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第031話「特訓」

 そうして裏校舎までやってきた俺たちは、人気のない三階の一番奥にある空き教室に入って向かい合う。


「さて、単刀直入に聞きますけど、迅くんの【鬼眼】って人間に攻撃できない制約とかあったりします?」


「――な、なんでそれをっ!?」


「ふふっ、カマかけただけですぐ白状しちゃダメですよ」


「……もしかして、爾那(にな)に俺の能力の詳細を聞いたりした?」


「彼女は迅くんの弱点を勝手に吹聴するような人ではないでしょう。これまでのあなたの行動と、先の魔力戦闘実技の様子を見て推測しただけです」


「マジか……。周りの人たちにはただの情けない男だとしか思われないように気を付けてたんだけど、佐東さん凄い洞察力だね……」


「ああ、やっぱり普段は少し演じてたんですね」


 昔からずっとそうしているのだろう。


 顔面蒼白になったり足を震えさせたりと、臆病者としてのムーブは中々自然だったけど、俺の目は誤魔化せない。


「……実はその通りなんだ。俺は【鬼眼】を発動させると、人間……いや、人間に近い姿形をしたモンスターにすら攻撃できなくなるんだよ」


「仮に攻撃してしまうとどうなるんですか?」


「攻撃どころか少しの敵意を向けた時点で魔力が強制的に消失してしまう。それに加えて数秒間、身体が完全に硬直して動けなくもなってしまうんだ。これが戦闘中に起きると、命に関わる」


「ふむふむ……。だとしたらそれは確かに致命的な弱点ですね」


 なるほど。だからどれだけ周りに舐められようと、いじめのような目に遭おうと、ただの臆病者の振りをして耐え忍んできたわけだ。


 臆病者だから攻撃できないのと、能力の制約で攻撃できないのとではその意味がまるで違う。


 『窮鼠猫を嚙む』という言葉があるように、追い詰められた弱者は時に強烈な反撃に出ることがある。だから前者の場合、いじめっ子や彼を舐めている人間も心のどこかで種口くんを警戒しなければならない。


 なので一線は越えないように細心の注意を払うはずだ。


 しかし後者の場合は話が変わってくる。本来は自分よりも強い相手が、如何なることがあろうと全く反撃できないとわかっているのなら……人は容易く道を踏み外すだろう。


 ネットのSNSや匿名掲示板を見れば、それは一目瞭然だ。


 人間は安全な場所から自分を攻撃できない相手を一方的に叩くことが、三度の飯よりも好きな生き物なのだから。


「何度もこの弱点を克服しようと努力したけど……無理だった。どんなに必死に自分を奮い立たせても、身体が言うことを聞いてくれないんだ」


「ふむ、事情はわかりました。……ちょっと試したいことがありますので、今ここで【鬼眼】を発動させてもらえますか?」


「え? うん、わかったよ……」


 種口くんは一瞬躊躇ったが、すぐに気持ちを切り替えるように目に魔力を込める。


 すると教室は静謐(せいひつ)な空気に満たされ、やがて彼の周囲に魔力の粒子が集まり始めた。



「――【鬼眼】10パーセント解放ッ!」



 ブワっと教室の床に積もっていた埃が舞い上がると、種口くんの両目が薄っすらと赤く発光する。


 そして全身からは陽炎のように魔力が立ち昇り始め――


「凄いですね……。10パーセントで既に、Dクラスの中でもトップのボブさんと同等以上の魔力量と質です」


「うん、自分でも凄い全能感を感じるよ。佐東さんが信じられないくらい綺麗な魔力を纏っているってことも、今ならわかる」


「とりあえず私が合図するまでそのままの状態を維持していてください」


「了解」


 ふぅ~っと息を吐いて集中している種口くんを尻目に、俺は次元収納袋の中からバールのようなものを取り出すと、それをグッと握り締める。


「それじゃあ行きますよ……?」


「さ、佐東さん!?」


 いきなり俺がバールを振り上げたことで、慌てふためきだす種口くん。


 だがそんな彼にお構いなしに、俺は勢いよく腕を振るう。


「うぐぅ!?」


 ――バチィッ!


