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女神さまの威厳はどこかへ行ったようです

 僕とイスカは朝食を食べ終え、食堂から受付に戻るため、二人揃って歩いていた。結論、『星屑亭』の食事は昨日も今日も美味しかった。

 今朝食堂ではフーシェの姿はなく、給仕服に身を纏った別の女性が席へと案内してくれた。

 フーシェのことを聞いてみると、いつもの日課の通り壊した扉を直しているのだろうとのこと。


 確かに、世界で一番恐ろしいモーニングコールだと思うね。


 さて、受付に戻るとミドラが座っており、僕とイスカを見つけるとニヤニヤしながら立ち上がった。

 なんとなくだけど、嫌な予感がする。


「おはよう、二人とも。イスカはスッキリした顔をしてるね、いい顔だ。そして、こっちは目の下にクマを作って。なんだい生殺しにされた顔をして、安心しな昨日あんたが手を出してないことは分かってるから」


 え、なんで?

 まさか盗撮されているとか?


 僕の懸念を感じたのか、ミドラはケラケラと笑う。


「違う違う。いや、なんさね。あんた達の下の部屋が私の部屋だからね。こう、規則正しい揺れが始まったらおっ始めてるのかと思うけど、昨日は一回揺れただけだからね」


 え、それってメチャクチャプライバシーが筒抜けじゃないですか。

 というか、客にそれをぶっちゃけるって。


 軽い目眩が起こる。ここにいる間は部屋の中でいい展開になったとしても全てミドラに筒抜けになるなんて怖すぎる。

 あ、もしかして僕に対する釘を刺そうってことなのかな。


 僕が軽く睨むと、ミドラは意地悪そうに笑った。

 ここで僕が別の部屋を望んだら、下心丸見えじゃないですか。

 クソッ、現状この部屋で満足するしかないとは。


「で、イスカ。昨日あたしが教えた中で、そっちを取らなかったってことは」


 そうか、昨日ミドラはイスカに選択肢を与えたのだ。力ある者に守られる生き方を選ぶのか、自らの足で立って歩くのかを。


 話かけられたイスカは、すうっと息を吸うとミドラを真っ直ぐに見据えて答えた。


「えぇ、私はエルフクォーターであることを卑下することなく、私を大切にしてくれるユズキさんの隣に、守られるのではなく共に立てるように生きたいと思います」


 凛とした声は透き通る程に心地良く僕の耳に響いた。


「かっ、ユズキだっけ。あんたには勿体ない娘だね」


 ミドラが、良いものを見たというふうに笑う。

 僕だって、イスカが自分のことを自らの意志で決めてくれたことが素直に嬉しい。


「さーて、じゃあ昨日渡したドレスは返却かな。女の覚悟のために渡しただけだ──」


 ミドラの言葉に、僕の煩悩があれで見納めかと叫ぶよりも早く、イスカが口を開いた。


「いえ、ミドラさん。せっかく頂いた物ですから、あの部屋以外で使う時、私の足りない覚悟を後押ししてもらうときに使わせて頂きますから」


 ニコリと笑うイスカの啖呵に、しばし呆気にとられたような顔をミドラはしたが、次の瞬間豪快に笑った。


「ハハッ!そうだね。あれは確かにあんたにやった。これは1本取られたよ!大丈夫だよ。ただ、あの部屋で始めたら私が下から天井を殴りつけておくから」


 なんか見えない火花が飛んでる気がする。


 そこは、男の僕は小さくなって時が過ぎるのを待つばかりなんだけど、出会った時に比べて、意見を述べることができるまでになったイスカはとても頼もしく思えるのだった。




「さて、この辺りのはずなんだけど⋯⋯」


 今、僕とイスカはエラリアの街を北へと歩いていた。

 降り注ぐ太陽は心地良く、花壇から漂う花達の香りは清涼感に溢れている。どこかハーブの様な香りは、日本では感じたことのない香りだ。

 イスカが言うには、エラリアやイスカのいた町、クルトスがあるこの地方はローム地方と呼ばれており比較的温暖な気候であるとのことだった。


「創造神、セラ様を祭る宗教はセフィラム教と言われているんですよ」


 街を歩き、この世界のことを1つずつ教えてくれるイスカだったが、僕の手を握る小さな手は固く力が込められている。その手からは、周囲に対する緊張が含まれていることは明らかだ。


