初クエストは高難度のようです
「静まれぃっ!!」
ギルドのフロアに満ちる喧騒を吹き飛ばすよかのような一声が降り注いだ。
「──!!」
僕とイスカだけではない。
フロアにいた30名程の冒険者達が一斉に声を発することを止め、先の声の主の方を振り向いた。
ギルドのカウンターから出てきたと思われる声の主は、決して大柄ではない。身長175cm程の体躯は程よく引き締まっているが、現役の冒険者と比べるとどうしても見劣りしてしまう。
茶色の髪に程よく蓄えたヒゲ、鋭く光る眼光はフロアの冒険者達を値踏みするかのように見回している。
「ギルドマスター」
受付にいたカレンが、男に向かって呟く。
なるほど、これがギルドマスター。顔に刻まれた皺の数は数々の苦難を乗り越えてきた者の証に見えた。
「諸君、これより緊急クエストを発注する!依頼内容はワイバーン群からのエラリアの防衛。この依頼は受注することで一人当たり銀貨5枚を出すことを確約しよう。さらに、ワイバーンを倒した者には金貨3枚を追加で出す。腕に自信のある者はワイバーンの討伐、自信のない者は市民への被害を抑えるため尽力せよ。なお、この町がなくなることは自由交易の拠点がなくなることと周辺国家への抑止力を失うことと同義である。各人の賢明な判断をギルドは期待する!」
うぉぉぉっ!!
地割れのようにフロアが沸き起こる。
「討伐しなくても銀貨5枚とは破格ですね」
コソリと、イスカが僕の耳に話しかける。
確かに、討伐しなくても参加するだけで、日本円で50万程度が手に入るのであれば破格だ。
だけど、きっと本当の目的は──
「きっとこの町に冒険者を留めておくことが目的なんだよ。1番怖いのは、腕利きの冒険者達が命を惜しんで逃げてしまうこと。それを防ぐために、いるだけでもお金が手に入るよって餌を僕達にまいたんだと思う」
そう、冒険者が逃げなければやりようはあるのだ。
討伐まではいかなくとも、冒険者達はいるだけで、ある程度自衛の為の行動は取ってくれる。そうなれば、多少なりともワイバーンに対する驚異に抗えるはずだ。
そして、ギルドマスターはこの町の重要性を説いた。
つまり、今この町を見捨てるデメリットは冒険者にとっても大きいものであることを示唆したのだ。
「ほぉ、よく分かったな」
「──!」
いつの間に近寄ってきたのか、すぐ後ろから声をかけられ振り返ると、ギルドマスターが眼光鋭く僕達を見ていた。
「お前達は、新入りか」
先程の宣言のような大声ではないが、話す言葉にはビリビリとした圧を感じる。
「──はい、先程申請書を出しました」
「ふむ、ならこの依頼は受けるものではない。お前が言ったように、先程の報酬は冒険者を留め置くための苦肉の策だ。本来、ワイバーンの群れなんぞA級パーティーでも荷物をまとめて逃げ出す算段をするレベルだ。冒険者になったその日に死ぬこともないだろう」
声に圧を感じるが、その言葉は若手を心配する年配者としての忠告だ。
それなら、本当は有り難くその言葉を受け取っておくべきなのだろう。
「受けます!」
その言葉は僕からではなく、イスカから発せられた。
少し驚いた表情でギルドマスターはイスカの顔を見る。
「死ぬぞ」
脅しにも似た圧を強めた口調。それでもイスカは首を横に振らない。
