第116話「レイン」
「ごろごろ、うんにゃうんにゃ……」
涼木家のリビングのソファーの上で、俺は長い金色の髪を垂らしながら猫のように寝ころんでいた。
転移ポータルを巡るメサイア教団との抗争は俺たちの勝利で終わり、ようやく一段落ついたので、こうしてのんびりと実家で休暇を楽しんでいるというわけだ。
今回の件で海底神殿のマッピングはほぼ完了してしまい、次回以降は複製を守るのが難しくなってしまったので、また新たな方法を考えなければならないが……。
とりあえず今は下層と最深部に複製が一つずつ残っている状況なので、あと半年は転移ポータルが奪われる心配はしなくていい。その間に八咫烏のみんなで対策を講じる予定だ。
教団の荒事を担当していた処刑人部隊が全滅したことにより、奴らもしばらくは大人しくせざるを得ないだろうし、今は束の間の平和を満喫することにしよう。
「あ~! スズが素の状態でいるなんて珍し~!」
「まあなー。たまには魔力を全く使わない日があってもいいだろー」
リビングに入ってきたリノが、俺の隣にボスっと座って金色の髪を指で梳き始める。
「やっぱ私はなにも偽装していないありのままのスズが一番好きだなー」
「うにゅー」
そのまま隣に寝っ転がり、俺の頭をギュッとしてほっぺたをぷにっと押してくるリノ。
あ~……赤ちゃんの頃からこうやって過ごしてきたので、やっぱりリノとくっついていると落ち着くなぁ~。
最近はもうすぐハイティーンなんだからあまりべたべたするなと言われていたが、今日は自分から触ってきたのだから文句は言われまい。
妹と頬をすり合わせながら、俺はうんにゃかうんにゃかと目を細めて猫のように喉を鳴らした。
「オ~ッホッホッホ~! 今日もわたくしが来て差し上げましたわよ~!」
そんな感じでまったりしていたところに、甲高い笑い声と共に壁をすり抜けて半透明の金髪ドリルヘアーが現れる。
レイコは実体化してから我が物顔で冷蔵庫を漁ると、勝手にプリンとカフェオレを出してきてダイニングテーブルに腰かけた。
「なんだよレイコ。またくだらない用事で来たのか?」
「……あら? 今日は珍しくロリっ子スズのままなんですわね。でもちょうどよかったですわ! そろそろ始まるので皆で観覧しましょう」
俺の質問には答えず、レイコは突然テレビをつけて、チャンネルをとある番組に合わせた。
すると、『週末のロードショー』と銘打たれた映像が始まり、今から放送される映画の予告編が流れ出す。
「あ! 今日の映画『レイン』じゃん! 見よう見よう!」
「お前これもう10回以上見てんじゃん……」
「名作は何回見てもいいの! ほら、スズも早くこっち来て!」
「自分が主演の映画を家族や友人と一緒に見るなんて拷問でしかないだろ……」
しかしリノもレイコもワクワクしながらお菓子や飲み物を用意してテーブルに並べ始めてしまったので、仕方なく俺もソファーから起き上がってダイニングテーブルの方に向かう。
どうせ寝転んでいても映画の音が聞こえてきてゆっくりできないだろうし、諦めて付き合ったほうがまだマシだ。
それからしばらくCMが流れた後、とうとう映画の本編が始まった。
「見てくださいまし! スズが映りましたわよ!」
「かわいい~。このときは10歳なのに今とあまり変わってないよねー」
「お前ら黙って見ろって……」
きゃっきゃと騒ぐリノとレイコを横目に、俺はため息を吐きながら映画を見始める。
――レイン。
これは俺が10歳のときに出演した映画で、アカデミー賞を総なめした不朽の名作だ。
事故で家族を失った少女が、孤独な殺し屋の女性"レイン"に拾われて、彼女とふたり暮らしをしながら成長していく物語で、俺は主人公の少女の役を演じている。
第一部の家族編では、家族も友人もいない人生を送ってきたレインと少女が家族のような絆を築いていく感動的な内容が描かれ、第二部の殺し屋編では、一部とは打って変わって派手なアクションシーン満載のハードボイルドな展開になるのが特徴だ。
ジェットコースターの如くスピード感のある内容の変わりように衝撃を受けた人も多かったらしいが、終わってみればどちらのパートも素晴らしいと誰もが口をそろえて言ったほどの大傑作となった。