 確かに、時々視線を感じるな。


 ほとんどの人は僕達に興味を示さないが、時折イスカに対して好奇の目を向けてくる人がいることを感じていた。

 そして、そのような視線を寄越すのは得てして人族の方が多いのも、また事実だった。


 実際、イスカと同じエルフ族に会わないことから、エルフ族そのものが希少なのだろう。そこでクォーターとしての瞳の色をしたイスカが通れば興味を引かれることは当然なのかもしれない。

 だからこそ、僕がイスカの心配を取り除いてあげなくてはならない。

 僕は半身、イスカより前を歩きイスカが人目に晒されないように歩くよう心がけた。


 本当はこんなことをしなくても、みんながイスカのようなクォーターの人たちを分け隔てなく接してくれる世界になればいいのに。


 そう思うが、単純な話ではないのだろうと僕は嘆息する。


「イスカ?これかな?」


 ミドラに教えてもらった場所とは概ね合致している。

 そこには、創造神を祀っているとは外観からは思えない質素な作りの教会があった。


 ボロボロではない、手入れもされている。

 しかし、その、これは──


「⋯⋯さっき通ってきた所にあった教会の方が立派でしたね」


 僕の心を代弁するかのように、イスカが口を開いた。


 そう、立派じゃない。荘厳さも残念ながらない。

 え?創造神を祀っている教会だから、1番立派なんじゃないの?


 その僕の勝手な思い込みは、今実際の建物を見ると見事に打ち砕かれたわけだ。


「うん、『ラクサス教会』の方が立派だったね」


 僕の反応と同じく、イスカも複雑な表情を浮かべつつ頷いた。


「確かに、『ラクサス教』は私の住んでいたクルトスの町にも教会はありましたが、『セフィラム教』の教会はありませんでした」


 聞けばラクサス教は、セラ様の子供で繁栄と戦を司る神『ラクサス様』を祀っているとのこと。


 母親よりも、息子の方が有名になってしまったというパターンか。


 僕はウンウンと頷いてみるが、女神さまとお会いした時には、セラ様以外の神様はいなかったな、と思い出し少し疑問に感じた。


 まぁ、今からお話を聞けるなら、そこも明らかになるかな。


 僕はイスカと軽く頷き合うと、教会の扉を押した。


 ギイッと音を立てて、重みのある木製の扉を開く。

 そこには、礼拝堂が広がり華美ではないが正面にはステンドグラスが掛けられ神秘的な雰囲気が漂っていた。


「おはようございます。お祈りですか?」


 礼拝堂の端で、モップを持って掃除をしていた一人のシスターが僕達に気づいて近寄ってくる。


「それとも入信ですか?」


 え、なんか少し鼻息が荒くて怖いんですけど。


「入信ですよね!」


 ニコニコ笑って近づいてくる瞳の奥に狂気を感じる!


「ち、違います!私達、この町に来たばかりでして、創造神セラ様に祈りを捧げに来ただけですから!」


 イスカがシスターを制止するように、両手を突きだす。

 シスターは、それを聞くと残念そうに歩速を緩めた。


 身長は僕より少し低いくらい。人族と思わしき風貌で、見た目は20歳くらいだろうか。修道服を着こなす姿は、先程の詰め寄りをノーカウントにすれば、清楚なイメージが持たれるだろう。

 シスターは、少しイスカの耳と顔を見る。


「あっ」


 小さな声をあげて、僕の後ろに隠れようとするイスカに対し、シスターは優しく微笑んだ。


「エルフ族をを見たのは初めてで、気を悪くしたらごめんなさい、でも、セフィラム教はどの種族に対しても平等に接することが教義ですから、不安にならないで下さい」


 慎ましくお辞儀をするシスターに対し、イスカも少し警戒感を解かれたのか僕の陰に隠れることをやめる。


「セフィラム教は創造神さまを祀っているのに、ラクサス教の方が権威を誇示しているように見えましたが、何か理由があるのですか」


『ラクサス教』、その言葉を口に出してしまったことを僕は浅慮だったと振り返る。なぜなら、その言葉を聞いたシスターは、まるで幽鬼にとりつかれたかのように「ヒヒ、フフ」と乾いた笑い声を上げると、怒涛の如く口を開いた。


