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模擬戦闘は余裕のようです

 僕たちは、魔大陸行きを止めるよう忠告してきた声の主へと向き直る。

 そこには、ギルドの壁隅に一人の白髪の老人が立っていた。

 身なりは執事のような服に身を包み、黒を基調としたコーディネートはどこか気品を感じさせる。

 年は60くらいだろうか?顔に刻まれた皺の数が彼の歩んできた人生を表しているようだった。


 穏やかな表情は、彼の気性なのか?

 しかし、僕にはその表情はどことなく心を失くしているように思えた。


「ん。大丈夫。私たちは強い」


 さすがフーシェさん!


 いつものペースでの回答に僕も焦ってしまうが、白髪の老人はフーシェの言葉に腹を立てることはなかった。

 老人の身長はかなり高く180cmに届くだろうか。

 当然だが、フーシェは見上げる形で男性に回答することになった。


「誰かと思えば。S級パーティー『希望の剣(きぼうのつるぎ)』のローガンさんですか」


 え?この人S級パーティーなの!?


 S級と聞いてイスカとフーシェの顔も驚きの表情を見せる。

 確かに纏っている気配は独特で、幾多もの困難を乗り越えてきたことを感じさせた。


「S級ですか──。ウォーレンさんは知らないのですね?」


 ローガンと呼ばれた男性は、少し悲し気な表情を浮かべた。


「私はしばらくエラリアに仕事に出ておりまして、つい今しがた帰ってきたばかりなのです」


 ウォーレンが話すと、ローガンは小さく「そうでしたか」と呟いた。


「──ウォーレンさん。『元』S級パーティーですよ。私は先日『希望の剣(きぼうのつるぎ)』を追い出されたのです」


 ローガンの言葉を聞いて、ウォーレンは信じられないという風に口を塞いでしまった。


「そんなバカな!!貴方がいなければ『希望の剣(きぼうのつるぎ)』は成り立たない。──だって、あのパーティーは貴方が育ててきたものではないですか。それを追い出すというのは、余りにも恩知らずな話です!」


 仲間からの追放。小説ではよく読まれる光景だけど、実際に追放された人を目にしてしまうと僕はかける言葉が出てこなかった。


「ん。弱くなったから出された。ならば、それは普通のこと」


 うん、フーシェはかける言葉を本当に選ぼうね。


 そんな失礼に取られる態度を見せたにも関わらず、ローガンは怒ることもなく疲れた切った表情を浮かべた。


「ふふ、血気盛んなお嬢さんだ。──そうですね、弱くなったから私は追い出された。私は、彼らの行う()()()()に不要と判断されたのでしょう」


 魔王!?


 その討伐という言葉を聞いて、明らかにフーシェの表情が動いた。しかし、ローガンはそのことに気づかないのか言葉を続ける。


「初回の上陸で失敗した私たちは、態勢を整えるべくこの町に戻ってきました。そして、そこで私はパーティーを抜けるように宣告されたのです」


「そんな⋯⋯」


 黙って聞いていたウォーレンが頭を抱える。


「いくら、グリドール帝国が誇る『勇者』がいるからといっても、それは無茶です。彼らは、まだまだ貴方のサポートがなければ、雛鳥のようなものです!」


 しかし、ウォーレンの言葉にもローガンは視線を落としたまま言葉を繋ぐのみだ。


「いいえ。未練がましくサポートに徹しようとも考えましたが、そちらも断られました。雛鳥はいつか親の元を離れるもの。もう、私は不要だということなんです」


『勇者』だって?

