最終話 故郷の在処
「ふぅ、これで終わりかな?」
僕は抱えていた荷物を下ろすと、グッと腰を伸ばした。
「はい、ユズキさん!ありがとうございます」
イスカが近寄ってくると、固く絞ったタオルを渡してくれた。
「ありがとう」
僕は受け取ったタオルで額の汗を拭うと、改めて周囲を見渡した。
小ぢんまりとした室内。
埃っぽかった部屋も掃除のお陰か、差し込んだ日差しによって陽だまりの香りがした。
トナミカでのアマラとの戦いの後、僕達はトナミカを後にしてエラリアで冬を越した。
トナミカは、メナフ率いる魔族による侵攻を受けたが、島の落下の際に生じた津波を僕が防いだため、幸い壊滅的な被害は免れることができた。
西方諸国連合の支援とトナミカのギルドマスター、ニンムスの指揮の元、街の復興活動は一ヶ月で目処がつく程にまで回復した。
トナミカを目指して進軍していたグリドール帝国は、改心したジェイクの尽力もあってか、停戦へと漕ぎ着けることができた。
アマラの策略によって供与されていたゴーレムも、アマラがゼウスにより連れ去られたことで、回収されていた。
僕達は土魔法を駆使して、グリドールの封鎖した街道を復旧させ、エラリアに戻る頃には雪が降ってきていた。
エラリアに戻る前に、リズはメナフが亡くなった後始末をするためにドミナントへ。
ローガンは、ジェイクと共にグリドール帝国の周辺国家への侵略行為を諌めるために、帝都へとそれぞれ別れていた。
結局、エラリアへ帰投する『城壁の守護者』パーティのベス達一行と共に戻ったのは、僕とイスカ。セラ様とフーシェ、そしてフーシェをお姉ちゃんと慕うメーシェだった。
エラリアに戻った僕達は、ミドラの宿で暮らしながら冬を過ごした。フーシェが奴隷商から買った少年カムイとレーネに再会を果たした後、厳しい冬は瞬く間に過ぎていった。
4ヶ月程の雪の季節を終え、春を迎えようとするなか、実家があるクルトスの町を見に行きたいと言ったのは他ならぬイスカだった。
グリドールの同盟軍。ドーラスによって滅ぼされたエラリアより先にある小さな町。
ドーラスによって蹂躙され、奴隷として売られようとしていたイスカにとっては辛いことがあった町だ。
「小さな時には、エルフクォーターということで差別を受けたこともありますし、悲しいこともありましたが、それでもあの家には父さんとお母さんと過ごした幸せな記憶がいっぱい詰まっているんです」
反対する者は誰もいなかった。
クルトスに向かう時、一緒に戻りたいとフーシェに申し出たのは、イスカと同郷のレーネだった。
僕達はレーネを連れて、クルトスへと向かうことにした。
クルトスの町のほとんどは、ドーラスの進軍によって破壊され尽くしていた。
僅かに残っていた家も、人が住まなくなり冬を迎えたことでボロボロの状態だった。
「亡くなった人のためにも、このクルトスを復興したいのです」
レーネがフーシェに掛け合った。
元々、フーシェはカムイやレーネを奴隷から開放することを考えていたため、エラリアを出る際、所定の手続きを終えることでレーネは開放奴隷となっていた。
ちなみに、カムイの方はというと、ミドラからまだまだ強さを盗むという目的を見つけたのか、エラリアに残ることとなった。
「私も⋯⋯できれば、またあの家に住んでみたいです」
イスカの頼みを僕達が断る理由はない。
こうして、イスカとセラ様がイスカの実家の復旧。『消失』の力を使えるフーシェとメーシェは、町の瓦礫を撤去するために日中はレーネと共にクルトスの町で作業を行っていた。
僕はといえば、午前中は魔法を使ってレーネやフーシェ達と共にクルトスの復興に力を注ぎ、昼食後はイスカ、セラ様と一緒に家の修理を手伝う生活が続いていた。
「これでかなり家の掃除は終わったかな?」
僕は片付け終わったダイニングをグルリと見渡した。
ドーラス軍が荒らした室内を片付け、傷んだ部分の補修も終えた家は、不運にもこの家を離れることになったイスカを、待ち侘びていたかの様な復活を果たした。
「はい、ここまで直すことができて本当に良かったです」
ピコピコとイスカの長い耳が小刻みに動く。
その感情を表す動きに僕も笑みがこぼれた。
「イスカさん、お墓のお花を替えてきますね」
セラ様の声に振り返ると、セラ様は黄色い綺麗な花を集めて作った花束を抱えていた。
「すみません、私も行きます!」
イスカの後に僕も続く。
外に出ると、小高い丘に立つ家を包み込むように心地よい風が吹き抜けていった。
家の隣に立つ大きな木の根元。
