第114話「最深部を歩く」
「ふむ……結局あれから誰も来なかったな」
処刑人部隊を倒した後、大部屋の奥にある細道の前で他の襲撃者が来るのを待ち構えていた俺だったが、しばらくしても新手が現れる気配はなかった。
う~んと伸びをして、身体をほぐしながらスマホを見る。
時刻を確認すると、海底神殿が浮上してからもうすぐ48時間が経過しようとしていた。あと数分もすれば神殿は再び水の中に沈み、そして次に地上に現れるのはまた半年後になるだろう。
俺は細道を進んで突き当たりにある泉に向かうと、金色の髪をにゅっと伸ばして底に沈んでいた複製を再び回収した。
その瞬間、『ゴゴゴゴゴゴゴ……』という低い地鳴りのような音が鳴り、ダンジョン全体が小刻みに震え始める。
これはいよいよ神殿が海底に沈む合図だ。
「さて、あとは最深部の見回りをするだけだな」
もう下層より上にいる人間は強制的に神殿の外に転送されたはずなので、これから最深部へ降りてくる者はいない。
しかし教団の連中がどこかに隠れていて、俺が去った後に複製を破壊しようと企んでいるかもしれないので、念のため最深部を隅々までパトロールしてから脱出する必要がある。
複製を髪でぐるぐる巻きにして鋼鉄製のケースのように固めると、俺はそれを背中に担いで歩き出した。
「まずは下層から降りてきた場所へ向かうとするか」
真っ赤な血が至る所に飛び散っている大部屋の中を、ゆっくりと通り抜ける。
この部屋もだいぶ荒れ果ててしまったが、時間とともに死体や血痕はダンジョンに吸収されて綺麗に掃除されるので、問題はない。
金色の髪の毛をふわふわと漂わせながら歩いていき、最深部のスタート地点にたどり着くと、俺はきょろきょろと周囲を見渡した。
すると近くにピンク色のメモ帳が落ちていたので、拾い上げて読んでみる。
『処刑人部隊の後に最深部に降りて行った人たちは誰もいなかったよー! ちなみにあーしらも下層の複製ぎりぎり守り切れました、マル! じゃあ後はワンパンくんの回収だけお願いねー☆ by心実』
可愛らしい丸文字で書かれた文章に、俺は思わず微笑んだ。
ココちゃんが神殿が沈む直前に大穴に投げ入れてくれたらしい。これで隠れた敵を無駄に警戒せずに済む。
例年なら数組の探索者グループが最深部に挑戦するものらしいが、きっと上でドンパチやってたのと、真面目な攻略組の連中はサキュバス目当てだと思われたくなくて今回は参加を見送ったんだろう。
年に二回しか潜れないダンジョンではあるが、逆に言うと二回も潜れる。それに報酬などは特にない力試しの為の場所だし、何もこのタイミングで無理に行く必要もないということだ。
「しかしグリフレットを撃退して下層の複製を守り抜くとは……みんなやるじゃないか。結局プランBは必要なかったということか」
まあ、元々俺は教団の戦力を削るために、最深部で奴らを迎え撃つつもりだったので、処刑人部隊を殲滅できた時点で無駄足ではなかったと言えるが。
雪枝のおじさんやココちゃんは、俺が手を汚すことをあまり快く思っていないようで、プランAだけで終わらせたがっていたわけだが……こればかりは俺と奴らとの因縁なので仕方がない。
時折現れるモンスターを視界に収めるや否や"髪弾"で仕留めながら、種口くんの待つセーフティエリアへと向かう。
しばらくしてセーフティエリアの入り口が見えてくると、俺を感知したツノマルがワンワンと吠えながらこちらに駆け寄ってきた。
主人には絶対近寄らせんぞと額の角をぴょこんと立てて威嚇してくるツノマルだったが――
「じ~……」
『く、くぅ~ん……』
俺がじっと見つめると、すぐにお腹を見せて服従のポーズをとってきた。
ふっ……相変わらず愛い奴め。
髪の毛の先端を手の形にして、わしゃわしゃ~っとツノマルのお腹を撫でまわしていると、セーフティエリアの奥から種口くんが走ってきた。
「ツノマル! 敵かっ!?」
「……やあ、君が種口くんだな」
「え……? あ、あなたは……ッ!」
「はいこれ」
俺を見て驚愕する種口くんにココちゃんのメモ帳を手渡すと、彼は慌てた様子でそれを読み始めた。
『ワンパンくんへ。おつかれさまー! 頑張ったねー! 助けに来た子を見てびっくりしたっしょ~? でもシャイリーンはあーしらの協力者だから安心してねー。後は彼女の指示に従ってくれれば大丈夫だよ☆ by心実』
メモ帳と俺の顔を交互に見た種口くんは、それでもなお信じられないといった表情をしている。
「ま、マジでシャイリーン……さん、なんですか……?」
「Yes, I am.Nice to meet you.」
「へ!? あ、は、ハロ~! な、ナイストゥーミーチュー! あ、ああ~……ボブに英会話習っておけばよかった……」
