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第115話「リヴァイアサン」

「うん、異常なしだな。あと半分ほど見回ったらボスを倒して脱出しよう」


 あれからゆっくりと時間をかけて最深部の外周を一周したが、隠れている者や遭難者などは特に見当たらなかった。


 あとは円を描くように中央部に進んでいき、道中で何もないことを確認してからボスを討伐すればミッション完了である。


「歩いているだけで周辺に異常がないかわかるんですか? 一体どれくらいの魔力探知の範囲が……」


「1500メートルほどだ」


「せ、1500メートルぅぅぅッ!?」


 普段であれば精々1キロが限界だが、全ての偽装を解いて他に魔力を使用していない今の状態なら、リノに匹敵するくらいの広さで探知を行うことができる。


 最深部はそこまで広くないので、こうやって探知しながら歩くだけで、数時間もあれば全てを見回ることが可能だ。


 ココちゃんのメモによれば処刑人部隊のあとに最深部へ降りて行った人はいないらしいが、遭難者がいる可能性もゼロじゃないので、念のため隅から隅まで調査しておきたい。


 このダンジョンでは最深部に降りたらボスを倒さない限り脱出できないので、意気揚々と最深部に降りて行ったものの想像以上にモンスターが強く、帰還を諦めて遭難してしまうパーティが稀にいるのだ。


 そしてこの場所には水も豊富にあればセーフティエリアも存在し、さらには肉などを落とすモンスターまでいるので、半年くらいは平気で暮らしていける環境が整っていたりする。


 なので半年後に攻略しに来たパーティがそんな遭難者と出会うというケースが、以前何度かあったらしい。


「いやぁ~……本当にシャイリーンさんは規格外ですね。あなたは世界的有名人なので俺も結構知っているつもりでしたが、実際に会ってみたら驚かされることばかりですよ」


「へ~、結構俺のこと詳しかったりするの?」


「ま、まあ……実はちょっとファンだったり……」


「ちょっと?」


「……嘘です。本当はめちゃくちゃファンです……」


 耳まで真っ赤にしながら答える種口くんに、俺はケラケラと笑ってしまう。


 最初は緊張しっぱなしだった彼も、道中で色々話したおかげで徐々に打ち解けてくれたみたいだ。


「じゃあ俺の出た映画とかドラマもそれなりに見てたりする口?」


「はい。お恥ずかしながら、正直全部見てますね」


「おお、そうなんだ。どれが一番好き?」


「えっ? う~ん……難しいなあ……。『レイン』も捨てがたいですが……一つだけ選ぶならやっぱり『Misty(ミスティ) True Eyes(トゥルーアイズ)』かな?」


「あははっ、まあ日本人で君くらいの年代ならミスティだよな」



 ――Misty(ミスティ) True Eyes(トゥルーアイズ)


 それは俺が唯一出演した日本の連続ドラマだ。


 アメリカから転校して来た天才美少女小学生のミスティが、様々な難事件を解決していくという所謂探偵もので、日本では社会現象にもなるほどの探偵ブームを巻き起こした超大ヒット作である。


 日本に裏世界が出現してから、何十年もずっと"探索者"だった子供たちの将来なりたい職業一位が、このドラマが放送された年だけは"探偵"に取って代わられたというのはあまりに有名な話だ。



「俺も小学生のとき、将来なりたい職業に思わず"探偵"って書いちゃいましたもん。まあ、今冷静に考えてみると、あんな風にカッコよく難事件を解決する探偵なんて現実にはいるわけないんですけどね。ははは……」


「いや、いるよ。……というか、あのドラマを見て実際にそういう探偵になった人物が存在する」


「えっ!? そんな人いるんですか!?」


「君もよく知ってる子だよ」


「……へ? だ、誰だろう」


多智花(たちばな) 心実(ここみ)


「…………あ。あー、あーー!!」


 俺の言葉に、種口くんは大きく頷いて手を何度も叩いた。


「そういえば心実さんめっちゃミスティじゃん!? 恰好といい決めポーズといい! ミスティが成長して高校生になったって感じで……!」


「ふふふ、ミスティはあんなスタイル良くないけどね。彼女、小学生のときめちゃくちゃあのドラマにハマってさ、『私、将来は絶対探偵になる!』って意気込んでたんだよ」


「うわぁ~……まさか心実さんとミスティがつながるなんて……」


「彼女は発現した魔術すらミスティの影響を色濃く受けているからなぁ」


「た、確かに心実さんの【鑑定眼アンヴェイリング・ゲイズ】ってミスティのトゥルーアイズと似てますね」


 魔術はその人の深層心理が強く反映されるという説が有力で、子供の頃に憧れたものや印象的だったりして心の奥底に刻まれたものが、そのまま渇望として発現するケースも多い。


