閑話①「小田宮実羽の優雅なる週末」★
タイトル通り紅茶荘101号室の小田宮実羽が主役の回です。
※ちょっとだけ下品な描写があるのでご注意ください!
「優奈ちゃ~ん、これから課のみんなで飲みに行こうと思うんだけど、たまには一緒にどう? ね、いいでしょ? 行こうよ」
「あの……課長、すみません。今日はちょっと先約が……」
「先約って、もしかして男!? 彼氏できたとか?」
「ちょ、ちょっと困ります……。そういうの、やめてください……」
明日から連休という金曜日の就業後。
私が帰り支度をしていると、少し離れた席にいる課長が、新人の河井さんにボディタッチしながらにやにやとした表情で話しかけていた。
河井さんはまだ女子高生といっても通用しそうなくらい若くて可愛い小動物みたいな女の子で、同僚のおじさん連中に絶大な人気を誇っている。
私は一つ溜め息をつくと、席から立ち上がって二人の方へと向かい、課長の腕を掴んで河井さんから引き離した。
「四つ、今のやり取りだけで四つもコンプラに違反してますよ課長」
「お、小田宮くん……。コンプラ違反って……俺が一体、何をしたっていうんだ!」
「まず一つ目。女性社員を下の名前で呼ばない。ちゃん付けも駄目です。二つ目、彼氏がいるかなどプライベートな質問をしない。三つ目、異性に過度なボディタッチをしない。四つ目、権力を笠に着て飲み会に誘わない」
「そ、それくらいのことで……」
「セクハラ三つにパワハラ一つです。ちゃんとコンプライアンス研修受けてますか? 内部通報窓口に報告しましょうか?」
「それは勘弁してくれ! わ、わかった。反省するから、な?」
私がじろりと睨みつけると、課長は顔を青ざめさせて何度も頷き、河井さんに謝罪してそそくさとの場から逃げて行った。
「あ、ありがとうございます! 小田宮係長!」
「いいのよ、せっかく明日から連休だってのにおじさんたちの飲み会なんて行ってらんないでしょ。さ、早く帰りましょう」
「……係長」
うっとりとした表情でこちらを見つめる河井さんに、軽く手を挙げて応えると、私は自分の荷物を持って歩き出す。
「すごぉ~。課長相手によくあんな啖呵切れるよね。かっこいい~」
「いかにも仕事できって感じよね、小田宮係長。美人だしいつもキリっとしてるし、憧れちゃうなぁ~」
「これから家に帰ってなにするんだろう。彼氏さんと過ごすのかな?」
「一人で優雅に読書とかかもね。綺麗に整頓された部屋でワイングラス片手にさ」
「やっだ~! 想像できちゃう!!」
後ろできゃいきゃいと若手女性社員たちが噂話に花を咲かせているが、もう慣れたもので、私は全く気にも留めずにそのまま部署を出た。
私の名前は小田宮実羽。
日本探索者協会本部のアイテム課で係長を務めている、賢くて優秀なエリート公務員だ。
年齢は29歳と18ヶ月。ぴちぴちの二十代だ。誰がなんと言おうと二十代の若くて美人なお姉さんである。
「あ~~~りがとうござーした~~っ!!」
金髪のやたら元気のいい店員の声を背中で聞きながら、私は大量の缶ビールとつまみの入った袋を持って、コンビニをあとにした。
……駄目だ、まだ笑うな……こらえるのよ。
これから始まる週末の至福のひとときを思い浮かべながら、私は必死にキリリと表情を引き締めて、ヒールの音をカツカツと響かせながら家路を急ぐ。
そしてようやく自宅アパートである紅茶荘が見えてきた。そろそろ表情筋を緩めても大丈夫そう――
「あ、小田宮さんこんにちは! お仕事の帰りですか? お疲れ様です」
こ、この天使のように透き通った美しいウィスパーボイスは……!
