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第050話「ダンジョン実習」

 ――あっという間に週末は過ぎていき、遂にダンジョン実習の日を迎えた。



 まだ日も昇らぬ早朝5時。


 俺はダン学の制服姿で、修練の塔の入り口前にある広場にて待機していた。


 辺りにはまだ他の生徒はもちろん、教師の姿も見えない。まごうことなき一番乗りである。


 少し眠いが、事件を確実に解決するためにはどうしても一番最初に塔に入る必要があるので致し方ない。


「しかし……やはり裏世界のこうした建造物は美しいですねぇ……」


 上を向けば、圧倒的な存在感を放つ深紅の塔。


 表世界の神社や塔、城などの裏には、必ずといってよいほど似た外観の建物が存在している。


 そういった場所はどれも例外なく幻想的かつ荘厳な佇まいをしており、魔素も濃厚なので、俺は非常に気に入っているのだ。


 しばらくその堂々たる偉容を眺めていると、後ろからコツコツと足音が近づいてきた。


「佐東くん、おはよう。随分と早いね。開始は7時からだよ?」


「おはようございます、流井先生。なんだか興奮して早くに目が覚めちゃって……待ちきれなくて来ちゃいました」


「はははっ、君でもそういう気持ちになったりするんだね。意外だったよ」


 俺の次にやって来たのは、Dクラスの担任である流井(あらい)吾一(ごいち)先生だった。


 彼はオールバックにした髪をかきあげながら、眼鏡越しに優しい瞳で微笑むと、俺の隣に並び立って紅い塔を見上げる。


「先生も随分お早いんですね」


「うん。生徒たちの安全のために、まずは教師の誰かが最初に30階まで行っておかしなところがないか確かめておかないといけないからね」


 修練の塔に入った者には全員に帰還の宝珠が支給されるとはいえ、絶対に事故が起こらないわけではない。


 万が一何かトラブルがあったときのために、1階、11階、21階、最上階にそれぞれ一名の教師が、そして塔の外には医療班と救護班が待機しているのだ。


 最上階まで登るには半日近くかかるので、担当の教師は誰よりも早く来て準備をしておく必要がある。


「監督役ですか。流井先生は毎回を担当されているんですか?」


「そうだよ。私は……未来ある若者が志半ばにして人知れず命を失ってしまうということがとても嫌いでね。そんなことがないように、常に見守っていたいんだ……。だからいつも率先して監督役を引き受けている」


「それは立派な志ですね。素晴らしいと思います」


「まあ、この修練の塔でのダンジョン実習では、死人も重傷者もここ十年数出ていないらしいから、そこまで気張らなくてもいいのかもしれないけどね。あくまで念の為さ」


 確かにデータベースで調べた限りは、流井先生の言う通り過去十数年、この修練の塔で大きな怪我をしたり命を落とした者はゼロだと記載されていた。


 しかし、俺は失踪事件の原因はこの塔の中にあると確信している。


「ふぁ~……おはよう。お前ら随分早いなぁ~……」


「ベッキー、おはようございます!」


「おはようレベッカ。……だが遅いぞ。お前は1階担当なんだから生徒の誰より先にスタンバイしておくべきだろう」


「いやいや、佐東が早すぎるだけだろ。アタシは十分余裕をもって行動してるっての……ふわぁ~……」


 ベッキーが眠そうな顔で欠伸しながらこちらに歩いてくる。


 寝癖なのか金髪の一部がピョンと跳ねていて、なんだかとても可愛らしい。


「佐東、お前こんな時間から来てるとか、やっぱ今日は最上階を目指すつもりか?」


「ええ、挑戦してみようと思ってます」


「……君が非常に優秀だというのは教師たちの間でも話題になっているけれど、それでも初めてのダンジョン実習だということを忘れてはいけないよ。裏世界では何があるかわからない。くれぐれも油断せず、自分の安全を第一に考えるようにね」