 彼女にとって『Misty(ミスティ) True Eyes(トゥルーアイズ)』というドラマは、それだけ強烈な記憶として心に残る作品だったのだろう。


「ちなみに彼女が被っている鹿撃ち帽。あれ、ドラマでミスティが着用していた本物の衣装なんだぜ?」


「えぇぇッ!? マジっすか!?」


 種口くんは衝撃を受けたように大声を上げた。


 ドラマ終了後、ココちゃんがあまりにも欲しがって駄々をこねるから、衣装全般をスタイリストさんに頼んで譲ってもらい、彼女にプレゼントしたのだ。


 インバネスコートは小学生サイズだったので今は着れないみたいだが、帽子や他の探偵グッズなんかは今でも大切に使ってくれているようだ。




 そんな風に俺の出演したドラマや映画の話をしながら移動を続けていると、いつの間にか巨大な地底湖のような場所へと到着していた。


 美しい泉のほとりには、一つの次元収納袋とその中身を思われるアイテムが散乱しており、それを見た種口くんが顔色を変える。


「こ、これは俺の次元収納袋! ……まさかあいつ生きていたのか!?」


「どういうことだ?」


「じ、実は――――」


 楼との戦いの結末を俺に説明してくれる種口くん。


 ……なるほど。地底湖の底に沈んだはずの楼に盗まれた次元収納袋がここに落ちているということは、十中八九奴は生きていると考えるべきだろう。


「心臓か頭に拳を打ち込むべきだったな。それに水の中に沈んでも、本当に死んだかどうか確認するべきだった。特に奴は転移系の魔術持ちなんだから尚更な」


「すみません……。命を絶つ覚悟は決めたつもりだったんですが、色々と甘かったみたいです……」


「まあいいさ。複製は守り切れたんだし、クズ野郎相手でも手を汚さずに済んだことを喜ぼうぜ」


「シャイリーンさん……。ありがとうございます。でも次は必ず確実に仕留めます」


「ああ。気を引き締めていこう」


 しかしそうなると……最深部のどこかにいる楼を確保しなければならなくなったわけだが。


 全然魔力を感じなかったし、一体どこに身を潜めているのやら。


「ん……? この容器は……」


「あっ!? "やらなイカ"の入っていた容器が空になってる! ま、まさか……あいつ……!」


 空っぽになっている銀色の容器を見ながら、俺と種口くんは顔を見合わせた。


 い、いや……。まさかね。いくら重傷を負ってたとはいえ、あんな怪しい黄金のイカを鑑定もせずに食すとか……さすがにそんな馬鹿なことするはずが……。


 知らないふりをして"やらなイカ"の効果を種口くんに聞きながら、俺は魔力探知を周辺に広げる。


 すると500メートルほど離れた場所に、大量のモンスターと人間一人分と思われる僅かな魔力反応を見つけた。


「こっちに人の反応があるな……」


「楼ですか? 行ってみましょう」


 急いで魔力反応のあった場所に向かうと、そこには小さな穴倉のような洞窟があり、中からは数えきれないほどのモンスターの気配が漏れ出ていた。


 ごくりと唾を飲む種口くんと一緒にそこに近寄ると、不快な粘着音と共に悪臭が漂ってくる。


「……うっ!?」


「く、くせぇ……!? な、中……確認したほうがいいですかね?」


 吐きそうなほど強烈な臭いに思わず立ち止まると、穴倉の奥から男の呻き声のようなものが聞こえてきた。



「だ……誰がぁ~……だずげでぐれぇ……。まりょぐが戻らないんだぁ……。それにごんな状況なのに何故がぎもぢよぐなっでるぅう……。あ、あ、あだまがぐるっでじまう……」



「「…………」」


 楼と思われる男の声に、言葉を失う俺たち二人。


「あの……。助けに行ったほうがいいですかね?」


「必要ないだろ。奴は俺たちの命を狙う敵であり、そしてこの弱肉強食の裏世界で自らモンスターに敗北して捕われたんだ。全てが自業自得。俺たちが何かする必要は欠片もない」


「……そうですね」


「死にはしないだろうし、運が良ければ半年後に奴の仲間が助けに来るだろ」


 そんなわけで――


「「そっとしておこう……」」


 暗闇の中から聞こえてくる苦悶の声を無視して、俺たちは静かにその場を立ち去ることにした。







「よし! あとはボスを倒して脱出するだけだな!」


 複製を元あった泉の底に沈めてから、俺は種口くんと一緒にボス部屋へと向かう。


 結局"やらなイカ"を食べたと思われる楼以外に遭難者などは見つからなかったので、48時間を超える長かった任務もこれでようやく終わりを告げそうだ。


「準備はいいか?」


「ここのボスって"リヴァイアサン"ですよね? 大丈夫かな……」


「おいおい、厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)が二人も揃ってるっていうのに、リヴァイアサンごときに尻込みするなよ」


「そ、そうですね。……うん、大丈夫です。行きましょうっ!」


 自分の両頬をバチンッと叩いて気合いを入れる種口くんを横目に、俺はボス部屋の扉に手を伸ばす。


 ギギギギ……と重々しい音と共に入口が開くと、目の前には深い海のように青く透き通った大きな湖が広がっており、その中心には海龍を思わせるような威厳ある巨大なモンスターが佇んでいた。