俺のネイティブな発音に必死になって英語で返そうとする種口くんに、思わず腹を抱えて笑ってしまう。
「アハハッ! 日本語でいいって。日本のドラマに出たとき普通に日本語喋ってただろ」
「……あっ! そ、そういえばそうですよね」
種口くんは少し照れ臭そうに頭を掻くと、改めて自己紹介してくれた。
「は、初めまして……種口……迅、です」
「ん、よろしくな。俺はシャイリーン・ゴールドスタインだ」
右手を差し出すと、彼はおそるおそるといった感じで握手を返してくる。
その手は震えていて汗でぐっしょり濡れており、めちゃくちゃ緊張しているのが伝わってきた。
……そんなガチガチにならなくてもいいのに。まあ、俺と初めて会った男の子は大体こんな反応だから慣れているけど。
「傷だらけだな。……はい、中級ポーションあげる」
「すみません、敵に次元収納袋を取られちゃって……。ありがたく頂戴します」
魔王の力でかなり自己治癒力が強化されているはずだが、余程の激闘だったのだろう。
例の切り札も使ったようで、全身の打撲と裂傷だけでなく、火傷の跡も確認できる。
「ごくっ……ごくっ……ぷはぁ~ッ! ふぅ……助かりました」
「よし、それじゃあ行こうか」
「は、はい……!」
種口くんがポーションを飲んで回復したのを確認してから、俺たちは移動を開始した。
先頭を歩く俺の、3メートルほど離れた後ろを種口くんが付いてくる。
離れすぎだろ……。ツノマルなんて、もう主人より俺にべったりで足元にぴったり引っ付いてきているっていうのに。
「おい、もっと近くに来ていいんだぞ?」
「い、いやっ……ごめんなさい。緊張しちゃって……」
「ハァ……ここは危険度8の区域なんだから、いつ戦闘が始まってもいいように近くにいろ。何かあったときフォローできないだろ。臨時ではあるが、これはパーティリーダーとしての命令だ。いいな?」
「わ、わかりました」
種口くんはこくりと頷くと、すごすごと俺の隣に寄ってくる。
しかしまだ緊張でガチガチになっている様子だったので、俺は気晴らしのために世間話を振ってみることにした。
「君のことは八咫烏の連中から聞いてるよ。成長著しい期待の新人が入ったとね」
「……あの、シャイリーンさんも八咫烏のエージェントなんですか?」
「いや、俺は違うよ。ただの協力者だな。俺は教団の連中と敵対しているから、こうした教団絡みの案件だと彼らと連携を取ることがよくあるんだ」
「なるほど……」
「ただ、雪枝長官や多智花心実など一部のエージェントは知っているが、八咫烏内でも君のように知らない人も多いから、この事は内密に頼むよ。俺、公式では一応指名手配犯になってるし」
「わ、わかりました。誰にも言いません」
「助かるよ。他に何か聞きたい事はあるかい?」
「えっと……実はさっきから気になってたんですけど、シャイリーンさんって日本語だと男の子みたいに喋るんですね」
「ああ、父親が日本人でね。その影響かな。メディアの前ではもっと丁寧な喋り方をするようにしてるんだけど、プライベートではいつもこんな感じだな」
「……え!? お父さん日本人だったんですか!?」
「オフレコだから秘密だぞ?」
ここらでもう一度俺のプロフィールを紹介しておこう。
名前はシャイリーン・ゴールドスタイン。
男なのにシャイリーンだ。とんだキラキラネームだろう?
でも、母親が俺が生まれる前からどうしてもこの名前がいいって決めていたらしくて、男の子が産まれたのに「まあ、自分に似て超絶かわいいから大丈夫でしょ」と押し切ってしまったそうだ。
ま、俺もそんなに自分の名前は嫌いじゃないから別にいいんだけどさ。
親しい人には『スズ』って呼ばれている。
リノがちっちゃな頃、俺の名前を上手く言えなくて「リーン、リーン」って呼んでたのが鈴の音みたいだってことで、そういう愛称になったらしい。
セナミリンを『リン』から改名させようとしてたのもそれが理由だったりする。リンだとなんだか自分が呼ばれているようで落ち着かなかったのだ。
それから、一応アメリカ人である。
でも確かに国籍はアメリカなんだけど、俺は自分ではどちらかというと日本人っていう感覚なんだけどな。
だから『合衆国期待の星』とか『全米最強の探索者』とか言われても全然ピンと来ないんだよね。
……で、探索者もやってるけど、本業は俳優だ。
これでも10歳から4年連続でアカデミー賞主演女優賞を獲ってるんだぞ? 天才子役だとか、人智を超えた才能を持つ新人類とか言われてさ。
ちなみに一応女優で通している。母親が「真の俳優は普段から演技をしているものなのよ?」とか言って、俺が赤ん坊の頃から女装させたまま育て始めたせいで、未だに本当の性別を知らない人の方が多い。
なんか騙されてる気がするが、実際演技力はめちゃくちゃ鍛えられたから、結果オーライ……なのか?