 僕は、セラ様から『勇者』と『魔王』がいることは知っていたけど、その『勇者』はグリドール帝国と深い繋がりがありそうだとは……嫌な予感がする。


 しかし、そんな僕の逡巡をよそに話は進んでいく。


「レベル40の私が言うのです。止めておきなさい、そんな年端のいかない者達で魔大陸に行くことは死ににいくようなものです」


 レベル40、確かにS級パーティーとして活動するにふさわしい実績だ。


「貴方より低いレベルの方々もいたのに、なぜそんな中ローガンさんが外されるんです!?」


 ウォーレンは納得がいかないらしく、やや上気した表情で捲し上げる。

 その言葉に、ローガンは皺の刻まれた自身の右手を見つめると強く握りしめた。


「──『レベルリバース』になった私は、もう不要ということなのです……」


 その言葉を聞いて、ウォーレンの顔が曇った。


「それって、どういうこと?」


 小声で僕はイスカに尋ねる。

 イスカは少し驚いた表情をしたが、何かに納得したように頷くと、僕の耳に回答を吹き込んでくれた。


「『レベルリバース』というのは、簡単に言うとレベルが下がることなんです」


 えっ!?レベルって下がるの?

 という顔を僕はしていたんだろう。あぁ、僕はこの世界の常識をまだまだ知らないようだ。


「……そうですか」


 ウォーレンはそう言うと悲し気に視線をローガンから逸らした。


「だから私は、なおさらまだまだ貴方方みたいな若者が、死にに行くようなことを見過ごせないのです」


「ん。フーシェより弱い人に言われたくない」


 だから!そういうこと言わない。

 ──あぁ、もう!

 ローガンさん、信じられないという顔してるじゃない。そして、ウォーレンさんも同じ顔をしてるんですね!


「──御冗談を⋯⋯。お嬢さん?レベルは?」


「45」


 ……。


 沈黙が流れたあと、信じられないものを見たという風な2人の顔。

 あぁ、ここでもお腹が痛くなりそうだ。


 そっと、僕の右手に何かがイスカより手渡される。

 中身を見てみると──


『胃薬』


 ありがとうございます。でも、今は飲める雰囲気じゃないんだよ。


 さて、何とも複雑そうな表情を浮かべるローガンは、今度は僕に向き直った。


「──何で、C級パーティーの貴方達にそんなレベルの人がいるのです!?」


 うん、普通に考えたらおかしいよね。


「ですが、彼らはエラリアギルドのお墨付きを受けています。それであるならば、当ギルドも同様に彼らを扱わなければなりません。ここで、当ギルドが彼らの実力を推し量るような真似をすれば、それはエラリアギルドの評価を疑うということに繋がります」


 そうか、ラムダンさんはそのような意図も込めて、この証明書を僕たちに渡してくれたんだ。


 エラリアギルドの影響力はかなり高いことは、僕は受付のカレンさんから聞いていた。

 だから、この証明書は僕たちの実力をエラリアギルドが証明するという後ろ盾になってくれているんだ。


 僕は心の中で、気苦労の多そうなラムダンにお礼を述べた。


「──そうですか、ですが私自身魔大陸を経験してきた身、個人的に私が彼らの実力を確かめさせて頂いても良いでしょうか?」


 何でそうなるの!


 そんな僕の心の突っ込みに同意してくれたのはウォーレンだった。


「そんな、困ります!同意のない相手と模擬戦を行うなんて!」


 いいよ!このまま押し切ろう。

 しかし、裏切りは常に内部から起きるものだ。


「あ、あの!私たちどうしても魔大陸に行かなくてはならないのです!それで、納得されるのであればやりましょう!ユズキさん!」


 あの~、フーシェのためとはいえイスカさん。

 わざわざ受けることはないんですよ!

