第057話「決戦」
「鈴香ちゃん、爾那ちゃん、ようここまで来たなぁ。……でも残念やったな。ワイら三人には勝てへんで?」
犬瀬の右隣りに立つ、銀髪で糸のように細い目をした男が、ニィ~っと口角を吊り上げながら嗤う。
それはまさに俺たちのよく知る人物――
「「浦霧くん!!」」
一年Sクラス、そして生徒会や裏世界人気トップ5のパーティ【ダン学Sクラス】にも所属する、今年のダン学一年の中で最強の一角――"浦霧 紋嗣"その人であった。
まさかあの浦霧が敵に回るとは思ってもいなかった俺たちは、激しく動揺――
「私、Aクラスで一緒だったときからいつか浦霧くんは何かしでかすと思ってたのよね」
「私も初めて会ったときから絶対に敵になると確信していました。……やはり私の予感は間違っていませんでしたね!!」
「ジブンらえげつなくない!? ワイが一体何したっちゅうんや!?」
するわけがなかった。
やはり敵だったか! この裏切り者がぁ!! ガルルゥー!
「……浦霧くん、あなたSクラスでしょう? なんでここにいるの?」
「そうですよ、あなたに参加資格はないはずですよね?」
Sクラスはこの実習には過剰戦力なのでそもそも参加自体が禁止されているのだ。
だから彼がここにいることはおかしいのだが……流井先生は特に咎める様子もなく平然としている。
「ワイにも深い事情があんねん。今回理事会で実習の制度が一部変更されたやろ?」
「ええ」
「そんときにSクラスの生徒たちの実力に差がありすぎるんじゃなかろうかっちゅう意見が出たらしくてな? リノちゃんに比べてワイがあまりに劣るっちゅう評価をされたせいで、降格処分くらってもうてん! Sランクでインネイトのあの子と比べるんはさすがに酷すぎへんか!?」
「……そ、それはちょっと可哀想ですね」
「で、Aクラスに戻ってきたわけね。だけどなんで犬瀬くんに協力してるの? あなたならソロでここまで来れたでしょ? そっちのほうが評価が高くなってSクラスに戻りやすいんじゃないの?」
「それがそういうわけにもいかへんねん! 鈴香ちゃん、前にワイのオトンの会社に新社長が来た話はしたやろ?」
「ええ、聞いています」
「実はその新社長は犬瀬家の関係者やねん。追い出し部屋に飛ばされたオトンから涙ながらに犬瀬家のご子息の機嫌を損ねんとくれって訴えられたら……ワイかて協力せんわけにはいかんやろ? ……一体ワイら親子がなにをしたっちゅうんやーっ!」
浦霧が突然泣きながら崩れ落ちるので俺たちは同情するも、事態が厄介になってきたことに変わりはない。
「……ニナ、浦霧くんに勝てますか?」
「正直ちょっと難しいと思う。……彼、入学当初からAクラスでもトップで、半年もしないうちにSクラスに上がったんだよね。胡散臭い外見をしているけど実力は本物よ。切り札を使えば勝てる可能性はゼロじゃないけど……」
ニナは言葉を濁す。
おそらく本当に自信がないのだろう。これでニナで確約されていたはずの一勝が怪しくなってきてしまった。
「……ところで迅くんって浦霧くんとお知り合いでしたっけ? さっき驚いていましたけど……」
「いや、俺が驚いたのは左にいる奴で――」
「デュフフフ! 種口くん、久しぶりだねぇ~。君がFクラスからいなくなってからボキュは毎日が寂しくてしょうがなかったよぉ~」
犬瀬の左隣にいるでっぷりと太ったぼさぼさ頭の巨漢が、一歩前へ出る。
その瞬間、俺とニナは鼻を摘まんで二歩後退した。
「うっ……!?」
「く、くっさ……!! 迅、あいつ知り合いなの!?」
巨漢はボリボリと頭を掻きながら、だらしなく緩んだ口元から涎を垂らす。
その不衛生な見た目と態度に、俺とニナだけでなく、仲間のはずの犬瀬ですら眉根を顰めて露骨に顔を歪めた。
「あいつは……Fクラスの"草井 茂希"っていう奴だ」
「……Fクラス? どうして犬瀬くんはわざわざEクラス未満のメンバーを入れたんでしょう?」
「草井は魔術師でCランクのライセンス持ちのプロなんだよ。本当はBクラスの予定だったみたいなんだけど……能力の制約であまりにも臭すぎる影響で、他の生徒たちが一緒の教室で授業を受けたくないってことで、特別に人の少ないFクラスに入れられたんだ」
「……つまり、犬瀬くんのパーティは実質S、A、Bクラスの三人ってこと!? 流井先生、これ不公平ですよ!? ルール違反じゃないんですか!?」
「いや……残念ながら今は浦霧くんはAクラスだし、草井くんもFクラスに所属しているから、ルール的に問題はないんだよ」
「そういうことだ。……さあ、もう俺は待ちくたびれたぜ。さっさと決着をつけようじゃねえか!」
