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第073話「裏世界音楽フェスティバル」

 ――裏世界音楽フェスティバル。


 毎年12月に東小金井で開催される裏世界最大の音楽の祭典であり、日本だけでなく世界中のミュージシャンが集結する一大イベントである。


 事の始まりはおよそ20年前、とあるロックバンドがのるか反るかの一世一代の大勝負として、裏世界で大勢の観客を呼んだ大規模ライブを行ったことに遡る。


 それまでは魔物蔓延る危険な裏世界でこのような催しを開催するのは狂気の沙汰だと考えられており、誰も実行に移す者は居なかった。


 しかし彼らはいわゆる一発屋と呼ばれる存在であり、最初の曲以降は全くといっていいほど売れずに鳴かず飛ばずの状況が続いていたことから、背水の陣で危険な行為に挑戦することを決断したのだ。


 が、これが奇跡的に大成功してしまう。


 成功の理由は魔力にあった。


 彼らは声の通りが悪いと有名だったのだが、裏世界でライブを行ったことによって魔力による身体強化が声量アップにつながり、普段なら届かないような広範囲の人々に歌声を届けることが可能になったのだ。


 更に観客たちも魔力によって普段より五感が鋭敏化されていたことも相まって、いつも以上の迫力と臨場感のあるライブを楽しむことができたという。


 それ以外にも魔力によって強化された肉体による表世界では不可能なパフォーマンスや、魔術を使用して生み出された幻想的な演出が観客たちに大ウケし、魔物の存在や命の危険など物ともせずに会場は熱狂に包まれた。


 裏世界は、野外ライブを行うにはこれ以上ないほど絶好のスポットだったのだ。


 これに触発された他のアーティストたちが次々と裏世界でライブを行うようになり、やがてそれが定着していった結果、とうとうフェスティバルまで開催されるようになったというわけである。




◇◆◇




「凄い観客の数ね……。まるで人がゴミのようだわ」


「こら円樹、お客さんに対して失礼なこと言わないの」


 裏世界音楽フェスティバル当日――俺は仁和円樹の恰好で舞台袖の隙間から外の様子を窺っていた。


 見渡す限りの人だかりに思わず呟くと、隣に立つ忍にぺしりと頭を叩かれてしまう。


 だがこんな反応をするのも致し方ないだろう。ステージの目の前に設営されたメインエリアはもちろんのこと、遥か遠くの方まで埋め尽くすほどの人々がいるのだから。


 メインエリアから少し離れた位置には、屋台やフードコーナーが所狭しと並んでおり、あちこちから美味しそうな匂いや香辛料などの刺激的な香りが漂ってくる。


 別の場所に目を向ければ、グッズ販売のブースや魔道具の出店もあり、マスコミやプロモーターと思しき人々が慌ただしく動き回っている様子も窺える。


 表の音楽フェスであればこのくらいの人数でも驚くことはないが、ここが裏世界ということを考えれば異常と言えるほどの光景だ。


 そしてなんと言っても魔力が凄い。普通は裏でこれだけの人が密集するなんてことはまずないので、一人ひとりから漏れ出る魔力は微弱でも、積もり積もれば空間全体が濃密な魔力の渦のように見えるほどだった。


「いくら危険度1の東小金井とはいえ、よくもまあこんなに人が集まるものよね」


「運営会社の"バーストプロダクション"が探索者協会と提携して周辺の警備や安全対策にかなり力を入れているらしいからね。巨大な結界石を何個も使って会場全体を覆いながら、精鋭の探索者たちが常に魔物の接近を監視しているみたいだよ」


「ふ~ん、なら余程やばいネームドモンスターでも迷い込んでこなけりゃ安心って訳ね」


「実際に今まで大きなトラブルが起きたことは一度もないしね。今日もきっと平穏無事に終わると思うよ」   


 結界石はダン学にある"星輪(せいりん)"ほどではないので、数時間ごとに魔力をチャージして維持しなくてはならないし、上位ドラゴン級のモンスター相手だと結界を破壊される恐れもあるが、ここは東小金井なのでまずそんな状況になることはないだろう。



