フーシェは後釜を探すようです
『レッサードラゴン亜種の討伐依頼』
【依頼内容】
エラリア北西にあるローム大森林に生息するレッサードラゴン亜種の討伐。大森林最奥にある大洞窟周辺での目撃情報あり。
【報酬】
レッサードラゴンシリーズの装備一式の無償提供
【注意事項】
レッサードラゴン亜種は、稀にドラゴンへと進化する可能性あり。
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「どうよ?」
ニヤリと笑うドワーフのオムニを見て、うーん。どうよと言われても⋯⋯。
依頼と報酬が釣り合っていなくない?
金銭的な報酬はなく、ドラゴン装備をタダでもらえるだけだなんて、命の対価にしては少ないのではないか?
「なぁんだぁ?ひょっとして報酬が装備だけと思ってシケてると思ってるんじゃないだろうな?」
僕とイスカの表情から察したのか、オムニがやれやれといった風に首を横に振った。
「これだから、物の価値を分からない最近の若造は⋯⋯。よーく見ろ、これのどこに、お前の装備を作るなんて書いている?ドラゴン級の装備なんて普通には出回らない。S級パーティーのトップか、それこそ勇者様でもない限り、拝めやしない。それをタダで、好きな形に加工すると言っているんだ──この意味、分かるか?」
滅多に手に入らない、レア装備。誰用にも加工してもらえる。
お金があれば、それを買えてしまう。
あっ!そうか!
僕とイスカは同時に答えに辿り着いたようで、僕とイスカは顔を見合わせた。
すぐ横にいるフーシェはというと、余り興味はないようだ。
小さな口を開けると、可愛らしく欠伸を手で隠している。
それは、寝てないからだよ⋯⋯
仕草は可愛らしいが、この雰囲気でもペースを乱さないのはさすがというべきか。
ただ、僕が驚いたのはクォーターの種族以上に魔族が敵視されている情勢だったとは。
だからミドラさんは、本人に聞けと言ったのか。そして、あのツインテールは人社会の中で穏便に生きていくためのカモフラージュとするならば、ここでそれを晒してしまったということは、町の住人となっているフーシェにとっては、かなりのリスクだ。
幸い、ギルド内の人は全滅レベルで酔いつぶれており、意識がしっかりしているのが、僕達の周りの人物だけというのがせめてもの救いなのかもしれない。
そして、僕とパーティーを組むために、惜しげもなく髪を切ったフーシェ。
その覚悟には報いなければいけないなと僕は素直に思う。
「分かりました!ドワーフさん達は素材を使って最高の仕事をしたい。でも、それをどの顧客に売るかは私達に任せるという意味ですね!」
イスカが叫ぶと、ドワーフ達は一斉に無駄に真っ白すぎる歯並びの良い歯をのぞかせ、ニヤリと笑った。
「おうよ!勿論、自分たちで使ってもいいんだぞ!」
オムニの後ろに控えていた、黒いヒゲを蓄えたドワーフが嬉しそうに叫ぶ。
加工された装備を、顧客を選んで言い値で売れる。それは例えるなら初揚げされたマグロに好きに値段を決めて、売り手も選べるという特権だ。
買い手を競わせるだけでも、金額はあっという間に沸騰するだろう。特に、貴族様達はオーダーメイドで作ってもらえると聞いたならば、それこそ形式に囚われる家柄程、お金をつぎ込みそうな話ではあった。
「ただ、塩漬けにされていた理由があるんですよね」
僕が恐る恐る聞いてみると、オムニはさも当然といった風に頷いた。
「傍から見たら、度胸試し以外の何物でもないからのぉ。普通、ドラゴンを倒すとなれば、それこそ1つの国の王国騎士が総動員で相対する相手じゃ。S級パーティーともなれば、やりようはあるかもしれんが⋯⋯ほれ、そこの注意書きは親切じゃが、それを見たら誰もやりたがらん」