 荒井先生が真剣な表情で俺の肩に手を置くと、ベッキーは彼を茶化すように鼻で笑った。


「ふふっ、あの吾一がこんな熱心に生徒のことを気遣う教師になるとはねぇ。昔は冷たい鉄仮面野郎だったのに。時の流れって凄いな~」


「レベッカ……生徒の前で昔の話をするんじゃない……」


「あれ? もしかしてお二人は教師になる以前からお知り合いなんですか?」


「ああ、アタシと吾一は学生時代にダン学のSクラスで一緒に過ごした仲でさ。いわゆる同級生ってやつだな」


「二人ともSクラスだったんですか!? はぇ~……凄いですね……」


「ま、神童も二十歳過ぎれば只の人ってね。アタシらも将来はSランク候補って期待されてたんだけど……蓋を開けてみたら揃ってAランク止まりだ」


「お二人ともまだお若いんですからこれからですよ」


「いやいや、涼木や黒鵜や井手内を見てりゃよくわかる。やっぱSランクに到達できるやつってのは十代の頃からどこか特別なオーラを持ってるものなのさ。アタシらはとっくに期限切れさ」


「……無駄話はここまでだ。そろそろ時間だぞ」


 いつの間にか続々と生徒や教師たちが集まってきており、既に結構な人数になっていた。


 スマホの時計を見ると5時59分。あと1分で切り替わり(・・・・・)の時間だ。


 そして時刻が6時ちょうどとなった瞬間――


 塔が怪しげな光を放ったかと思うと、同時に中から弾き出されるようにして数人の男女が周囲に転送されてきた。



「くそっ! 時間切れか!」


「あ~……もうちょっと早くに来ればよかったぜ」


「ああっ!? 嘘でしょ~! 後はボスを倒すだけだったのに!」



 彼らは各々愚痴ったりげんなりした表情を浮かべたりしながら、その場を去っていく。


 修練の塔は24時間毎にエントランスホールやボス部屋を除いた全てのフロアの構造がガラリと入れ替わる仕組みになっており、それが行われるのが毎日午前6時ちょうどなのだ。


 何時に挑戦しようと6時に中にいた者は強制的に外に出されてしまうため、最上階まで行こうと思ったらなるべく早い時間に突入するのが望ましい。


「よし、ではそろそろ行くとするか」


 流井先生が塔の入り口に向かって歩き出したので、俺とベッキーもそれに続く。


 ちらりと後ろを見ると、既に大勢の生徒が列を作っていた。


 一般の探索者も何人か見受けられたが、列に並ぼうか迷っている彼らに先生たちが今日はダン学の実習日なのだと説明すると、皆理解を示した様子で去って行った。


 特にダン学が貸し切りにしているわけではないので別に入ってもいいのだが、今日だけで500人ほどの生徒が訪れる予定なので、年に二回しか入れないダンジョンにわざわざ混み合ってる日に突入しようなんて思う人は殆どいないようだ。


「あれ? 扉がないですね」


「そこに魔法陣のような文様の描かれた床があるのが見えるかい? それに乗ると中に転移する仕組みなんだ」


「外観は普通の塔だがダンジョンだからなー。中も外から見た感じじゃ想像できないくらいの広さだぞ」


 俺たちは三人並んでその奇妙な模様が刻まれたタイルの上に乗る。


 すると次の瞬間――周囲の景色が歪み始めると共に全身が青白い光に包まれ、気がつけば眼前の光景はがらりと一変していた。


「ほえ~……これは凄い!」


 目の前に広がるのは、大理石のように磨かれた石で出来た巨大な円形のホール。


 ドーム球場くらいの大きさはあるだろうか。遠くに見える壁には無数の扉が等間隔に配置されている。おそらく百以上はありそうだ。


「入る扉によって出現するモンスターの種類や地形が変わる。10階のボスだけは全て共通で、11階の入り口にまたここと同じようなエリアがあり、そこで合流することが出来るようになっているんだ」