「私、昨日この町に来たばかりですが。思っていた以上に素敵な町にでした。エルフクォーターということで、もっと差別や偏見を持たれるかと思っていたのですが、関わってくれた人達はみんないい人で⋯⋯勿論、そんな人ばかりじゃないと思うのですが、でも、好きになったこの町を守りたいって気持ちは、ベテランとか新入りってことは関係ないと思うんです!」
一息に喋ったイスカの耳は、ギルドマスターに啖呵を切ったことも相まって真っ赤に染まっている。
イスカの想いと僕の気持ちは同じだ。
色々あったけど、この1日で僕にとってエラリアという町は大切な物へとなっていた。
何より、関わってきた人々がイスカを差別しないことが、僕にとっては嬉しかった。
「あの、僕はムラクモから旅をしてこの地までやってきました。ですから、腕にはそれなりの自身があります。──ほら」
あまりひけらかすの好きではない。
でも、手っ取り早く腕を証明するためには、証拠を見せた方が早い。
僕はマジックポーチから、ドンッ!とカウンターの上にベイルベアーの牙を1対取り出した。
「こ、こいつは!!」
ギルドマスターの顔がみるみるうちに驚愕へと変わる。
「勿論、僕が討伐した物です。これで、少しは僕も戦力になると判断してくれませんか?」
ギルドマスターは口を暫しパクパクとしていたが、観念したかのように片手で顔を抑えると声をもらした。
「これをお前が、まさか一人でやったのか?」
僕は頷く。
「はぁ、それだけの腕があれば、冒険者として登録していただけで、今頃は確実にB級パーティーのトップかソロ討伐できるのなら下手すればA級パーティー確実だったのに、お前今まで何やっていたんだか⋯⋯」
それは、やむにやまれない理由があるんだけど、そんなことを言っても信じてもらえるのは、イスカくらいのものだろう。
「ずっと、流れて旅をしてきたので、そのような暇がなかったんです。できれば、この町に残ってワイバーンが去った後はこの素材を買い取ってほしいのですが」
僕の言葉に、ギルドマスターは苦笑する。
「あぁ、勿論だとも。ただ、それはこの町が残っていたらという前提でだ。ワイバーンはベイルベアーの2倍は討伐困難と言われている。防御力や戦闘力はベイルベアーより弱いが、何より空を飛んでいるのと機動力が桁違いだ。過信はするなよ、こっちの攻撃を届かせるのは至難の業だぞ。俺にできたことは、お前の言うとおり冒険者が逃げ出さないように囲ってしまうくらいのもんだ」
フッと力の抜けた声に、僕はギルドマスターが背負っている重責の一端を分かったような気がした。
「ユズキさん、イスカさん。できましたよ」
僕が声に振り返ると、そこにはキラキラと光るギルドカードを真紅の盆に乗せたカレンが立っていた。
「先程は、それだけのお力を持っているとは知らず失礼致しました。こちらがギルドカードになります。まだ、冒険者としての実績がないため、始まりのDランクになりますが、モンスターを討伐することで実績が反映されていきます。お受け取り下さい」
僕とイスカは氏名と冒険者ランクを示すDと表示された銀色に輝く名刺大のプレートを受け取った。
「ふむ、よし。それでは、ギルドマスターであるラムダンは、正式にユズキ、イスカ両名が緊急クエストを受注することを承認する。──この町を頼むぞ」
ギルドマスターのラムダンから発せられる、頼りにしているといった口調に僕とイスカは大きく頷く。
「よし、行こう。イスカ」
「はい!」
ラムダンの視線を背中に感じながら、僕とイスカは町へと飛び出した。
ガンガンガンガン!!
