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第056話「最上階で待つ者」

『ガルルルルルッ!』


『ヴォォォォ!』


『グルルァーーーッ!』


「う、ぐぅ……!? か、数が多すぎる!」


 俺とニナの前に立つ種口くんが、左手に付けた手甲で一本角の生えた狼のようなモンスターたちの爪や牙を受け止めながら必死に叫ぶ。


 こいつはホーンウルフと言って、単体では大したことないが、遠吠えで仲間を集める厄介な習性がある。


 現在俺たちは、もう少しで最上階へと至る階段に辿り着くというところで複数匹のホーンウルフに襲われてしまい……そしてそいつらが次々に仲間を呼び寄せてしまった結果、絶賛十匹以上の群れに囲まれ中なのだ。


「えいえいえいっ!」


『ギャウンッ!』


『キャンッ!』


 俺は鞭を振るってウルフたちを打ち据えるが、いくら殴打しても次から次へと新しい個体が現れるため焼け石に水だ。


「鈴香、迅、下がって! 切り札を一本使う!!」


 ニナが声を上げると共に、種口くんと俺は即座に後退し彼女を前面へと押し出す。


 彼女の右手には、いつの間にか真っ赤な刀身を持つ優美な日本刀が握られており――



『全て燃え尽きて灰塵と化せ――――【煉獄に咲く焔華フレア・エクスプロージョン】!』



 刀が振り下ろされた瞬間、刀身から紅蓮の炎が噴出し――目の前を埋め尽くさんばかりに増え続けていたホーンウルフたちを一瞬にして飲み込んだ。


 辺り一面を火の海に沈めながら荒れ狂う業火の刃が通り過ぎていったあとに残ったのは……肉が焦げた臭いと黒く煤けた地面のみである。


「ふう……。鈴香、迅、大丈夫?」


「あ、ああ……助かったよ」


「お疲れ様です。それ……凄い威力ですね」


「ええ。裏世界のマグマ地帯に生える"火焔樹の枝"を材料に使った超レアな一品だからね。これは複数本持ってると燃え移っちゃうから、どうしても一本しか所持できないし、魔力消費も多いからあんまり使いたくなかったんだけど……」



:凄すぎぃぃ!!

:Sランク探索者に劣らないレベルの火力じゃねえかw

:こんなん反則で草

:ニナちゃんってまだBランクなんだっけ? 魔術ってやっぱ夢あるな……

:Aランクはすぐになれそうだね

:スズたそも結構成長してるはずなのにニナちゃんと合流してから全然目立たないな

:やっぱダン学で一年からAクラスに入れるような天才は伊達じゃないな



「はぁ、はぁ……。よ、ようやくここまで来たか……」


「迅、まだ最後の関門が残ってるんだからしっかりしてよね」


「もう半日近くも歩きっぱなしなんですから、仕方ないですよ……」


 安全地帯である奥の階段へと辿り着くと、種口くんは気が抜けたのかペタッと床に尻餅をついてしまった。


 それを見てニナが叱咤するが、彼は俺たちに比べて極端に魔力が少なく、魔力による身体強化も未熟なので体力の消耗が激しいのだ。


 ニナもそれをわかってはいるのだろう。はぁ~っと溜め息を吐くと、次元収納袋からお茶を三本取り出して俺たちに手渡し、自身も階段に腰かけた。


 俺もそれに倣い、彼女の隣へと座る。


「ありがとう爾那。……ゴクゴクゴク」


「はぁ……生き返りますねぇ~……」


 スマホの時計を見れば、ちょうど18時になろうかという時刻だった。つまりは21階を出発してからおよそ5時間もの時が経過したことになる。


 俺たちの入った扉は複雑な立体迷路型のルートとなっており、最短コースを通ると凶悪なモンスターや罠が待ち構えている様だったので、安全策を取って長い迂回路を進んできたため、予想以上に時間が掛かってしまったのだ。


「……それで鈴香、やっとここまで来たわけだけど……最上階のボス部屋はやっぱり"青の扉"か"黄色の扉"に入るしかなさそう?」


「ええ、迅くんも強くなりましたが、それでも"赤の扉"を攻略するのは現状ではどう足掻いても不可能と判断します」


 この階段を上った先はいよいよ最上階なのだが、そこには小広間があり、赤、青、黄の三つの扉が待ち構えているのだ。


 この扉はそれぞれ違うボスが待ち受ける部屋に通じていて、広間にいる人間の数によってどれが開くかが決まるシステムとなっている。


 赤の扉は1人のときのみ、黄の扉は2~5人のときに開き、そして青の扉は6~10人(偶数限定)のときに開く。


 それ以外、6人以上の奇数や11人以上の集団の場合はどの扉も開かないので、この様な場合は誰かが階段を下りたり、帰還の宝珠を使ったりして人数を調整しなければならない。



