第044話「実家でのひととき」
「――ってわけで、ワカラセマンはあたしが始末したから」
『円樹……ありがとう。本当は私が決着をつけなければいけない問題だったのに』
実家に到着して、さあのんびりするぞ~と思った矢先――ちょうど忍から電話がかかってきたので、状況を簡潔に伝えた。
向こうはまだ早朝の時間帯のはずなのに、きっちり起きて情報収集してる辺り流石である。
『いつもレコーディングやライブとか大事なイベントは必ず出席するのに、もしかしてこのためにツアーには参加しなかったの?』
「……別に。そういう訳じゃないわ」
本当にワカラセマンと戦うことになったのはただの偶然だ。
ツアーをサボったのも、鈴香として学園に通い始めたから忙しいとかではなく、もっと単純な理由だったりする。
……俺は訳あってパスポートが使えず、正規のルートでは海外に行けないのだ。
『ふふ、そういうことにしておくね。でも、円樹が仇を取ってくれてリンもきっと天国で喜んでると思うよ』
「え~、どうかな~? あいつあたしのこと嫌ってたし。むしろ『なんで忍じゃなくてアンタが倒すのよ!』とか文句言ってそうじゃない?」
『それは違うよ……。リンはね、口では色々と言ってたけど、本当は円樹のこと凄く尊敬してたんだから』
「……マジ?」
『うん。いつも円樹のダンスとか歌の真似して研究してたんだよ? 真面目にやれば天下を取れる素質があるのに本人にやる気がないのが悔しいって、私によく愚痴ってたし』
「そう……。そう、なんだ……」
それは知らなかった。
もしかして、あいつと仲良くなれる未来もどこかに存在していたんだろうか……と、少し感傷的な気分になる。
『とにかく本当にありがとう。あの事件から、次のターゲットは自分なんじゃないかって怯えてる子も多かったから、皆もこれで安心すると思う』
「そう。ならよかったわ」
『それと……来週でツアーも終わりだから、帰国後の打ち上げくらいは円樹も参加してくれると嬉しいな』
「しょうがないわね。そこまで言うなら参加してあげなくもないわ」
『うん、絶対だよ! ……あ、そうそう。話は変わるけど、最近才能ある子を見つけたんだ。今度スカウトしてみようかと思ってるんだけど』
「ふぅん? 珍しいじゃない。あんたが自分から誰かを推薦しようだなんて」
『一回話しただけだけど、あの子は間違いなくアイドルとして大成できるって私の勘がそう言ってるの』
「へぇ……」
忍はああ見えて他人に対する評価が結構シビアだったりする。なので滅多なことでは外部の人間を勧誘しようとしない。
それがこんな自信満々にプッシュするなんて、そいつはよっぽど彼女の琴線に触れるなにかを持っていたのだろう。
……一体どんなヤツなんだ?
『ダン学の一年生でね、名前は"佐東 鈴香"ちゃん。容姿も含めてアイドルとしての素質が全て揃ってる感じの子で、探索者としても――』
「――却下」
そいつは俺だ。
『え~!? なんで? 一度会ってみたら円樹も絶対気に入ると思うんだけどなぁ。今度三人で一緒にご飯食べようよ』
分裂しろと?
「絶対に嫌。それにミリンがいなくなったばかりで次のメンバー勧誘なんて、ちょっとあんたらしくないんじゃない?」
『ご、ごめん……。そうだよね。円樹に初めて会ったとき以来のビビっと来る感じの子だったから、つい浮かれちゃったみたい……』
……正体に気づいてはいないみたいだけど、本能的に俺との類似性を感じているのかもしれない。
やはり鈴香のときはこいつにあまり接触しないほうが良さそうだ。
「それじゃああたしはこれから夕食だから、もう切るわよ」
『うん。おやすみなさい円樹』
「おやすみ忍。ライブ、成功するように日本から応援してるわ」
通話を切ると、ちょうどリビングの方からおいしそうな匂いが漂ってきた。リノが何か作っているらしい。
着替えは……まあ後回しでもいいか。
とりあえず空腹を満たすべくリビングへと向かうと、ソファーにリノがうつ伏せで寝転がってスマホを弄っていたので、その上にドスっと腰を下ろした。
「むぎゅ!? ……ちょっとスズ、すぐに人の上に乗っかるのやめてよね」
「あら失礼。てっきり椅子かと思ったわ」
「わお! 女王様~。円樹ちゃんモード久々に見たけど、相変わらずめっちゃ偉そうだね」
「ふんっ、いつもあたしのことを馬鹿にしているけど、この格好をしてるときはそうはいかないわよ」
「でも弱点は一緒~。こしょこしょこしょ~」
「きゃぁ!? や、やめなさい!」
「ファンは聞けない円樹ちゃんのかわいい声いただきました~♪」
脇腹をつんつんしたり、足裏をこちょこちょとくすぐってくるリノを必死に振り払い距離を置くが、すぐに捕まって拘束されてしまう。
こ、このツノメスガキめ! 仁和円樹様を舐めるんじゃないわよ!
『――――【獰猛なる神の髪】!』
ツインテールをうねうねと動かし、リノのTシャツの中に突っ込むと、お腹や脇の下をこしょこしょくすぐる。
「ひゃ!? あはははははは! やめっ! スズ! それは反則だってばぁ!」
「いつものお返しよ! 今日こそは勝たせてもらうわ!」
そのままソファーの上でのたうち回りながら二人で戯れていると――お腹がグ~っと音を鳴らした。
……そうだ、ご飯を食べにきたんだ。ここは一旦休戦して食事を取ろう。
「とりあえずご飯にしましょう。なにを作ったのよ?」
「ん~? スズの大好きな唐揚げとポテサラ~」
「あんた天才ね。すぐ食べるから持ってきなさい」
「スズは子供舌だもんね~。今持ってきてあげるから待ってて」
誰が子供舌だ!
