閑話②「井手内葉の聖なる放課後」★
タイトル通り紅茶荘104号室の住人であり、ダン学生徒会長の井手内葉が主役の回です。
※ちょっとだけ下品な描写があるのでご注意ください!
「聖なる水よ……我が呼びかけに応え、ここに顕現せよ――【聖女の聖水】!」
「「「おおーーっ!」」」
放課後の購買部にて、私が魔術を発動させて空き瓶の中にポーションを生成すると、見守っていた生徒たちから歓声が上がった。
「素晴らしい! これが聖女の力というわけですか!」
「さすがはダン学の生徒会長だぜ……!」
「探索者協会に売ればあれ一個で何十万って値段になるらしいぜ。なのに毎日何本も購買で格安で売り捌くとか太っ腹すぎるだろ!」
「はいはい~、今日も購入希望者がいっぱいだね~。じゃあくじ引き始めるから、買う予定がある人は並んで並んで~!」
購買のおばちゃんが手慣れた様子で生徒たちの列を捌き始める。
私はさらりと長い黒髪を手で払うと、ぶるりと体を震わせ、最後のポーションを瓶詰めしてからおばちゃんへと渡した。
「いつもありがとうね~。いやぁ、本当に助かるわ~」
「お気になさらずに。魔術の訓練にもなりますし、生徒たちの役に立てるのなら本望ですから」
「会長さん、あんた本当にいい子だよ。ウチの娘に爪の垢でも飲ませてやりたいくらいだわ。恰好もきちんとしてるし、学生としての模範そのものって感じよねぇ」
おばちゃんだけでなく、周囲の生徒たちからも私を褒め称えるような声が次々と上がる。
だが、私はそんな彼らの言葉を素直には喜べなかった。
なぜなら……私は今──
パンツを穿いていないからだ。
……うん、わかるよ。
学校にパンツを穿いてこないなんて狂気の沙汰だってことは、重々承知してる。でもこれは仕方がないことなのだ。
私の魔術──【聖女の聖水】は、発動するために特別な条件があり、それはいわゆる『お腹の中にある聖水』を魔力に変換してポーションを精製するというもの。
つまり──
「ぐびぐびぐび! かぁ~っ! やっぱこれ飲むと元気が出てくるな!」
「なんか不思議な味だけど癖になるわよねぇ」
「会長の聖水、たまらねぇぜ! 疲れが吹っ飛ぶなぁ」
……いやいやいや、違うからね!
聖水→魔力→ポーションという変換過程を経ているのだから、直接アレを飲んでいるわけではない! そこだけはちゃんと理解してほしい!!
で、私が何故パンツを穿いていないかという話に戻るけれど……。
実はこの魔術を使う際、お腹の中にある聖水は使用できず、体外に放出されたもののみをエネルギーにできるのだ。つまりは魔術を使用するときは常にアレを垂れ流さなくてはいけないということ。
……え? さっきも皆の前で堂々と披露していたのにアレを垂れ流しながらやってたのかって?
そうだけどなにか? 悪い? それが魔術の制約なんだから仕方ないでしょ!?
回復魔法なんてこれくらいの犠牲を払わないと使用できないの! 決して私が変態なわけじゃないから勘違いしないでよね!
