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防衛戦は過激なようです

 今やベスの周りには人だかりができていた。

 パーティー、『城壁の守護者』の団員達が彼を取り囲んでいるからだ。


 話を聞くと、どうやら彼らがミュラーを団長に推したのは、ミュラーのスキルにより、無自覚で徐々にミュラーを信望するようになってしまったかららしい。


 かくいうベス自身、ミュラーを入団当初は新メンバーとして快く受け入れていたという。

 ミュラーがいつからベスや団員にスキルを使っていたのかは分からない。3年前にミュラーは『城壁の守護者』へ加入したとのことだったが、彼がスキルをかけていた対象の人数を鑑みると、入念にスキルを町全体にかけていたことが推測された。


 ちなみに、そのミュラーはベスの本気の一撃を腹に打ち込まれて失神していた。

 彼のスキルが、言葉によるものと推測されることから視界は目隠しをされ、口には喋ることができないように布が巻き付けられている。


「リーダー!俺たちはあんたに酷いことをしてしまった!」

「私は、あの男に言われるがままに、どれだけ酷い言葉を貴方に言ったのか──」


 まるで懺悔大会のような状況ではあるが、今は非常時だ。

 ベスもそれを分かっているのか、取り囲む団員達を制して声をあげる。


「分かった!分かったからお前ら!そもそもミュラーをパーティーに入れたのは俺のミスだ。だが、その話を今しても仕方ねぇ。今はワイバーンを倒すことに全力を注ぐぞ!」


 ベスの言葉に皆が頷く。


 遠くに見えていたワイバーンの姿は今や、かなり大きくなりこのエラリアの町へと迫ってきていた。


「『城壁の守護者』のメンバーは、前線に陣をとれ!アルティナ、サユリはワイバーンが来たときに、特大の魔法を群れにぶち込んでやれ!奴らが分かれた所を各個撃破していくんだ」


 ベスの言葉に、今まで後悔の念に苛まれていた二人の魔法使いらしき女性が、キッと頭を上げる。


「任せてや!」

「この命に替えましても!」


「C級パーティーは、住民の避難、誘導に当たれ!B級は最低5人以上でパーティーを組め。バランスを考慮しろ!戦士の攻撃は地面に落ちないと当たらないぞ!」


 ベスの指示により、慌ただしく冒険者達は動き回る。


「次に、エラリア治安隊は1〜4班は城壁で待機。弓の雨を降らせてワイバーンを町の上へ行かせるな!5班は各城門で待機。門の開閉を任せる!6〜10班は町の防衛に当たれ。1つの班で一体のワイバーンを相手にするようにしろ!」


 次々に矢継ぎ早に指示を出すベスの姿は、昨日の覇気のない中年オヤジの姿はない。

 活き活きと指揮を執りながら実に楽しそうに笑っている。


「そして、お前たち」


 ベスは、最後に僕達を見るとニヤリと笑った。


「昨日の今日で悪いが頼らせてもらう。でも、心配するな。お前たちが訳ありなの分かるが、そこは詮索しない。しかし、手が足りないのも事実だ。さっきの『解呪ディスペル』を見込んで、ギルドの団員や衛兵達を必要に応じて強化してもらえないか?」


 ベスの目は真剣だ。ならば、僕もその思いに応えなければならない。


「分かりました。できるだけやってみます」


 本当は城壁に向かいたかったが、どうやら人手は本当に足りないらしい。いくらベスが鼓舞したところで、配置につくギルドの冒険者や衛兵達の顔に浮かぶ悲壮な覚悟を消し去ることはできない。


「私なら大丈夫、ユズキさん行きましょう」


 頷くイスカと共に、僕は走り出す。


「誰を強化するのですか?」


 イスカの問いに僕の答えは決まっていた。


「そうだね、さっきベスさんが言っていた2人が妥当かな。作戦的には魔法によってワイバーンの群れを分断させたあとに各個撃破。それなら、先に叩けるだけ叩いてしまった方がいいよね」


 その答えに、イスカはぷくーと顔を膨らませる。

 イスカの感情を1番表している耳も、不服そうにうなだれている。


「あのー、イスカさん?怒ってる?」


 僕の問いに、ツイとイスカは横を向く。


「確かにA級のお二人は凄いと思います。ですが、私だってスキルが増えたのですから魔法のお手伝いはできます!」


 なるほど、役に立てる所を見せたいわけだ。


「勿論イスカの力も頼りにしているけど、初級魔法に魔力を与えて攻撃力が何倍も上がるのかな?」


 今のイスカのスキルに、火力が高い攻撃魔法はない。

 しかし、イスカは少し自慢気に胸を張ると僕の顔を見てニヤリと笑った。


「私の『魔力矢マジックアロー』のスキルを調べて見てください」


 僕は言われるまま、イスカのステータス画面を開き、スキルの効果を調べてみる。


魔力矢マジックアロー』:魔力が込められた矢を放つ。その威力は込められた魔力に応じて変化する。


「これって」


 僕がスキルのことを知り驚くと、少し誇らしげにイスカは胸を張る。


「はい!ユズキさんの魔力を譲渡してもらうことで、十分な攻撃力を持った魔法矢マジックアローを放つことができますよ!自分の力じゃないのが威張れないですが⋯⋯、これならユズキさんの力になれるんじゃないですか?」


