第113話「シェイプシフター」★
八咫烏のアジトにある会議室の大型のビジョンには、海底神殿の下層の様子が映し出されていた。
室内の椅子には二人の男女が座っており、エージェントたちが教団の襲撃者から複製を守るために奮戦する姿を見守っている。
「結局プランBを発動することになるとはねぇ! あたしがあと50歳若けりゃ~一つも破壊させることなく奴ら全員返り討ちにしてやったものを。まったくあの子たちときたら情けないったらありゃしない! あんたもそう思うだろう? 刀祢」
「彼らはまだ殆どが十代の少年少女です。かつて魔王アビス・ディザスターと戦って生き延びたという、伝説のSランク探索者である千夜子さんと比べるのはさすがに酷ですよ……」
画面を眺めながら、八咫烏の司令官である"雪枝 刀祢"は苦笑いを浮かべた。
すると、円卓を挟んで彼の正面に座っていた白髪の老婆――"天井 千夜子"は、杖を手にしたまま「ふんっ!」と鼻を鳴らす。
「あたしが魔王アビス・ディザスターと戦って生き延びただって? 最近はそんな風に言われてるのかい?」
「あれ? 違うんですか?」
「馬鹿言うんじゃないよ。アレは人間が戦うなんて考えちゃいけない存在だ。あたしは昔アレに遭遇し……そして、逃げ延びただけさね」
「全盛期の千夜子さんが……ですか?」
「当時、あたしの所属していたパーティは全員がSランクで、世界最強と呼ばれていた。だが奴と邂逅したとき、あたしらは一目散に逃げ出したよ。それ以外に選択肢なんて思い浮かばなかった。けれど……生き残ったのはあたしだけだ。仲間は全員死んじまったよ」
「そこまでとは……」
千夜子は遠い過去を思い出すように目を閉じると、ぽつりぽつりと言葉を続ける。
「魔王は十三もの特殊な能力を持っており、その一つだけでも絶望的なほどに強大だった。目にも止まらぬ早さで動き、あらゆるものを一撃で破壊し、傷を負ってもたちどころに治癒する。それはもう人智を超えた存在だったさね。現在世界にいる24人のSランク探索者が全員で束になってかかったとしても、絶対に勝てやしないだろうよ」
「いやはや、恐るべき化け物がかつて裏世界に存在していたものだ……」
確かにそんな怪物から逃げ延びた経験があれば、メサイア教団程度に苦戦する若いエージェントたちに苦言を呈したくなるのも頷ける。
刀祢は心の中でそう呟くと、ふと気になったことを尋ねてみた。
「ところで千夜子さん。魔王には十三の能力があるのは有名な話ですが、その中であなたが最も恐ろしいと思ったものはどれですか?」
「そうさねぇ……。全てが恐ろしいというのが本音だけど、あえて一つだけ選ぶとしたら――」
刀祢の質問に、千夜子は少しだけ悩む素振りを見せたあと……ぽつりと答えた。
「あたしが一番厄介だと思うのは……奴の体毛だね」
「体毛……ですか?」
「魔王の体毛は伸縮自在で、しなやかで柔軟かと思えば鋼鉄のように硬くもなる。そしてその一本一本がまるで意思を持っているかのように動くんだ」
「う~む……それは確かに厄介そうですが、他の能力に比べてそこまで脅威とは言うほどではないのでは?」
「最後までお聞き! 勿論それだけじゃないよ。奴の体毛はこの世のあらゆるものを模写して変化することが出来るのさ。例えば毛を纏めて氷の剣にしたり、炎龍の鱗に変化させて炎の鎧のように身に纏ったり、背中に巨大な羽を生やして宙に浮いたり、はたまた世にも美しい花に変化させて相手を油断させるなんて芸当すら可能なのさ」
「そ、それは……なんと便利な」
「攻撃、防御、搦め手、攪乱……どれもこの能力一つで極上のレベルでこなしてしまう」
千夜子はそこで一旦言葉を区切ると、杖を床に強く打ち付けながら重々しく口を開く。
「魔王アビス・ディザスター、第二の能力! 称して――――」
◇◆◇◆◇◆◇
(ジョセフ視点)
『――――【全てを模写するモノ】』
上空に飛び上がったシャイリーンの金色に輝くの髪がブワっと一気に伸び、大部屋全体に広がっていく。
長い髪は触手のように蠢き、まるで数十もの黄金の鞭のようにしなると、それは柱を折り、壁を抉り、石畳を削り取りながら周囲を滅茶苦茶に破壊し始めた。
「ぎゃぁぁ~~ッ!!」
「うわああぁーーーーッ!!」
「ひ、ひぎぁぁぁぁーーーッ!!」
あちこちから部下たちの悲鳴が響く。
暴れ狂う金色の鞭は人間の四肢を簡単にへし折り、軽々と壁に叩きつけ、あっという間に周辺一帯に血溜まりを作り出していった。
「お前ら落ち着けェッ! 柱や瓦礫の陰に隠れて奴の髪の毛には絶対に触れるんじゃあないッ!!」
処刑人部隊は決して雑魚の集団ではない。
彼らは日々厳しい訓練を受け、命懸けの任務を何度もこなしてきた熟練の精鋭たちだ。特に対人戦においては右に出る者はいないほどのスキルと実績を誇っている。
だがそんな彼らであっても、あの化け物相手には全く歯が立っていない! 一瞬にして十名以上がやられてしまった!