 そんな僕の心の叫びは虚しく、ローガンはどこかホッとしたような表情を浮かべた。


「いいでしょう。それでは、練習場に向かいましょう」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ここが練習場」


 僕たちは、石造りのギルドの奥にある『練習場』という場所へと来ていた。

 エラリアにはない冒険者のための練習施設。

 入り組んだ土地にあるトナミカでは広い場所を確保することは困難だ。そのため、冒険者が演練をするため、ある程度の広さがある施設を確保する上で、この『練習場』が建てられたそうだ。


 石造りのギルド本館とは異なり、この練習場の造りは木造だ。

 こんな所で、スキルなんてぶっ放したりしてしまったら⋯⋯


 僕の不安を感じ取ったのか、ウォーレンは苦笑した。


「高レベルの魔法を使われたら、あっという間にここは崩れるよ。まぁ、石造りでもどのみち同じだからね。だから、ここはあくまでスキルや魔法を使わない、純粋に剣技や体術を練習するための場所なんだよ」


 確かに、ドラゴンのように魔法障壁や物理障壁を張ることができるのであれば可能なのだろうけど、実際問題、その障壁を張る魔力はどうするのかということになる。


 うん?てことは?


「ユズキ様、貴方とは純粋に剣技のみで戦いましょう」


 待って!僕は剣術なんて素人だよ?


「ユズキさん!頑張ってください!」


 いや、この模擬戦を買ったのはイスカだからね?後で絶対耳をフニフニ触ってやる!


「ん。ユズキなら余裕、余裕」


 フーシェも!そもそも避けられるトラブルだったんだよ?

 フーシェには……取り合えず、何か考えておこう。


「フーシェお嬢さんがレベル45が事実だとして、ユズキ様はさらに上を行かれるのですか?」


 うっ、答えづらい質問を……。


「それは、戦ってみてから判断してください」


 もうどうせ戦うことは決定しているんだ。

 はぐらかせる所は、曖昧に回答しておこう。

 練習場には僕たち3人の他に、ローガンとウォーレンしかいない。


 これ以上、目立つことは絶対に避けたい!


 ローガンと模擬戦をするにあたり、僕が出した条件は「観戦者を入れないこと」、これだけだった。

 ウォーレンが人払いをしてくれたおかげで誰もいない練習場は、50メートル四方はあろうかという広さの床に土が敷き詰められており、素早く移動しようとすると砂に足を取られそうだ。


「それでは構えて」


 僕とローガンは練習場の中心で5m程距離を取って向かい合う。

 ローガンの手には、細いレイピアが握られている。


 ──隙がない!


 素人の僕にでも分かるほど、ローガンの構えには隙がなかった。

 細いレイピアの先が、僕の移動先を潰そうと、獲物を狙う獰猛な獣のように狙っている。

 まるで、ローガン自身が1本の武器になったかのような錯覚を覚える程に、その気迫は研ぎ澄まされていた。


 対する僕の構えは、剣を中段に構えなるべく急所を狙われないように構えているのだが、さまになっているのだろうか?


「はじめ!!」


 ウォーレンの声が練習場に木霊した。


 ──!!


 開始と同時にローガンの身体がゆらりと傾いたかと思うと、突如視界の外れまでローガンが移動する。


 速いけど、見える!


 レベルを振り切った僕の視力は、瞬時かつ正確にローガンの動きを捉えた。

 加速する思考の中で、ローガンの動きがゆっくりと見える。

 倒した上体の勢いで右側に加速したローガンと同じ方向に僕も地面を踏みしめる。


 ドッ!


 踏み込んだ地面が抉れたが、推進するには十分な力を得ることができ、僕の身体は一気に加速する。


「なっ!」


 驚き、間合いを詰めた僕にローガンから振られたレイピアを僕は剣先でその力を受け流す。極限まで高められた動体視力に合わせて剣を振るうと、レイピアの先は軌道を逸らされて僕を傷つけることはできない。


「はっ!」


 迫るローガンの眼前で僕は腰を落とすと、そのローガンの鳩尾に一発当て身を喰らわした。


「あ、しまった」


 僕は、当て身を当てた瞬間に力加減を誤ったことを自覚した。

 次の瞬間、ローガンの身体はきりもみ状に練習場の壁に向かって吹き飛んでいってしまうのだった。














誤字脱字報告して頂きました方々ありがとうございます!



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