表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

マーケティング継続中

 今日もまた。殺風景なビルの一室で、マーケティング調査の仕事が始まる。

明智は、自分のふがいなさと、唐沢の怒気を含んだ口調に怯え、朝食もろくに喉を通らなかった。


 出勤して、自分の席に座る。女性の上司からの説明があり、アンケート調査の内容や、タブレットの端末操作方法について、一通り教わった。

明智は、彼女が直属の上司ならば、どんなにか仕事がバラ色になるだろうと空想していた。

名札を見ると菊池とだけ書いてある。

やがて空想の中で、菊池は未来のお嫁さんになった。

不思議なことに空想中の表情は、仕事に集中しているような真剣な顔つきだったので、唐沢の目に留まることもなく時間が過ぎた。

 

 さっそく、新しい電話帳が渡されて、作業に取り掛かる。

電話機のダイヤルは最大にしているのだが、明智には意味をなさない。

いくらボリュームを上げようが、相手の発音が不明瞭で聞き取れない。

明智の耳の聞こえなさは今に始まったことではない。

街中や電車の中では、何度も相手に聞き返していた。

どうやら世間では“感音性難聴”や“聴覚処理障害(APD)”と呼ぶものだとネットで知った。

しかし、健康診断の聴力測定では異常がないのが悩みの種でもある。

明智の訴えはいつも「気のせい」だと言われて、うやむやになる。


「こりゃダメだわ。耳が聞こえないって言うのはなんとかなねえのかよ」

「わしも原因が分からぬゆえ、ん十年も困っておる」

「音のうるさい作業場は、避けた方がいいみたいね」

「耳くそが溜まっているだけではないか。なーお」


 他のパート社員が調査を完了する中、明智は中々結果を出せないでいた。

「話し方がまずいのだろうか」

悩みつつ彼は、声のトーンを高くしてみた。

「もしもし、マァーケェティーングちょおぁさの……」

「はぁ?! 」

裏声が出てしまい電話の相手がびっくりしてしまった。即電話を切られる。

 


 今度は低音で攻めてみた。

「どなた、よく聞こえないんだけど」

慌てて普通の高さに戻すと

「あんた、ふざけてるのかい」と叱られて電話を切られた。

どうやら小手先のテクニックだけでは通用しないようだ。

「なんだろう、僕の心が試されているってことなんだろうか」

明智は今度は心の中で「お客様は神様です」と唱えながら電話番号を押した。

「ガチャ」

電話に出る前に切られた。神や仏はいないように感じられた。


「もう見てられねぇや。こりゃとっとと転職した方がいいんじゃねえの」

「人生は修行の場ゆえに、もう少し粘って欲しいんだが」

「登録制だからうまく潜り込めたけど、あんまり結果を出せないようじゃ居心地が悪くなるわ」

「だから生活保護にしろとあれ程。なーご」


 明智が悪戦苦闘していると、菊池が近づいてきて助け船を出した。

「あなたの声は早口すぎるみたいね。もう少しゆっくりと話してみて」

「ああ、はい」

「それと、時々怒ったようなしゃべり方になるから気をつけてね」

どうやら彼女は、明智の特性に気づいたようでもある。


 気を取り直して、電話番号を押す。なるべく落ち着いた言葉で丁寧に話してみる。

怒ったしゃべり方にならないように気をつける。

いきなりのガチャ切りはなく、相手もじっくりと回答しているようだ。

ところどころ、つっかえながらもマニュアル通りの質問を繰り返す。

ついに、最終質問までたどり着き、質問事項はすべて完了した。


「やったー! 」

明智は思わず声を上げた。

やってきたのは菊池ではなく、唐沢だった。

「完了したなら、完了ボタンを押した後、ここをクリックして閉じること。最後までやらんか」

結局最後は、怖い上司に怒られるオチだった。


「ちょいと光明が差してきたな」

「だが、怒りっぽい上司との折り合いが悪いゆえ、転職の可能性も十分あり得る」

「この成功体験が次に続けばいいけど」

「まぐれだまぐれ。なーご」


 明智は少しやる気が出てきた。唐沢は怖いけど、次の成功体験をしてみたくなった。

自分の仕事に対して、少し本気で取り組みたくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