 勿論だ。

 僕のスキルは、仲間を強化することに特化していて、空中の敵に戦うには全く適していない。だけど、イスカのスキルを強化すれば、それは間違いなく必殺の一撃を繰り出せるはずだ。


「よし!じゃあ行こう!」


 僕はイスカと共に走り出す。

 途中で、衛兵から予備の弓を受け取ると、イスカに手渡す。これで魔法矢マジックアローを打つこともできるだろう。


 水堀にかかる橋を渡りきったところで、僕達は『城壁の守護者』のパーティーにいたアルティナとサユリに合流する。


「すみません!僕達もここで援護します!」


 駆けつけた僕達に二人は驚き顔を見合わせるが、すぐに僕がベス達を正気に戻した人物だと分かると、二人は深々と頭を下げた。


「お二方、先程は本当にありがとう。ベス隊長だけでなく私達まで正気に戻してくださり感謝致しますわ」

「ウチからも礼を言わせて!ありがとうな!」


 物腰の柔らかい淑女といった、見るからに魔法使いといった出で立ちのアルティナ。そして、陰陽師のような東洋的な白装束を纏うサユリ。

 長身でグラマラスな身体つきのアルティナと正反対に、少し小柄で、見た目はまだまだ幼いサユリ。二人の見た目は全く異なるのに、その関係性は姉妹のようにも見えた。


「ベス隊長達を治してくれたってことは、あんたは凄腕の回復術士なん?って、腰に剣ぶらさげとるしよう分からん、職業はなんなん?」


 好奇心旺盛に、関西弁まじりの抑揚でサユリがまじまじと僕の顔を覗き込み近づいてくる。


 うわ、近っ。


 正直、二人とも容姿は、美しさのベクトルは異なれど、誰もが振り向く美人と美少女だ。


 モデルやアイドルの様な容姿に迫られ、僕は思わず後ずさる。


 う、なんか後ろから視線を感じるぞ。


 見えないイスカからの圧を感じて僕は踏みとどまる。


「僕は譲渡士っていう職業だよ。仲間の能力を一時的に上げる効果があるんだ」


 あえてここで付与士エンチャンターと名乗らなかったのは、付与士エンチャンターのことをよく知らない僕がボロを出してもいいことなどない。それなら、初めからレアな職業と思ってくれた方が都合がいい。