あぁ、このドラゴンに進化する恐れありという、パワーワードね。
「このレッサードラゴン、私達に実害は?」
イスカが尋ねると、オムニは首を横に振った。
「奴の住処に入らなければ大丈夫じゃ。町に被害が出れば動くパーティーもあるんじゃろうが⋯⋯。じゃが!今の行き場を失ったワシ等鍛冶職人の熱を傾けられるものがあるとすれば、これしかないのじゃい!」
再び、ブワッと涙をたたえるオムニを見ると確かに、僕が原因ではあるためいたたまれない気持ちになるのだが⋯⋯
「これって、もしフーシェを含めたとしても3人で受ける依頼じゃないですよね?」
王国の騎士たちが相手をする敵に対して、3人で挑むなんて自殺行為以外何物でもない。
そう思うが、ラムダンはそれを見透かした上でニヤリと笑った。
「王国騎士は、確かに人数はいるが大勢で魔物討伐をすることがほとんどだから、一人一人のレベルはそれほど高くない。一般兵のほとんどはレベル10以内だな。どちらかというと、戦争の為に存在するんだからな。その点、冒険者は少ない人数で魔物を狩るから必然的にレベルが上がりやすいし、何より生きることに長けている。それに⋯⋯ユズキくらいなら差しで倒したりしてな」
いや、そんなこと言わないでよ。
多分、タイマンなら負けることはないのだろうけど、あーもう。オムニさんは絶対信じていないって顔をしてるじゃないか。
僕の心の叫びも虚しく、オムニは僕の前にズイと立ちはだかると見上げてきた。
「おぅおぅ。ギルドマスター様直々の推薦が、こんななよなよした男だと俺も心配でならねぇ。受けるっていうなら、俺に腕相撲で勝ってからにするんじゃな」
オムニは筋肉隆々の腕を見せつけると、近くのテーブルにドカッと右腕を置いた。
余りの衝撃に、テーブル上の食器が軽く浮いてしまう。
「ん。ユズキなら余裕」
「ユズキさん!頑張って下さい!」
あれ、女性陣のこの流れ。
もしかして、依頼受ける方向で進んでない?
おかしいな。まぁ、受けてあげたい気持ちはあるんだけど、やっぱり3人で挑むってのは根本的に間違えていると思うんだよ。だって、フーシェに至っては、まだ参加ができるとも決まっていないよね?
心の中では、そう愚痴ってみるけど場の雰囲気とは怖いもの。
気がつけば、僕はオムニに対して相対することとなってしまっていた。
「のぅ、若いの。ワシはレベルこそ23じゃが、腕力だけは30以上じゃ。そこのフーシェの母親であるミドラには負けるが、それに次ぐ力はあると思っとるぞ」
あぁ、ミドラさんの知り合いか。
始めから知っていたかは別として、フーシェの正体が魔族と明らかになった今も、特に話題にすることなく話が進んでいるのも、それが理由なのだろう。
「ワシより力がないと、ドラゴンの鱗を切ることはできんぞ」
うーん。僕は前衛というより、後衛なんだけど明らかに僕がドラゴンを倒す流れで進んでいるぞ。
仕方なくオムニが立つテーブルの反対に回り、手を組む。
身長は僕の方が高いが、丸太のようなオムニの手は、僕の手をスッポリと覆い隠してしまった。
「ん。審判する」
意外にもジャッジを買って出たのはフーシェだ。
ラムダンにつけられたカチューシャが給仕服に似合ってはいるけど、そのアイテムがラムダンから渡されたってことは、⋯⋯まさかそんな趣味はないよね?
「ユズキさん!ファイトですよ!」
小さくガッツポーズをするイスカを見るとホッとするね。上下するほっそりとした耳の動きは、イスカの興奮を表しているようだ。
「よし!」
イスカやフーシェの前で格好悪い姿は見せられない。
僕は小さく息を吐くと、ジリジリと態勢を整えた。
「ん。レディ、ゴー」
溜めもない、フーシェらしい声かけで腕相撲が始まった!
