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第043話「戦利品」

「ふんっ、腹パンの代償は高くついたわね!」


 ワカラセマンがピクリとも動かなくなったのを確認すると、俺はツインテールを揺らしながら勝ち誇った表情で言い放った。


 ……ん? あれ? 腹パンは円樹じゃなくて鈴香の恨みだったっけ?


 まぁどっちでもいいや。どちらにしろミリンの仇はちゃんと取ることができたし。


「――ふっ!」


 屋上の手すりから身を乗り出して、そのまま空中にダイブする。


 バサバサと服の裾と長いツインテールが激しく揺れて――風の抵抗を感じつつ落下していく。



「――――"浮遊する髪の羽衣(エンジェルウイング)"!」



 地面が見えてきたあたりで魔力を髪に流すと、左右のツインテールはまるで鳥の羽のように形状を変え――俺の身体はふわりと減速しながら軟着陸を果たした。


 くるっと一回転をして、服と髪の乱れを整えてからワカラセマンのいた場所に向かう。


 すると近くには、木に寄りかかるようにして座り込んで休んでいる種口くんの姿があった。


 彼は俺が近づいて来るのを見て、ボロボロの身体を引きずるように立ち上がる。


「あ、あなたがワカラセマンをやっつけた人……ですか? ……もしかして、アイドルの仁和(にわ)円樹(えんじゅ)さん?」


「そうよ、感謝すると良いわ」


「ありがとうございます! マジで死ぬところだったんで助かりました!」


 俺がぶっきらぼうに答えると、種口くんはパッと明るい笑みを浮かべて何度も頭を下げてくる。


「別にあなたのためじゃないわ。あたしもアイツとは因縁があって仕留めに来ただけだから」


「それでも本当に感謝しています。あなたは俺の命の恩人です!」


 う~ん、そこまでかしこまられても困るんだが……。


 だって、実際はもっと早く助けられたんだけど、理由があって彼がボコられる様子を静観していたわけだし。


 近くに落ちていたワカラセマンのふわスラを拾い上げ、中身を(あらた)める。


 中に入っていたのは配信用のカメラとスマホ、そして次元収納袋だった。


「あら? これまだカメラ生きてるわね」


 俺の一撃でぶっ壊されたと思っていたが、どうやらかなりレアなふわスラだったようで、中への衝撃はそれほど大きくなかったらしい。


 スマホには配信画面が今も映し出されており、俺がカメラの前ににゅっと顔を近付けると、視聴者のコメントが滝のように流れ始めた。



:ふぁーー!!

:円樹様やんけ!

:マジだ! ワカラセマン倒したの円樹ちゃんなのかよ!

:カメラにドアップで映る円樹様ふつくしすぎる……

:え? 円樹ちゃんがなんでここに? USAツアーは?

:ライブの映像にはいなかったね

:もしかしてこのために日本に残ってたんか!?

:てか円樹様とミリンって仲悪くなかった?

:↑U・B・Aフリークの俺としてはたぶんメンバー間で一番不仲だったと思う

:それなのに円樹ちゃんがセナミリンの仇撃ったの!?

:なにそれ激アツ展開すぎだろ!

:忍ちゃんに倒してほしいと思ってたけど、円樹ちゃんなら全然OKです!

:なんかちょっと感動的だわ

:円樹たそマジで大好き!



 ワカラセマンの配信なのにU・B・Aのファンに乗っ取られてんじゃん……。


 まあ、俺がUSAツアーに行ってないのはただのサボりだし、ここでワカラセマンと戦ったのも偶然なのだが、それは黙っておくことにしよう。


 しかしカメラが生きてて円樹の顔出しができたのは僥倖だったかもな。


 円樹(オレ)に注目が集まることによって、恐竜ワンパン男(たねぐちくん)がやっぱりSランク級の実力を隠し持っててワカラセマンを倒したのでは……みたいな噂が広がるのは防げそうだ。