「はーん、嘘くさいけど。さっきは正気に戻してもろたし、ベス隊長治してくれたから、悪い人ではないやろ」


 サユリはそう言うと、サッと身を翻す。

 その後ろでアルティナはニコニコと微笑みながら、頭を下げる。


付与士エンチャンターではないとのことですが、このような殲滅戦で戦況を変える程の強化は難しいかと。ですが、強化頂けるのであれば、有り難く頂戴致します」


 物腰は柔らかだが、その奥にはしっかりとした芯の強さを持つ女性のようだ。サユリとは異なり、その瞳には警戒の念が宿っている。


 そりゃあ、数年もミュラーに支配下に置かれていたのだ、ポッと出の僕達を疑うのは当然だ。


 ただ、時間を悠長に割いていられないのも事実。


 突如、ワイバーンの群れの動きを監視していた城壁の上の兵士が悲鳴のような声をあげた。


「動きがあった!こっちに向かってくるぞ!!その数10、11、12⋯⋯そ、総数24!!うち一体は大型龍!ワイバーンの亜種だぁ!」


 確かに傍目にも分かるほど、巨大な翼竜が一体紛れている。

 その力は、ベイルベアーを遥かに上回っていることが僕にも容易に感じ取れた。


「なんや、レベル50級の大物やんか。あーあ、今日でうちらも最後なんか」


 額から顎にかけてタラリと垂れる汗を拭おうともせずサユリが苦笑する。


「皆、魔法準備だ」


 僕は不思議と絶望感を抱いてはいなかった。

 むしろ、なんとなくではあるがイケると思える確信があった。


「こんな所からなんて無理ですわ!明らかに攻撃できる距離を大きく超えています。ここでワイバーンに分散されたら勝ち目なんてなくなります!」


 なんてことを言うんだとばかりに、アルティナも声を張り上げる。

 サユリもそうだそうだと何度も頭を頷いてみせた。


 ご理解頂けないなら、体感してもらうしかない。


「これならどうです?『能力値譲渡アサイメント』!」


 僕は、2人が抵抗する間もなく二人に強化を施す。

 必要なのは魔法攻撃力と命中率。

 この2つを、レベル99に匹敵する能力値を一時的に彼女達に譲渡する。


 今度は、球状を作ることなく、僕の手から放たれた青い光は矢のように二人を貫いた。


「なっ!」

「うわっ!」


 突然のことに身構えることもできず、二人は光を直接受けて硬直する。

 しかし、その光が自分たちを傷つけないことに気づくと、僕から譲渡された膨大な能力に二人とも驚愕する。


「な、何ですのこれは!!わ、私の魔力が何倍にも研ぎ澄まされた感覚は!」


 アルティナはその能力の飛躍に驚き、サユリは小刻みに震えている。


「なんやぁ、こんないきなり強くなれるなんて夢かいなって、痛ぁ!夢ちゃうやん! 」


 ケラケラと笑うサユリの背中を、アルティナがバシンと叩き活を入れた。


「次はイスカだよ」


 イスカは頷くと、スッと地面に片膝をつくと衛兵から借りた弓を構える。その仕草はエルフだから似合っているというわけではなく、素人目にも様になっていると見て取れた。


 僕の視線を感じたからか、イスカは恥ずかしげに笑う。


「昔、父さんに教えてもらったから少しはできるんです」


 レベルが上がって力も増しているのか、明らかに男性が使用する強さで張られた弦をイスカは手を震わせることなく引いてみせた。


「『魔力矢マジックアロー』」


 イスカがスキルを口にする。すると、マナで形作られた一本の矢が形成された。


「よし、じゃあ。それであの亜種を落とそうか」


 なんとなく、いけそうな気がする。

 そんな直感が狙うべきは、ワイバーンの亜種だと感じていた。

 それを聞いたサユリが狼狽したように、手をヒラヒラとさせる。


「あ、あかん!そのレベルの『魔法矢マジックアロー』だと、ワイバーンにはほとんど効かん!亜種なんて傷もつかんで。そんなん放ったらあいつらすぐに群れを解いてしまいよる!」


 それは勿論、理解した上でだ。

 レベル14のイスカのスキルでは傷をつけることは難しいだろう。

 でも、このスキルには1つ特性があった。威力が込められた魔力によって増大するのたが、なんとその上限がない。

 つまり、理論上無限に魔力を込められることになるのだ。


「『魔力譲渡アサイメント』」


 今度は僕の右手から白い光が現れ、イスカの身体へと繋がる。

 その魔力を受け取り、イスカはピクリと身体を震わせる。


「くっ、これ、凄いです⋯⋯」


 うーん、なんかやましい感じだよね。

 魔力で酔うなんて表現されることもファンタジー物にはよくある表現だけど、イスカもそういう感覚になっているのだろうか?

 おっと、いけない。命中率の補正をかけなければ。


「あ、貴方達それは⋯⋯」


 愕然と指差すアルティナの指先には、今や矢一本だったはずの魔力の矢が巨大な光の束となって凝縮されている。

 それに、何故かバチバチと放電しているようにも見えるけどまぁいいか。

 それと、それとなくビリビリと空気が震えてるけど、それもまぁいいか。


 こいつを見てどう思う⋯⋯?


「すごく、大きいやんかぁ⋯⋯」


 ナイスタイミングで、僕の心のぼやきに被せるようにサユリの言葉がこぼれた。


「て、てか!なんでこのエルフ、こんな危ないもん平然とつがっていられるんや!常人じゃない、狂っとる!」


 うん、そうなると思ってイスカの精神力もマックスまで上げておいたから、今のイスカは言うなればレールガンを構えるマシーンだ。


「え、あぁ。サユリさん、こっちは大丈夫なのでそちらも準備をお願いします」


 強化した本人の僕が引く程に、イスカの声は平然としている。うーん、確かに普通の人から見たら、完全にイスカがヤバい人だ。


「えっと、反動とか大丈夫?」


 一応聞いてみる。


「勿論です。実際に引いてるのは弓の弦の重さしかありません」


 イスカの視線が狙っているのは、勿論ワイバーンの亜種だ。


「早く!二人にも魔力を強化しますから!」


 戸惑う二人にも、とりあえず安全なくらいに魔力を譲渡してみる。


「な、なんですの!この膨大な魔力は!」


「うは!なんやこれ!なんやこれ!」


 二人ともかなりハイだけど、ほんと魔力酔いとかしてないよね?

 ギラギラと目を輝かせながら、得意な魔法術式を組み上げつつある彼女達に、僕は一応作戦を伝える。


「あ、あのー。イスカの攻撃で敵を怯ませた時に二人には同時で攻撃をお願いしますからね」


 グフフと笑う二人は聞いているのやらいないのやら、しかしニヤリと笑うと親指を立てていることから大丈夫だろう。


「ユズキさん、敵ワイバーン射程圏内に入りました。カウント取ります。5・4・3⋯⋯」


 イスカの方は、完全にロックオンモードだ。

 容赦なくカウントは進んでいく。

 そして、その声が余りにも綺麗で。しかし、聞き惚れるより早くカウントは尽きてしまう。


「2・1・ファイヤ」


 その瞬間、イスカの指から張り詰めた弦が解き放たれた。

 そして、視界は眩いばかりの光に包まれた。

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