第四十五話　レシャミリア、回廊の鈴雫をなぞるー前半ー　ボツ案(ベリーショートVER)

SIDE　レシャミリア

――シャラリ、シャラリ。

玉座から、降りる足が焦るたびに。

悠長な鈴が、鼓膜を逆撫でてくる。

足裏に滑り込む黄金の感触が、断頭台へ蔓延る砂埃のようで。

脈の奥に、胃液がなだれ込むような幻覚を身体に刻み付けた。

その余韻が、あの崇められた静寂を謳ってくるような気がして。

――足を、止めた。

耳が研ぎ澄まされて音が聞こえる

静寂がだんしょうで満たされていく

薄く張られた壁ごしに、あいつらの喧騒がまっじっているような気がして。

ほんの少しだけ、足先の鋭さが緩む。

けれど。

その騒がしさが、摩耗するように。

――カラン、カラン、カラン。

……鈴の音へと書き換えられてしまって。

あしらわれた期待すらも、取りに行く勢いで。

深紅に敷かれた絨毯の上を、思わず、外へ飛び越えそうになる。

たとえ、まだ、飛び出せなかったとしても。

その燻りこそが、逆に、あの時の足蹴を思い出させてきて。

硝子に閉じ込められた水泡が、海月へと昇るように。

見据える視線が、ほんの一瞬だけ――鋭さを取り戻す。

だが。

その視線を、一歩、さすりあげる前に。

「……なに、扉に体当たりしようとしているんですか。

　黄金に包まれすぎて、目でも潰れましたか。」

冷淡さを捺した先に、呆れを滲ませた声。

響くまで悟れなかったその気配越しに、労いが伝ってきて。

足裏にふれた絨毯の感触を、心地よく均す。

――ここにまで、ついてこいって言ってないのに。

　　ノエルにとっては、後ろをついていくことが、当たり前なんだろうか。

鎧交じりに溢れ出た、ささやかな希望が。

こみあげてきたくすぐったさの奥に、似た衝動を手繰り寄せる。

だからこそ。

絢爛の中で、彼女もまた、何かに押しつぶされているような気がして。

勢いに任せて、そっと、唇を噛み砕く。

「いや、逆に、やっと。

　……視えるように、なったのかもな。」

ほどきを手向けるように。

吐息の柔らかさをねだったまま、空気が言葉を揺らす。

後ろは、振り向かなかった。

同意も、求めようとはしなかった。

きっと、振り返れば、視線を返してくれると。

――ただ、信じたくなった。

あのときの彼女の瞳を。

……未熟な少年に、負けを自覚したあの時を。

もう一度、噛みしめたくて。

なぜか、酷く、赦してほしくなった。

そうしたら、霞んだ希望を、掴みなおせると信じたくて。

言い聞かせるように、脆い弱音交じりに吐いた、宣言だった。

それでも。

目の前には、露台へと進む扉が重厚に構えていて。

この先に待つ人への思案が、肺を突き刺してくる。

鍾乳石が切り株と垂れるような、傲慢さを澄ましたまま。

消しきれなかった翳りに、腕が強張り始める。

梳かされていた絨毯が、足を引きずり込む。

豪奢にとまっていた金箔に、軽薄さが際立つ。

堪った肩の嵩張りが、拍動をむせかえらせる。

全身に吹き荒れる血の流れが、あまりにも激しくて。

握った衝動さえも、無造作に投げ捨てたくなる。

でも、確かに佇み続ける群青色の気配が。

逃げ道を塞ぐように、立ちはだかっているのに――

どこか、碇に箒が芽吹くような、期待を蘇らせてくるから。

肩に圧し掛かる重圧さえも、いつか、

――誇りだと呼べる日が来ればいいと。

そんな能天気な願いを溢してしまった自分に。

あの、バカどもの面影が、脳裏をよぎる。

……もう、とっくに俺様も、似てきてんだろうな。

流しきれなかった白浜の上に、星屑が露わになる時まで、きっと遠くない。

そんな予感を滾らせて、扉へと手をかけた。

「どうもどうも、ギルド長様。

　お久しぶりですね。」