閑話③「男たちの最強論争」★
「なあお前ら、裏世界で最強の奴って誰だと思う?」
放課後の一年Dクラスの教室。
俺たちいつものメンバーが今日も裏校舎で特訓をしようと集まっていたところ、唐突に英一がそんなことを言い出した。
だが、男子というのはこういった話題が大好きだ。俺たち全員は近くの椅子に腰を下ろし、英一の話に聞き耳を立てる。
今日は佐東さんがいないので、今ここにいるのは俺――種口迅と英一、美衣兎、四位、ボブ、キモタクの六人だ。
女子が一人も存在しないむさくるしい空間だけど、こうした話題は男同士のほうがむしろ盛り上がる。
「最強ってなると、やっぱSランクの24人の誰かだよな。英一は誰が一番強いと思うんだ?」
「俺はもちろん、"涼木 想玄"だな」
俺の問いに対して英一が迷いもなく答えると、男たちは全員が「おおっ!」と感嘆の声をあげた。
「探索者ってのは大体承認欲求が強かったり、目立ちたがり屋な奴が多いが、あの人はメディアにも一切姿を現さないし、ただ己を磨くためだけに裏世界で探索者を続ける漢の中の漢だ。俺は一度裏世界で彼に会ったことがあるんだが、その圧倒的な存在感と強さに、思わず武者震いしたのを覚えてるぜ。……着ている服だけはちょっとばかしダサかったけどな」
「確かに想玄氏はこういった話題デハ、専門家の間でも必ず名前が上がりますヨネ。映像があまりないので一般人の知名度は低いかもしれませんが、探索者界隈では言わずと知れた有名人デス」
英一の言葉にボブも同意する。
涼木想玄氏は専門家の間では厄災魔王の一欠片すら倒せるほどの実力が有るのではないかと評価されているが、彼は温厚な性格で自ら凶悪なモンスターに特攻したりはしないため、まだ対戦は叶っていないらしい。
「でも涼木想玄はサキュバスクイーンを討伐しやがった奴だからなぁ~……」
「そうそう、僕たち男子の夢を奪った罪は重いよねぇ~」
「拙者もサキュバスに搾り取られてみたかったでござる……」
四位、美衣兎、キモタクの三人が苦々しそうに呟く。
サキュバスクイーンとは、今から十年ほど前に出現した突然変異の淫魔モンスターである。
危険度7以上の区域にしか生息していないレアモンスターであるサキュバスは、肉体こそとても魅力的で男たちの性欲をそそるものの、その容姿は化け物じみており、言葉も通じずにただ男を性的に襲い、精力を搾り取って殺すという危険極まりない存在だ。
しかしこのサキュバスクイーンは、肉体だけでなく容姿も絶世と表現してもいいほど美しく、そして知性もあって人語を解し、甘い言葉を囁いて誘惑しながら男を魅了し尽くすというとんでもない特性を持っていた。
しかもこのモンスターは低危険度の区域にも平気で現れ、新人探索者の男たちにも色香を振り撒くのだから始末が悪い。
それだけでなく、彼女は普通のサキュバスのように男の精を絞りつくして殺すということはせず、なんと死ぬ寸前まで搾り取った後は、ちゃんと生きたままリリースしてくれていたのだ。
この情報とクイーンの顔写真がネットに流れると、裏世界に男たちが大量に群がる事態になった。一時は探索者協会のライセンス購入サイトがダウンするほどだったとか。
サキュバスクイーンに会いたい! 童貞卒業したい! 絶世の美女に精を搾り取ってもらいたい! という馬鹿な夢を持った男たちは、次々に死地へと旅立っていくことになる。
当然魔力使いとして全く才能のない者や、性欲で頭が馬鹿になったライセンスすら持っていない中高生男子までが裏世界に参戦するわけだから、死亡率は跳ね上がってしまう。
そしてサキュバスクイーンは自らの特性を受け継いだ子を産んで繁殖していき、被害がさらに増加。サキュバスの虜になった男たちが人間の女性に興味を抱かなくなるという社会問題も発生してしまう始末。
やがて政府によって緊急討伐指定モンスターとして定められたサキュバスクイーンは、遂に涼木想玄氏によって倒されることとなる。
これには世の男たちは憤慨し、彼に対しては未だに根深い恨みを持っている人も少なくないとか。