私は緩みかけた頬を引き締めて、声の方へと振り返った。
「ええ、こんにちは鈴香ちゃん。鈴香ちゃんも今帰り――ってんおぉっ!?」
「んお?」
「げふんっ! い、いえ、なんでもないわ。ところで……その制服はどうしたのかしら?」
「実は来週からダンジョン学園に通うことになったんです! それで今のうちに着慣れておこうと思って、今日は一日中制服を着てたんですよ。似合ってますか?」
「ふふっ、中々に可愛いわよ。鈴香ちゃんの清楚な雰囲気によく似合ってるわ」
中々どころじゃないわよッッ! どうなってんのこれ!! 天使が下界に降臨ですか!? 天使は同じアパートに住んでいた!?
あ、あかん……。あまりの美少女っぷりにこれ以上は顔が崩れてしまう!
「それじゃあ私はこれで失礼するわ。鈴香ちゃん、学園生活楽しんでね」
「はい、ありがとうございます!」
私はなんとか鈴香ちゃんを直視しないようにして、足早に101号室へと入って行った。
そして、玄関でヒールを脱ぎながら、思わずガッツポーズをしてしまう。
「推しが……推しが制服着たった! 可愛すぎワロタ!!」
冷蔵庫にビールとつまみを半分突っ込むと、バババっとスーツを脱ぎ捨てて高校生の頃からずっと愛用しているクソださジャージに着替え、洗面所で手洗いうがいをして化粧を落とす。
「あ~、くっそ! 制服スズたその匂いもっと嗅いでおけばよかった! 失敗したわ!」
洗面台に向かってひとしきり叫ぶと、タオルで手を拭いた後、パソコンの電源を入れてビール缶を開けた。
ぐびぐびと喉を鳴らしながら一気に半分ほど飲み干して、ぷはっと小さく息を吐き出す。
「かぁぁぁぁ~っ! この一杯の為に生きてる~~~ッッ!!」
金曜の仕事終わりに家でくつろぎながら飲むビール! これ以上の幸せがあるだろうか。いやない!!
こればっかりは異論は認めん。
「ぷはぁ~! さてと……まずはなんじぇーとYのチェックからやな」
二本目のビール缶をプシュッと開けながら、私は掲示板とSNSを巡回する。
トレンドの話題は……。『恐竜ワンパン男』、『ワカラセマン』、『セナミリン』……あたりか。
「恐竜ワンパン男か~。まあ、あのままだとスズたその正体がバレちまった可能性もあるし、一応感謝はしとかんとな。……っておい! セナミリン死んだんかい、界隈荒れてんなぁ~」
十以上あるYのアカウントで、スズたその投稿にすべて「いいね」をつけて拡散も済ませると、私は戦女神の聖域の公式サイトにアクセスした。
しかしログインしようとIDとパスワードを入力しても、エラー画面が表示される。
「あ、そうだ。人気投票でスズたそに一人で1000票入れたのがバレてBANされたんやったわ」
ちくしょー! 私の推し力は雑魚共の千倍はあるんだから1000票くらい妥当だろうが!
……いや、でもちょっとやりすぎたかもしれん。反省はしてる。後悔はしてない。
「ったく、なんでスズキの人気こんなにねーんだよ! どういうことやねん!」
でもまあ、中身を知らなきゃそうもなるか。
衣装はクッソだせーし、キャラもオーラ溢れるメンバーばかりの戦女神の聖域の中じゃ、影薄いもんな。
でも私みたいに中の人に気がついてたら逆にめちゃくちゃ萌えるけどな。あの中に超絶美少女がおるんやで? 馬鹿にしてるお前ら後で絶対後悔するから。
といっても、正体に気がつけるのなんて私みたいなスズ様ファンクラブ会員ナンバー一桁の奴らくらいだろうけどな。
もっとも、彼らは仮に気がついてもそれを誰かに話したりなんか絶対にしないだろう。
私みたいに自分だけがそれを知ってることに優越感を覚えているはずだし、私たち訓練された信者はスズ様の不利になるような行動は決して取らないからだ。
「それにしてもスズキは男っぽいし……。本当は美少年? やっぱ美少女? それともTS能力持ち? それだけが会員No.5のワイにすらわからんのよなぁ……」
……ま、どれでもええわ。スズたそはスズたそや。推すのにそれ以上の理由はいらん。
ぐびぐびっと三本目のビール缶を空にして、私は次の作業に移る。
ここをこうして……こうか? いや、違うな……こうか。
……ヨシ、できた!