「そう!そうなんです。創造神であるセラ様を讃える『セフィラム教』を大切にすれば良いのです!ラクサス様は、セラ様のお子様ですよ!?繁栄と戦を司るということで、人族が好んで献金やお布施でみるみる拡大してきましたけど、元を辿ればセフィラム教あってこそのラクサス教なのです。なのに、ラクサス教の連中はセフィラム教なんてもう古いなんて言って、勧誘して私達の信徒を次々と改宗させていくなんて、酷いと思いませんか!?最近なんて、町長もラクサス教に鞍替えしたことで、益々私達は肩身が狭いのです!」


 一息にまくし立てると、シスターは少しスッキリしたのか肩で息をしながら1つ咳払いをした。


「そういうことで、私達は少しでも信徒を増やしてセフィラム教の教義を再び普及したいのです。ラクサス教そのものを悪く言うつもりはありませんが、私達から信徒を奪うようなやり方は気に入らないだけなんです。──えぇ、すみません少し熱くなって。お祈りをされるんですよね?でしたらこちらへいらしてください」


 シスターの勢いに飲まれてしまった僕達だけど、言っていることは切実で可哀想とも感じてしまう。


 どこの世界でも宗教絡みの争いは大変だね。でも、セラ様本人は宗教に関連した争いが起こることを良くは思わないだろうなぁ。


 まさか、女神さまであるセラ様にこの世界に転生させて頂きました。なんて言える訳もなく、僕はイスカを連れてシスターの後ろを歩き、祭壇の前へと案内された。

 木製の祭壇には天秤に似た装飾が施されており、その装飾は幾年もの時代を重ねて来たのか、歴史を感じさせる貫禄があった。

 奥に見える、やや小ぶりのステンドグラスには、セラ様と思われる女神さまを模した女性の像がかけられ、降りしきる光を浴びて祭壇周囲を極彩色に染めている。


「ここで祈りを捧げて下さい。祭壇の1番前です、きっと祈りを創造神セラ様は聞き届けてくださいますよ。⋯⋯はっ、まぁラクサス教だと常に人が並んでいるので、最前列でお祈りなんて貴族でもなければ難しいんですけどね」


 うわぁ、さらりと毒を吐いてる。

 可愛い顔をしたシスターさんだけど、言葉の端々にトゲがある!

 相当な苦労をしているシスターさんを横目に僕はイスカを見る。


「はい、ユズキさん。お祈りしましょう」


 見ると、イスカは軽く目を閉じて両手を胸の前で組んだ。

 祈りの捧げ方は、僕がいた世界とも似ているな。

 そう思いながらも、真似をして瞳を閉じる。


 女神さま⋯⋯


 そう心の中で念じた瞬間。僕の意識は無重力にも似た浮遊感を伴って暗転した。





 眩しい──


 暗転した後に、小さな光を見つけたと思うと、僕の意識はその光の中へと飛び込んだ。

 いきなりの明転で目の前が真っ白になったが、少しずつ慣れてくると、僕の前に人影が見えた。


 これは──


「えーと、女神さま何をしているんですか?」


 僕の目の前には、昨日僕が転生した時と同じように、見事なまでに堂に入った土下座を披露する女神さまの姿があった。


「これは、ユズキさんの前世で謝罪の最上級と──」


 昨日聞いた台詞ですよ。女神さま!


「それは知ってますよ!でも、顔を上げてください!」


 僕は慌てて、女神さまに顔を上げるよう促す。


「いいえ!そういう訳にはいきません!クシャミでユズキさんを死なせてしまった挙げ句、またクシャミでとんでもないものをユズキさんに押し付けてしまいました!これはもう、死という概念のない女神にとっては、最大級の謝罪を見せるしか──」


「わー!わー!シーッ!!」


 僕は大声を上げるがもう遅い。


「ユズキさん、どうしたのです?ここにいるのは二人だけでし──」


 土下座をしていた女神さまが、ゆっくりと頭を上げる。

 女神さまの可愛い顔は、頭を上げる途中で凍りついた。


 いや、だってねぇ。

 僕は女神さまのために止めようとしたんだけど⋯⋯


 そう、僕の左には当惑したような顔で、土下座した創造神を見下ろす形になってしまったイスカが立っているのだ。


「キャァァァッ!なんでイスカさんがここにいるんですかぁ!!」


 女神さまなのに、涙目になって顔を真っ赤にさせたセラ様の声が何もない神様の空間に響き渡った。



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