第032話「リーゼント」
「おいおい、Fクラスの奴が何故かDクラスの教室にいるぜ?」
「しかも鈴香ちゃんに付きまとってるらしいな。キモすぎだろ、ストーカーかよ」
「あいつやっぱり例の『恐竜ワンパン男』なんじゃね? あのタイミングで佐東さんのピンチに現れるとかさ、ずっと後ろを尾行してたとしか思えねえもん」
「でもあの恐竜を倒したのはどういうカラクリだ?」
「入院してたって噂だし、なんかやばいアイテムでドーピングでもやったんじゃねえの?」
「じゃああいつ、実力じゃなくてドーピングでプロになったわけ?」
ある日の放課後、種口くんを引き連れて裏校舎へ行こうと席を立つと、大勢の生徒たちが彼に聞こえるような声量で悪口を呟いているのが耳に入ってきた。
どうやら俺と二人っきりで行動しているところを目撃されて、それが彼らのカンに触ってしまったらしい。
はぁ……。ボブがいなくてちょっとクラス全体のタガが外れてる感があるし、ここは俺が一言注意を――
「――てめぇら! コソコソ陰口とかダセェことしてんじゃねえぞ!!」
そう思って一歩踏み出した瞬間、クラス中の人間が凍り付くほど鋭く怒号を発したのは、なんと英一だった。
彼は自慢のリーゼントを櫛で整えながら、いつもの二人を引き連れて大股でこちらに近寄って来る。
「種口っ! てめぇもなんだ!? 舐められてんだから反撃くらいしろよ! それでも男かぁ!?」
「お、俺は……」
「ガキの頃から喧嘩ばっかりしてた俺にはわかる。てめぇはただの臆病者じゃねぇ! 目を見りゃ強くなりてぇって闘志が溢れてんのがわかんだよ! なのにその態度はなんだ!? ああんッ!?」
種口くんの胸倉を掴んで鼻先が触れ合いそうなほどの距離でガンをつけながら、英一は畳み掛けるように詰め寄る。
「俺とタイマン張れよ。男はそれが一番わかりやすいだろ?」
「英一くん、迅くんは――」
「女は黙ってろ。佐東、てめぇはマブいスケだが男同士の話には首突っ込むんじゃねぇ」
……う~む。こいつ、言葉遣いはアレだけど意外と真っ直ぐな奴なのかもなぁ。
少なくともコソコソと陰口を言うような小物よりは百倍好感が持てる。
服装のセンスも抜群だしな。正直いって、真似したいくらい男としてのファッションセンスは完璧だと言わざるを得ない。
でもこの前リノに「リーゼントってどう思う?」って何気なく聞いたら、「もしそんな髪型にしたら二度と口をきかない」とまで言われてしまったので、泣く泣く断念したけど。
あいつは男のファッションがまるでわかってないから困るんだよなぁ……。
「すまない英一……。俺は、お前とは戦えない……」
「ちっ! 根性無しの軟弱野郎がッッ!!」
胸倉を掴んでいた手を離し、種口くんを突き飛ばすと、英一は取り巻きの二人を連れて苛立った様子で教室を出て行ってしまった。
……英一には悪いが、種口くんはまだ修行を始めたばかりなので魔力を使って人と戦える状態ではないのだ。
だけど、さすがにクラスの雰囲気をどうにか改善させようとした英一の心意気を無碍にしてしまったことに堪えたのか、種口くんは項垂れて落ち込んでいる。
教室の空気感も最悪だ。このままだと彼が仕上がる前に、なにか一悶着起きてしまいそうな予感がするな……。
仕方ない、ここは俺が一肌脱いでやるとしますかね!
◇
「――ぐっ!?」
バールのようなものを振り下ろし、種口くんの肩口に叩きつけるが、彼は少し呻き声を漏らしただけで【鬼眼】を解かずにその攻撃を受け止めた。
武器に魔力は通していない状態なので、ほぼダメージは無いに等しいが、それでも彼の頬には冷や汗が流れ落ちている。
「良いですよ、その調子です。次、行きますね!」
「はぁ……はぁ……。おっけー……!」
「……では、ラストです。これは今までで一番速いですよ?」
「いつでも来いっ!」
深呼吸をして集中を高めている種口くんに対し、俺は助走をつけてから飛び上がって、いかにも「本気の一撃だぞ」という雰囲気を出してバールを振り下ろした。
「ハァッ!!」
「――ぐぅッ!?」
ガツンッ、と脳天に直撃させるが、種口くんは歯を食いしばってそれを耐え切った。
もちろん【鬼眼】は解けていない。見事なガッツだ。
「お疲れ様でした! 十発連続で魔術を解除しないで受け切れましたね! 素晴らしいです!」
「あ、ありがとう……佐東さん」
「……おや? 顔が赤くなってますけど、どうしましたか?」
「い、いやこれは……その……」
チラチラと俺の太ももあたりに視線を移動させながら、種口くんは歯切れ悪く答える。
ああ……制服の状態で思いっきり飛び跳ねちゃったからな。
おそらくパンツが見えてしまったんだろう。俺は優しいから見られたことを気づかなったことにしておくけど。
ちなみに俺の偽装は完璧なので、パンツを見られたくらいで男だとバレることは絶対にないぞ。てか、裸を晒しても男と気づかれない自信がある。
もちろん簡単に見せたりはしないけどな! 今はかなり油断しちゃったのだ!
「それよりたった数日で防御の心得を会得できるなんて、凄いですよ」
「まだマスターしたとは言えないレベルだけどね。相手が佐東さんだからいいけど、たぶんモンスターや敵意ある人間と相対したときにはこうはいかないと思う」
それでも大した進歩だと思う。
やはり十代で魔術師なだけあって、彼のポテンシャルは相当高いようだ。このまま鍛え続ければ、ひょっとするとひょっとするかもしれない。
しかし、仕上がるのはまだまだ先だろう。まずはクラスでの種口くんの立場を確立させて、彼が安心して訓練に専念できる環境を整えてあげる必要がある。
そのためには――
「――あ、あれ……。なんか急に眠気……が……」
俺が前髪につけている"黒の幻想花"に魔力を流すと、種口くんはとろんとした目つきになって近くにある椅子に座り込んだ。
必死に瞼を開けようと試みているが、意識を保つことが難しいらしく船を漕ぎ始めている。
「疲れが溜まっていたのでしょう。しばらくここで休んでいってください」
「ご、ごめん……そうする。佐東さんは先に帰って……て……」
机に突っ伏すようにして眠りについた種口くんを横目に見ながら、俺は計画を実行に移すべく準備を始めるのだった。