「まあ、どこに入っても難易度は同じレベルだけど、苦手なモンスターとかいる奴もいるだろうし、多少運の要素も絡んでくるってわけだな」


「だが、プロならばどんな環境でも適応できるのが理想だがね。……それと、"帰還の宝珠"はちゃんと手元にあるかい?」


「はい」


 塔に入った瞬間に手の中に現れた、半透明のピンポン玉のような物体を掲げて見せる。


 荒井先生とベッキーの手元にも同様の物が握られているが、全員が同じデザインをしていた。例のレアな宝珠ではない。


「これを使えばいつでも脱出できるし、大きなダメージを負っても自動で発動してくれるが、注意点として次元収納袋の中にしまってしまうと自動では作動しないので、制服の内ポケットにでも入れておくことを推奨するよ」


「それと万が一宝珠をなくしちまったらダンジョンから出られなくなるから、カメラを通して教師たちに連絡しろよー。宝珠をなくした奴はダンジョンの各地にある騎士の像に魔力を込めると新しいのがもらえるから、そこまで案内してもらえ」


「わかりました」


「さて、では私は一足先に行かせてもらうとしようか。佐東くんが最上階まで辿り着けるのを楽しみに待っているよ」


 荒井先生は眼鏡をクイッと持ち上げると、奥にある扉の一つへ向かって歩いていく。


 その背中を二人で見送ったところで、ベッキーは次元収納袋をごそごそと漁り始めた。


「いやー、あいつ本当に真面目になったよなぁ~」


「学生時代はそんなに違ったんですか?」


「ああ、傲慢な秀才って感じだったな。Sクラス以外の奴は露骨に見下してたし、自分の優秀さをひけらかす言動が多かった。アタシも正直イラついて何度も衝突したことあったわ」


「……今の生徒思いの素敵な先生からは想像できませんね。なにか変わるきっかけのような出来事でもあったんでしょうか?」


「まあ……な」


 ベッキーは一瞬言い淀むも、やがて遠くを見つめながら語り始める。


「あいつが変わったのは……ヘレンが死んでからだな」


「ヘレンって、もしかしてロリコングに殺されたヘレン・ドレクセルさんですか?」


「そうだ。……アタシたちの学年のSクラスはアタシと吾一とヘレンの3人だけだった。さっきSランクに到達できるやつってのは十代の頃からどこか特別なオーラを持ってるものだって言っただろ?」


「ええ」


「ヘレンはまさにその特別な才能を持った存在だった。……あいつが死んだときの吾一の取り乱し方は尋常じゃなかったよ。ヘレンと親友だったアタシよりもな。……それ以来だ。あいつがあんな風に他人のことを気にかけるようになったのは」


「……」


 ベッキーはそこで一度言葉を区切ると、袋の中からカメラと『001』と書かれたプレートを取り出して俺に渡してきた。


「カメラは常にオンの状態にしとけよ? ダン学のサーバーに映像と音声を飛ばしてるから、もし何か問題が発生したらすぐに気づいて助けに行くことができる。まあ、いざとなったら帰還の宝珠を使えばいいんだが……これは念の為の保険だな」


「了解です」


「ふわスラは持ってるか? なければ貸すぞ?」


「大丈夫です。……あと自分のカメラも使って、私の個人チャンネルでライブ配信してもいいんですよね?」


「ああ、別に禁止事項じゃないからな。好きなようにやりな」


 もうそろそろチャンネル登録者数100万人を達成できそうなので、今回のダンジョン実習は最後の一押しとして利用させてもらおう。


 こうしている間にもどんどんと生徒たちが転送されてきており、ベッキーは彼らにも同じように説明をしながら備品を配っていく。


 俺はその様子を見ながら胸元に『001』のプレートをつけると、部屋の中央に移動して部屋全体に魔力探知を展開させる。僅かな違和感も逃さないように細心の注意を払いながら。