くそぉ……冗談じゃねぇぞ! これじゃ俺が今まで築き上げてきた全てが崩壊しちまうッ!!
「ジョセフさん! 俺にドーピングをしてください!」
「グレン……! よし、任せろ――――【死神の輸血針】!」
俺は地面に大量に流れている部下たちの血液に手をつけると、魔力を流す。
すると血液は輸血パックを模した形に変化し、その先端についていた針が伸びてグレンの首筋に突き刺さった。
「うぉぉーーーーッ!! きたきたぁぁーーーーッ!! 漲ってくるぜぇッ!!」
血液を摂取したグレンの身体が赤く輝き、大量の魔力が湧き出し始める。
これが俺の魔術――――【死神の輸血針】だ。
血液を魔力や身体能力を高めるドーピング剤に変換することができる力。
当然のことながら、血液の量が増えれば増えるほど、それらの効果は大きくなっていく。
この能力の凄い点は、特に副作用もなく、人間だけでなくアイテムすらもドーピングして強化できることだ。
とはいえ、万能なわけではない。血液は人間のものでなければならず、肉体から外に流れ出たばかりの新鮮なものを俺自身の手で直接触れなければならないという制約がある。
つまりはその場に死傷者がいなければ、そもそも使えないのだ。
しかし今のような状況であれば、この能力は最大限活かされると言ってもいい。
部下たちの死は無駄にしない。シャイリーン、処刑人部隊の百人は貴様を殺すための糧となって最後まで役目を果たしてくれるだろう!
「威力はすげぇがやはり所詮は髪の毛だろうが! 俺の炎で焼き尽くしてやるッ!」
先ほどスズキと戦っていたときと比較にならないほどに魔力を高めたグレンが、両手を上げて直径二メートルを超える巨大な火球を作る。
それはもはや火の玉というよりは小さな太陽とでも呼ぶべき圧倒的な熱量を孕んでおり、そのあまりの高温に周辺の空気が揺らぐのが肉眼でもわかるほどであった。
「くたばれやぁぁーーーーッ!! 【業火の魔弾・巨星】!!」
グレンが全力で腕を振るうと、灼熱の大火球は凄まじい速度でシャイリーンに向けて発射された。
まるで彗星の如きその一撃は、床や壁を容易く溶かしながら一直線に標的へと突き進む。
するとそれを迎え撃つかのように、シャイリーンの黄金の髪がグルグルと螺旋を描くように奴の身体に巻き付いていくが――
――ドゴォォォンッ!!
