第061話「代わりますね?」☆
「ふ~……。さすがに歯ごたえがありましたね」
「ば……馬鹿な……」
数百体ものモンスターの大軍を蹴散らし、返り血で血塗れになっている俺を見て、荒井先生が呆然とした表情を浮かべる。
……やれやれ、かわいいダン学の制服が台無しだぜ。これクリーニングで落ちるかなぁ。
ハンカチで汚れを拭き取りつつ先生を見据えると、彼は怯えた顔をしながら数歩後退した。
「もう終わりですか?」
「……くっ」
「ふむ……モンスター召喚は強力ですが、どうやら同じモンスターを同時に何体も呼び出すことはできず、一度倒されたら再召喚まで時間がかかるようですね。大軍の中にゴブリンジャイアントとサモナーがいなかったのがその証拠です。サモナーはあとで私のコピーを作るために倒されるわけにはいかないから召喚出来なかったのでしょう?」
「き、君は一体なんなんだ……?」
「なんでもいいじゃないですか。……さて、穴に落とさなくても出る方法があるなら教えてくださいよ。今なら牢屋に入るだけで済みますよ?」
「小娘が舐めるなぁあああっっ!!」
咆哮と共に、荒井先生の持っている宝玉がこれまでにないほど強く輝き始めた。
そして、彼のすぐそばに特大サイズの魔法陣が出現する。
「出てこい! レッドドラゴン!!」
『グォォオオオオンッッ!!』
魔法陣の中から飛び出してきたのは――深紅の鱗を持つ巨大なドラゴンだった。
ドラゴン――裏世界に存在するモンスターの中でも頂点に位置する最強種。
この修練の塔で出現するのはドラゴンの中では最下級種ではあるが、それでも先程蹴散らしたモンスターどもとは比べ物にならない圧倒的なオーラを放っている。
――ゴォォオオオオッッ!!
レッドドラゴンは大きく息を吸い込むと、口から灼熱の炎を吐き出した。
俺はそれを素早く跳躍して回避すると、テンタクルウィップに魔力を込めて思い切り振り下ろす。
鞭の先端はまるで剣のように形状を変え、斬撃を伴いながらレッドドラゴンの頭部に向かって飛来していく。
が――
――ガキィインッッ!!
「……む?」
「はっはっはっ! 無駄だ! そいつは特別にこれまで以上に強化してある! これを使うと著しく宝玉の魔力を消耗してしまうが……そんなのは些細な問題だ。今は貴様さえ排除できればそれでいい!」
……なるほど、ただでさえ硬い鱗がより強度を増しているのか。
これは鈴香のメインウェポンである鞭とは相性が悪いかもしれないぞ。
「おっと、これで終わりと思うなよ? もう君を甘く見ることはしない! いでよ! 六属性のドラゴンたちよ!!」
先生が宝玉を掲げると同時に、それに呼応するように部屋の床に五つの巨大な魔法陣が出現した。
そして、そこから次々と新たなドラゴンが出現し始める。
翼竜型で風の魔力を纏った緑色の鱗を持つ――グリーンドラゴン。
四足歩行で岩石の鎧に身を包み黄色の鱗をしている――イエロードラゴン。
背びれが生えており周囲に水を纏う蒼い鱗の――ブルードラゴン。
真っ黒な鱗に覆われて禍々しい漆黒のオーラを放つ――ブラックドラゴン。
金色の鱗を持ち稲妻のような魔力を迸らせる――ゴールドドラゴン。
この修練の塔最強のボスであり、本来ならパーティを組んで挑まなければならない難敵だ。
それも一体じゃなく同時に六体。しかも先生の魔術によって大幅に強化されているときた。
「どうだ! 君の本当の実力には多少驚かされたが、さすがにこれで終わりだッ! こいつら全てを一人で倒すなど、Sランク探索者でも容易に出来ることではない!」
「……確かに、これは今の鈴香では勝てそうにありませんね」
「遂に負けを認めたか。ならば大人しく穴に落ちると――」
「なので、代わりますね?」
俺は履いていたスニーカーを両足とも脱ぐと、髪につけていた黒の幻想花も外してテンタクルウィップと一緒に次元収納袋の中にしまう。
そして、全身に魔力を巡らせながら、頭の中のスイッチを切り替えた――
◇◆◇◆◇◆◇
(吾一視点)
「なので、代わりますね?」
目の前にいる少女は突如意味不明な発言をしたかと思うと、身に付けている物を一部外して鞄の中に仕舞いこんだ。
……一体何を考えている?
