やっぱり女神さまのクシャミはいいことが起こるそうです
「まずは、名前です。今の名前を捨てるというならば、悠月さんは新しい生を受けることになります。名前を捨てなければ、新しい世界に身体が再構成することになりますがどちらにしますか?」
赤ちゃんから生まれ直すか、ある程度成長した状態で始めるかか⋯⋯。
答えは決まっていた。
「名前はそのままでお願いします。両親は亡くなりましたが、僕が名前を捨ててしまったら、両親との繋がりを忘れてしまいそうなので」
僕の言葉を、セラと名乗った女神さまは微笑んで見守っている。
本当に可愛らしいけど、この女神さまのクシャミに殺されたのかぁ。
ぼんやり、そう思うと女神さまは恥ずかしそうにコホンと咳払いをする。
あぁ、心読めるんですもんね。
女神さまは、どうやら僕の心の声をシャットダウンができないらしい。
「では、転生先の世界を説明しますね。異世界は私が管轄する『セラフィラル』という世界です。悠月さんに分かりやすくお伝えすると剣と魔法のファンタジーといった世界です。そちらに転生、というかすみません!私の権限では転生先はそちらしか選べないのです」
あれれ、なんか詐欺商法みたいな誘導の仕方だぞ?
「いえ!もちろん私に過失がありますから、他の世界がご希望でしたら、他の女神に融通をつけてきます!ただ、ほんの数百年くらいお待ち頂くことになりますが⋯⋯」
「あ、もうセラ様の世界で問題ありません」
全力で首を横に振ろう。まだ25年しか生きてない僕にとって数百年なんて恐ろしすぎる。
「ごめんなさい、私が直接管轄している世界は1つだけなんです。地球は他の神たちと共同で管理をしていたのですが、皆にお前の不始末で死なせた生命なのだから、お前の世界で面倒を見ろと言われまして」
やっぱり体育会系なのか?
思わず涙顔になる女神さまをみて、いたたまれない気持ちになってくる。
「なんか、こう大変でしたね」
女神さま相手に同情が生まれてしまった。
女神さまは恥ずかしくなったのか、その大きな翼を顔の前に広げると両手で翼をつまみ、すっぽりと上半身を隠してしまった。
翼に隠れる女神さまは、恥ずかしそうな表情で口元から上が見えるばかりだ。
「お気遣い頂きすみません。えっと、次に肉体年齢は18歳にしておきますね。一応15歳が人族の一般的な成人の年齢ですが、若すぎるとトラブルにも巻き込まれやすいと思いますので」
「ありがとうございます。そちらで大丈夫です」
生前の僕は、身長174cmの体重62kg。中肉中背で、顔はといえば卒業アルバムで良い意味でも悪い意味でも目立たない、集合写真でも探さなければ見つかりにくいといった顔立ちだった。
うん、よく話す女子は何人かいたけど、告白を受けたことはないのだから、悲しいかな良い友達止まりだったのだろうね。
「次に職業やレベル、スキルについてですが」
来ました!テンプレ的だけど、こういうのって少しワクワクするよね。
僕の表情を見たのか、女神さまはクスリと笑う。
「始まりの職業はどうしましょう?勇者や偉大な魔術師、神官といった強大な力をもつ職業も選べますよ」
有り難い話ですが、世界を救うのは他の人にお任せします。
ところで勇者がいるってことは、魔王なんてものもいるのだろうか?
少し不安になった僕は女神さまに質問をする。
「質問ですが、セラ様の世界は滅亡に瀕しているとかがあるのですか?」
崩壊間際の世界に送り込まれでもしたら、それこそ世紀末だ。
僕の質問に、セラ様はパチクリと目を瞬かせる。
その仕草も思わず見とれてしまう可愛らしさだ。
少し考え込むように思案するも、すぐに女神さまは口を開いた。
「私はセラフィラルの創造神ですが、そこに芽吹いた生命や存在はすでに自らの足で歩み始めています。勇者と魔王といった存在はありますが、私が直接介入するといったことはありませんよ。滅亡の危機とかはありません」
「つまり、女神さまは中立といった所ですか?」
僕の言葉を聞いて女神さまは少し悲しげに笑う。
「えぇ、悠月さんの地球では、同じ種族でも信仰や主義が異なり戦争を繰り返しているでしょう?そこに私達の意図はありません。その地に生きる人々が選択したことなのです」
なるほど、人や魔族といった対立も自立した世界で起こっている事象と言われれば、確かに女神さまの介入することではないのかもしれない。
うーん、悩ましい所だけどこうお願いしよう。
「職業にこだわりはありませんが、痛かったりするのは嫌なのでレベルを上げて頂けませんか?」
僕の言葉に女神さまは少し戸惑った表情をする。
「レベルを初めから上げることはできますが、いきなり高レベルですと危険なのでスキルをほとんどつけられないですがいいですか?」
「なるほど、後からスキルを覚えることはできますか?」
「それは可能です。器が慣れるにつれて高レベルの恩恵を行使できるようになるでしょう」
それなら安心だ。
とりあえずの僕の目標は本来の世界で得るはずだった、それなりの幸せを得ることを目標としよう。
できれば、可愛らしいパートナーができれば最高だけど、まぁ見た目はお友達止まりに適する顔だもんね。高望みはしても仕方ない。
よし、決まったことはそれくらいでいいかな?