町へ繰り出すと、明らかに異常な鐘の音が町中へと響き渡った。
その音を聞いた住人達は慌てて家路を急ぐ。
「ワイバーンが来るぞ!」
「建物の中に入れ!」
冒険者達が大声で危険を知らせながら、次々に城壁へと向かって走っていく。
「ギルドにいなかった冒険者に伝えろ!」
「C級以上は、ワイバーンの迎撃に迎え!C級はB級のサポートに回れ!」
「D級は市民の避難を急がせろ!」
パニックに陥った町中に、先程までの陽気な雰囲気はない。
町には露店の商品が散乱し、食物が地面に無惨に打ち捨てられている。
それを、好機とばかりに浮浪者達がコソコソと食物を麻袋に詰め込んでいる。
「おい!お前らこんなとこで何してるんだ!?」
広場の惨状に動きを止めていた僕達は前方から駈けてくる男に見覚えがあった。
衛兵のベスだ。
「ベスさん!僕達は冒険者としてこの町を守るために依頼を受けたんです」
僕の答えにベスは驚いたようだが、次の瞬間大きく頷くと僕の背中を軽く叩いた。
「分かった。ベイルベアーを倒したお前が戦力になってくれるなら有り難い。俺は衛兵だが、町の防衛はギルドと連携することになっている。一緒に城壁まで走るぞ──って、嬢ちゃんはレベル低いだろう!?星屑亭に隠れてろ!」
驚いたようなベスにイスカは首を振る。
「わ、私も力になれないかもしれませんが、戦います!」
『譲渡士のスキル『レベル貸与』が開放されました。パーティーを組む仲間に対して、一時的に対象者へレベルを貸し出すことが可能です。』
脳内にセラ様AIの声が響く。
そうか、この力を活用して戦いを有利に進めるといいんだ。
「ベスさん、僕のスキルはパーティーの強化です!スキルを活用することで、仲間を強化することができますから心配しないで下さい!」
僕の言葉を聞いて、ベスは当惑する。
「独りでベイルベアーを殺るようなやつが付与士!?訳が分からないが、時間がない。仕方ない、行くぞ!」
駆け出すベスは流石に早い!
僕は、重装備で走るベスから離されそうなイスカを見て、『レベル譲渡』を使うことを決める。
『警告します、現在イスカに対する譲渡可能レベルは10です。それ以上の一回における大量のレベル譲渡は、心身に過負荷をかけるおそれがあるため推奨しません』
脳内に響くセラ様AI、ナイスです。
セラ様の声は、ワイバーンの驚異に気を取られれて一瞬、イスカのレベルを一気に上げてしまえば安心ではないか?と思っていた僕をたしなめてくれた。
少し心配だが、セラ様AIが言うのならば10のレベルアップは大丈夫なのだろう。
「イスカ、スキル使うよ!」
後ろを走るイスカに僕は声をかける。
僕の言葉を察したのか、少し緊張した顔をイスカはするが、すぐに頷いた。
「はい、このままじゃ足手まといになるのでお願いします!」
僕は抽出する10のレベルを心に念じる。
朝スキルを使った時、現れた形はパズルのピースのようだったが、今度はルービックキューブのような白く光る立方体が僕の右手に現れる。
前を走るベスが後ろを振り返らないことを確認して、僕は唱える。
「『レベル譲渡』」
放たれた立方体は、光の帯を描きながらイスカの胸へと吸い込まれる。
「うっ、くっ⋯⋯」
少し色っぽい声を響かせ、一瞬イスカの走るスピードが落ちてしまう。
「大丈夫!?」
僕が立ち止まり声をかけようとした瞬間──
ヒュンッ
砂埃を巻き起こして、僕の目の前をイスカが走り抜けていった。
「え!?」
慌てて僕も追いかける。
足に力を込めるとグングンと加速する。
さすがレベルカンスト、スピードの底が僕自身見えない。
「なぁっ!?」
大分先を走っていたと思っていたベスだが、突然イスカが隣に並んできたのだから、驚かない訳がない。
「嬢ちゃん!いきなり速くなってどうしたんだ!?」
「わわっ!ユズキさんのスキルが強すぎて身体がついていけてないです!」
やりすぎた!
