第062話「決して手を出してはならぬ者」★
部屋の壁や床がガラガラと崩れ落ちる音が響き渡る。
その轟音と砂煙によって視界が遮られ、仁和円樹の生死を確認することはできないが……確実に直撃したのを私は見ていた。
あれだけの威力の攻撃にもかかわらず、部屋の損壊が壁の崩落程度に収まっていることからも、奴が全生命力を持って自らの身を犠牲にして防いだということは容易に想像できる。
バリンッっと手の中の宝玉が割れ、砕け散っていく。
5年にも渡って溜め続けてきた莫大な魔力が枯渇したのだ。
しかし、最も重要なのは勝利という結果。魔力はまた蓄積していけばよいのだから。
「はははっ! くくく……ははははっ!! 愚かな小娘め! 他人のために自らの死を選ぶとはな! 大した強さではあったが、所詮はまだ十代の――」
「ってぇなぁ……。額から血が出てるじゃねぇか……」
「――は?」
もくもくと立ち昇る白煙の中から声が聞こえてくる。
そして……やがて人影のようなシルエットまでもが見えてきた。しかも影は地に伏しておらず、二本足でしっかりと立っている。
「な……あ、あり得ないッ!? 数年に渡って支配者の宝玉に溜め込まれた膨大な魔力による必殺の魔弾だぞ!? たとえSランク級であっても直撃しては生き残れるはずがない!!」
「自慢するだけあって確かに大した威力だったよ。偽装を全部解いて全魔力を防御に回してなけりゃ、大ダメージは避けられなかった」
……こ、声が違う。
佐東鈴香とも、仁和円樹とも異なる少女の……いや、美しい少女のような――それでいて変声期前の少年のような、不思議な声色。
この声は……どこかで聞き覚えのあるような……。
徐々に煙が晴れていく中で、段々とその姿が明らかになっていく。
「――な!? お、お前は……ッ!!」
こいつ……知ってるぞ!
いや、知ってるどころじゃない! この特徴的過ぎる容姿!? こいつを知らない奴なんて世界全体を見渡しても――
「お前は――――がッ!!」
「おっと、余計なことは喋らなくていい。もう終わりにしようぜ」
目を離したつもりはなかった。
なのにいつの間にか私の顔は少女(?)の右手で鷲掴みにされており、その指先が頬肉に食い込んで激痛が走る。
見たこともないような膨大な魔力が、キラキラと神秘的に輝きながら目の前の人物の全身から漏れ出していた。
「こ、これほどの魔力は……今までに……見たことが……」
「俺は普段、普通の日常生活を送ってるときでも身体中に細かい偽装を施してるんだよ。これが結構魔力を使っててな。だからこんな感じで全部解除しちまえばこれくらいにはなる。魔力量には自信があるから、たぶんSランクの中でもトップクラスだと思うぜ?」
「ま……待ってくれ!? し、知らなかったんだ。佐東鈴香が君だとは知らなかった! 君の正体は誰にも言わない!! だから――」
「――あらよっと!」
「う、うわぁぁぁぁぁああああっっ!!」
凄まじい力で投げ飛ばされると、気づけば大穴の上空に私の身体があった。
必死に手足をばたつかせて体勢を立て直し、なんとか穴の淵に手を引っかけて落下を止める。
下からはゾンビたちの腐敗臭と唸り声、幾つもの牙と爪が突き刺さってくる感覚が伝わってきて、スーツの股間部分に温かい液体が染み出した。
カツカツと靴音を響かせながら近づいてくる――その人物の姿を見上げる。
佐東鈴香や仁和円樹も非常に美しく整った容姿をしていたが、今私を見下ろしている人物は……とても同じ人類とは思えないほどの――
「た、助けてくれ! 反省する! 牢屋に入って罪を償う! だからどうか――」
「俺はあんたが殺した生徒たちとは関わりがなかったし、恨みもないんだけどな。それでもどうしても許せないことがあるんだ」
「――え?」
「あんた、さっき俺が避けたら種口くんとニナを本気で殺すつもりだったよな?」
「あ……」
「あいつらは俺の数少ない友達なんだ。俺は……家族や友達を傷つけようとする奴には容赦はしない」
冷たい瞳が私を見下ろすと、もう興味はなくなったと言わんばかりに背を向けてしまった。
穴の下をチラリと見ると、先程落下したゴールドドラゴンがゾンビとなっており、バリバリと電撃を発しながらボロボロになった角をこちらに向けている。
「や、やめろゴールドドラゴン! 私の命令を――ぎゃあぁぁああーーっっ!!」
電撃が体中を焼き尽くし、痛みと痺れで手を離してしまった私は遂にゾンビの群れの中に落ちていく。
なんとか最後の魔力を振り絞って受け身をとり、即死は免れたものの、痺れと出血で意識が朦朧としていくなかで、ただただ恐怖を感じながら穴の中を這いずる。
――カラン、コロン。
私の目の前にコンパクトミラーが落ちてきた。
「宝石のように煌めく希望と可能性に満ちた……って年齢じゃないかもしれないが、あんたも昔は神童と呼ばれてたんだろ? せめてもの手向けだ。最後に自分の顔でも眺めながら逝くといいさ」
穴の上から美しい声が聞こえてくる。それは、まるで天から下界を見下ろす天使のような声音だった。
……ああ、私は決して手を出してはならぬ者を標的としてしまったのだ。
そう悟ったのと同時に、ダン学の制服を着た女子生徒のゾンビたちが迫ってくる。
その誰もが恨みのこもった目をしており、涎を垂らしながら腐った腕を伸ばしてきた。
「ぎ、ぎゃあああーーーーッッ!!」
少女たちに身体中を噛まれて血反吐を吐きながら悶え苦しむ中で――私は地面に転がっている鏡に目を向ける。
そこに映ったのは、芸術とは程遠い、無様で醜悪な表情を浮かべる惨めな男の最期の姿だった――。




