第045話「修練の塔」
「フヒヒ……種口氏、貴公もU・B・Aのファンならもっと前に教えてくださればよいものを!」
「い、いや……俺は特別ファンってわけでは……」
「またまたぁ~! そんな円樹様の直筆サインの入った腕輪なんてつけておいてそれは通じませんぞ~! 拙者も忍殿のファンとして同じクラスに同志がいることに喜びを隠し切れませんなぁ~!」
「あ……あははは……」
いつものように昼過ぎになってから学園に登校すると、窓際の席で種口くんが小太りの眼鏡男子に絡まれていた。
種口くんの肩に手を回しながら、彼の顔に唾が飛ぶほど鼻息荒く捲し立てているのは、同じクラスの"木杢 詫雄"くんだ。
彼は"キモタク"の愛称で親しまれていて、美少女探索者についての情報にとても詳しく、その界隈ではかなり名が知られているインフルエンサーだったりする。
鈴香のデビュー前の動画を拡散してくれたのも彼で、デビュー後も切り抜き動画をたくさん投稿してくれていたりするので、俺としては結構ありがたい存在だ。
「おはようございます。木杢くん。迅くんとお友達になったのですか?」
「おっふぉ~! お、おはようございまする! 拙者のような矮小な存在に笑顔で挨拶してくれるとは……やはり鈴香殿は天使でござるなぁ〜。推しの一人が同じクラスにいて、拙者毎日が楽しくて仕方ありませんぞ! しかし木杢くんなど他人行儀な! 拙者のことは気軽に"キモタク"と呼んでくだされ~! フヒヒ……鈴香殿の鈴の鳴るような清らかな声でそう呼ばれることを想像しただけで拙者はもう……!」
う~ん、キモい(笑)。
俺は男だから我慢できたけど女だったら我慢できなかったな。
「迅くんもおはようございます」
「おはよう佐東さん。木杢にはこの腕輪のことでちょっと色々訊かれててね」
「それって例の事件で手に入れたやつですよね?」
種口くんの隣の席に腰掛けながら訪ねると、彼はコクリと頷いて円樹のサインと似顔絵が刻まれた銀の腕輪を見せてきた。
もう既に鈴香としてもワカラセマン事件の顛末は聞いているので、それを手にした経緯についても当然知っているていで質問する。
「私が帰った後、あんなとんでもない事件が起こっていたなんて……本当に驚きました(すっとぼけ)」
「俺もまさかあんな目に遭うとは夢にも思わなかったよ……。でも、おかげでこれを手に入れることができた」
これは"魔法戦士の腕輪"といって、装着者の魔力操作技術と魔術の効果を底上げしてくれる効果があるらしい。
まさに種口くんの弱点を埋めるにはうってつけの逸品であり、本来は今の彼であれば到底入手できるはずもないレアアイテムなだけに、喜びもひとしおだろう。
この腕輪を装備することによって、素の状態では魔力による身体強化すら難しかった彼が、僅かな量で時間も短いとはいえ、魔術の補助なしで全身に魔力を纏わせることができるようになったのだとか。
「いやはや……。なるほど、そういう流れでしたか。しかし事件に巻き込まれたこと自体は災難だったかもしれませぬが、それで円樹様と直接お話しできた上に直筆サイン入りの魔道具をいただけたというのは、ある意味幸運であったと言えますな」
「うん、これを常時身に着けておくのはちょっと恥ずかしいけどね……」
「んこぽぉ~! それにしても大人気配信者の鈴香殿と仲が良いだけでなく、アイドルの円樹様とも知り合ってしまうとは! モテ期到来ってやつですかな?」
「そ、そんなんじゃないって……」
残念ながら本当に違うんだよなぁ~。
それは両方俺なのでロマンス的な展開は一切期待できません。俺はヒロインじゃないからな。
……と、俺たちがそんな話をして盛り上がっているところに、二人の男子生徒が近づいてきた。
たしか彼らは……前に種口くんに対して「無能」だの「早く転校しろ」だのと嫌味を言ってきた連中だ。
「よ、よぉ種口……。前は……悪かったな……」
「え?」
「ワカラセマンとの戦い、見たぜ。お前……すげぇ根性あるじゃねぇか」
先日の事件は、全国ニュースで大きく取り上げられた。
話題の中心はワカラセマンこと格闘王渡良瀬大と、それを倒した仁和円樹だが、その前の種口くんが奮闘する姿も一部ではそれなりに注目されていたのだ。
あのワカラセマンのパンチを十発耐えるという行為は、俺から見てもかなりガッツを感じさせるものだったし、あれをきっかけにして彼を見る目が変わった人間は少なくはないだろう。