いきなりのレベルアップは、イスカの身体能力を大幅上げることに成功した反面、感覚がついていけてないというデメリットを生み出していた。
「落ち着いて!」
僕は横に並ぶとイスカの手を握る。
「ユズキさん!」
「落ち着いて、呼吸を整えて」
僕が手を掴んだことで余裕ができたのか、イスカは走りながら呼吸を整える。先程の全力よりも早いスピードを出しているのに、呼吸を整えることができるほどに、今のイスカの身体能力は底上げされている。
「はぁ、はぁ、まじかよ」
今度はベスの体力が尽きようとしていた。
「大丈夫ですか!?」
僕の声に、ベスはスピードを落とす。
「なんとかな。よぅ、やっと城壁だ」
荒い呼吸をしながらベスは前方を指差す。
そこには、昨日僕達がくぐってきた門が昨日と同様に開け放たれていた。
「はぁ、はぁ。この町は自由貿易を掲げているが、周辺国家の反発を買わないように、自衛の為の兵力はそこまで大きくねぇ。だから、ギルドの助けがないとこの町はすぐにやられてしまう」
ふぅ、と大きく息を吐くとベスは顔を上げる。
「こんなに走って、まじで、ユズキは顔色1つ変えてねぇな。⋯⋯まぁ、というわけで、腕にあるやつは門を出てワイバーンの迎撃だ。城壁の上でもいいぞ。狙われやすいが高さもあるから、ワイバーンに攻撃も当たりやすい」
見れば、50人程の冒険者と思わしき集団が、それぞれパーティーを組みあちこちで作戦会議を開いている。
「ここは南門だ。ワイバーンはあそこから来るぞ」
ベスが昨日僕達が下ってきた丘よりもやや左側の山を指差す。
よく見れば、そこにはうっすらと煙が立ち昇り、その上には怒り狂ったかのように舞う、羽を持った生き物達が大勢いることが確認できた。
「あれがワイバーン⋯⋯。何故あれがエラリアに来るのですか?森を焼かれたとギルドでは聞きましたが」
僕の質問に答えたのはベスではなく、イスカだった。
「ドーラス、いえ、帝国の嫌がらせですね」
この世界に来たばかりの僕にとって、国家間の情勢は無知に等しい。そのことを知っているイスカが説明を続けてくれる。
「ここエラリアは、中立を謳って独自の権限を持っていますが、政治体系はリーフィア共和国を筆頭とするオース諸国連合に寄っています。対するグリドール帝国は近年、軍備を拡張していると聞いています。同盟国であるドーラス国を駒として私の故郷クルトスを攻めたのも、クルトスがなくなることでグリドールの影響を遮るものがなくなり、エラリアに手を出しやすいと判断したからでしょう」
イスカの説明に、ベスが付け加える。
「でだ。元々あの辺りの山はワイバーンが住んでいたんだが、資源豊富だから、わざわざワイバーンは人を襲うことはなかった。それが、いきなり人間によって、森を荒らされた挙げ句食べ物はない。しかし、近くの人が住んでいたクルトスは滅ぼされて人がいない。次に奴らが向かう餌場はどこだと思う?」
「⋯⋯この町?」
恐る恐る僕が、地面を指差すとベスはその通りだとため息をつく。
「もともときな臭い話はあったんだ。まぁ、それはおいておいて最悪のシナリオは、壊滅したこの町にグリドール帝国が支援と称して入ってくることだな。そうなれば、実質帝国領。現領主様を初め、みんな帝国に都合の良いように首をすげ替えられてしまうだろうよ」
なるほど、国として戦えば戦争という形になって、オース諸国連合というものも出兵するだろうが、エラリアは中立地帯。
グリドール帝国としては、中立地帯に手を出したという形になることは周辺国家との関係を含めて避けたい。
しかし、ワイバーンという災害に見舞われたエラリアに対する支援という形を取れば、周辺国家はグリドールの本心を分かってはいても、争うだけの大義を見つけることができない。
「勿論、ベスさんがそれだけ嫌がるということは、帝国領にはなりたくないってことですよね」
「あぁ、勿論だ。俺達でこの町を守らないとな」
心底嫌そうなベスの顔が本心なのだろう。
「絶対この町を守らなくちゃですね」
「お手伝いします!」
僕とイスカは力強くベスに頷いた。
「ふーん、誰がこの町を守るんだって?」
突如、僕達の背後から冷たく嘲笑うかのような声が浴びせられた。
「──!」
僕達が振り向くと、そこには軽装甲に身を纏った青年が10人以上の仲間を引き連れて立っていた。