この絶望的な状況で正気を失ってしまったのか?
思わずドラゴンたちの動きを制止させて少女を凝視していると――信じられない光景を目にする。
「――なっ!?」
真っ黒だった髪の色素が急激に薄まっていき、亜麻色へと変化していったのだ。
同時に髪は勝手に二つに分かれ始めると、左右の耳の上でくるんと結ばれ、ツインテールの形になった。
更には顔立ちも徐々に変化していき、あどけなさを残す垂れ目の可愛らしい少女から――クールでツリ目がちな凜々しい少女の顔へと変貌していく。
体型も微妙に変化した気がする。よく見ると胸が先程より少し小さくなっており、身長も若干高くなったように感じた。
……いや、いつの間にかブーツのような靴を履いている。あれで底上げされてるように見えるだけか?
「な、なんだ……これは……?」
「あ~……ちょ~っと待ってね~。今メイク治すからさ」
目の前の女はポケットからコンパクトミラーを取り出すと、呑気に化粧直しを始めた。
……こ、声まで違うぞ! 佐東鈴香とは全くの別人だ!
しかもこの顔……こいつは――っ!!
「待たせたわね! "仁和 円樹"――ただいま参上よ!」
ツインテールをバサッと靡かせながら、眼前の少女がビシッと右手の人差し指をこちらに向けて宣言した。
やはり仁和円樹!
U・B・AのNo.2にして、あのロリコングを倒した女!
佐東鈴香が仁和円樹だと!? この二人が同一人物だとでもいうのか!?
変身の魔術?
……いや、佐東鈴香の魔術は防御系で、仁和円樹の魔術は髪の毛を操る能力だったはず。魔術は一人につき一つだけのはずだぞ! 変身能力まであるなら三つも持っていることになる!
ならば魔道具によるものか?
……いや、それにしてった外見だけじゃなく、性格や声、雰囲気まで変える能力を持った魔道具なんて聞いたことがないぞ。
あるいはメサイアレリックなら可能かもしれないが、あれはぱっと見で分かるくらい特殊な魔力が宿っている。奴が身につけているものからはその手の力は感じ取れない。
こ、こいつは一体……っ!?
「考え事してる場合じゃないんじゃない? このあたしと命のやり取りをしようって言うんだからさッ!!」
「――っ!? ど、ドラゴンどもッ!! この女を穴の中に叩き落とせぇッ!!」
突然加速して襲い掛かってきた仁和円樹に狼狽えながら、私は慌てて指示を飛ばす。
六匹のドラゴンたちは同時に雄叫びを上げると、口からそれぞれが得意とする属性のブレスを少女目掛けて放った。
炎の爆風が迷宮の床を焦がし尽くし、雷撃の嵐が空間を蹂躙する。
グリーンドラゴンの突風で浮かび上がったブルードラゴンは、空中から激しい水流を噴射しつつ、イエロードラゴンが岩塊を乱射して逃げ道を封鎖した。
『グオオォォオンッッ!!』
「――くっ!」
全ての攻撃を躱し続けた仁和円樹だったが、最後に放たれたブラックドラゴンの暗黒の波動は完全には避けきれなかったようで、遂に大穴の上空へと吹き飛ばされる。
「ははははっ! これで私の勝ち――」
「――――"浮遊する髪の羽衣"!」
少女のツインテールがブワっと広がると、まるで天使の羽根のような形を作りながらその身体を宙に浮かせた。
な……なんだと!? あの小娘、空を飛ぶことまで出来るのか!?
「今度はこっちの番ね! いくわよ!」
「無駄だ! 強化されたドラゴンの鱗を貫くことは不可能だ!!」
上空からこちらに向かって落下してきた仁和円樹に対し、レッドドラゴンを盾役にして防ごうとする。
――が、次の瞬間。
奴の髪の先端がのこぎりの様な形状に変化したかと思うと『ギュイイイイイイン』と甲高い音を奏でながら高速回転を開始した。
「――――"切り裂く髪の鎖鋸"!」
――ザンッ!!
