第046話「佐東鈴香の調査ファイル①」
ダン学の図書室はそんじょそこらの公立図書館よりも広く、蔵書数も豊富である。
特に裏世界関連の資料に関しては、探索者協会本部にも引けを取らないほどの充実ぶりだ。
本だけでなくネット環境も整っていて、生徒だけが閲覧できるデータベースには、ダンジョンやネームドモンスター、指名手配された賞金首の情報など、常に最新のものが掲載されている。
裏世界関連の過去の事件の記事や資料映像なども残されているため、調べものには事欠かないというわけだ。
「では、例の事件の調査と行きましょうか」
図書室の一番奥に位置する人気のないスペースに陣取ると、俺は備え付けのパソコンを起動させた。
鈴香のチャンネル登録者数は、前回話題の恐竜ワンパン男が登場したこと、そして彼がその後すぐにワカラセマン事件に遭遇したことが相乗効果となってさらに急増しており、今では90万人近くにまで達している。
期限まではあと二週間近くあるし、もう余程のことがない限り目標は達成できるだろう。
種口くんの周辺もようやく安定してきたし、ワカラセマンを倒してU・B・Aのほうの憂慮も解消された。
まだまだやることはあるが、当面急ぎの案件はないので、こうしてアーサーに頼まれた『ダン学生徒失踪事件』の調査に着手しているというわけだ。
「おっと、生徒のIDじゃここは閲覧できないんですね。こういうときは……」
データベースの最深部には極秘情報を保管したエリアがあるが、そこは理事や教師、そしてごく一部の生徒に与えられた特別なパスがないとアクセスできない仕組みとなっている。
ハッキングしてもいいのだが……アーサーから「それは止めてほしい」と言われて特別パスを預けられているので、今回は素直にそれを使うことにしよう。
まったく……ダン学のセキュリティがどんなものか試してみたかったのに、残念なことだ。
「……ふむふむ。なるほど、確かに失踪者が増えていると言えないこともないですね」
ダン学は生徒数が1000人を超えるマンモス校であり、その全員が探索者ということもあり、普通の学校より事故死や行方不明者が発生しやすい傾向にある。
生徒たちは入学の際に『授業や学内訓練以外での裏世界におけるトラブルにおいては全て自己責任とする』といった趣旨の誓約書にサインさせられることは、あまりにも有名だ。
それでも毎年の行方不明者数は平均して10人に満たない程度なのだが……ここ数年で倍近くに増えてしまっていた。
「誤差……といえば誤差程度なんですけど、失踪の仕方がちょっと気になりますね」
数年前までの失踪者は、例えば裏世界犯罪者やネームドモンスターに襲われたり、無理して高難易度のダンジョンに突っ込んで行ったりと、なんというか……分かりやすいパターンが殆どだった。
しかし近年の行方不明者たちは、いずれも原因がよく分からないまま突然居なくなってしまっているケースが多い。
そこがアーサーが引っかかりを感じている点でもあるのだろう。
高速で失踪した生徒たちの情報と事件の詳細を読み流していき、頭の中で整理していく。
「共通項はないように見えます。もしかして複数の要因が絡んでいる?」
……ん? 待てよ。
この数名は同じような時期に消息を絶っているな。
たぶん失踪者が増えた原因は一つではない気がするが、まずはこのグループから検証していこう。
「んー……やはりここ数年、ダンジョン実習の日から数日後に忽然と姿を消している生徒がいますね」
一回のダンジョン実習で一人、つまりは年に二人ずつ消息不明になっている計算だ。
実習の日ではなく数日後というのがポイントで、一見するとダンジョン実習はなにも関係ないように思えるが……。
「……やはりなにか引っかかりますね」
ダンジョン実習の日に何かしらの要因があり、失踪事件に発展する切っ掛けになったような気がしてならない。
ふむ……今の二年生と三年生に二人、そして一年生にも春に一人失踪している生徒がいるみたいなので、ここは直接生徒たちに聞き込みをしてみるか。
そう決めた俺は、早速三年の教室へと移動することにした。
◇
「愛莉が失踪してもう二年も経つのかぁ。早いよね……」
「それで、ダンジョン実習の日に変わったことはなかったんですよね?」
「うん、実習自体は何事もなく終わったよ。特におかしなことなんてなかったんだけどなぁ。数日後にいきなり居なくなっちゃってさ……」
最初に話を聞いたのは、三年のAクラスに所属する女子生徒。
失踪した"大柏 愛莉"さんとは中学からの友人だったらしい。
聞くところによると、彼女は真面目な性格で特にトラブルを起こすような問題児でもなく、それどころか将来はSクラス入りも夢じゃないと言われていた有望株だったそうだ。