そこには、イスカと共に作ったイスカの両親の墓があった。
セラ様は墓の前に立つと、手際よく花を供えた。
そして祈りの姿勢を取ると、眼を軽く閉じた。
僕とイスカもセラ様の所作にならった。
まだ、この世界に来て1年しか経っていないはずなのに、何故だかずっとここで過ごしてきたかのような感覚が僕を襲った。
そっとイスカが僕の手を握る。
僕も優しくその手を握り返すと、心地よい熱が伝わってきた。
「ユズキっ!」
「お兄ちゃん!」
家へと続く坂道の下から声が聞こえてきた。
振り返ると、フーシェとメーシェが小走りに駆け寄ってきていた。その後ろをゆっくりとレーネが歩いてくる。
よく見ると3人は埃に塗れていた。
「ねーねー!今日はとってもお掃除進んだんだよ!」
「ん。私も頑張ったから褒めて」
ニコニコと笑顔を見せる2人を、僕は二人の頭を撫でて労った。
「ユズキさん。二人のお陰で、町の大通りはほとんど片付きました」
レーネは満足感に満ちた表情を見せ、イスカもその表情を見て笑顔を返した。
初めてクルトスの惨状を見た、皆の表情は暗いものがあったが、町の復興を進めるに当たって、少しずつ笑顔が戻ってきていた。
「今日は、二家族がクルトスの町を見に来たんです。復興が進むとこちらに移り住むと言ってくれたんですよ」
レーネの言葉に皆の顔が明るくなった。
少しずつ町の復興が実を結び、またこの町で暮らしたいと思ってくれる人が増えてきたのだ。
──ブゥンッ
突然、背後から転移魔法陣が精製された。
紫色の光が現れ、中からは二人の人影が現れた。
「ふぅ。流石に2連続の転移は疲れるわね」
「苦労をおかけして申し訳ありません」
現れた人影は、リズとローガンだった。
予め、この家にはリズの為にポータルを設置していたのだ。
「リズさん!」
嬉しそうにセラ様が駆け寄ると、リズは優しい笑みを浮かべた。
「ローガン達の尽力のお陰でね。魔大陸側とグリドールの停戦に漕ぎ着けそうなの。今日は、その調停に向けた動きの合間を縫って来てみたのよ」
リズは、イスカの家の周囲を見回すとニコリと笑った。
「ここは良いところね。良いマナが集まっているわ」
リズに言われて、イスカも嬉しそうに耳を動かした。
これだけの顔が集まったのは久しぶりだ。
僕は久々に集まった懐かしい顔ぶれに、自然と笑みがこぼれた。
「ん。今日はアレ食べたい」
フーシェが僕の袖を掴んだ。
「もー、お姉ちゃん!アレじゃなくてカレーでしょ!」
メーシェがフーシェに突っ込みを入れると、フーシェは「勿論分かってる」と、少し不満気な顔を見せた。
そう、今この家ではカレーが密かなブームだ。
初めにセラ様が持たしてくれたカレールーはなくなっていたが、エラリアで調味料を整えることで、こちらの世界でも味を再現することができるようになっていた。
「いいですね!私達の家の味を皆さんに食べてもらいましょう」
イスカが満面の笑みを浮かべた。
様々なスパイスや隠し味を入れることで、誰もがその家の味を持っている。
ひょんなことでこの世界に来てしまった僕だが、こうして故郷の味が広がっていくことは素直に嬉しい。
「──セラ様」
僕は、歩き出そうとしたセラ様の背中に声をかけた。
「──どうしましたか?ユズキさん」
「──!!」
一瞬だが、振り返ったセラ様の姿が、初めてお会いした時の神々しい女神様に見えた。
慌てて瞬きをすると、そこには小柄なセラ様がニッコリと笑みを浮かべて小首を傾げていた。
「──いや、セラ。これからもよろしくね」
僕の言葉に、セラ様は不思議そうな顔を少し浮かべたが、直ぐに優しく僕の手を取ると走り出した。
「行きましょう!ユズキさん!!」
セラ様が勢いよく駆け出した。
僕はセラ様に手を引っ張られながら、イスカ達が待つ家の方へと走り出した。
まず始めに。
更新の予定が1週間遅くなり申し訳ありませんでした。
そして、読者の皆様へ。
約2年に渡る連載にお付き合い頂き本当にありがとうございました。
皆様の感想や、評価。ページを開いてくれることが力となって、ここ完結まで走り続けることができました。
本当に感謝致します。
拙い話ではありましたが、最後までお付き合い頂きまして本当にありがとうございました。
この話は今話を持って、一先ず完結とさせて頂きます。
次回作は2種類ほど構想を練っており、また連載を開始できればと考えております。
最後になりますが、お読み頂いた全ての読者の皆様に感謝の気持ちをこめて、この物語を締めくくりたいと思います。
ご愛読、本当にありがとうございました。