主演――"シャイリーン・ゴールドスタイン"。一部では"少女"、二部では"二代目レイン"役。
助演――"ジェーン・ミラー"。"初代レイン"役。
特にこの二人の演技は凄まじかったとの評判で、一部の最後に事故と思われていた少女の家族の死が、実はレインによる仕業だったことが明らかになって、二人が対決する場面なんかは鳥肌モノだと各所で話題になった。
『レイン……ッ! どうして!? あなたなら私よりも早く引き金を引けたはずなのに……!』
『さぁ、なぜでしょうね……。自分でもわからないわ……。あなたの目を見たとき、急に身体が動かなくなったの。それだけよ』
『うっ……うぅっ……!』
『どうして泣いているの? 憎むべき家族の仇を討つことが叶ったというのに……』
『あなただって私の家族だったッッ!!』
『……そう、そうなのね。これが、この感情が……"愛"というものの正体なの。ああ……なんて温かい……』
『レイン! しっかりして! お願い! 死なないで!』
『ありがとう……。お陰で、初めて自分の人生に意味があったと確信できたわ……。そしてごめんなさい……。あなたをまた一人ぼっちにしてしまって……。私の愛する……娘……』
「ああああーーーー! レイン死なないでくださいましぃぃぃ!!」
「ひぐっ……うぅっ……。せっかく家族になれたのに、こんなのってないよ……」
「もう10回も見てんのにボロボロ泣きすぎだろ……」
二人とも号泣しながらティッシュ箱を抱えて鼻をかんでいるので、俺は思わず苦笑してしまう。
確かにこのシーンを演じているときは、ジェーンの熱演に引っ張られてか俺もゾーンに突入して、魂が抜け出そうなほどの強烈な没入感を味わった記憶がある。
結果的にその迫真の演技が評価されて初めてアカデミー賞の主演女優賞を受賞することができたわけで、そういった意味では俺が一皮剥ける転機となったシーンと言えるかもしれない。
「やれ! やっちまうと良いんですわ! そのクズ野郎どもをぶち殺してくださいましぃ!!」
「がんばれ二代目レイン! あんな組織なんか壊滅させちゃえ!」
「もう10回も見てんのにお前らテンション上がりすぎだって……」
さっきまで涙目で映画に魅入っていたというのに、殺し屋編に入ってからは拳を握りしめて立ち上がったり、興奮して叫んだりしながら画面に釘付けになっている二人を見て、俺は再び苦笑した。
二部では初代の後を継いで殺し屋になった少女が、悪を断罪する勧善懲悪のストーリーとなっており、派手なアクションシーンも相まって非常に熱い展開が続くのだ。
悪の組織を壊滅させて巨大なビルディングが崩れ去っていく中、悠然と背中を向けて歩き去る"二代目レイン"の姿でエンドロールが始まり、映画は終了を迎えた。
「いや~最高でしたわぁ~。やっぱり『レイン』は何度見ても飽きませんわね~」
「一部は泣けるし、二部のアクションは圧巻だし、本当に何回見ても名作だよね~。SNSに感想書いちゃおーっと!」
興奮冷めやらぬとばかりに、レイコとリノはキャーキャー言いながら盛り上がっている。
……まあ、こんな風に楽しんでくれるのは俳優冥利に尽きるので悪い気はしないけれどな。
「でもやっぱりスズの演技は凄かったよね。演技っていうより、まるで本当に別の人生を見せられているみたいな?」
「ええ、それはもう。ですがわたくしとしては、助演の"ジェーン・ミラー"も素晴らしかったと思いますわ~。スズには華がありますけれど、演技力だけで言えば間違いなくこちらが一枚上手でしたわ」
「助演ばかりだけど、この人凄いよね。でも、『レイン』以降は全然メディアに出てこなくなっちゃったけど、なんでだろう? スズ知ってる?」
「いや……。俺もアカデミー賞の授賞式の日に会ったきりで、その後のことはよく知らないんだ……」
10年連続で助演女優賞に輝き続けた伝説的な女優"ジェーン・ミラー"。
なぜか彼女は『レイン』の撮影以来、表舞台に立つことは一切なくなって、消息不明となっている。
当時はちょっとしたニュースとなって世間を賑わせたものだが、結局その後は謎に包まれたままだった。