俺はハンバーグにカレーに唐揚げ、他にもオムライスとかエビフライとかプリンとかが好きな大人のお兄さんなのだ。決して子供などではない。
テーブルでお箸を片手にスタンバイして待っていると、リノが料理の乗ったお盆を持ってきた。
「はい、召し上がれ」
「ん」
出された料理をパクっと一口食べてみると……美味い!
やっぱりリノの手料理は最高だぜ!
まあ俺のほうが料理技術はちょっとだけ上なんだが……他人に作ってもらった料理は、自分で作ったやつとは違う特別なうまみ成分が出るんだよな。
「そういえば円樹ちゃんがYのトレンド一位になってたよ」
「ま、今日はそうなるでしょうね。はふはふはふ……」
「【スズキの代わりに誰を入れたら戦女神の聖域はもっと最強パーティになるかスレ】でも堂々の一位に選ばれてたし」
「そのスレまだ続いてたの!?」
「うん、パート42までいってたよ」
「伸びすぎでしょ!?」
スズキは人気投票最下位だったらしいが、もはや逆に人気者なんじゃないかと思うのは俺だけか……?
これは早く帰還して視聴者の皆を喜ばせてあげないとな。
「ネットではロリコングに続いてワカラセマンまで倒した円樹ちゃんを次のSランクにって推す声も多いみたい。……はい、オレンジジュース」
「ゴクゴク……ぷはぁ! ……ふぅん、そうなの。でもそれは無理でしょうね」
「素性不明だからね~。"八咫烏"の審査が通らないよね」
探索者協会には、一般人は当然として、協会内ですらごく一部の人間にしか明かされていない秘密組織が存在する。
――ダンジョン省直下特務機関"八咫烏"。
現役のSランク探索者を含めた超一流の人材により構成されたこの組織は、全員が魔核持ちの魔術師で、主に表で起こった裏世界に関する様々な事件解決を専門に扱っている。
その権限は強大で、日本の法律すら超越するほどの力を持っており、例えば犯人の居場所がわかったら警察を通さずに即刻逮捕が可能だし、場合によってはその場で処刑しても罪には問われない。
そしてこの機関の任務の一つに、次期Sランク探索者の選定もあるのだ。
探索者ライセンスは外国人だろうが偽名だろうが誰でも買えるが、昨今は件のワカラセマンや切封斬玖など高ランカーの犯罪者が増加傾向にあるため、Sランクの認定には以前に比べて厳密な身元調査が行われるようになった。
というわけで、俺は殆どのライセンスを偽名で取得しているため、本名の一つ以外はどれだけ頑張ってもAランク止まりなのである。
「ご馳走様。……さて、そろそろ着替えようかしら」
「あっ、うちで円樹ちゃんなの久々だし、せっかくだしなんか歌って~!」
「……そうね。ツアーに参加できなかった分、軽く喉を慣らしておくのもアリかも」
「やった~! じゃあレイコも呼んでカラオケ大会と洒落込もう~!」
涼木家には、様々な楽器やカラオケ設備などを完備した防音ルームが存在する。
明日は休息日の予定だし、久しぶりに羽目を外すのもいいだろう。
「なにかスイーツでも持って来るように伝えておきなさい。ただし苦すぎるのは駄目よ?」
「OK、お子様でも食べられる甘いやつを頼んどくね」
俺が立ち上がるのと同時に、リノがテーブルの上に置かれていたスマホを手に取ると、早速レイコに電話をかけ始めた。
先に防音ルームに向かいギターをチューニングしていると、数分もしないうちに金髪の縦ロールがテンション高めに飛び込んでくる。
「オーッホッホッホ~!! 貴女たちの歌姫、レイコ・フォン・タナカ! ただいま参上しましたわ~!」
……なんだよ"フォン"って。それ付けたら外国の貴族みたいになると思ってるあたり、やっぱりアホなんだろうなぁ。
ドサっとテーブルの上に置かれた袋の中からは、スイーツが大量に顔を覗かせている。
「これが一番のお薦めですわ。さあ、ぜひ召し上がってくださいませ!」
「ちょ、抹茶じゃないのこれ!! 抹茶は苦いから嫌いだって言ったでしょう!」
「あら、ごめんあそばせ。大人なわたくしには美味ですが、お子様のスズにはまだまだ理解できないお味でしたわね。オ~ッホッホッホ~!」
「髪パンチ――」
「――おげぇ!?」
ドスっと魔力を込めたツインテールを鳩尾にめり込ませてやると、レイコは腹を押さえながら地面をゴロゴロとのたうち回った。
「漫才はそれくらいにしてそろそろ始めようよ~」
いつの間にか部屋のソファーに座っていたリノが、リモコン片手にマイクを俺に寄越してくる。
「リクエスト入れたから一発目は円樹ちゃんからお願い」
「わかったわ」
リノからマイクを受け取ると、同時にスピーカーからイントロが流れ始めた。
どうやらリノのリクエストは、俺がU・B・Aでセンターを務めたときに歌った曲のようだ。
「いくわよ! あ~~~~~~たしの歌を聞けぇぇぇーーーーーッ!!」
「「いえ~い! ヒューヒュー!」」
サイリウムをブンブンと振りまわして盛り上がる客席(観客二人)に向かって、ピッと指をさしながらマイクを握りしめ熱唱する。
そんなこんなで俺たちは夜通し歌い明かし、次の日は昼過ぎまでぐっすり寝てしまったのだった。




