黒幕が分かるようです
気まずい空気が場を飲み込んだ後、静寂を打ち破ったのは、ギルドマスターのニンムスだった。
「プッ、アハハハッ!!お、お主が『魔王』と結婚じゃと!?ほんと、お主は面白いな!」
ニンムスは、周囲の何ともいえない雰囲気を打ち破るように、ひとしきり笑うとウォーレンを見た。
「どうじゃ、ウォーレン?お主が見たところ、脈はありそうじゃったか?」
ニンムスは楽しそうに副ギルド長のウォーレンに笑いかける。
「勘弁してくださいよ。あの緊急時に色恋のことまで頭は回りませんよ」
ウォーレンがたじろぐ様に表情を曇らせた。
ニンムスは、今度は視線を僕に移した。
表情は笑ってはいるが、その瞳の奥にある権力者としての眼力は、僕の真意を図ろうとむしろ燃え上がっているようだった。
「いやー、楽しかった。確かに、人と魔族とエルフが重婚するというなら、我々の価値観では図ることのできない状況ではある。特に我々エルフは、過去に魔族と因縁があるからな。縁のある者が近くにいることも毛嫌いする者が多い程じゃ。さて、となると何故グリドールの奴らが『神託』じゃと騒ぎおったかじゃな」
「──神託?」
ニンムスの言葉に僕は思わず声をあげてしまった。
だって、それこそ嘘じゃないか。
この世界を統べる神様はただ一人、セラ様のはずだ。
そのセラ様はレーベンでは、ずっと一緒にいたし、そもそもセラ様が人族と魔族を争わせることなんてありえない。
「──まさか、『ラクサス教』ですか?」
僕の言葉に、ニンムスが悩まし気に頷いた。
「そうじゃ、グリドールの国教は『ラクサス教』。奴らは、「レーベンの『魔王』は死んだ。今こそ、人族の栄華を取り戻すべく、進軍せよ」と、吹聴しておる。セフィラム教の教義は簡単に言えば、「みんな平等」じゃ。権力者達がラクサス教を喜ぶ理由が分かるわい」
「俺達、エラリアや西方諸国にも、『ラクサス教』が普及しているからな。庶民は『セフィラム教』、上流階級は『ラクサス教』を好むっていう構図が最近は多いぜ」
ベスの言葉に、僕はエラリアの豪華絢爛なラクサス教の教会と、寂れが見えるセフィラム教の教会を思い出した。
ニンムスの話を受けて、やはりグリドールがこの話をでっちあげたことは明白だった。
しかし、グリドールは何故リズの死を事前に感知できたのか。それを説明できなければ、トナミカにグリドールが進んでくることは避けられない。
「──ユズキさん!!」
突然、応接間の扉が開き、転がり込むようにイスカとセラ様が室内へと駆け込んできた。
「なっ!──って、イスカ君か。それと、そちらの子供は何だい?今は忙しいんだ、席を外してくれないか?」
ウォーレンが慌てた様に二人を静止するが、イスカもセラ様も止まる気配はない。
セラ様は、僕の隣まで駆け寄ると、僕の手をギュッと握りしめた。
「ユズキさん。分かったんです!この一連の出来事を仕組んだのが!」
興奮と悲しみ、そして否定したい事実を無理矢理飲み込んだセラ様の表情がそこにはあった。
「本当に!?それは──」
僕は言葉を続けようとしたが、直ぐにセラ様の表情を見てハッとした。
「なんじゃ?お主も普通の人族には思えんが⋯⋯」
訝しむ様にセラ様を見つめるニンムス。
僕は、セラ様の手を優しく握り返すと、自分の考えが嘘であればよいと思いながらも、思い浮かんだ人物の名を口にした。
「──まさか、アマラ様?」
僕は、エラリアで呼ばれた神の空間で出会った女神の姿を思い浮かべていた。
姉御肌で面倒見が良さそうな、表情のアマラ様の顔が思い出される。
僕の言葉に、セラ様は悲痛な面持ちで頷いた。
「待て待て、お主らだけで納得するでない。ワシにも理由を説明せんか」
ニンムスは、居ても立っても居られなくなったのか、ピョンと椅子から飛び降りると、僕達の横へと駆け寄ってきた。
セラ様と身長がほとんど変わらないため、駆け寄る姿はまるで姉妹のようだ。
ニンムスは、怯えた表情のセラ様の瞳を覗き込むと、スッとその小さな掌をセラ様の頭に載せた。
「ヒアッ!、あれ?」
ニンムスの手が触れた瞬間、セラ様の瞳がトロンとなり、その頭がカクンと力なく垂れた。
「セラ様!」
僕は慌てて、倒れかけたセラ様を抱き起こす。
「貴女!」
「ん」
イスカとフーシェが即座に臨戦態勢を取り、武器を構えた。
「ま、待て!」
「落ち着きや!」
ベスとサユリも慌てて立ち上がるが、今や信じられないスピードで抜刀した二人に、ベスとサユリは武器に手をかける暇もなかった。
「二人共待って!──眠らされただけだよ」
僕の言葉にニンムスはニヤリと笑った。
「お主が落ち着いてくれたお陰で助かる。この場でお主に暴れられたら、それこそ終わりじゃったからな。なぁに、ただの睡眠魔法じゃよ。そして、ワシはちょっとこの娘の夢を覗かせてもらうだけじゃ」
ニンムスは嬉しそうに右手をワキワキとさせると僕の顔を覗き込んだ。
「寝ている中では、嘘はつけんからの?どうじゃ?変なことはせんぞ。安心せぃ」
「──ユズキ、申し訳ない。ニンムス様の情報収集の常套手段なんだ。君達に嘘がないと言うのなら、ギルドマスターを信じてくれないか?」
ウォーレンが観念したように口を開いた。
「ワシの最大の禁じ手を見せたんじゃ。それを誠意と取ってくれぬか?怪しい動きをすれば、この首差し出してやってもよい」
ニンムスの諭すように紡ぐ言葉には、嘘は感じられなかった。
「──絶対ですよ」
僕は、そう言いつつも県の柄に手を添えながらニンムスの表情を覗き込んだ。
「なぁに、お主にはワシの催眠も効かんのじゃろ?まぁ、心配するでない」
ニヤッと笑うと、ニンムスは再び瞳を閉じると、クゥクゥと穏やかな寝息を立てて眠り出したセラ様を優しく覗き込んだ。
「それ、そのソファーに横にしてくれんか?」
僕はニンムスの言うとおりにセラ様をソファーに寝かせた。
「んんっ」
気持ちよさそうな表情のセラ様の額に、ニンムスがそっと手をあてた。
そして、スッと自らも瞳を閉じると、セラ様に意識を集中させるのだった。
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