「ではおばちゃん、私はそろそろ失礼しますね」
「はいよ! 今日もありがとね~。また頼んだわよー!」
「もちろん。いつでも声をかけてください」
私は爽やかな笑顔と共に周囲の注目を集めつつ、魔術で生成した大量のポーションを残して購買部を後にする。
そして中庭まで移動すると、少し丈の長いスカートの裾を持ち上げながら近くにあった真っ赤なベンチへと腰を下ろした。
「ごくごくごく……。ふぅ……」
ペットボトルに入ったスポーツドリンクを飲み干して一息吐く。
いつでも魔術を使えるようにするため、私は常にこうやって水分補給をして、おし──アレが出せる状態を保っている。
……それで何故パンツを穿いていないかという話に戻るけど、魔術を使用するには垂れ流さないといけないわけだが、聖水が魔力に変換するまで一瞬のタイムラグがあるのだ。
不純物が混じるとポーションは作れないので、パンツに染み込んでしまうとアウトになる。なので私は常にノーパン状態で過ごしている。
スカートの丈が少し長いのも、短いと聖水が魔力に変わる前に垂れているところが見えてしまう可能性があるからだ。
ポーションの元となった魔力が私の……であることがバレたら色々とマズイ。
Sランク探索者としても、ダン学の生徒会長としても、そして一人の女としても終わってしまう。
だからこれは、墓場まで持って行く秘密だ。
「あ、会長じゃないですか! こんにちは~」
「あら? 鈴香ちゃんじゃない。こんな時間に学校にいるってことは、今日は裏世界配信は休みなの?」
「そうなんですよ~。最近チャンネル登録者数が100万人を越えたので、ちょっと頻度を減らそうかと思って」
近付いてきたのは、一年Dクラスの佐東鈴香ちゃんだ。
大人気配信者であり、最近探索者界隈でぐんぐん知名度を上げてきている期待の新人。私も彼女を高く評価しており、出来れば生徒会に入ってほしいと思っている。
「そんなわけで、今日はもう予定もないので帰ろうかと思って……あ」
「どうしたの?」
「会長……。そのベンチ、『ペンキ塗りたて』って貼り紙がされてますけど……」
「――え? うそっ!?」
慌てて立ち上がってお尻を見ると、スカート全体に真っ赤なペンキが付着していた。
……ヤバい。これじゃまるで女の子の日のアレを盛大にぶちまけたみたいになってるじゃない!?
「着替えたほうがいいんじゃないですか?」
「そ、それが今日は替えの制服と体操着をクリーニングに出しちゃってて、なにも持ってないのよ」
「それなら私のを貸しましょうか? 予備のスカートなら持ち歩いてるので」
「……そ、そうね。こんな格好で帰るのは恥ずかしいし、お願いしようかしら」
鈴香ちゃんは同じアパートなので、家に帰ったらすぐに返すことができる。ここは素直に彼女の好意に甘えておくべきだろう。
そう思って彼女から予備のスカートを受け取り、トイレでこっそり着替えたのだが……。
「……す、鈴香ちゃん? ちょっとこれ、丈が短くない?」
「そうですか? ああ、会長は私より背が高いですから、私のでは少しサイズが小さかったかもですね。でも、短いほうが会長の綺麗な脚が映えると思うので良いんじゃないですか?」
「それは……そうかもしれないけど」
問題は私がパンツを穿いてないってことだ。
こんなの風がちょっと吹けばチラッと見えてしまいかねないし、高低差の激しい階段などを使えば下から覗かれることもあり得る。
魔術を使用なんてすれば、確実に魔力に変わる前に股間からアレが漏れているのがバレてしまうレベルの短さだ。
今日は風も吹いていないし、ここから紅茶荘までの帰り道が平坦であるのは幸いだが……それでも万が一何か起こらないか不安でしかない。
……ま、まあ今日に限ってその何かが起こる確率なんて相当低いはずだし、ここはさっさと家に帰ってしまおう。
「それじゃあ鈴香ちゃん、一緒に帰りましょうか。私も生徒会の仕事がちょうど終わったところだし」
「はーい! ふふ、そういえば同じアパートに住んでるのに、会長と一緒に帰るのって初めてですよね」
とてとてと軽い足取りで私の横を歩く鈴香ちゃんは、まるで小学生のように無邪気な笑顔で微笑んでくる。
本当に可愛らしい子で、普段であればゆっくりとお話ししながら帰りたいところだが……今の私は下半身の心配でいっぱいいっぱいだった。
特に会話もせずに早足で歩く私に、合わせるように鈴香ちゃんも足を速めてくれているので申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
何事もなく無事に校門を抜け、紅茶荘に向かう途中の交差点にまで辿り着く。
ここを渡り切ればもう危険な箇所はないので、安心して帰れるはずだ。
……が、そこには誘導灯を振って交通整理をしている男性がおり、道路には『工事中につき迂回してください』という看板が立てられていた。
「すみませ~ん! ここは工事中で通行止めなんですよ」
「困ったわね……。早く帰りたかったのだけれど……」
「あっちに歩道橋があるんで、申し訳ありませんがそこを通っていただいてもいいですか?」
「ですって、会長」
「ええ、わかったわ。歩道──」
……
……
……
「ほ、歩道橋ですってぇぇぇぇーーーーッ!?」
突然響き渡った私の悲鳴に、鈴香ちゃんと交通整理の男性がビクッと肩を跳ねさせて驚いている。
あ、あの歩道橋は傾斜が急だって有名な盗撮スポットじゃないの!? こんな短いスカートとノーパンで行けっていうの!?