 まずは赤の扉だが――


 この中で待ち受けるのはゴブリンキング率いる最強のゴブリン軍団であり、単独で討伐するにはAランク級の実力が必要とされている。


 ゴブリンは亜人系なので種口くんの【鬼眼】で攻撃することができず、彼が限界を超えて能力を開放したとしてもまず勝つことは無理だろう。



 そして次に、黄色の扉の先に待っているのは――


 火・水・風・土・闇・光の六つの属性のどれかに対応した"竜"である。


 竜と言っても最も小さく弱い最下級種なのだが、それでも竜は竜だ。単体でも赤の扉よりも難易度が高いことは確かで、攻略には高い実力とパーティの連携が必要不可欠となる。


 だが、種口くんの【鬼眼】が通じる相手でもあるし、ニナの魔術は敵の弱点属性を突くことが可能なので、俺たちが最も勝利の可能性が高いのがこの扉だろう。



「黄色の扉なら、私たちが上手く連携すれば何とかなると思うけど……」


「問題は、上で他のチームが待ち構えている場合ですよね」



 最後に青の扉だが――この部屋にはボスは存在しない。


 しかし、中には闘技場のようなフィールドがあり、そこを通り抜けてゴールのある奥の扉に辿り着けるのは、入った人数の半分だけなのだ。


 6人で入ったら3人。8人で入ったら4人しかクリアすることはできない。つまりは入ったパーティ同士がお互いのボスとなる仕様。


 ダン学はこのシステムを利用して、青の扉では3対3のチーム戦を行わせることにしているのである。


 先に着いたパーティは黄色の扉に入らず、後続を待ち受けることができるシステムだ。竜よりも生徒同士の方が組みやすしと、青の扉を選ぶチームは多いらしい。


 待ち受けられてしまうと小広間の人数が6人以上になってしまい、黄色の扉に挑むことができなくなってしまう。


 これは先に最上階に辿り着いた者たちの特権であり、ルール上対戦を断ることは許されていない。



「この上の部屋で……犬瀬くん、待ってると思う?」


「待ってると思いますね」


「……ええ~? なんでわざわざ俺たちを?」


「彼、姑息といえば姑息なんですが……どうも心の底では迅くんのことを警戒しているようにも見えるんですよね」


「……え? そうなの? あいつが俺を?」


「はい。自分より格下なのに生意気だっていう感情の他に、もしかしたら脅威となるのではないかという不安が垣間見えます。なので最上階まで辿り着ける可能性を考えて、自分が最後の関門として立ちはだかり勝負を挑んでくると思います」


「ん~……でもそうだったらむしろ有難くない? 彼が犬瀬家の力を使って邪魔をしてくる恐れも考えていたから。向こうから直接勝負を挑んでくれるならむしろわかりやすくて良いと思うんだけど」


「そうですね……。でも彼、意外と頭が回るみたいなので、まだなにか策を用意していそうな気がするんですよね」


「うーん……。でも、たとえ彼が犬瀬家の家宝の武器とかを持ってきたとしても、たぶん私負けないよ?」


「そうなんですか?」


「うん、だって犬瀬くんAクラスで探索者ランクもBだけど、実際の実力はもっと下だもん」


 ニナによると、犬瀬は実家の精鋭部隊と一緒に裏世界を探索し、その手柄を自分一人だけのものにしているせいでランクの上りが異様に早いのだという。


 所謂パワーレベリングというやつだろう。


 そのため、本来の実力は探索者ランクでいうところのC程度が妥当だとニナは分析していた。


 ……なら、種口くんが特訓の成果を発揮できれば、勝てない相手じゃないな。


「実習のルールでチームの平均がBクラス以下にならないといけないから、彼のチームはAAEかもしくはABCのメンバーのはず。前者なら鈴香がEの人に勝って私がもう一人に勝てば迅は戦う必要すらなくなるけど……。後者なら迅か鈴香がどうにかしてCクラスの人を倒す必要があるかな」


「今の私なら、たぶんCクラスの人にも勝てると思いますが……」


「え? それってもしかして俺、戦わなくてもいいってこと?」


「あのねぇ迅、鈴香はあなたのために協力してくれてるんだから『じゃあ俺がCクラスの奴を倒すよ! 佐東さんは見学してて!』くらい言いなさいよね!! 男の子でしょう!」


「い、いやー……。あはは……」


 ニナはAクラスで最強なので、誰が相手でも実質一勝は確定みたいなものである。


 あとは俺がもう一人を倒せば、それで種口くんは戦う必要すらなく俺たちの勝利なのだが……どうも引っかかるんだよなぁ……。



:お? 対人戦見れるんか?