「俺ら昔からずっとプロになるために訓練受けてきたからさ……。お前なんて運よく動画でバズっただけで実力もねぇくせにって思っちまって……。けどワカラセマン相手に戦ってる姿を見て反省したよ……」
「ああ、俺たちはお前のことを完全に見誤ってた……。謝るよ……」
謝罪する二人は気まずそうに視線を彷徨わせていたが、種口くんはそんな彼らに穏やかな笑みを見せた。
「気にしなくていいよ。実際に、俺は殆ど運でこのクラスに入れたようなものだし。ただ、少しずつだけどプロに恥じぬ力をつけられるように努力してるつもりだから、その辺は理解してもらえると嬉しいかな」
「お、おう! そりゃもちろん!」
「い、言いたかったのはそれだけだ! じゃあな、良かったら今度一緒に訓練でもしようぜ!」
和解できたことが嬉しかったのか、二人は満足げに頷いて去っていく。
それを遠巻きに見ていた他のクラスメイトたちも次々と集まってきて、種口くんに一声かけたりこれまでのことを謝罪したりしていた。
……ふむ、思った以上にあの一件が彼にとってプラスに働いているらしい。
探索者として一皮むけるために与えた試練だったが、どうやら思わぬ副産物もあったようだ。これなら学園での彼の立場はもう安泰だな。
あとは一週間後に迫ったダンジョン実習さえ乗り越えてくれれば、とりあえずは俺が彼にできるフォローは完了ということになりそうだ。
「おい種口、いつまでも喋ってねーでそろそろ訓練始めんぞ」
「ダンジョン実習はもう来週デスからね。万全の状態で挑めるように仕上げておかないといけまセン」
人垣を割るようにして英一とボブがやって来て、種口くんに声をかける。
後ろには美衣兎と四位の姿もあり、どうやらいつものように五人で訓練をする予定みたいだ。
「種口はこれ落としたら留年確実なんだろ?」
「へへっ、俺っちたちの後輩になりたくねーなら気合い入れて頑張れよ」
ニヤリと意地悪く笑いながら肩を叩く美衣兎と四位に対し、種口くんは苦笑しながら立ち上がる。
この学園では、一年の春と秋に一度ずつ"ダンジョン実習"という授業が行われていて、これに合格できれば『探索者の資質あり』と認められ、裏世界関連の単位が不足していても、特例で二年生へ進級することが可能になるのだ。
つまりプロのライセンスを取得することと、この実習に受かることの二つが、この学園における一年生の目標と言ってもいい。
種口くんはプロにはなったが、最近までFクラスに所属していた関係で裏世界関連の授業の単位が全く取れておらず、進級するためには今回のダンジョン実習に合格するしかない状況なのである。
……俺としてはこの程度の試験に受かっただけで特例進級できる制度とか甘すぎると感じるんだけど、学校のルールだし種口くんにとってはこの救済措置は有り難いので文句は言うまい。
「ダンジョン実習は"修練の塔"で行われるんですよね?」
「ええ、佐東サンは初めてデスよね? 修練の塔に関してどこまで把握していますカ?」
「修練の塔は表世界の東京タワーのある場所に存在する、全三十階層からなる非消滅型のダンジョンで、最大の特徴は潜った者全員に"帰還の宝珠"というアイテムが支給されることですね」
「Yes! その通りデス! 帰還の宝珠は使用すると瞬時に地上に戻ることができるアイテムデス。任意で使えるだけでなく、ダンジョン内で一定以上のダメージを受けたら自動的に発動するので安心デスヨ」
このアイテムのおかげで修練の塔では死亡者が出る可能性が極めて低く、裏世界でありながら安全に実戦経験を積むことができるというというわけだ。
「しかしこんな便利な場所があるのであれば、世界中の探索者が毎日ここに集まりそうなものでござるが……何故そうならないのでござろう?」
「キモタク、おめぇ女のこと以外だと全然情報収集能力ねぇな。いいか? 修練の塔は一度入ると半年間は再挑戦不可って縛りがあんだよ。だから最大で年間二回しか入れねぇんだ」
「おぉ! そうだったのでござるか! 勉強になりまする!」
「しかも宝箱が一切出現しないうえに、ドロップアイテムもボスからしか落ちないしね。それも微妙なやつばかりらしいよ」
キモタクの疑問に、英一と種口くんが答えていく。
そんなわけでプロの探索者がここを利用するメリットはゼロに等しいが、学園からすれば実習に利用するのにこれほど適した場所もなく、毎年一年生はこのダンジョンで年二回の修練を行うのが恒例となっていた。