「わ、私はひとつ向こうの交差点から帰るから……鈴香ちゃんは先に行ってていいわよ」
「え~? それだとめちゃくちゃ遠回りになりますよ? 今早く帰りたいって言ってませんでしたか? なんでわざわざそんなことをするんですか?」
「そ、それは……」
「もしかして……歩道橋を渡れない理由が……なにかあるんじゃあ~ないでしょうねぇ~……」
ゴゴゴゴゴゴ……っと効果音が聞こえてきそうな圧倒的プレッシャーと共に、鈴香ちゃんの瞳が怪しく光り始めた。
こ、この娘……。気づいているの?
それともただの天然なのか……どちらにしても非常にヤバい展開だ。
ここで逃げたら余計に怪しまれるだろうし……ダメだ。このまま歩道橋を通るしかない。
「わ、わかったわ! 歩道橋、渡ってみせようじゃないの!!」
「……なんで歩道橋渡るだけでそんな気合い入ってるんですか?」
「細かいことは気にしなくていいのよ! さぁ、行くわよ!」
仕方なく歩道橋の方へと移動し始めると、背後から視線を感じて振り向く。
するとそこには小学校高学年くらいと思われるニヤついた顔をした二人の少年がおり、私たちの方をジロジロと見てきていた。
「なあ、あの姉ちゃんたちめっちゃかわいくね?」
「へへ……パンツ覗いてやろうぜ」
こ、こいつら……ガキの癖に舐めた真似をして!
パンツなんて存在しないのよ! その歳でとんでもないものが見えてトラウマになりたくなければさっさと消えなさい!!
だが、私の心の叫びも虚しく彼らは私たちの後ろにぴったりと張り付き、階段の一番下で待機し始める。
「こぉぉぉぉぉ……」
「会長? なんかめっちゃ魔力が漏れてますけどどうしたんですか?」
「……ちょっとした魔力訓練よ」
「え? こんな場所で? でも周りの人たちが圧を感じてるようなので、もう少し抑えたほうが──」
「はぁぁぁーーーーッ!! 4倍だぁーーーーーーッ!!!!」
──ドゥンッ!
私は裏世界で厄災魔王の一欠片と邂逅したときのような覚悟を持って全魔力を解放し、周囲にいる全ての人間を威圧する。
するとその凄まじい魔力圧に当てられた通行人たちは地面にへたり込み、エロガキたちも泡を吹いて卒倒していた。
「ふぅ……」
「か、会長? いったい何を?」
「抑えろって言われるとつい4倍くらいまで上げたくなるのよねぇ~」
「は、はぁ……」
鈴香ちゃんは「なんだこの人……やべぇ」と言わんばかりの困惑顔を浮かべていたが、私はスルーして通行人たちが元に戻る前にさっさと歩道橋を渡り切ってみせる。
……ふぅ。危なかったわね。
これで紅茶荘まではこの先の一本道を進むだけだからもう安心できる――
「きゃあぁぁーーっ! 暴走車よぉーーーーっ!」
「うわあぁぁ! 人がはねられたぞぉぉ!」
「大事故だ! 誰か救急車を呼んでくれぇぇぇ!」
「お、お父さん! しっかりしてお父さん! 血が止まらない……! 出血多量で死んじゃうよぉぉーーーーッ!」
私は青空を見上げながら己の不運さに涙した。
先ほど工事をしていた交差点で、暴走した車が歩行者を次々とはねて回っているという凄惨な光景を目撃してしまったのだ。
道路一面が血の海と化し、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていて、今すぐにでも救護活動が必要な状況。
「会長! 助けに行きましょう!」
「え、ええ!」
鈴香ちゃんが当然のように駆け出し、すぐさま自分の次元収納袋の中からポーションを取り出して被害者の治療を始める。
しかし、それほどたくさんのポーションを保持しているわけではなかったようで、全員の治療をするには明らかに数が足りていない。
彼女は私に期待の眼差しを向けてきた。
……う、上手くスカートの裾を抑えながらこっそりやればなんとかなるかしら?
そ~っと、そ~っとよ……音を立てずに、あまり目立たないようにして――
「おい、あれってダン学の聖女さまじゃないか?」
「本当だわ! ああ、もう駄目だと思ったけど……きっと彼女がなんとかしてくれるわ!」
「あの人がパパを助けてくれるの?」
「みんな、彼女の一挙手一投足を見逃すなよ! 奇跡の瞬間を目撃するんだ!!」
いつの間にか私を囲むように野次馬たちが集まって来ており、スマホを構えてこちらに向けて来ている。
ちょ……冗談じゃないわよ! まさか全国生中継されるというの!?