「失踪前になにか少しでも違和感のようなものはありましたか? どんな小さなことでも構いません」
「そういえば……実習の後、ちょっと疲れてる感じだったかなぁ。次の日の休み時間はずっと寝てるし、あの愛莉にしては珍しいなって思った記憶があるよ」
「……疲れ、ですか?」
「ごめん……たしかそうだったとしか言えない。二年も前のことだから正直あまり自信ないかも。あまり参考にならないと思うけど……」
「いえいえ、十分です。ところで"アメリア・フォスター"さんのほうはどうですか? 彼女もAクラスだったんですよね?」
大柏愛莉さんが失踪したのが秋の実習の直後なのだが、その前に春にもアメリア・フォスターさんという留学生の女子が失踪しているのだ。
彼女たちは一年のときからAクラスであり、共に将来を嘱望されていた優秀な生徒だったらしい。
「あー……ごめんね。アメリアさんについては何も知らないや。彼女誰ともつるまない子だったし、それに日本語がまだそれほど上手くなくて、あまり皆とコミュニケーションも取れてなかったんだ。入学して一ヶ月で仲良くなる前に失踪しちゃったし、たぶん他の子に聞いても分からないと思う」
「そうですか……」
「ただ、凄く綺麗でしかも優秀な子だったよ。入学直後でいえば、愛莉よりも先生たちからの評価は高かったんじゃないかな?」
「ありがとうございます。とても参考になりました」
「うん、他になにか思い出したら知らせるね」
……
……
……
「これやっぱり配信のネタに使っちゃう感じ? 私のインタビューも鈴香ちゃんのチャンネルに乗っちゃう? だったら最高なんだけど! ウケる!!」
「い、いえ……まだ未定です。それで"黒良 白音"さんの件についてなのですが」
次に話を聞いたのは、二年のBクラスに在籍する女子生徒。
彼女は去年の秋のダンジョン実習直後に失踪した、黒良白音さんと友人だったとのこと。
「しろっち生きてんのかねぇ……。あの子入学直後はEクラスだったのにさぁ、信じられないくらいの成長速度でたった半年でBクラスまで上がってきたんだよねぇ。私らみんなビックリだよ。マジ天才なんじゃないかと思ってた。たぶんあのままだったらAクラスどころかSクラスまでいけたかもしれないねー」
「それは凄いですね。……それで、彼女は失踪前に変わったことはありませんでしたか?」
「修練の塔では普通……というか無双してたね。これでAクラス入りも確実じゃね? みたいな空気にみんななってたくらいだし。ただ……」
「ただ?」
「実習の帰りに急に元気なくなったっていうか……。話しかけても上の空でさぁ。まあさすがにしろっちでも疲れたのかなって私も軽く考えちゃってたけど……」
また疲れ……か。
さっきの大柏愛莉さんの話も合わせると、偶然とは思えないな。
「あ、ちなみに去年の春に失踪した"秋鹿 愛流"さんについては知ってますか?」
「そっちは知らない。Aクラスで優秀だったけどさ、めちゃくちゃ嫌味な女だったから、失踪したときも、ざまぁとか思っちゃった」
「……あ、ありがとうございます。とても参考になりました」
念の為二年Aクラスの生徒にも秋鹿さんのことを聞いて回ってみたが、返ってくる答えはどれも似たような内容ばかりだった。
優秀だが性格が悪い。そんな印象を持たれている生徒だったみたいだな。
ただ、ダンジョン実習の後に疲れた様子はなかったかと尋ねてみると、「そういえばそういう感じだった気もする」といった返答があった。
……
……
……
「ここまでの情報を整理しましょうか」
まず失踪した生徒たちはいずれも非常に優秀である点。
これは彼女らを知る同級生たちが口を揃えて言っていたことで一致していた。
そして全員が女子生徒であるという点。
一般人であれば単純に男性より女性のほうが力が弱いので狙われやすいということもありえるが……魔力使いである探索者としてはいまいち納得できる説明ではない。
最後に失踪の前兆として、全員がダンジョン実習から帰った後は疲弊しているような状態であった点。
俺はこれが最も重要な要素だと推測している。
「しかし、これではまだ結論が出ませんね」
とりあえず最後の一人である今年の春に失踪した女子生徒のことを確認してみようか。
この子は他の失踪者とはちょっと毛色が違う感じなので、新たなヒントが得られるかもしれないしな。
ということで、俺の所属する一年Dクラスの教室へと舞い戻ってきたのだが……。
「う~ん、"唯野 舞藻"さんのことなら、私たちじゃなくてAクラスの長南爾那さんに聞いたほうがいいんじゃないかな? 鈴香ちゃんあの子と友達でしょう?」
「ニナにですか? それはどうしてでしょうか? 唯野さんはDクラスだったのですよね?」