「ぬんぉぉお!!」
とんでもない声でオムニは声をあげる。
うっ、確かにかかる圧力は、本来なら熊でさえ締め上げてしまいそうな勢いを感じる。
──まぁ、レベル差から圧を感じるだけではあるのだけど。
「なんだなんだ!」
「面白そう!」
「おい、誰か賭けろ!俺はオムニに銀貨1枚」
「私は男の子に賭けちゃう!」
オムニの叫びに、死屍累々に酒に溺れていた者たちもゾンビのように蘇ると、酒臭く僕らを取囲み茶々を入れだした。
目立ちたくない僕は最悪だけど、周りの盛り上がりからすぐに終わらせることもできない。
「クッ、若造と思っていたが。なかなかやるじゃないか、これならミドラにだって挑めるんじゃあないか」
いい笑顔で白い歯を見せて僕に笑いかけてくるけど、オムニさんごめん。全く辛くないのが申し訳ない。
もらって愚痴るのは変だし、僕が望んだことだけどセラ様。この雰囲気を味わうくらいなら、ほんと程々のレベルで良かったんですよ!
ある意味泣きたいのはこっちだ。
雰囲気からして好勝負を演出しなくてはいけないなんて。
「これで、どうだ!ハッ!」
!?
オムニが掛け声をかけると、テーブルが耐えきれなくなったのか、肘を支えていた台がバキッと沈み込む。
「ウォォッ!凄い力だ!」
「やっぱオムニか?」
「いや、あの若いやつはまだ余力があるんじゃないか?」
「ええぃ!やっぱりオムニに追加3枚だ!」
「俺は男に2枚!」
周りの野次も凄い。
しかし、その声の大きさが僕にとっては三文芝居を打つには好都合だ。
「う、ウォォーッ!」
気恥ずかしさと共に叫ぶと、グッと力を入れる。
ギュンッ!と、力が腕の中を駆け巡ると共に、オムニの身体はいとも簡単に宙を待った。
「おろ?」
目をまん丸くしたオムニは、フワッと浮き上がって天井を目にし、次の瞬間にはオムニの右手はテーブルへと叩きつけられた。
「ウォォー!!」
「オムニの兄貴〜!!」
「誰だあいつ!」
「俺の稼ぎがぁ!」
「キャアッ!私ファンになっちゃいそう!」
悲鳴と歓声が入り交じる中、小さな声でフーシェがジャッジを告げる。
「ん。勝者ユズキ」
ただ、その声は少し誇らしげに聞こえるのだった。
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「災難でしたね」
隣を歩くイスカが苦笑いをして僕に声をかける。
「ん。ユズキなら楽勝と思っていた」
反対側からは、フーシェが少し声を弾ませて僕に話しかけてくる。
ギルドで、あまりめでたくはないが、オムニに認められて依頼を受注した僕達はひとまずギルドを出ることにした。
時間としては10時くらいだろうか。
「それで、フーシェの次の子の候補は見つかったの?」
僕が声をかけると、フルフルとフーシェは首を横に振った。
それだと、やっぱり一緒に依頼をこなせないのではないか?
とりあえず、期限がある依頼ではないから急ぐものではないのだが、フーシェの行動力を見る限りでは、早々に動き出したそうではあった。
「ん。でも大丈夫アテはある」
小さく頷くフーシェは、あれ?少し僕に寄ってきている?
「話をつけている子でもいるんですか?」
イスカの問いに再びフーシェは首を横に振った。そして、ピタリと立ち止まると、僕達を見上げて口を開いた。
「二人とも、今日のお昼の後付き合って。奴隷市場に行く」
「え?」
僕は見なくても、隣に立つイスカの表情が固くなるのを感じていた。