ど……どうする?
「さあ会長、早く! 早く聖水を出してください! ドバーっとお願いします!」
……こ、この娘やはり知っているんじゃないの!?
確か鈴香ちゃんはおしっこ動画が全世界に拡散されていて、"おしっ娘四天王"なる恥ずかしい称号を頂戴しているという噂を聞いたことがあるけど……まさか私を自分と同じ目に遭わせようとしているんじゃないでしょうね!?
「聖女さん、私の夫を助けてください……! あなた以外に頼れる人はいないのです……!」
「お姉さん! パパをお願い!」
「きゅ……救急隊はまだ来られないのぉーーーーっ!?」
野次馬たちに加えて治療を求める負傷者とその家族からの熱い視線が突き刺さってくる。
こんな状況で断ることは不可能だ。
……もう終わりよ。私は鈴香ちゃんと同じ四天王入りを果たしてしまうのね。
いえ、ノーパンであることが発覚すれば、四天王を凌駕する伝説の人物となってしまうかもしれないわ。
あは……あはははははっ!
もうどうにでもなってしまえばいい!!
「ミスティック――」
――ポツ、ポツ、ポツ……。
私が諦めの境地に至って魔術を発動させようとした瞬間、突如雨が降り出した。
瞬く間に雨脚はどんどんと激しくなり、ゲリラ豪雨と呼ぶべきほど凄まじい勢いとなって周囲を水浸しにしていく。
ここっ!
「聖なる水よ! 我が呼びかけに応え、ここに顕現せよ――【聖女の聖水】!」
――シャワワワワワァァ!!
雨に紛れてスカートの内側から聖水を噴出する。
それは大量の魔力粒子となって雨粒へと溶け込み、すべての雨水がポーションへと変わって辺り一面に降り注いだ。
「痛みが引いていくぞ……!」
「凄い! これがSランク探索者の魔術なのか!?」
「なんだか不思議な匂いがするが……どこか癖になるような香りだな」
「温かい……それにとても優しくて慈愛に満ちた心地よさだわ……」
「ママぁ! パパがお姉さんの聖水を浴びて起きたよぉ!」
「聖女さま……ありがとうございました……!」
……ああ、かつてないほどの魔力の昂ぶりを感じる。全身がぞくぞくと痺れるような感覚に包まれている。
今の私は無敵よ! さあ、もっと浴びるがいいわ。
私の聖なる雨を──!!
◇
「それにしても凄かったですねー。周囲一帯の雨を全部ポーションに変えちゃうだなんて」
「ええ、私もあれほど強力な魔術を発動できたのは初めてよ」
あれからすぐに救急隊と警察が到着して現場検証などが行われ、私と鈴香ちゃんは簡単な事情聴取を受けた。
私の魔術のおかげで怪我人すらゼロになったため、警察からは感謝状が云々とか言われて引き止められそうになったものの、丁重にお断りして今は二人並んで紅茶荘までの帰り道を歩いているところだ。
「はぁ~……」
「どうしたんですか? あんなに大活躍をしたのに浮かない顔をして」
「ううん、なんでもないわ」
今まで自分でも気づいていなかったことだが……どうやら私の魔術は、より聖水の正体がバレやすい状況化であればあるほど、そしてそれを大勢の人に見られているときのほうが威力が増大するという特徴があるらしい。
……つまりは羞恥心が昂れば昂るほどパワーアップするということだ。
魔術はその人の深層心理が強く反映されるらしいので、この事実を知ってしまった今となってはかなり複雑な気持ちになってしまう。
「ふふ……やっぱり会長は短いスカートのほうが似合うと思いますよ?」
私の前に回って、後ろで手を組みながら妖艶な笑みを浮かべて鈴香ちゃんは言う。
結局気づいているのか……いないのか。彼女の思惑はわからずじまいだ。
……だけど、先程味わってしまったあの魔力の昂ぶりは忘れることはできそうにない。
これからは彼女の言うように、もうちょっと短いスカートを穿いてギリギリのラインを攻めて生活してみてもいいかもしれない。
そんな考えが私の頭を過ってしまうのだった――――。