こんな感じでサキュバス事件は収束したのだが、クイーンの子が数体逃げ延びたとの噂があり、実際に裏世界で目撃した、搾り取られたという者もチラホラいるらしく、一部の男たちは彼女たちを今でも必死に探し続けていたりするのだった。
「……ちっ、てめぇらもっと硬派な考えを持ちやがれ! 漢はただひたすら己を鍛え抜き、裏世界で高みを目指していくべきなんだよ!」
「これを見てもそんなことが言えるでござるかねぇ~?」
舌打ちをしながら不満そうに呟く英一に、キモタクがスマホを操作してサキュバスクイーンの映像を見せると、皆がそれに釘付けになってしまう。
……こ、これは討伐されても仕方ないわ。こんなのがいるとなったら、俺も中学生くらいの今よりも遥かに弱かった時期に、頭馬鹿になって裏世界に一人でこっそり探しに行ってたかもしれない。
実際あれだけ硬派なこと言ってた英一も、ごくりと唾を飲み込んで視線を外せないでいるし。
「ご、ごほんッ! そ、そんなことより話を戻すぞ! ……で、種口。お前は誰が最強だと思う?」
「そうだなぁ……人格的にはあまり推したくはないけど、やっぱ"切封 斬玖"じゃないかな」
俺の答えに「まあ妥当なところだろう」という反応を示す一同。
ザンクは現在最も勢いのある若手探索者であり、日本人で初めての厄災魔王の一欠片の討伐者でもある。
とにかく年中裏世界での戦闘に明け暮れ、未だ敗北の経験がないという化け物で、「強そうな奴を全て倒せば俺が最強だろ?」と、まるで天下無双を目指す剣豪のような考えを持っている男。
その純粋でストイックな闘志と強さに憧れるファンは多いが、前述の通り彼は戦国時代の侍のような思考の持ち主なので、モンスターだけじゃなくて人間でも平気で切り殺す。
なので当然現代社会では犯罪者であり、探索者協会では超S級という最上級指名手配犯としてマークされている人物である。
ただそんなキャラだからこそ、最強論争で外せない存在なのも事実だ。
「へへ……俺っちは"アーサー・ロックハート"かな。やっぱあの戦女神の聖域のリーダーってのはでかいぜ」
四位の言葉に、俺たちは納得の頷きを返す。
アーサーは現在裏世界一番人気のパーティである戦女神の聖域のリーダーであることから、知名度と人気度だけで言えば他の追随を許さないだろう。
端正なルックスに高い実力とカリスマ性を兼ね備えた彼は、男も女も老いも若きも幅広い世代からの支持を集めている。
世界に四人しかいない人間の厄災魔王の一欠片であることも相まって、最強論争では常に有力候補であることは間違いない。
「でもやっぱアーサーはパーティでこそって輝くって感じじゃね? 僕は"コンラッド・アームストロング"を推すね。彼はメサイアレリックを大量に所有してるから、戦闘に応じて適切なアイテムを使い分けることができるのが最大の強みでしょ」
美衣兎の意見に、俺たちは腕を組んで「なるほど……」と考え込む。
メサイア教団の設立者であり、聖王十字団の団長でもあるアームストロングは、Sランク探索者で人間の厄災魔王の一欠片の一人なだけでなく、77個あるメサイアレリックの半数以上を所有していると言われている。
メサイアレリックはどれも強力な力を持っている代物ばかりで、それらを使いこなすことができる彼はまさに最強候補筆頭と言っても差し支えないだろう。
「はっ、俺はアイテムによるごり押しなんて認めねぇぞ。純粋な実力勝負こそ漢の真骨頂だろうが!」
「それに彼はもう50歳を越えていますからネ。他の面子と比べると、伸びしろという意味で少し不利かもしれまセン」
「じゃあボブは誰を推すんだ?」
「ワタシですか? ワタシはもちろん"シャイリーン・ゴールドスタイン"デスよ! 彼女以外はありえまセン!」
ボブの力強い推挙に、俺たちは「まあボブならそう言うと予想してたよ」という表情を浮かべる。
しかしシャイリーンはただの美しいだけのハリウッドスターに留まらず、実際に凄まじい実力を持っていることには疑いようがない。
なにせ史上最年少の12歳でSランク探索者認定されただけでなく、インネイトでありずば抜けた魔力と魔力操作の精度を誇り、それでいて聡明な頭脳で完璧な立ち回りを見せるのだ。
まだ十代の半ば、今あげた人物たちの中でも圧倒的に若い彼女なら、成長力という部分では文句なくダントツと言えるだろう。