「出演者の皆さまぁ~! 点呼取らせていただきますので代表者の方はこちらまでお越しくださいませ~!」



 忍と二人で話していると、会場スタッフからの呼びかけが聞こえてきたので、指示に従ってバックステージに向かう。


 するとそこには多くの芸能関係者が集まっており、軽い挨拶やら注意事項やらタイムテーブルの確認などが行われていた。


「U・B・Aの皆さんは15時からの出演となりますので、それに合わせて準備のほうをお願いいたします。また、参加者全員に渡しておりますこちらのリストバンドですが、これを腕につけていれば会場内の飲食店など各種サービスを無料でご利用いただけますので是非活用してくださいね」


「わかりました。ありがとうございます」


 スタッフから48人分のリストバンドの入ったケースを受け取りつつ、笑顔でお辞儀をする忍。


「う、うんしょ……」


「重そうね。半分持つわよ」


「ありがとう円――」



「MOON様ぁ~! "歌姫MOON"様はいらっしゃいますか~?」



 俺が忍からリストバンドのケースを受け取ろうとした瞬間、後ろの方からスタッフの大声が響き渡る。


 彼らは「誰か見た人いる?」「どこにもいないぞ」「大トリの彼女がいなかったら大問題だぞ……!」とか口々に言い合っていて、少し焦っているように見えた。


「ん、ん~……ごほん! ごめん忍、ちょっとお手洗いに行ってくるわ」


「えっ? あ、うん。じゃああそこのベンチにでも座って待ってるね」


 怪しまれない程度に急ぎ足でバックステージを後にした俺は、魔力を探知しながら誰も居ない通路の死角で"カメレオンリング"を使って透明になると、MOONの楽屋へと向かった。


 部屋の中に入ると素早く円樹の服を脱ぎ、すぐに次元収納袋からゴシックなフリルドレスを取り出し着替え、身体全体に魔力を流して偽装を施しMOONの姿に変貌する。


 そして急いで化粧を施し髪型を整え直してから、楽屋の扉を開いて再びバックステージに戻る。


「MOON様ぁ~! どちらにおられ――」


「なんじゃ騒々しい。せっかく気持ち良く寝ておったのに起こすでないわ」


「あ! MOON様! よかった、こちらにおられたんですね! スタッフ一同探し回ってましたよ!」


「我はいついかなる時であろうと自由な吸血鬼の姫じゃ。誰も我を縛ることなどできぬわ」


「あはは……。大変申し訳ございません。ただ今日は年に一度の大事な音楽の祭典ですので、どうかご理解のほどよろしくお願いします」


「ふうむ、仕方がないのう。民草共を喜ばせるのも貴人たる我の務めじゃからの」


「ありがとうございます! では改めてお伝えさせていただきますと、本日MOON様は大トリでの出演となります。予定時刻の30分前になりましたらお迎えに上がりますので、それまでどうぞ自由にお過ごしくださいませ」


「うむ、心得た」


「それとですね――」



「黒鵜忍さん! ウニテレビの"蝿野(はいの) 五月(さつき )"です! よろしければ少しお時間をいただけませんでしょうか!」


「すみません……。アポなしインタビューはお受けしていないんです」


「そこをなんとかお願いできませんか!? 今回の音楽フェスにはあの歌姫MOONが参加するということで注目を集めていますが、U・B・Aのリーダーである忍さんとしては彼女が大トリを務めることについてどんな思いをお持ちですか!? 去年はあなたたちがラストでしたけれど、今年は出番が前倒しされてしまいましたよね! MOONへの嫉妬心というのはあるのでしょうか!?」



 後ろから五月蠅い声が聞こえてきたので振り返ると、忍がウニテレビのアナウンサーに絡まれていた。


 はぁ……またあのテレビ局か。あそこはいつも強引な取材ばかりしてきて本当に嫌になるな。


 忍は誠実に対応しながらも毅然とした態度で断り続けているが、それでもしつこく食い下がっているようで溜め息が出る。


 俺は再び魔力を探知しながら誰もいない死角でカメレオンリングを使うと、近くのトイレに入って急いで円樹の格好に着替えてから再びバックステージに戻った。


「ちょっとあんた! 忍に近づくんじゃないわよ!」


「あ、円樹」


「あらあなたは! U・B・Aのランキング第2位の仁和円樹さんじゃないですか! ぜひあなたからも一言コメントを頂戴してもよろしいでしょうか!?」


「うるさいわねぇ。U・B・Aはアポなしの取材は受け付けてないっていつも言ってんでしょ! 10秒以内に消えないとあんたの爪の先に針のようにした髪の毛を突き刺すわよ」