一ヶ月前からコツコツと作成していた、とあるプログラムがようやく実行可能な段階にまで仕上がった。
「さあ……いくわよっ!!」
全ての準備が完了した私は、エンターキーに中指を勢いよく叩きつける。
すると――
『小田宮さん、いえ……実羽お姉さまって呼んでもよろしいでしょうか? 私、鈴香をお姉さまの妹にしてください……』
パソコンから透き通った美しいウィスパーボイスが聞こえてきた瞬間、私は椅子から転げ落ちて床の上で悶絶した。
あ~~~ダメダメ! まって、待って!! そんなこと言っちゃダメ!! まあ私が言わせたんですけどッッ!!
「つ、遂に禁断のボイスロイド鈴香が完成してしもうた!」
全ての配信を見て、音声ファイルも全て収集してコツコツと作成してきた甲斐があったわ! あぁ、素晴らし過ぎる。最高やで!!
スズたそはどのキャラも素晴らしいが、今回の鈴香ちゃんは声が特にワイの琴線にビンビン触れてきやがるんよ!
私はパソコンの前に正座して、鈴香ちゃんに言わせたいセリフを延々と再生し続ける。
こ、これはあかん……。尊すぎて世に出してはならんやつや……。ワイ一人で楽しむのが吉やな……。
「た、昂ぶりすぎて鼻血が出てきた……。ちょっとマッサージでクールダウンするか」
床に落ちているマッサージ器を足で引き寄せると、私はベッドに寝っ転がってスイッチを入れた。
……
…………
………………
「ふ~、すっきりしたわね」
マッサージを終えた私は、クリアになった頭でパソコンの前の椅子に再び腰かける。
少し暴走してしまったようね。だけどもう大丈夫。このクールで美人の小田宮実羽は、これ以上の醜態は晒さないわ。
――ピンポ~ン♪
私が次の作業に移ろうとマウスをクリックした瞬間、部屋のチャイムが鳴らされた。
こんな時間に一体誰かしら?
椅子から立ち上がって玄関まで行き、ドアスコープから外の様子を窺う。すると――
そこには、私の推しであるスズたそのご尊顔が!
「推し!? 推しが家に来た! やばばばばばばばば、どうしよ! とりあえず部屋片付けなきゃ!」
慌てて部屋の中に戻り、床に転がっているマッサージ器やビールの空き缶を急いで部屋の隅に隠すと、クソださジャージから見栄えの良い部屋着に着替えて、再び玄関に向かう。
ドアを開けると、ラフな私服姿の鈴香ちゃんが立っていた。
ふおぉぉぉ! 制服姿も素敵だけど、部屋着姿も素晴らしいわ!! おへそなんか出しちゃって……あらあらあら。
「ごめんなさい、少しお手洗いにいってたの。化粧もしてないスッピン姿でお見苦しいわね」
「いえ、こちらこそごめんなさい。急に来てしまって。実はお料理の練習で肉じゃがを作り過ぎちゃって、お裾分けに来たんです」
「――ゴフッ!」
「ごふ?」
「い、いえ、なんでもないわ。肉じゃがね、ありがたくいただくわね」
推しの手料理だと!? もうこれ始まっちゃう感じか? ロマンス。
いやいやいやいや、私はあくまでも推しとファンという関係を崩さない。ノータッチよノータッチ!
……でも、まあスズたそがどうしてもっていうなら、その、やぶさかでは……。
――ドサドサドサ!
そのときだった、部屋の奥から何かが崩れるような音が聞こえてきて、スズたそが玄関から中を覗き込んだ。
やば……適当に押し込んだゴミ山が雪崩を起こして床に散乱している!
角度的にスズたそからはギリギリ見えない位置だけど、あと一歩でも前に出ればその全貌が明らかに!
「なにか落ちましたけど、大丈夫ですか?」
「え、ええ。大丈夫――んおぇッ!」
ゆ、床にさっきマッサージで使用した電○やバ○ブが転がってるじゃねーか! しかも今の衝撃でスイッチが入ったのか振動までしてやがる!