 まだ大量のコメントが流れていたが、俺は無言でカメラの電源を落とし、次元収納袋の中身のチェックに移る。


 中には高級ポーションがいくつか入っていたので、有難く頂戴しておく。レアなアイテムは……残念ながらなさそうだ。拠点かどこかに保管してあるのかもしれない。


「えっと……勝手に袋の中身漁って大丈夫なんですか?」


「別にいいのよ。賞金首のアイテムは倒した人間の物、知らなかった? ……はい、マキシポーションが一個あったからあんたにあげるわ」


「いやいやいや! こんな高級ポーション受け取れないですよ! 貰うなら他の安そうなヤツで十分ですから!」


「眼球潰されて鼻の骨も歯も折れてる癖に強がるんじゃないわよ。さっさとその汚いツラ治しなさいって言ってるの」


「うっ……それではお言葉に甘えていただきます……」


 遠慮する種口くんに無理やりポーション瓶を押し付け、グビグビと飲ませる。


 すると見る見るうちに腫れ上がった顔面が修復されていき、ボロボロだった身体も完全に元通りになった。


「ふう……何から何まで本当になんと礼を言ったらいいか……」


「要らないわよ。だって本当はあんたが最初の腹パン喰らった時点であいつを攻撃する準備はできてたからね」


「……え? な、なんでそのとき助けてくれなかったんですか!?」


「あたしもあいつの配信見てたのよ。あんたがあいつの攻撃を十発耐えるって言ったでしょ? だから漢の覚悟を無駄にしたら悪いかなと思って待機してたの」


「そ……そんなぁ……」


 あんな死ぬような思いをしたことはなんだったんだ……とばかりにヘナヘナと地面に腰を下ろす種口くん。


 だが、これにはちゃんとした理由が存在する。


 実戦に勝る修行はない。仮に一年間みっちり鈴香がつきっきりで指導しても、あの十発に匹敵する経験値は積めなかっただろう。


 圧倒的格上の相手から殺意を伴う本気の攻撃を受けまくり……それに耐え抜く。それは彼を大きく成長させるための絶好の機会だと思ったのだ。


 かなり危険でスパルタな教育だったことは認める。


 しかし、厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)を倒すという普通ではありえない大目標を持っている以上、これくらいは乗り越えて貰わないと道半ばで力尽きてしまうのは明白だ。


 そして、彼は見事にそれをやってのけた。


 もうどれだけの敵意や悪意を向けてくる相手に対しても、彼は【鬼眼】を切らさずに防御を維持することができるだろう。


「だけどちゃんと乗り切った。……あんた、才能あるわよ」


「俺に……才能が?」


「ええ、言っておくけどあたし、滅多なことじゃ人を褒めたりしないから。せいぜいその幸運を噛み締めておくといいわ」


 鋭いツリ目がちな目を、少しばかり柔らかく細めて俺は微笑む。


 すると種口くんは顔を赤らめながら、照れ臭そうに頬を掻いた。


「じゃああたしはこれで――っと、せっかくだしあんたもなんか戦利品欲しい? 欲しいなら一つだけ選ばせてあげるわ」


「え? いいんですか?」


「ええ、ロクな物はなかったけどね。一番のお薦めはこのふわスラか次元収納袋ね」


 駆け出しの種口くんがレアアイテムを手に入れられる機会なんてそうそうない。ここは上手く誘導して彼の装備を充実させてやりたいところだ。


 地面にずらっと戦利品を並べ、どれを選ぶのか様子を見る。


 しかし彼はそれらに目もくれず――


「えっと……じゃあワカラセマンが装備しているこの腕輪をください」


「……理由を聞いてもいいかしら? これはあたしも見たことがないアイテムだし、性能も未知数よ」


「こいつは最悪な奴でしたけど、近接格闘系で俺が目指す最終目標に近いスタイルでした。だからそいつが装備していた物なら、きっと俺の役に立つと思ったんです」


 目ざとい。


 それに死体が身につけていた物を欲しがるというのも、なかなか肝が据わってる。


 上を目指すなら、ときにはこういった合理的かつドライな思考ができることは重要だ。


「いい判断ね、褒めてあげるわ。……よし、浄化の意味を込めてあたしのサインを書いてあげましょう」


 俺は胸元から油性のマジックペンを取り出すと、腕輪の一番幅が広くて目立つ部分に『円樹』と署名をする。


 うん、我ながら良い筆致(ひっち)だ。


 ついでに描いたデフォルメされた円樹の似顔絵も可愛らしく仕上がっていて、素晴らしい逸品に変貌したぞ!


「さあ受け取りなさい」


「ど、どうもです」


 種口くんが鑑定の巻物で腕輪の効果を確認しているのを尻目に、俺は探索者協会の賞金首課に連絡をする。


 円樹は賞金首ハンターとして有名なので、かかりつけの職員さんがいて討伐報告もスムーズに行えるのだ。


 これでしばらくしたらここに死体回収班がやってくるだろう。


 ……ふぅ、これでよしと。今日は疲れたし、この後は実家に帰ってゆっくり過ごすとするか。


「そうだ、頑張ったご褒美よ。ついでにこれもあげるわ」


「……えっと、これはライブかなんかのチケットですか?」


「ええ、今度裏世界で行われる音楽フェスの招待券よ。普通なら抽選に当たるのすら難しいレアチケットだから大切にするのね。男女のペアチケットだから彼女でも誘って行くといいわ」


「か、彼女はいないですけど……友人でも誘ってみます」


「そうしなさい。それじゃあね、縁があればまた会いましょう――恐竜ワンパン男さん」


「あの! 俺の名前は種口迅です!! 円樹さん、今日は本当にありがとうございました!」  


 深々と頭を下げてくる種口くんに別れを告げると、俺はツインテールを翻しながら颯爽と帰路に就くのであった。

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