「あれ? 知らなかった? 長南さんと唯野さんは中学校の同級生で結構仲が良かったのよ? 春の実習でも二人でパーティ組んで20階まで行ったって聞いたよ」
「そうなんですか!? ありがとうございます、早速行って参りますね!」
「うん、配信で使うなら私のところにはちゃんと許可取りに来てね? 出演料は安くしておくから♪」
クラスメイトから思わぬ情報を得ることが出来た俺は、すぐさまAクラスへと向かう。
すると、ちょうどニナが教室から出てきたところだった。
「あ、ニナ。おはようございます」
「鈴香、おはよー。この間の配信見たよ! 迅が着てた衣装めっちゃ可愛かったね! あれ鈴香が作ったんでしょ? センスいいよね~」
「ふふふ……そうでしょう?」
どうやらニナはなかなかにわかっているようだな。
「でもあのダサいモノクルと黒マスクがなければもっと良かったんだけどなぁ」
……やはり女子か。一番のカッコいいポイントが理解できていないとは。
「それより実はニナに聞きたいことがあって探してたんです」
「聞きたいこと? なに?」
「はい。実はニナと親交が深かった唯野さんについてなんですけど……」
「……舞藻のことについて調べてるの?」
「ええ、私が配信活動をしているのはご存知ですよね? それで最近様々な事件の真相を探る企画を考えてまして」
「そっか……もし舞藻が見つかる可能性があるのなら喜んで協力するよ。……あっちで話そうか」
そう言って中庭の方へと歩いていくニナについていき、人気の少ないベンチに腰を下ろす。
彼女は自販機で買ったお茶を俺に手渡すと、ポツリポツリと話し始めた。
「舞藻はね、普通の子だったよ。プロになれるくらいの才能はあったけど、性格も優しい子だったし、正直探索者にはあまり向いてなかったと思う」
そうなのだ。そこが俺も引っかかっている部分だった。
他の四人の失踪者は全員が優秀で突出した能力を持っていた女子生徒。しかしながら唯野さんは、ごく普通のDクラスの生徒である。
彼女だけ明らかに異質なのだ。
「それでニナは唯野さんと一緒に20階まで到達したんですよね? 最中になにかおかしなことは起きませんでしたか?」
「ごめん……私が覚えている限り、修練の塔ではなにもなかったと思う。ただ、ダンジョンから戻ってきた後は明らかに様子がおかしかったよ。なんかボーっとしてて声をかけても上の空だったから、たぶん疲れたんだろうと思っていたけど」
そこは他の失踪者と同じパターンか。
しかしこれだけではまだ事件解決に向けて十分な情報とは言えないな。
「帰ってから気になって夜に電話してみたんだけど、出たのは舞藻のお母さんでね。スマホや鞄や着替えを全部残したまま部屋にいないって聞かされて驚いたのを覚えてる。私は必死に心当たりを探したけど……結局そのまま見つからないままで……」
「――え!? 当日の夜に既に家からいなくなってたんですか!?」
これは非常に気になる新情報だ。
他の失踪者は、後日に学校に来たり連絡があったりしたと聞いているが、唯野さんだけはダンジョン実習の本当に直後に失踪していることになる。
「他に気づいたことはありますか? できれば修練の塔の中でのことについてお願いします」
「修練の塔の中で?」
「はい、どんな些細なことで結構ですよ」
「ちょっと待って、もう一度よく思い出してみる……」
俺の予想だと、失踪したのは実習の後だが、やはり根本的な原因は修練の塔の中にあると思っている。
そこでなにかがあったはずなんだ。
ニナは顎に手を添えたまま目を閉じてしばらく考え込んでいたが……やがてパッと瞼を開いてこちらを見た。
「そうだ、思い出した! 私の帰還の宝珠がね、ちょっとレアなやつだったんだよね」
「……レアな帰還の宝珠?」
「そう、帰還の宝珠って半透明のピンポン玉みたいな見た目してるんだけどね、私のやつはちょっと金色っぽい光沢があってキラキラしてたの。それで舞藻と凄いって言い合った記憶がある」
「間違いないですか?」
「そこまで念を押されるとちょっと自信ないけど……少なくとも私たちにはそう見えたし、珍しいなって話したのは確かだよ。でも帰るとき一緒に使ったけど普通に作動したし、舞藻の失踪には全く関係ないと思うんだけど……」
いや、違う。これは重大な手掛かりだ。
しかし問題はレアな宝珠を持っていたのはニナであり、失踪した唯野さんではないということか。
「あとは舞藻が綺麗で羨ましいって言ったから、それを交換してあげたくらいかな」
「――!? 宝珠を交換した!? 修練の塔の宝珠って交換出来るんですか!?」
「え? う、うん……普通に出来たけど……それがどうしたの?」