 あれがリヴァイアサンだな。


 部屋は広大だが陸地が少ないので、臨機応変な対応が求められるだろう。


「来るぞ!」


「はいっ!」



『グルルル……グオォォォォォォーーーーッ!!』



 水面から首を持ち上げてこちらを睨みつけ、雄叫びを上げるリヴァイアサン。


 奴は口を大きく開くと、俺たちに向かって巨大な水弾を放ってきた。


「ふっ!」


「うわっ!?」


 咄嗟に左右に分かれて回避する俺たち。


 バシャンッと水飛沫を巻き上げながら着弾した攻撃は、地面を激しく揺らして大きなクレーターを作り出した。


 続けざまに次々と水弾を放ってくるリヴァイアサンに対して、俺たちは素早い動きで翻弄しながら接近していくが……奴は攻撃が当たらないことに苛立った様子で、突然背びれを逆立て始める。


『グオァァーーーーッ!!』


「むっ!? 危ない! 掴まれ!」


「は、はいっ!」


 俺が羽を生やして種口くんを抱きかかえると同時に、リヴァイアサンは部屋全体に津波を発生させた。


 一瞬にして全ての陸地が水没してしまい、奴にとって有利なフィールドへと変わってしまう。


「さ、さすが危険度8のダンジョンのボスモンスターだ。今の俺一人ではどう考えても勝てそうにない……」


「君もいずれあれくらいはできるようになるぜ?」


「……え?」


「今の津波さ。【全てを招くモノ(ストーミーペトレル)】にはそれくらいのポテンシャルがある。魔物は人間と魔力の使い方が違うから、あいつの攻撃は魔王の力を行使するときの参考になるぜ。よく見ておけよ?」


「わ、わかりました!」


 しばらく上空を旋回しながらリヴァイアサンの攻撃を種口くんに見せてあげるが、やはり今の彼には少し難しすぎたかもしれない。


 リヴァイアサンの真似をして魔王の力を使おうと試みるものの、小さな波を生み出すのが精一杯といった感じだ。


「ん~……。要訓練だな」


「はぁ、はぁ……。しょ、精進します……」


「じゃあそろそろ仕留めるか。掴まっていろ! 一撃で終わらせる!」


「えっ!?」


 全身から魔力解放をして、毛髪を真っ白なドレスと巨大な弓矢に変化させていく。



「【全てを模写するモノ(シェイプシフター)】――――モード『アルテミス』!」



 黄金の矢を手に構えて、リヴァイアサン目掛けてそれを放つ。


 まるで金色の流星のように一直線に飛んでいった矢は、巨大な海龍の頭部を容易く貫き粉砕し、一瞬にして光の粒子へと変えてしまった。


「ふぅ……。こんなもんか」


「す、すげぇ……!」


 リヴァイアサンが消滅したことで水の引いた地面に降り立つと、種口くんはまだ理解が追い付かないようで呆然としていた。


 しかしそんな彼をおいて、ボス部屋はキラキラとした光に包まれ始める。


 ……そして気がつくと、俺たちは海底神殿の外……東京国際転移門の裏側に立っていた。


 地面には、ちょっと高級そうなポーションがポツンと一つ置かれている。


「上級ポーションか。危険度8のボスを倒して報酬がこれだけって、やっぱ非消滅型兼試練型のダンジョンはしけてんなぁ~」


「はぁ~……。ようやく帰ってこれたか……」


 辺りを確認すると、あれほど喧騒に溢れていたはずの海底神殿前はシーンと静まり返っており、現在は全く人影がなく閑散としていた。


 どうやら最深部をパトロールしている数時間の間に、皆帰ってしまったようだ。


 ちらりとスマホを見ると、アイちゃんからメッセージが届いている。八咫烏の仲間たちも先にアジトに戻ったらしい。


「それじゃあ俺たちも帰るとするか」


「はいっ! シャイリーンさん、今日は本当にありがとうございました!」


「スズ」


「……え?」


「親しい人には『スズ』と呼ばれている。君も遠慮なくそう呼んでくれ」


「い、いいんですか?」


「ああ、機会があったらまた一緒に冒険しようぜ。今度は友人としてのんびりな」


 そう言って手を振りながら彼に背中を向けて歩き出すが、後ろから俺を呼び止める声が聞こえた。


「あ、あの! スズ……さん!」


 振り返ると、彼は何か迷っているような表情で俯いている。


 しかし、しばらくすると決意を固めたように顔を上げ、右手に魔術玉を握りしめると、ごくりと唾を飲みこんでから真剣な眼差しでこちらを真っ直ぐに見つめてきた。



「あの……サイン貰っても、いいですか?」



 俺はニヤリと微笑むと、右手に油性ペンを生成して彼の持つ魔術玉にサインを書き込んであげたのだった。

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