まるで豆腐を切るようにしてレッドドラゴンの首が切り離され、宙を舞う。
真っ赤な巨体はそのまま重力に任せて落下していき、地面に激突して大きな砂埃を巻き上げると、光の粒子になって消滅していった。
「そんな馬鹿な!? 強化ドラゴンを一撃で――」
「余所見しちゃダメよ!!」
「――ごはっ!?」
落下の勢いを利用した膝蹴りを腹部に受け、私の身体はダンジョンの壁まで吹き飛ばされる。
わ、私の肉体は支配者の宝玉の力でダンジョン内では大幅に強化されているというのに……このダメージッ!!
これが次期Sランク候補筆頭! ヘレンを殺したロリコングを打ち破った女の力なのかッ!!
「へぇ~、今の喰らって意識あるわけ? なるほど、このダンジョン内では"Sランク級"って自負もあながちはったりでもないみたいね」
「こ、殺せぇぇぇぇ! ドラゴンども! もう穴の中に落とすとか関係ない! バラバラに引き裂いて殺してしまえぇぇっっ!!」
私の命令を受けた五匹のドラゴンたちが一斉に襲い掛かる。
しかし――仁和円樹は凄まじいスピードで縦横無尽に飛び回りながらドラゴンたちの猛攻を軽々と回避していった。
そしてその都度反撃の刃を振るい、レッドドラゴンと同じ運命を辿らせていく。
最後の一匹となったゴールドドラゴンが角から電撃を迸らせながら突進するが、それをひらりと躱して尻尾を掴んだ仁和円樹は、そのまま大きく振り回すと黄金の巨体を大穴の中に向かって投げ捨てた。
「図が高いわよ、控えなさい!」
『ギャァァァアアッッ!!』
穴の下でゾンビ共に群がられているゴールドドラゴンを見届けると、少女は私の方にゆっくりと振り返る。
気づけば……この場に立っているのは私と彼女だけになっていた。
「もうこのダンジョンのモンスターは品切れのようね。……チェックメイトよ」
「ば、ば、馬鹿な……。私の芸術の為の城が……」
「芸術芸術ってさぁ……。あんたそもそもやってることがせこいのよ」
「……なんだと?」
「宝石のように煌めく希望と可能性に満ちた美しい存在が壊されるところを見たいんだっけ? なら何でリノや忍や会長を狙わないのよ。あの子たちこそ最もキラキラ輝いてる宝石よね?」
「それは……彼女たちはSクラスだからこの実習に参加資格が――」
「リノや忍はともかく、会長は生徒会の仕事で手伝ってくれとか言えば来るんじゃないの? 何故それをしないの?」
「……」
「要するに本物のSランクに勝てる自信がないからAクラス以下の生徒しか狙わないようなヌルいことをやってるんでしょ。しかもターゲットが女子だけとか、芸術なんて言っておきながら結局性癖を満たすための変態行為をしてるだけじゃない」
「だ、黙れ小娘がぁぁーーッ!!」
支配者の宝玉を握りしめながら私は吠えた。
まだ終わっていない! 最後の奥の手だ!
宝玉を巨大な砲台に変化させると、その先端を仁和円樹に向けて魔力を充填させる。
「私が数年間溜めた魔力を全て注ぎ込んだ大技だ! ここから放たれる魔弾はたとえSランクの探索者だろうと対処できない威力! いくら貴様とて死は免れない!!」
「確かに凄い魔力ね~……。でも避ければいいだけの話じゃない。さすがに自動追跡機能まではついてないんでしょ?」
「くくく……壁のモニターをよく見てみろ」
私が指さした大型ディスプレイに映し出されていたのは――青い扉の中の闘技場だった。
そこにはちょうど種口迅が犬瀬華馬を倒す様子、そして力を使い果たして倒れた種口を長南爾那が介抱する姿が映っている。
「あんた……まさか」
「そうだ! この部屋はあの部屋の真隣の位置にある! この魔弾は壁をも貫通するほどの威力だ! この攻撃を避けてみろ! 射線上にいる種口くんと長南くんがどうなってしまうかなぁ!!」
「……想像以上の外道ね。いいわ、避けないから全力で撃ってきなさいよ」
仁和円樹が呆れた表情になりながら答える。
……こんなときでも変わらない余裕の態度。本当に腹立たしい小娘だ。
「死ねぇぇーーーーーーッッ!!」
極限まで高まった魔力を解放し、私は砲台から魔弾を発射する。
輝くような光の奔流が一直線に少女の元へと突き進んでいき――そして大きな爆発音が辺りに響き渡った。