「ひぃっ!」


 ツインテールの先端を尖らせて威嚇すると、逃げるように去っていく蝿野アナ。


 まったく……困った連中だ。記者やカメラマンだって必要不可欠な職業だとは思うけど、最低限のマナーは守って欲しいものだ。


「円樹……ありがとう」


「忍、あんた人がいいのは結構だけど、時にはビシッと怒らないと――」



「MOON様ぁ~! どちらにいらっしゃるのですか~!? まだ説明途中だったんですが~!?」



 振り返ると、突然いなくなったMOONを探してバックステージ内を走り回るスタッフの姿があった。


「忍、ちょっとあたしお手洗いに行ってくるわね!」


「え? さっき行ったばっかりなのに?」


「そういうこともあるのよ!」


「へ? うん、わかった。またそこで待ってるね」


 全力でバックステージから離れると、また死角で透明になってから楽屋に戻り、すぐにMOONの姿に着替える。


 それから再びバックステージに戻り――


「ぜぇ……ぜぇ……! なんじゃ! 我にまだなにか用か!?」


「あ! MOON様! こちらをどうぞ。このリストバンドをつけていただければ会場内全ての飲食店を無料で利用できますので」


「ふむ、それはよいものを貰った。もう用は終わりか?」


「はい!」


「本当か? 本当じゃろうな? これでまた我の眠りを妨げようとしたら貴様の血を全て吸い尽くしてくれるぞ?」


「も、もちろんですとも!」


「ならよい。下がるがよい」


「で、では失礼致します!」


 頭を下げて去っていくスタッフを見送ると、俺はようやく一息つくことができた。


 ふぅ~……。これでやっと落ち着ける――



「あっ、黒鵜忍ちゃんじゃん! やば……本物マジでかわいい……。しかもおっぱいでけぇ~! ひゅ~っ!」


「ねえ、俺らのこと知ってる? "RABBIT&COOL"っていうロックバンドなんだけどさ。最近ネットでめちゃくちゃ評判いいんだよね!」


「えっ? いえ……存じ上げないです……」


「え~マジ? でも俺らの演奏聞いたら絶対ハマるから。……そうだ、出演者同士仲良くなっておかないと損だし連絡先交換しない?」


「すみません……。うちのグループはアイドルとして活動していますので男性との接触や個人的な連絡先の交換は禁止されてるんです」


「え~別にそれくらい良いじゃん~」



 今度は忍が聞いたこともないバンドの男二人に声を掛けられていた。


 有名な音楽フェスでも、何故かあのような誰も知らない謎の輩が数組混ざってたりするんだよな……。


 忍は迷惑そうな表情を浮かべて拒否しようとしているものの、しつこく食い下がられているようでなかなか話を切り上げることができていない様子だった。


 俺はまたすぐ近くの女子トイレで円樹に変身して戻り――


「ちょっとあんたたち! しつこい男は嫌われるわよ! さっさと失せなさい!」


「うわ! 仁和円樹ちゃんじゃん! こっちもめっちゃかわいいい~!」


「今あたし機嫌が悪いのよ、これ以上邪魔すると三枚に卸すわよ!」


「ひっ……こえぇ……!」


「で、でもそこがいいんだよな……」


 髪をチェンソーのように振動させながら威圧すると、「ぐへへ」と気持ち悪く笑いながら去っていく男たち。


 まったく……。これだから男というのは……。


「円樹……何度もごめんね。ありがとう」


「別にいいのじゃ――」


「……のじゃ?」


「の……じゃ、ジャンケンポン!」


「え? グー」 


「あたしパー。あ、あたしの勝ちね! 罰として忍はこのリストバンドを全部一人で控え室まで持って行くこと!」


「ええ!? ずるいよ円樹~!」


「それじゃー後は任せたわ!」


 忍を置き去りにして俺は一目散にその場を離れた。


 あ、危ねぇ……。何度も交互にキャラ変してたせいで、つい口調が混ざってしまったぜ。なんとか誤魔化せたが気をつけなければ……。


 やれやれ……今日は多忙過ぎる一日になりそうだなぁ……。

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