俺としても一度でいいから彼女と再会して、『レイン』のときに受けたアドバイスについてちゃんとお礼を言いたいと思っているのだが……。
「ところでレイコ。お前、何か用事があってきたんじゃないのか?」
「おっと忘れていましたわ。アーサーからの伝言ですわ。『奈落の攻略準備が整ったので、3月の頭を目処に動き出したい』とのことでしたわ」
「……ついに来たか」
大魔境グンマに存在する、危険度10を超えるとされる裏世界最大級にして最難関のダンジョン――"奈落"。
ここを攻略すれば、裏世界になにかが起こるのではないかと言われており、実際にアームストロングはそのなにかを知っており、その為に奈落を狙っているようだ。
転移ポータルを奪おうとしたのも、広大な奈落を効率よく探索するために必要だったからに違いない。
しかしそれが失敗に終わった今、奴らは俺たちに遅れを取りたくないがために、多少無理をしてでも全力で奈落の攻略に挑んでくるはずだ。
俺たちの妨害もしてくるだろうし、おそらく全面戦争は避けられないだろう。
「……リノ、大丈夫か?」
「うん、皆と一緒なら怖くないよ」
そして……奈落はリノの出生地でもある。
何故彼女はあんな場所の深層で生まれたのか……。その真実も、この旅の果てに待ち受けているかもしれない。
――ともあれ、いよいよか……。
「でもまあ、攻略はまだ一ヶ月以上先の話ですし、今日は思いっきり遊ぶことに致しましょう!」
「そうだなー。また色々と忙しくなるかもしれないし、今日は童心に返って羽を伸ばすことにするか」
「オ~ッホッホッホ~! その意気ですわ~! ではせっかくシャイリーンモードで能力を全開に使えるんですし、まずはあの一発芸を披露してくださいまし!」
「どの芸だよ? Jカップの爆乳にしてシャツの胸ボタン弾き飛ばすやつ?」
「金髪ロリ巨乳はあとでやってもらいますわ! でもまず最初はこれですわ!」
レイコがテンション高めにサングラスを投げ渡してきたので、俺は彼女の意図を察してそれをスチャっと装着する。
「ったく、しょうがないな~」
ごほんごほんと咳払いをして声をダンディで色気のあるものに変えた俺は、少し足を開いて立ちながら、両手の人差し指をピンと立てて前方に突き出す。
「早くやってくださいまし! 髪をアフロにして鼻毛を伸ばして戦うあれを!」
「いいぜ。じゃあやるぞ! 鼻毛真――」
「ちょっと! スズにそういうことさせるのは止めなさいって言ったでしょ!?」
「「ぎゃぁぁぁぁーーーーッッ!!」」
俺が一発芸を披露しようとした瞬間、リノの身体から電撃が走り、レイコと俺の脳天に直撃する。
床にバタッと倒れた俺たちは、二人揃ってアフロヘアーになりながら痺れた身体をぴくぴくと震わせた。
「今度スズに変なことさせたら、そのドリルを二度と元に戻れないくらいチリチリにするからね! わかった!?」
「ひ、ひぃぃ~~! それだけは勘弁してくださいまし~!!」
「な、何故俺まで……」
ぷりぷりと怒るリノを前に、俺たちはアフロのまま床を這いつくばりながら謝罪するのだった――。
これにて四章は終了です。
遂にスズの正体と全ての変装が明らかになりました。
次章はいよいよクライマックス?
最終ダンジョンである奈落の攻略が始まります!
【お詫び】
そろそろ物語も終盤なのですが……ストックが遂になくなってしまい、このままでは隔日でも更新が間に合いそうにありません。
なのでこの際、残りは完結まで全て書き終えてから、毎日更新で一気に投稿することにしました。
たぶん半年とかそんな何ヶ月もかかることはないと思うので、今しばらくお待ちいただければ幸いです。
まだ回収していない伏線や謎も全部まとめて解決する予定なので、ここまで読んでくれた皆様には、ぜひ最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
明日、三章と四章の超クソ長用語集を投稿した後に一旦休載します。
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