火球は目標に到達すると同時に炸裂し、凄まじい轟音と共に大爆発を引き起こした。
衝撃波が周囲に広がり、天井や壁の石材が砕け散って降り注ぎ、部屋中に視界を奪われるほどの煙と炎が吹き荒れる。
「しゃぁぁーーーッ!! やったぜェッ!!」
グレンは額に汗を滲ませながらガッツポーズをする。
絶望的な状況からの起死回生の一撃となったその攻撃に、処刑人部隊の面々も歓喜の声を上げていた。
「う、うおぉぉーーッ!! さすがグレンさんだ!!」
「す、すげぇ! ジョセフさんの魔術の恩恵があったとはいえ、過去最高の威力じゃないですか!?」
「あれならSランク探索者といえどひとたまりもないでしょうッ!!」
「へへ……でもあの美しい女を焼き焦がしたのはちょっともったいなかったですね。殺す前にあの身体で遊びたかったなぁ~」
おそらく今の攻撃は、戦車や戦闘機ですら容易く消し飛ばせるほどの火力を誇っていたはずだ。
それが直撃したとなれば、いかにシャイリーンといえども無事である可能性は――
「なかなか良い一撃だったぞ。50点やろう」
爆発の中心地から聞こえてきたのは、悠然とした少女の声。
もくもくと立ち込める煙が晴れ、そこから現れたのは――
「ば……馬鹿な!? 俺の必殺の一撃を喰らって……無傷……だとッ!?」
いつの間に着替えたのか、白銀の甲冑のような衣装を身にまとったシャイリーンの姿。
右手には鎧と同色の美しい白銀の剣を持ち、左手には燃えるような真紅の盾を装備している。
鎧からはジャラジャラと幾本もの金色の鎖が垂れ、そして背中には純白の翼が生えており、それを大きく広げて空中に浮遊していた。
「【全てを模写するモノ】――――モード『戦乙女』」
シャイリーンの白銀の剣がまるで閃光のように輝くと、次の瞬間――グレンの頭から股間までの部分に線のようなものが走る。
「……?」
不思議そうな顔で自らの身体に刻まれた一筋の線を眺めるグレンだったが――
直後、轟音と共に部屋の床が中央から真っ二つに割れたかのような斬撃痕が刻まれると、グレンの身体が真ん中からゆっくりとズレていく。
そして、真っ赤な鮮血を噴き上げながらその身体は真っ二つに分かれ――地面へと転がった。
「「「う、うわあああああーーーーッ!!」」」
パニックに陥った部下たちの一部が、叫び声を上げて部屋の出口へと向かい走り出していく。
しかしシャイリーンの鎧から黄金の鎖が伸び、まるで意志を持っているかのように彼らの足に絡みつくと、そのまま空中高く持ち上げた。
「『覚悟』を決めろと言ったはずだ。誰一人逃がしはしない。お前たちはずっとそうやって弱者を追い詰めて楽しんできたんだろう?」
「ひぃいいいいーーーーッ!!」
「助けてくれぇぇーーーーッ!!」
空中でジタバタともがく処刑人部隊の兵士たちだったが、シャイリーンが今度は剣を横に薙ぎ払う動作をした途端、一斉にバラバラの肉片へと切り刻まれていく。
雨のように降り注ぐ血飛沫はまるで赤黒い霧のようで、見る者全てを恐怖の底へと突き落とす光景であった。
「あ、ああ……。か、勝てるわけがない……」
「天使だ……。あれは人間なんかじゃない、天から舞い降りた本物の"死の天使"なんだ……」
「テメェら吞まれてんじゃあねぇぇーーーーッ!!」
あまりの恐怖に混乱状態になっている部下たちに向かって、俺は大声で叫ぶ。
「奴は俺たちと同じ人間だ!! 魔王の力を派手に扱って大げさに見せかけているだけにすぎん! 必ず隙はあるッ!! 敵はたった一人だ! 冷静になれ!! 数の有利を活かすんだ!!」
主力であるグレンを始めかなりの人数がやられてしまったが、まだ70人以上いるのだ。
俺は即座に死んだ部下たちの血液を使って残りの部下たちをドーピングしながら、全員を鼓舞するように檄を飛ばす。
すると、徐々にだが部下たちの目の焦点が定まってきて、恐慌状態から脱していった。
「そうだ! お前らは一流のハンターだろうが! あんな小娘一人に何を怯えていやがる!! 処刑人部隊の矜持を見せてみろッ!!」
「「「う、うおおぉぉーーーーッ!!」」」
士気を取り戻した兵士たちは怒号と共に武器を構え、再びシャイリーンへと向かって行った。
……だが、想像以上に厄介な能力だ。
あの盾、グレンの火球を受けたときは真っ赤に染まっていたが、現在は剣や鎧と同じ白銀に戻っている。
おそらく、相手の攻撃によって材質を変化させてダメージを無効化しているのだろう。
剣や鎧もしかりで、刃を立てたときは鋼鉄すらも断ち切る剛性と切れ味を発揮し、防御を固めたときは金属以上の硬度と魔法抵抗力を獲得した形状へと変わるのかもしれない。
魔王アビス・ディザスター第二の能力――――【全てを模写するモノ】。
剣も、盾も、鎧も、鎖も、そして背中から生えた純白の羽根も……全て奴の体毛が変化したものなのだ。
人間には頭からつま先まで、全身に500万個もの毛穴があるとされている。奴はその一つ一つから魔力の毛を出すことができるだけではなく、それぞれを自由に操作してあらゆる物に変化させられる。
それは武器、防具、装飾品を創り出すだけでなく……身体の凹凸を矯正して体型を変えたり、顔つきを別人のようしてしまうことすら可能なようだ。
つまりは全身が兵器庫であり、鉄壁の要塞であり、また姿を隠す隠密具でもあるというわけか。
奴がスズキのときに使っていた黒い糸など、魔王の力のほんの片鱗に過ぎなかったのだ!