「ダンジョン実習の単位は、10階まで到達できれば貰えるんですよね? 今の迅くんであれば問題ないと思いますよ」
「だと良いんだけど……。油断はできないよ。裏世界では何が起こるか分からないし」
修練の塔は上に進むにつれて敵の強さが上がっていき、10階ごとにボス部屋が配置されているといったオーソドックスな作りだ。
10階のボスをギリギリ倒せる程度が、丁度プロになれるくらいの実力と同等と言われており、そこまで行ければ合格となる。
アイテムの持ち込みも可能だし、"魔法戦士の腕輪"を入手し、【鬼眼】で完璧に防御を固められるようになった今の種口くんであれば、十二分に達成可能だろう。
「本当なら私も手伝ってあげたいところですが……」
「佐東さんが一緒だと心強いけど、10階まではソロってルールだし仕方ないよ」
10階すら1人で突破できないようではプロ失格ということで、そこまでの攻略はソロでやらなければならない。
生徒同士の協力や妨害行為は禁止されており、全員がカメラを持参して行動し、教師がモニタリングしているという徹底ぶりだ。
ただしクリア後に11階から20階に挑戦しようという生徒は2人までの、21階から30階まで行きたい場合は3人までのパーティを組むことが許可されていている。
より上の階層に到達できれば次回のクラス分けの評価に良い影響が出るので、余裕がある生徒は積極的にチャレンジしていくことが多いらしい。
そしてパーティで攻略する際は、メンバーの平均がBクラス以下になるようにという制約もある。
例えばA、B、Cの組み合わせやA、A、Eという組み合わせは可能だが、AとBの2人組はNGといった具合だ。
これはバランスが偏ってしまわないようにするための措置で、パーティを組んだ場合メンバーが一人でも脱落してしまうとその時点で全員が失格となってしまうので、不正も難しい仕様となっている。
ちなみにだが、Sクラスの生徒はダンジョン実習には参加できない。
彼らは既に超一流探索者として活躍できるほどの実力を有しており、修練の塔はあまりにも容易すぎるので免除されているのだ。
「おめぇらそろそろ行くぞ。裏校舎で特訓開始だ!」
「フヒヒ……やはり裏校舎でござるか。拙者も同行させていただく」
「Good! キモタクさんも是非一緒にヤリましょう!」
「フッ……同志種口氏のために拙者も微力ながらお手伝いいたしますぞ」
「ありがとう木杢。……そうだ、たまには佐東さんも皆と一緒に訓練しない?」
「ご一緒したいのですが……今日はちょっと調べものがあって、これから図書室に行こうと思うんです」
「う~ん、そっか。じゃあまたね」
俺を誘った種口くんに、美衣兎と四位は一瞬「よくやった」というような表情を浮かべたが、すぐに断ると露骨に肩を落としていた。
ガチムチの黒人に昭和と永成と令保の不良、そして小太りで眼鏡のオタクをパーティに加えた種口くんは、彼らを引き連れて教室を出て行く。
う~む……どんどん男臭い集団になりつつあるなぁ。
でもまあ、現実の男子高校生の日常なんてこんなものなのかもしれないな……。
しかし種口くんはネットでも話題になってるし、あれだけ目立てば女子にモテてもおかしくないと思うんだが……。
「ねえ、最近の種口くんって結構よくない? 彼、なんだか将来性ありそうだし、今度声かけてみよっかなぁ」
……おっと、そんなことを考えていたら早速種口くんに関心を抱く女子が現れたみたいだぞ。
話しているのは、同じクラスの男子からちょっとかわいいと密かに人気のある二人組だ。
「やめときなよ。彼、Aクラスの長南さんと幼馴染らしいし、佐東さんとも凄く仲いいでしょう? それに最近アイドルの仁和円樹とも知り合ったって聞いたよ? 周りの女の子のレベル高すぎて私たちなんかじゃ勝ち目ないって」
「あー……。だよねぇ……。あのレベルと比べられたら私なんか霞んじゃうわ……」
「うん、彼みたいなハーレム系男子より、私たちはもっと堅実に行こう」
…………なんか勝手に諦めてる件。
お、俺は悪くないぞ……。きっと、巡り合わせが悪かっただけなのだ……。
種口くんの話題はそれきりで終わり、すぐに別の男子の噂話を始めた女子たちを背にしながら、俺は教室を出ると図書室に向かって歩き出した。