:モンスターばかりで飽きてきたから丁度いいぞ

:スズたそとポニテちゃんがいる時点で負ける要素なんて微塵もない件

:ただいま~、まだやってたのかwww

:もう半日近く配信してるからな

:まあ見てて面白いから俺はずっと居るけど

:40過ぎの汚いおっさんのワイ、会社サボってずっとスズちゃん観察してる

:僕も小学生だけど学校サボってみてます!

:↑小学生はまだ間に合うから汚いおっさんみたいになる前に学校行けww

:でも残念ながら最上階は電波が届かないからここでお別れなのよね……

:↑おいおい!? マジかよ!!



「あ、そうなんですよ! 修練の塔の最上階はネットや電話が繋がらない"不感地域"なんです! なのでここまでは生配信していましたが……ここからは先は後ほど編集版をお送りするということでご容赦ください!」 


 裏世界は基本的に電話もネットも使えるのだが、稀に電波の全く届かない場所がある。


 それが不感地域と呼ばれるエリアであり、こういった場所では犯罪者やモンスターに襲われても外部に助けを求めることができないので、いつも以上に注意深く行動しなければならない。


「そんなわけで皆さん、半日もの間お付き合いいただきありがとうございました! 今回の配信はこれにて終了となります! 後で編集した映像を投稿しますのでお楽しみに!」



:おつ~!

:頑張れよ!

:生で見たかったけどしゃーないか

:またニナちゃんとコラボしてほしい

:ワンパン男はもう出なくていいぞw

:ぺこりと頭を下げるスズちゃん可愛いよぉぉ!!

:バイバーイ!



 よし。とりあえず鈴香のミッションはこれで終了だ。


 見た感じ、後で今日の探索実習のダイジェストを動画にしてあげれば、十分目標を達成できるのではなかろうか。


 あとは種口くんが実習に合格し、失踪事件を解決へと導けば今回の任務はオールクリアだ。


「さあ、そろそろ行きましょうか」


 配信を終え、お茶を飲んで乾いた喉を潤した俺たちは、意を決して階段を上がり始める。


 そして最上階へと足を踏み入れると、そこにはパリッとしたスーツを着て眼鏡をかけたオールバックの男性――流井(あらい)吾一(ごいち)先生の姿があった。


「やあ佐東くん、それに種口くんも……。もしかしてとは思ったけど、長南くんと一緒とはいえDクラスの君たちが最上階まで辿り着けるとは本当に驚いたよ」


「あっ、流井先生、お疲れ様です。長時間お待たせしてしまいすみません」


「いや、これも教師の仕事だから気にしなくていいさ。だが、他の教師たちと連絡を取り合っていたが、どうやら君たちと彼ら(・・)で最後のようだ。私の役目もようやく終わりそうだよ」


 流井先生が苦笑しながらちらっと視線を送る方向を見ると……青の扉の前に長髪の男子生徒が仁王立ちしていた。


 彼は右手で髪の毛をかきあげながら、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。


「……ちっ、まさかとは思ったけどマジで来やがったのかよ」


「犬瀬……」


「『さん』をつけろって言ったはずだぜ? 底辺野郎が! どうせ女二人におんぶ抱っこでここまで辿り着いただけなんだろうがな。男として恥ずかしくねーのか?」


「ぐっ……! 完全に否定できないのが辛い……」


「犬瀬くん。もしかしてあなた一人?」


「は? んなわけねーだろ。……おい! お前ら出てこい!」


 犬瀬が呼びかけると、部屋の隅に立っている巨大な柱の陰から二人の男子生徒が姿を見せた。


「――なっ!」


「う、嘘……!?」


 彼らの顔を見た瞬間、種口くんとニナが驚愕に目を見開き息を呑む。


 ……やはりそうくるか。どうやら俺の予感は的中したらしい。


 俺たちの目の前で、犬瀬の両脇に並び立ったのは――――

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