ボブがスマホでシャイリーンが戦っている動画を流し始めると、俺たちは興奮してそれに釘付けになる。
「うおお……! やっぱすげぇなぁ……」
「へへ、マジで美少女過ぎるだろシャイリーン。俺っち、一回でいいから会ってみたいぜ」
「僕たちと同年代ってのが信じられないよね」
「拙者も色々な推しがいますが、やはり彼女を超える者はいないでござるなぁ」
「俺たちの世代でシャイリーンを嫌いな奴なんていないだろ。世界の好感度ランキングでも毎年一位だし」
「フッフッフッ、そうデショウ。そうデショウとも!」
まるで自分のことのようにボブが得意気に笑う。
シャイリーンは世界中の人々から愛されていて、その妖精のように小さくて可愛らしい容姿から"全人類の妹"なんて呼び方もされていたりする。
俺も子供の頃から彼女の大ファンだし、もし一言でも話し掛けられたらきっと昇天してしまうだろうな。万が一握手なんてしてもらったら、心臓が止まってしまう自信がある。
「でもシャイリーンも今やザンクと同じ指名手配犯だろ? 個人的には応援出来ねぇなぁ」
「英一サン! あんなのメサイア教団の陰謀に決まっているデショウ! あなたは彼女の無実を信じられないのですカ!」
「わ、わりぃボブ……落ち着けって!」
英一の何気ない呟きにボブが激昂して詰め寄るので、俺たちは慌てて二人の間に割り込む。
シャイリーンはメサイア教団のアメリカ本部ビルを襲い、教団幹部を八人も殺害してメサイアレリックを強奪したという容疑で全世界で指名手配されており、探索者協会からもザンクと同じく超S級手配犯の扱いを受けている。
しかし実際のところ、彼女の母親であるアンジェリーナが死亡したとされるテロ事件がメサイア教団の犯行だったとの疑惑があり、シャイリーンも彼らに命を狙われていて、教団幹部の殺害は正当防衛だったのではないかと世間では囁かれている。
だが現在世界でのメサイア教団の影響力は凄まじく、彼らは様々な組織に圧力をかけることにより、事件については完全に箝口令が敷かれている状態だ。
そのため真相は藪の中になってしまい、結局彼女は指名手配されたまま。
ただこれが誤報であってほしいと願っているのは俺たちだけではなく、世界中の殆ど全員がそう思っていることだろう。
「おっと……すみません皆さん。つい熱くなってしまいマシタ」
「いや、大丈夫だ。俺のほうこそ悪かったな」
ボブと英一が互いに頭を下げて謝意を表明すると、場の空気も元に戻る。
「……で、最後はキモタクか。お前の意見はどうなんだ?」
「フヒヒ……。拙者は少し変わりダネでして……"MOON"氏を推させていただくでござるよ!」
キモタクの回答に、俺たちは「そう来たか……!」と思案顔になる。
――歌姫"MOON"。
彼女はSランクどころか探索者ですらない歌手で、声から女性であることはわかるのだが、それ以外は何一つ素性の判明していない謎の人物だ。
もう70年近く前から活動しているようで、普通に考えれば相当なお婆ちゃんなはずなのだが、その声は今でも当時と全く変わっておらず、まるで月光のように清らかで神秘的かつ聞く者の心を揺さぶる力を持っている。
俺も初めて彼女の歌声を聞いたときは、全身に鳥肌が立ち、涙腺が緩んでしまったほどの衝撃を受けた。
専門家たちは彼女の歌声には魔力が宿っているのではないかと考察しており、人類最古のインネイトなのではとも言われているほどだ。
「キモタクはやっぱMOON吸血鬼説を信じてるわけ?」
「もちろんでござるよ! みんなもあのMVを観たでござろう?」
歌姫MOONは70年ほどの間声だけで活動してきたのだが、2年ほど前に唐突に"吸血姫MOON"としてVTuberデビューを果たしたのだ。
長いツーサイドアップの銀髪に、ルビーのような赤い瞳を持ち、口元からチラリと覗く八重歯、背中に生えるコウモリのような翼が特徴的なゴシック系の美少女。
最初は誰もが偽物だと思ったのだが、あまりに特徴的な美しい声と、生配信中に披露した新曲の歌声を聞いて皆がMOON本人だと確信。
そして1年前、VTuberのアバターがそのまま抜け出して現実に出現したかのようなMV動画が公開されると、世界中で爆発的な再生数を叩き出す。