犬瀬は不敵な笑みを浮かべると、青い扉の方を指差す。
すると、荒井先生はそれを見てポケットから帰還の宝珠を取り出した。
「私は部屋の中までは同行できないので、これで失礼するよ。もうモンスターとの戦いはないけど、生徒同士の戦いとはいえ大怪我のリスクもゼロじゃないから、危なくなったらすぐに帰還の宝珠を使うんだよ?」
「はい、先生お疲れ様でした」
流井先生は去り際に俺たちと犬瀬たちを交互に見て僅かに微笑むと、帰還の宝珠を使って光と共に姿を消した。
同時に、青の扉がギギギギィっと重々しい音を立ててゆっくりと開かれ始める。
「いくぞお前ら!」
「はいな」
「デュフフフ……ボキュは鈴香たそと戦いたいなぁ~」
扉の中に消えていった犬瀬たちに続いて、俺たちも中に足を踏み入れていく。
すると背後の扉が勢い良く閉まり、室内の照明が点灯する。
部屋は直径三十メートルほどの円形をしており、その中心には白く塗られた石造りの闘技場が鎮座していた。
後ろにはゴールへ続くであろう小さな扉が見える。中の人数が半分以下にならないと、あの扉は開かない仕様となっているらしい。
「さて……戦いのルールだが、先鋒、副将、そして大将の順にそれぞれ1対1で戦っていくスタイルだ。誰がどの役目を担うのかはクラスの格で決まる。基本はAクラスの奴が大将、一番下のクラスの奴が先鋒になるわけだな」
「チーム内に同じクラスの人が二人以上いた場合、役目を任意で選んでいいんですよね?」
「その通り。つまりお前らは長南が大将、俺たちは草井が先鋒なのは固定で、あとは自由ってことだ」
犬瀬チームはA、A、Fなので、Fクラスの草井は先鋒固定。種口チームはA、D、D、なので、Aクラスのニナが大将固定というわけだ。
「ならワイが爾那ちゃんの相手を務めたるわ」
「ふんっ、俺が大将じゃないのは気に食わないが、この俺直々に底辺野郎を叩きのめしてやるのもまた一興。……おい、底辺野郎! 俺が副将だ。まさか逃げたりしねーよな?」
やはりニナに浦霧を当ててきたか……。
なら俺が勝つのは絶対条件として、ニナが浦霧に勝つか、種口くんが犬瀬に勝つかどっちかしないと……俺たちの敗北ということになってしまう。
「佐東さん……俺が副将でいい?」
「はい、では私が先鋒を担当しますね」
……正直言って、俺はこの戦いを然程重要視していない。
何故ならニナの交わした魔法契約書には抜け道があるし、結局のところ敗北しても最悪で種口くんが留年するだけだからだ。失踪事件の方と比べると、所詮は学生レベルの諍いである。
だけど――単純に犬瀬の奴はムカつくのでぎゃふんと言わせたい。そして……今の種口くんならそれが可能なはずなのだ。
「迅くん、ワカラセマンとの戦いを思い出してください。彼と比べて犬瀬くんは脅威ですか?」
「いや……全然。あいつに比べたら可愛いものだよ」
「はい。そして私との訓練で積み重ねたあなたの努力を信じてください。今のあなたならきっと勝てます」
「……本当に、俺が勝てるのかな?」
「勝てるのかな、ではなく勝つのです。仮に私が勝ち、ニナがなんとかして浦霧くんに勝ってチームが勝利したとしても……自分が犬瀬くんに負けたらあなたは納得できますか?」
「……正直言って、あいつの言う通り女の子におんぶ抱っこしてもらってるみたいで情けない気分になると思う」
「そう、つまりは結局のところ、これはあなたと犬瀬くんの喧嘩なんです。勝たなきゃ駄目ですよ!」
そう言って俺は種口くんの胸に拳を押し当てると、闘技場まで歩いて行く。
そして向かい側からも巨大な体躯を揺らしながら草井がやってきて、お互いに向かい合った。
「では鈴香たそ、早速始めようか……デュフフフフッ!」
「待て、草井。最後にもう一度ルールの確認だ。魔術やアイテムの使用は自由、ギブアップするか大ダメージを受けて帰還の宝珠が発動したら試合終了だ。先に二勝したチームが勝ちで引き分けはない。相打ちだった場合コンマ数秒でも先に帰還の宝珠が発動したほうが負けだ。いいな?」
「はい。ちなみに審判はどうするのでしょうか?」
「んなもん必要ねえだろ。裏世界はなんでもあり、それが探索者ってもんだろう?」
「確かにそうですね。……では始めましょうか」
「よし……先鋒戦、草井対佐東――始め!!」
犬瀬が開始の宣言を行うと同時に、俺は素早く腰からテンタクルウィップを引き抜いて草井を狙う。
魔術師らしいがあの体型だ、動きは遅いだろう。それに単純に臭すぎるのであまり近づきたくない! 初撃で沈めさせてもらう!!