「羽だ! 翼を狙え!! まずは奴を地に引きずり降ろすぞ!!」
「「「了解ッ!!」」」
処刑人部隊の兵士たちが、シャイリーンに向けて武器を投擲したり魔術で攻撃する。
だが全ての攻撃は奴の白銀の盾や剣、黄金の鎖によって弾かれてしまい、傷一つ付けることが出来ない。
それどころかその都度反撃として放たれる、まるで雷光のように煌めく斬撃によって、一人、また一人と次々に血の海の中に沈んでいくばかりであった。
……が、それは同時に俺の魔術の燃料が蓄えられていくということでもある。
「はぁぁぁぁ――――【死神の輸血針】!」
十数人分の部下の血液を集め、自分の肉体に輸血する。
するとたちまち凄まじい魔力が湧き上がり、身体能力が爆発的に向上していく感覚を覚えた。
"処刑人の断罪鎌"を右手に握り、地面を蹴る。
そのまま一瞬にして天井付近まで跳躍すると、今度は天井を蹴り上げてさらに加速をつけながらシャイリーンに向かって急降下した。
「――む?」
どうやら"処刑人の断罪鎌"の効果は奴もよく理解しているようだ。
さすがにかすり傷でも受けるのは危険だと判断したのか、奴は的の大きい翼を一旦しまい、回転しながら地面に着地した。
「今だぁッ!! 全員かかれぇぇーーーーッ!!」
いくら攻撃範囲が広いといっても、360度全てを見通して対応するのは不可能!
上下左右前後斜めとあらゆる方向から同時に攻め立てれば、隙を見てシャイリーンに攻撃を命中させることが出来るはずだ!
俺の号令を受けた兵士たちは雄叫びを上げながら、各々の武器を構えて四方八方からシャイリーンに迫っていく。
一人、二人、三人と次々に叩き潰されるが……それでも俺たちは止まらない。
そして遂に部下の一人の剣が奴の背中を捉えようと迫った、その瞬間――
シャイリーンの黄金の髪がふわりと舞い上がり、360度全方位に向かって毛先をピンと立てて逆立った。
……な、何かマズい!?
「お前らぁ!! 防御態勢を――」
――ドガガガガガガガッ!!
俺の警告の言葉は最後まで言い終えることなく、周囲にいる処刑人部隊の面々は頭部や胴体に風穴を開けられて次々と倒れていった。
「げぶぅっ!」
「ぐぼぉーーっ!」
「がはぁっ!」
これは――――銃弾!?
髪の毛の先端を銃口のように変化させて、四方八方に魔力で創った弾丸を連射しているのだ!
しかもこの威力……一発一発がライフル並みの貫通力!
出鱈目すぎるッ!! 武具を纏ったり空を飛ぶだけに飽き足らずこのようなこともできるとは……こいつ、魔王の力を完璧に使いこなしてやがる!
おそらく、アームストロング団長やアーサー・ロックハートですらここまでの芸当は不可能だろう。
膨大な魔力に常軌を逸するほどの精密な魔力操作技術。そして、日常的に呼吸をするように魔王の力を使ってきたであろう修練の積み重ねがなければ辿り着くことのできない境地!
これが"新人類"とすら謳われている世界最強の少女――シャイリーン・ゴールドスタインの本領なのか……ッ!
鳴りやまぬ銃声と共に、部屋中に光の弾幕が迸り、そこかしこから悲鳴と血飛沫が上がる。
俺は紙一重で致命傷を避けながら、必死になって部下たちに指示を出す。
「全員散開しろぉぉーーッ!! いったん距離を取るんだァァーーーーッ!! 遮蔽物のある場所に――」
「もう誰も残っちゃいないよ」
「……は?」
シャイリーンの声にハッとなって周囲を見渡すと、そこに広がっていたのは一面の血の池地獄。
部下たちは一人残らず倒れ伏し、ピクリとも動かない光景だった。
「こ、こんなことが……!」
「たかが百人程度で、厄災魔王の一欠片に勝てると思ったのか? アームストロングを連れてこなかったのは失敗だったな」
「…………」
こ、小娘がッッ!! まだこのSランク探索者――"処刑人ジョセフ"様が残っているというのに、もう勝ったつもりでいやがる。
その驕りが命取りになるのだということを教えてやろう!