「……まだレアな宝珠を手に入にした生徒はいないみたいですね」


 宝珠が失踪事件の鍵を握っているのは間違いない。


 なのでここでずっと張っていて誰かがそれを入手したら即座に捕まえるというのが一番確実な方法だろう。



 ――そうして待つことおよそ一時間。



「来たっ!」


 二人の生徒が転移してきた瞬間、その一人の手元から他の宝珠とは微妙に違う反応を検知。


 ……まあ、たぶんそうだろうとは思ってたが案の定だったな。


「迅くん、ニナ、おはようございます」


「おはよう佐東さん」


「おはよう~。あははっ、鈴香『001』じゃん! 来るの早すぎでしょ~」


 けらけらと笑うニナの手を俺はサッと掴んで、人の輪から抜け出す。


「え!? なにっ!?」


「しっ、カメラに映らない位置に来てください。話があります」


 種口くんにはその場で待機するように指示を出し、ニナと共に部屋の隅っこに移動した俺は、彼女の耳元に小声で語りかけた。


「宝珠を見せて貰えますか?」


「え? いいけど……」

 

 そう言ってニナが懐から取り出したのは、少し金色っぽい光沢を帯びた宝珠だった。


 やはり思った通りだ。


 犯人は俺が失踪事件の調査をしていることを知らない。なので犯人からしてみるとニナは春に取り逃がしてしまった獲物であり、必ずもう一度狙ってくるはずだと踏んでいた。


「レアな宝珠ですね」


「本当だ! 鈴香のやつと色がちょっと違う! やっぱり前回も気のせいじゃなかったんだ……」


「それ、私のと交換して貰えませんか?」


「……もしかして、舞藻の失踪とこのレアな宝珠って関係していたりする?」


「まだ断定はできませんが、可能性はあります」


「だ、だとしたら私のせいで舞藻は……」


「まだ何も確定していない状況ですし、今は実習を成功させるほうに意識を集中しましょう。……ほら、それを貸してください」


「うん……」


 さすがに舞藻さんの失踪原因が自分かもしれないことに気づいてしまったようで、ニナは少しばかり動揺している。


 その心中は察するが、種口くんが今回の実習をクリアできるかどうかは彼女の力も大きく関わるので、今は耐えて欲しい。


「事件に関係する可能性があるなら、鈴香はそれを持ってて大丈夫なの?」


「ええ、対策はしてあるので心配ありませんよ。それじゃあ私の宝珠と交換しますね」


 この宝珠に込められている力が、催眠だろうと洗脳だろうと魅了だろうと、たとえ強力な呪いであろうと、俺であればなんら問題(・・・・・・・・・・)はない(・・・)


 ターゲットがニナ以外にもいる可能性もゼロではないが、これまでの流れを見るにおそらくその可能性は非常に低い。


 なので、俺がこれを手にして時点でもうほぼ事件解決と言ってもいいだろう。



「7時になったぞーーー! 実習を始めるから『001』から『100』までの番号をつけたヤツから順番に扉の中に入れ!」



 俺たちが話し終えたタイミングでちょうどベッキーの大声が響き渡り、生徒たちが一斉に扉の方向へと動き始めた。


 参加する生徒の人数が多いので、なるべく中でバッティングしないように、まず『001』から『100』が別々の扉に入り、そして一時間後に『101』から『200』が同じ要領で突入していくシステムになっているのだ。


 種口くんは『077』でニナは『078』なので、俺たち全員が第一陣ということになる。


「それじゃあ11階の広間でまた会いましょう」


「迅、10階まではソロなんだから、くれぐれもそこまでで脱落とかはやめてよ?」


「わ、わかってるよ……」


 三者三様に互いの顔を見合わせると、それぞれ指定された番号の扉に足早で向かっていくのだった。

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