鞭は蛇のように唸りをあげて草井へと襲い掛かり、そのだらしない腹へと直撃する。
が――
「んほぉぉぉおぉおおお!! 美少女の鞭ぎもぢぃぃい!!」
「うえぇっ!?」
なんと草井は恍惚の表情を浮かべて悶え始めたではないか。
それだけでなく、身体からドバっと汗が噴き出してさらに悪臭が増していく。鼻が曲がるどころか吐き気を催してきた。
……くそっ、俺は五感が鋭敏だからこういう不潔な奴は大の苦手なんだよ!!
キモタクは発言はキモいが身なりは常に清潔に保っているので、普通に友人として接することが出来ているが、目の前のこいつは俺でも本当に無理なタイプだ……。
「ふぅふぅ……鈴香たそぉ~、もっともっともっともっと虐めて欲しいんだおぉおぉ~!!」
「き、気持ちわる――――うっ!?」
突如ぐらりと意識が傾き、思わず膝を突いてしまう。
「佐東さん!?」
「鈴香どうしたの!? まさか臭すぎて具合が悪くなったの!?」
「……くくく。ちがう、これは草井の魔術だ。上を見てみろ!」
犬瀬に言われて天井を見ると、闘技場の上に灰色の靄が漂っていた。
霞からは悪臭の他にぽたぽたと雫が滴っており、それが俺の頭の上にも落ちてくる。
「デュフフフ……自らの汗を雲にして、毒の雨を降らせ攻撃をする。これがボキュの魔術――【オタクたちの結晶】なんだお!」
さ、最低すぎる魔術だ……!!
こんな汚くて気持ち悪い能力を作り出すなんて、どういう思考回路を持っているんだ!?
「さあ、もっと攻撃するんだお鈴香たそぉ~! ボキュを罵倒して殴ったり蹴ったりしてくれても構わないんだお!! ボキュが快楽を得る度にもっと汗が噴き出てどんどん毒雨の濃度は上がってくんだお!」
「……」
俺は無言で立ち上がると、鞭をしならせて再び草井へと放つ。
だが、鞭は草井の身体には当たらず、手前の床に叩きつけられた。闘技場の床は砕け、いくつかの破片が宙を舞う。
「どこを狙ってるんだお? ちゃんとボキュの体に当ててくれないとぉ――うごぉ!?」
ビシビシと何度も床を打つ鞭の衝撃波で飛び散った瓦礫が、次々と草井の額や顔面にぶつかる。
「ちょ、ちょっとやめ! 美少女の攻撃ならなんでも嬉しいけど、オタクに石を投げるのはやめるんだお! それは全然気持ちよくな――ぶぎゃっ!?」
鞭では吹き出る汗も、どうやら石礫はそうではないらしい。
汗の量が減っているのを感じつつ、俺は鞭を床に打ちつけて草井に向かってひたすらに小石をぶつけ続けた。
「おげぇ!? こ、こんなの……違うんだお! ボキュはMだけども……ただ女の子に罵られながら蔑まれて踏まれたり叩かれたりするのが好きなだけで……石を投げられたりするのは……ガクッ」
草井は床に倒れ込むと、白目をむいて気絶してしまう。
帰還の宝珠が発動したのか、草井の体が光とともに消えると同時に灰色の雲は綺麗さっぱりと消失し、悪臭も消えてなくなる。
周囲の空気が綺麗になったことを確認すると、俺は深呼吸を繰り返して息を整えた。
「……そ、そこまで。先鋒戦勝者、佐東!」
犬瀬は複雑そうな表情を浮かべながら判定を下す。
俺がゆっくりとした足取りで二人のところに戻ると、種口くんは心配そうに声をかけてきた。
「佐東さん、大丈夫……?」
「はい、ただ毒で少し気分が悪くなってしまいました」
「鈴香、あとは私たちに任せて先に帰還の宝珠を使いなよ。外には医療班も待ってるはずだからさ」
「……すみません、そうさせていただきます。ニナ、カメラをお願いしてもいいですか?」
「うん、最後まで撮影しておくから安心して」
ニナにふわスラとカメラを預けると、俺は制服のポケットからレアな帰還の宝珠を取り出した。
……実は、毒なんてまったく効いていない。だけど俺にはもうここで出来ることはないし、あとは種口くんとニナの戦いだ。
俺は最後の案件に向かうとしよう。
「迅くん、私との特訓を忘れないでくださいね? あなたなら必ず勝てますから」
「佐東さん、本当にここまでありがとう。俺、頑張るよ!!」
種口くんが犬瀬の待つ闘技場へと歩いて行くのを見送ると、俺はレアな帰還の宝珠を使用する。
……さあ、鬼が出るか邪が出るか。なんにせよ真実を明らかにするために行動を開始するとしようか。