俺は地面に手をつけると、全ての部下の血を集めて自分と"処刑人の断罪鎌"に注入していった。
かつてないほどの膨大な魔力が身体を巡っていくのを感じる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
大鎌を右手に地面を蹴って一気に加速すると、シャイリーンは白銀の剣を振るってきた。
先ほどは閃光のように輝いたとしか認識できなかった攻撃。だが今は剣が超スピードで伸び、こちらの首元に迫るのをなんとか視認できている。
走りながら半身を逸らすように避けるが、あまりの剣速に左手の指が数本斬り飛ばされてしまった。
それでも俺は一向に怯まずに、そのまま奴との距離を詰めていく。
毛髪で創られた剣が、銃弾が、鎖が、鞭が、次々と俺の身体を削り、骨が砕け、左手は肘から先が切断され、右目は潰れ、脇腹が抉れるが、俺は尚も歩みを止めずに奴に肉薄し――
「捉えた……ぜ……」
「……ぬ?」
"処刑人の断罪鎌"の刃先が、奴の左手の小指に触れ、小さな小さな傷をつけることができた。
その直後、シャイリーンの金色の髪の頭上に『999』というドス黒い血文字の数字が浮かび上がる。
「はぁ……はぁ……! これでもうお前は俺を殺すことはできない! それはメサイアレリックに俺の魔術で何十人もの犠牲を捧げることによって施した"絶対的な死の呪い"だからだ! 如何なる方法でも解除することは不可能!! たとえエリクサーを使ったとしてもだ!! 解除できるのは、俺だけだ。俺を殺せば呪いは二度と解けんぞ!」
「……」
シャイリーンは無表情のまま減っていくカウントを一瞬だけちらりと確認すると、視線を俺に戻して一歩踏み込んでくる。
「部下は全員やられちまったが、俺を見逃せば今回は痛み分けということでその呪いは解いてやろう。それとも俺と一緒にあの世に行くか?」
「…………」
無言でさらに一歩踏み込むシャイリーン。
……なんだ? 何故余裕の態度を崩さない?
メサイアレリックと何十人もの命を掛けて発動した呪いの前では、たとえどれだけの魔力を持っていても無意味なはずだぞ?
「と、止まれッ! 確かにてめぇのほうが強いかもしれねぇ。だがこの呪いが発動した今、主導権は完全に俺にあるんだ! おかしな動きはするんじゃあないッ!」
血まみれで息も絶え絶えに地面に膝をつく俺の目の前までやって来たシャイリーンは、おもむろに左手を掲げて頭上に浮いてる血文字を掴むと――
『――――【消滅する魔女の掌】』
それをそのままぐしゃり、と握り潰した。
「――は?」
魔力の粒子となって霧散していく血文字を眺めながら、俺は間抜けな声を漏らす。
シャイリーンは美しい顔を突然陰気な顔つきに変え、口角を上げて静かに告げてくる。
「くふふ……。だぁ~か~ら~、ぼ、ボクにかかればメサイアレリックの呪いなんて怖くないって、言ったでしょ……?」
「そ、その声! その能力! ……ふ、"フレデリカ・メディクス"!!」
あいつもシャイリーンだったのか!?
だがどういうことだ! 魔術は一人につき一つだけのはずだぞ! シャイリーンの魔術は声を変える能力だと聞いたことがある。それに【全てを模写するモノ】とも違う能力だ!
……いやいやいや! そうじゃねえ!
そもそもいくら世界一の状態異常耐性持ちだとしても、メサイアレリックに何十人もの命を捧げて強化した呪いを人一人の魔術でこうも簡単に弾くことができるはずがない!
何故! 何故!! 何故ッ!!? この女は何なんだッ!! 何故そんなことが出来る!!!
こんなことが可能なのは、それこそ――
「お、お前……ま、さ、か――――あがぁっ!!」
「だから余計なことを考えてる暇はないはずだろう? もっと大事なことが他にあるんじゃないか?」
シャイリーンの金色の髪が俺の首に絡みついてきて、徐々に鋭い刃物のような形状に変化し始める。
「ま――――」
――ザンッ!
ふわりと身体が綿毛のように軽くなったかと思うと――俺はいつの間にか上空に浮かび上がっていて、眼下の光景を目にしていた。
下には血を流しながら倒れている首のない男の身体と、それを無感情な瞳で見下ろす金髪の美しい少女の姿がある。
……ああ、ああっ!
アームストロング団長……。あいつは、あいつは……危険です……。あいつは、あなたが思っている以上の……!
ぐるんぐるんと視界が回転して、落ちていき……そして、地面に叩きつけられる感触があった。
「なるほど……。くだらない戯言かと思って聞き流していたが、どうやら真実だったらしい」
透き通るような凛とした美声が、意識の薄れゆく俺の耳に届いてくる。
「人間は死ぬとき、本当に不思議そうな顔をするようだ――それが、この世界にとって取るに足らない端役のような奴なら殊更な」