とはいえ……教団の連中のせいで全世界指名手配犯になっちゃったから、ドラマも映画も全部降板させられてしまって最近の演技はもっぱらプライベートオンリーだけどな。
でも日常で全くの別人になって生活するのも、これがまた新鮮で案外楽しい。演技の幅も広がった気がするし、復帰したとき新たなステージに立てる気がする。
それで俺の父親と母親だけど、彼らは正式には結婚していない秘密の関係にある。
なので"涼木 想玄"の子供は"涼木 璃乃"のみで、"アンジェリーナ・ゴールドスタイン"の子供は"シャイリーン・ゴールドスタイン"のみ。それが公的な事実である。俺とリノの兄妹関係も公には知られていない。
"涼木 鈴輝"ってのは、親父がつけてくれた俺の日本名だな。
男の子っぽくて俺は気に入っているけど、上記の理由で戸籍に記載されてない非公式の名前だ。
『グジュルルル――――ジュルッ!?』
曲がり角から人面ローパーが触手を蠢かせながら現れたので、"髪弾"で一瞬にして消滅させる。
キモ過ぎてあまり視界に収めたくないモンスターだからな。しかも臭いも結構きついんだよあいつ。近くにいるだけで吐き気を催すレベルだし、万が一触れられたらと思うとゾッとしてしまう。
このダンジョンはこいつが多いのが嫌なんだよなぁ~。早いとこ任務を終えて脱出したいぜ。
「凄いですね……。今のって魔王の能力ですか?」
「ああ、君も使いこなせるようになったら似たようなことができると思うぜ?」
「う~ん……その境地に辿りつくには一体どれくらいかかるんだろう……」
「こればっかりは慣れだな。日常的に魔王の力を使って馴染ませておくのがオススメだ」
俺は普段から変装で呼吸をするように【全てを模写するモノ】の能力を行使しているので、それが功を奏している部分もある。
ここだけの話であるが、実は服を着ているようで全裸で過ごしていることも結構あるのだ。着替えるのが面倒だったときとか、下着から靴まで全部能力で作ってしまったりとかしてな。
「君の場合、そのツノマルを常時召喚しておくとかでも少しは効果があるんじゃないか? ツノが生えてるだけでかわいいペットだし、学園やアパートでも申請すれば許可されると思うぞ」
「それはいい考えですね!」
「……おっと、そんな話をしているうちにまたあのキモいヤツが来たぞ。今度は君が倒してみてくれ」
「はい、やってみます!」
ジュルジュルと粘液を垂らしながら這い出てきた人面ローパーに対し、種口くんは右腕にハリケーンを纏わせて振りかぶる。
彼が拳を突き出すと同時に暴風が吹き荒れ、醜いモンスターはズタズタに引き裂かれて消滅した。
「うん、なかなかの威力だ。だけど肉片とかが周囲に飛び散ってしまったのはいただけないな。もうちょっとハリケーンを収束できていれば、完全に塵となって浄化できただろう」
「む、難しいですね……。ん? あれ……?」
種口くんが困惑したような声を出す。
なんと倒して消滅したはずの人面ローバーが逆再生のように形を取り戻し始め、彼に向かってつぶらな瞳を向けてきていたのだ。
こ、この現象は……!
「これって、例のモンスターを仲間にできるというやつじゃないか?」
「そ、そうみたいですね……」
仲間になりたそうな表情でずりずりとこちらに近寄ってくる人面ローパーに、俺たちは顔を引き攣らせる。
邪気も抜けたつぶらな瞳をしているが、汚いおっさんの顔をした触手モンスターが、つぶらな瞳をした汚いおっさんの顔をした触手モンスターになっただけなので、当然ながら気持ち悪さは変わっていなかった。
「す、すまない。俺はツノマルを育成するので手一杯で、今は別のモンスターを仲間にする余裕がないんだ……」
『ジュルッ!?』
正直使役したらなかなか使えそうな奴ではあるが、あれがにゅるっと手の中に入って来るのは耐え難かったのだろう。
それにツノマルみたいに懐かれて身体を擦り付けられるのも勘弁してほしいところだしな。
しかしモンスターを仲間にできる確率はかなり低いみたいなのに、よりによってこいつを引くとは運のない……。
『ジュルルルゥ……』
種口くんに拒否された人面ローパーは、寂しそうに去っていった。




