグナント号も波のあおりを受けて、振り落とされそうになる。
「フーシェ!『重力雨』で、クラーケンを攻撃できないかな!?」
僕は甲板にしゃがみながらフーシェに声をかけた。
「ん。この姿は使えないっぽい。どうやら2つの姿で使えるスキルが異なる」
──ドンッ!!!
フーシェの言葉が終わった瞬間、クラーケンの頭上に展開していた魔法術式が発動した。
耳をつんざくような大音量と共に光の柱がクラーケンの頭部に降り注ぐ。
稲光は、クラーケンの頭部を走り抜けると海面へと達し、周囲に泳いでいたベビー達を焼き尽くした。
「あれは、A級魔法使い達の多重詠唱の魔法術式ですね」
ドグが今だ消えぬ、クラーケンの頭上に浮かぶ術式を眺めながら呟いた。
──これは、決まったか?
光に押しこまれるようにクラーケンの頭部が海面へと沈み込み始める。
クラーケンの力よりも、多重に展開された魔法陣の方が強いのだ。
「いけそうですね!」
ドグが嬉しそうに叫ぶ。
確かに、このままだとクラーケンを光が貫くことも可能そうだ。
「──ん。ダメ、効いてない」
甲板に置かれた綱を握りながら、フーシェがドグの言葉を否定する。
「あのクラーケンの粘液がかなり強い防御になっている。斬撃には弱いけど魔法や衝撃はほとんど無効化されてる」
フーシェの言葉に僕達は動揺する。
それだと、このままではクラーケンを倒し切ることは難しいのではないか。
「旦那!魔法が切れます!」
ドグが顔を青白くして叫ぶ。
「ん。もう一度私が行く?」
フーシェがアースブレイカーを握りしめ立ち上がった。
斬撃といえば、フーシェの武器は効果的だ。
アースドラゴンの素材から作られたアースブレイカーは魔力を注ぎ込まれることで、無類の切れ味を発揮する。
しかし、その攻撃の範囲はクラーケンの巨体を相手にするのには向いていない。
クラーケンを襲っていた魔法術式から放たれていた光が弱くなり、最後には光は溶けるように霧散した。
「オオオッ!」
倒しきったのかと勘違いをしたのか、船員達が歓声をあげた。
矢継ぎ早に砲に弾を込めていた砲手達が疲労から開放されたかのように甲板に倒れ込んだ。
今や、クラーケンの頭部は完全に海の底へと沈んでいた。
海面には無数のクラーケンベビー達が浮かんでいる。
クラーケンと比べ、防御力が低いベビー達は先程の雷魔法に耐えることができなかったのだ。
「危険な気がする。レグナント号に帰ろう」
僕の言葉にフーシェとドグは頷いた。
「ん。くっつく」
「旦那、失礼します」
フーシェがギュッと僕にしがみついてきた。
170cmを超える長身になったフーシェがくっつくと、色々と強調された柔らかい部分が僕に当たって、僕は思わず顔を赤くした。
「旦那、役得ですね」
そう言いながらドグも僕にしがみつくのだが、片方からはいい香りで片方からは鼻をつまみたくなる香り。
間に挟まれた僕としては、2つの臭いが混ざってこみ上げてくるものがある。
「行くよっ!」
飛び立ってしまえば、風が臭いを消してくれる。
そのことを願って、僕はレグナント号に向かって跳躍した。
クラーケンに攻撃をすることもないため、放物線を描くことなく一直線にレグナント号を目指した。
──バギュンッ!!
僕が甲板を蹴って空中へ飛び出した次の瞬間、つい先程まで僕達がいた船が何者かの攻撃によって船底を貫かれるのを見てしまうのだった。
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