「えっと? 小田宮さん?」
「問題ないわ! なにも問題なし。肉じゃが、ありがとう」
「はい、少し冷めちゃったので、電子レンジでチンしてから食べてくださいね」
「ええ、もちろんよ。電マ――」
「電マ?」
「い、いえっ! 電子レンジでバイ――ごほごほっ! チンしてから食べるわね!」
「はい、それじゃあ失礼します」
スズたそは肉じゃがの入ったタッパーを私に手渡すと、玄関を閉めて帰って行った。
あぶねー! 電○とバ○ブのことばかり考えていたせいで、口から出そうになったわ! クールな小田宮実羽のイメージが一気に崩れ落ちるところだった……。
ったくよぉ~! そもそも『チン』って音が卑猥なんだよ! もっと『ぴろ~ん♪』とか可愛い電子音にしろ!
最初にチンって言いだしたのは一体誰よ! 私やスズたそみたいなうら若き乙女にチンって言わせたいだけだろ!
「はぁぁ……。とりあえず推しの料理が悪くなっちゃわない内に食べ――」
『え? 鈴香ちゃんの手料理? 俺にわざわざ作ってくれたわけ? いや~、お兄さん感激だなぁ』
突如外から聞こえてきた男の声に、私の全身が強張った。
こ、このチャラそうな声は102号室の良緒・ブラウン! 肉じゃが、私だけじゃなく荘のみんなに配ってたのか!
『それでは、これで失礼しますね』
『あっ、待って待って。せっかくだし中に入って一緒に食べてかない? いいワインが手に入ったんだよ』
『え、でも……私、未成年ですし』
『大丈夫だって。ちょっとくらいバレないって。ほら、遠慮しないでさ』
よ、よ、よ、よしお~~~~っ!! 貴様、何してくれてんじゃボケェ!! ぶち殺すぞゴラァ!!
――ドンッ! ドンッ! ドンッ!
良緒の部屋がある方向の壁をボカスカと殴りつける。
オラオラオラオラオラァ!! ドララララララァァァーーーーッッ!
『ちょ、なんだこの音! ごめん鈴香ちゃん、また今度誘うから! それじゃ!』
……ふぅ、これで一安心やな。
悪は去った。しかしあんなNTR漫画の竿役みたいな顔した男が推しと同じアパートに住んどるとか、気が気じゃないわ。
『おい、おばさん! せっかくいいとこだったのに邪魔してんじゃねーよ!』
壁の向こうから良緒の怒鳴り声が聞こえる。
……はて? おばさん? ここには29歳と18ヶ月のお姉さんしかいないが……。
NTR漫画の竿役は目がないことが多いからな。やはりこいつも視力が悪いらしい。
『くっそ~、せっかく鈴香ちゃんを口説き落とせそうだったのによ。……まあいいや、彼女の手料理をじっくりねっとりと味わうとするか。へへっ』
「……」
私は鞄の中をゴソゴソと漁り、ピンポン玉くらいの大きさのふわスラ取り出した。
中には4センチほどの巨大なスズメバチが数匹入っており、もぞもぞと動いてなんとか逃げ出そうとしている。
探索者協会のアイテム課に勤める私は、アイテムの画期的な使い方や新しい活用法を日々研究しており、これはその実験の産物だ。
「行け! ふわスラ!」
ふわスラを操って外に出すと、良緒の部屋の郵便受けの隙間から中に侵入させる。
『それじゃあ鈴香ちゃんの愛がこもった肉じゃが、いっただっきまーす!』
「はじけてまざれっ!!!」
良緒が肉じゃがを口に入れようとした瞬間を見計らい、私はふわスラを爆発させて肉じゃがの中にスズメバチをぶちこんだ。
名付けてスズ爆! 良い子は真似しちゃ駄目よ!
『うぎゃぁぁぁーーーー! で、でけぇ!! なんだこいつらどこから入りやがったぁーーーーッッッッ!』
ガシャンとなにかを地面に落とした音と、良緒の絶叫が聞こえてくる。
ふっ、NTR漫画の竿役の汚い口の中にスズたその手料理が入るなんて、あってはならぬことなのじゃよ。
せっかく作ってくれた肉じゃがを台無しにしてしまって、スズたそには申し訳ないけど……これであいつも少しは懲りて大人しくなるやろ。
隣から聞こえてくる絶叫をBGMに、私は推しの肉じゃがを美味しくいただきながら至福の週末を過ごしたのだった。