 ピタっと種口くんの額に当たる寸前でバールのようなものを停止させるが、その前に彼の体を覆っていた魔力は拡散して消え去ってしまった。


 そして、彼はまるで金縛りにでもあったかのようにビクとも動かなくなる。


「私に敵意を向けてしまいましたか?」


「こ、攻撃されないとはわかってたんだけど、本当に……本当に僅かの敵意にも反応するみたいで……」


「バールを弾こうとか、その程度の考えすらもアウトなのですね」


「うん、今なんかは自分では本当に敵意を抱いた感覚すらなかったんだけど……。でもこうして魔力が霧散して身体が硬直してる以上は……きっとそういうことなんだと思う」


 なるほどね。


 つまりは本能的な防衛反応でさえも敵意と認識されてしまうということか。確かに厄介極まりないな。


「こんなんじゃ【鬼眼】の制約を克服して敵を攻撃するなんて夢のまた夢――」


「その考えが既に間違いなんですよ。迅くん」


「――えっ?」


「あなたがまず真っ先にやらなければならないこと。……それは、【鬼眼】を使って防御に徹すること(・・・・・・・・)です」


「ど、どういうこと……?」


「そもそも魔術の制約を克服するという努力自体がおかしいんですよ。デメリットがあるからこそあなたの能力は強いのです」


「確かにそうかもしれないけど……」


「相手に敵意を抱かぬまま攻撃するというのは、それこそ無我の境地に達している仙人でもないと不可能でしょう。しかし、攻撃してくる相手に対して『自分は絶対に相手を傷つけない』と心に誓いながら守りに徹するというのは、そこまで難しいことではありません」


「あ……!」


「もしそれができていれば、あの魔力戦闘実技の授業で渡良瀬氏の攻撃に耐えることができていれば……たとえ攻撃はできなくとも、あの傲慢な講師やクラスメイトたちのあなたへの認識は、まるで違うものになっていたとは思いませんか?」


「……ッ!」


 驚愕の表情で目を大きく見開く種口くん。


 どうやら彼にも自分がすべきことのイメージが湧いてきたらしい。


「お、俺……。ずっと【鬼眼】でどうやったら攻撃できるかしか考えてなかった。そうか……防御。そういう考え方もあるのか」


「ふふっ、実は攻撃の手段もまったくないわけではないのですがね」


「えっ、本当!?」


「はい。ですが今のあなたがそれをできるかと問われると、答えはNOです。だからまずは防御から始めましょう。なにごとも基本が大切ですから」


「す、凄いよ佐東さん! まさに目から鱗だ! 俺一人なら一生気づけなかったかもしれない!」


 感動した様子の種口くんは興奮のあまり顔を紅潮させている。


 しかしすぐに冷静になったのか、今度は少し不安そうな表情を浮かべてこちらを見つめてきた。


「でも……佐東さんはなんで俺にここまでしてくれるの?」


「迅くんは私を助けてくれましたよね?」


「あれは俺が勝手にやったことだし、こんな親身になって特訓に付き合ってもらうほどのことじゃないよ」


「ピンチを助けてもらっただけではなく、ネットで『恐竜ワンパン男』がトレンドに入ったのも、私が撮影してた動画が拡散された結果ですし、私はあなたに負い目があります。だから、借りは返さなくては気が済みません」


 俺がそう言うと、彼はどこかホッとしたように胸を撫で下ろしていた。


「借りは返す……か。うん、それはわかりやすくていいね。正直なんの見返りもなく佐東さんみたいな有名人の女の子が、俺みたいな平凡以下の男に優しくしてくれるなんて……ちょっと怖かったんだよね」


「え~……? "伊喜利(いきり) 晴武(はれむ)"なんて平凡どころか最底辺ですけど、国民的アイドルに迫られても『なにお前、ストーカー? 有名人? 知らねえよ。悪いがオレは女を評価するときは胸と尻と太ももしか見てねえんだ。まずはそのまな板と貧相なケツをなんとかしてから出直してこい』とか普通に言い出しますよ?」


「その漫画本当にアニメ化するの!? 主人公傲慢過ぎない!?」


「そこが面白いんですよねー。今度貸してあげますから読んでみてください」


「正直気になってきたし、是非お願いします……」


「はい! では訓練の続きと参りましょうか」


「うん! よろしく頼むよ!」


 こうして俺たちは、放課後の裏校舎で秘密の特訓を開始したのであった。

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