同時に70年前からこのような姿なのだとしたら、彼女は本物の吸血鬼なのではないのか……という説が瞬く間に広まったのだ。
「戦っている姿こそ見たことはありませぬが……あのMVのアクロバティックな動きからして、拙者は彼女が人間を超越していると感じるでござる。なので彼女こそが最強だと思う所存」
「はっ、あんなのAIに決まってんだろ! 最近の映像技術の進化はすげぇからな」
「僕もあれはあまりに美少女すぎてちょっと怪しいって思ったね。まあ……あんな女の子が現実にいたら最高だけどさ」
「う~ん、俺っちには偽物に見えなかったぜ。確かにすげぇ美少女だけど、実際シャイリーンっていう彼女の隣に並んでも遜色ない美貌の子が現実にいるじゃん。俺っちはキモタクに同意でMOON=本物の吸血鬼説を推すね」
「世界でも真っ二つに割れてますよネ。でも確かに彼女が本物の吸血鬼であれば、最強説は成立するとワタシも思いマス」
MOONのMVは一年で既に100億回近く再生されているという驚異的な記録を打ち立てており、特に吸血鬼説とその真相に関しては世界中で様々な議論が巻き起こっている。
「これで大体の主要どころは出揃ったかな? 今あがった面子以外で候補になりそうな人っているか?」
「あとはどうだろうな……。やっぱアーサー以外の戦女神の聖域のメンバー、レイコ、マサル、リノあたりか」
俺の質問に英一が残りの候補を上げていく。
だけどやはり彼らは箱でこそ輝くタイプであり、個人なら他の候補者たちのほうが若干上じゃないかというのが皆の意見であった。
「戦女神の聖域といえばスズキは?」
「「「「「スズキはいらんだろ」」」」」
俺の口からスズキの名前が出た途端、全員が即座に否定してくる。
……ま、まあ俺だってそう思ったんだけどさ。戦女神の聖域の名前が出たから一応ね?
「じゃ、じゃあ他には誰かいるかな?」
「そうデスね。あとは聖王ナンバーズのNo.4から上の四人でしょうカ。彼らは全員がSランクで、特に"処刑人ジョセフ" や "聖騎士グリフレット" なんかはアームストロングに匹敵するポテンシャルを秘めていると言われてマスヨ」
「聖王ナンバーズっていやぁ~No.7の"白蛇のグレイ"やNo.9の"楼 桃汰"なんかもクソ強いって有名だよな」
「……楼 桃汰」
「どうしたんデスか、種口さん。怖い顔をしてマスヨ?」
「え? ああいや、なんでもないよ」
ボブに顔を覗き込まれて、俺は誤魔化すように首を振る。
「それとダン学の学生としては、【留年王】"学谷 久遠"氏あたりも外せないでござるねぇ~」
キモタクの言う留年王とは、ダン学の三年Sクラスにもう十年以上も在籍している留年生のことで、裏世界人気トップ5パーティの一つ【ダン学Sクラスの】リーダーだ。
彼はこのパーティを維持するために、ずっと学生を続けているらしい。
本来ならダン学は二回留年してしまうと退学処分が下されるのだが、彼はSランクでもありダン学の人気に多大な貢献をしていることから、特別措置として特例で許可されているのだとか。
「ダン学といえば会長はどうだ?」
「会長は回復系だから戦闘能力では他のSランクに劣るだろ」
「拙者は"黒鵜 忍"殿も捨てがたいと思っているでござるよ!」
「忍さんといえば……俺はまだAランクだけど円樹さんも候補に入れてもいいと思うんだが……」
「U・B・Aの二人もいいデスよね! それに彼女たちの姉貴分であるパーティ【アマゾンガーデン】のSランカー、"スカーレット・ベイリー"さんを忘れてはいけませんヨ。あの方の持つ"破邪大剣ガラティーン"は、メサイアレリックに匹敵する伝説級の武器と言われていますカラ」
「うお~! スカーレットさんもいいよな! 俺っち子供の頃U・B・Aでアイドルやってたあの人のファンでさぁ、褐色系デカ女好きになっちまったのもあの人のせいなんだよなぁ~」
放課後の教室で、わいわいと男六人による熱い議論は続く。
俺もいつかこの面子と一緒に名前のあがるような探索者になれたらいいなと思いながら、この日は夜遅くまで皆と語り合ったのだった。