僕の心の中の決心を聞いた女神さまは、身体の前で閉じていた翼をゆっくりと広げる。
「分かりました。職業は向こうの世界に着いたならば決められるよう空白にしておきましょう。⋯⋯フフ、お詫びですよ」
人差し指を立てて女神さまは笑う。
いちいち仕草が可愛らしい。
「向こうに着いた際に必要な物は見繕って準備しておきますから、安心してくださいね。言葉も分かるようにしておきましょう、あとそちらの世界で私の神殿や祠に祈って頂けますと、私と会話することもできますよ」
至れり尽くせりに、僕は申し訳ない気持ちになる。
「さて、準備はよろしいですか?」
女神さまは、スッと地面に降り立つと僕の顔を見上げる。
身長は150台くらいだろうか?翼のおかげで荘厳なイメージはあるが、近くで見る女神さまの顔は、まだまだ幼いように感じた。
「私は、まだまだ新米の女神ですからね。今度お話できる時は、少しでも大人びた女神になれるよう、私も頑張りますね」
ムンっと、両手でガッツポーズを作る姿は反則ですよ。
そんなことを思っていると、僕は自分の身体が光り始めたことに気づいた。
時間が来たようだ。
ほんの少ししか女神さまと喋っていないのに、僕はたまらなく寂しい気持ちになる。
この気持ちを伝えるためには⋯⋯!
「セラ様!僕は、貴方のせいで死んでしまったことを恨んでいません!⋯⋯せっかく頂いた次の命で精一杯生きて、貴方に転生させて頂いたことを誇りに思えるように生きますから!!」
僕がクシャミで死んでしまったことで、女神さまが思い悩む姿なんて見たくなかった。僕は次の人生をくれた女神さまに精一杯の感謝を伝える。
段々と視界は白くなる。
消えゆく視界の中で僕が最期に見た女神さまの顔は、慈愛に満ちたものだった。
「創造神、セラの名において。貴方の新たな生命の旅路が幸せに満ちたものでありますように」
女神さまの優しい声が心地よく僕の耳に届く。
次の瞬間、僕の意識は掻き消えるように溶けていった。
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女神であるセラは、青年が無事転生へと旅立ったことを見届けると、少し赤くなった頬を思わず両手で覆うと小さくため息をついた。
先程の青年から流れてくる思考は
女神さま可愛い!
という、純粋に褒めちぎるようなものばかりだった。下心の見えなかったところも、純粋な好意をぶつけられた気持ちになって女神でありながらも気恥ずかしい。
さて、女神たるものとして仕事をしなければいけない。
セラは先程青年と約束したことを守るべく、何もない白い空間で歌を歌う。
高らかに響く歌声に呼応するかのように、セラの前に光り輝く巨大なコンソールが展開した。世界や存在を管轄するために必要な装置だ。
これを使って、先程の悠月という青年の身体を造りあげていく。
さて、言葉が分かるように『言語把握』、『発語』、『筆記』の基本スキルをセット。
あとは、生活に必要な物を渡すために、ショートカットに作成していた『転生者へのプレゼント』のボタンをポンと押す。
うーん、私が悪いことをしたから、もう少しあげちゃおう。
セラは謝罪をこめて、手慣れた手つきでポンポンとプレゼントを追加するためにボタンを押していく。
ボタンを押すたびにコンソールは心地良い音楽を奏で、まるで演奏のようだ。
器となる身体もセラが作り上げていかなければならない。セラは旋律に乗せて歌声を口ずさむ。
髪や顔、身体などのイメージを注ぎ込む。
心地良い音楽と、可憐な歌声が何もない空間を満たしていく。
音楽との一体感はいつも心地良い。
さて、ほとんどの工程を終え、あとは音楽を締めくくるだけだ。
バサアッ
純白の翼が高らかに広げられる。
クライマックスが来たのだ。
その時、広げた羽根の1枚がフワリと舞い上がった。
音楽に合わせて踊るように羽根は右へ左へと舞いながら、いよいよ終章を迎えるべく真剣なセラの鼻先を、スッと掠めた。
クシュンッ!!
タァーンッ!
可愛らしいクシャミと共に、セラは思いきり思っていた所と違うボタンを押してしまった。
セラは、恐る恐るクシャミで閉じてしまった瞳を開く。
『レベル9999』『職業:譲渡士』『実行』
「あ」
何もない部屋で、コンソールに置かれた3本の指先を見てセラは絶句する。
「私の世界、レベル99が最大なのに」
うん、でも悠月さんはレベルを上げてほしいって言ってたから、これはセーフだよね?
無理矢理セラは納得してみたが、気になることがもう1つ。
突然のクシャミで押したことのないボタンが押されていた。
「『職業:譲渡士』って何?」
答える者は誰もいない。この空間はセラだけのものなのだ。
そして、コンソールは全神たちの共通であるため、自分の世界に使うことのないボタンは正直覚えていなかった。
「えーと、どうしよ。これ?」
女神の威厳も何もない、セラのか細い独り言は白い部屋に溶けて消えていった。




