第112話「素顔」
そのまま襲いかかって来るかと身構えたものの、意外なことに奴は一呼吸置くと、鎌を肩に乗せてお喋りを再開する。
「おい、お前。2分間待ってやるよ。その間に覚悟を決めろ」
「……?」
「俺はよぉ~、この裏世界で数え切れないほどの敵を殺してきた。……で、だ。多くの奴らが死ぬ瞬間、同じような表情を浮かべるんだ。どんな顔をするかわかるか?」
「……さあ、知りたくもないな」
「不思議そうな顔をするんだよ! 皆、一様にな! 殺されるその瞬間まで、自分が死ぬなんてこれっぽっちも思ってねーんだ! 自分はこの世界の主人公か何かだと勘違いしてんだろーな。圧倒的な実力差が目の前にあっても、なぜか最後まで自分は死なないと思ってる。驚くほどそんな奴らが多い」
先ほどまでの怒気はどこへやら、ジョセフは愉快そうに語る。
「笑えることに、例えばこの世界が物語の中だとしたら、いてもいなくても変わらない端役みたいな奴に限って殊更な。だから俺はそんな奴らに対して、ちゃんと覚悟を決める時間をあげてるんだ。優しいだろう? 慈悲深いだろう?」
部下の連中から、「さすがですジョセフさん!」「太っ腹だぜ!」「よっ、男の中の男!」といった賞賛の言葉が飛ぶ。
ジョセフは上機嫌になり、満面の笑みを浮かべた。
「俺はあの世だとか輪廻転生だとか、死後に続きがあるなんてのは信じちゃいねえ。死んだらそこで終わりだ。なのに何一つ覚悟もしないまま、そのときが唐突にやってくるなんてあまりにもかわいそうじゃねーか。……ということで、お前にもちゃーんと時間を作ってやるよ。せいぜいくだらねー人生を振り返ったり、苦しまずに逝けるようお祈りでもしておくんだな」
「…………」
はぁ……長すぎなんだよ。話。
なんでこういう連中って、謎の講釈を垂れて悦に入る癖があるんだろうな?
「よぉ~し、2分きっかり経ったな! じゃああっさり始末してやるとするか」
「ちょっと待ってくれませんかジョセフさん! こんな奴あんたが戦うまでもない。俺にやらせてくださいよ」
「グレン、お前が? 別にいいけどよ。一応油断するなよ?」
「わかってますって。あんななりでも一応Aランクらしいですからね」
ジョセフが鎌を収めた直後、赤髪の男が自信満々といった様子で前に出てきた。
こいつは聖王ナンバーズのNo.14、"爆炎の火焚"って奴だな。Aランク探索者だが、戦闘能力はA+級とも噂されているかなりの実力者らしい。
「へへ、政府の犬め。大人しく人気パーティの道化師に納まっていればよかったものを。俺の炎で燃え尽きて、その歪な仮面ごと灰になって消え去るがいい」
「やれやれ……この仮面のカッコよさが分からないとは、センスがないな」
「ほざけぇ! 【業火の魔弾】!!」
赤髪の男の手のひらから野球ボールほどの大きさの火球がいくつも出現し、こちらに向かって真っ直ぐに飛んでくる。
俺はすぐさま上空へ大きく跳躍することでそれを躱すと、近くにあった柱を蹴りつけてさらに宙高く舞い上がり、回転しながら男の頭上から穴あきグローブを嵌めた右手を振るった。
「――――【黒糸黒子】!」
空中から数十本の漆黒の糸を放出し、男に向かって降らせる。
だが、奴はその大柄な身体からは想像できないほどの俊敏さで回避行動を取り、糸は男の後ろにあった巨大な柱に絡みついた。
糸はそのまま高速回転し、柱を切り裂いて粉砕する。
轟音とともに崩れ落ちる巨大な柱を見て、処刑人部隊のメンバーたちからざわめきの声が上がった。
俺の【黒糸黒子】は相手を拘束したり物を掴んだりするだけでなく、魔力を込めて細かく振動させれば、それだけで下手な刃物以上の切れ味を持つ武器となる。
変幻自在で攻撃にサポートにと使える非常に応用力が高い魔術なのだ。
「ちっ! 思ったよりやりやがるぜ! だが俺の火力には――――ぬぐぅ!?」
赤髪の男が再び魔術を放とうとした瞬間、奴の死角から伸びてきた黒い糸が全身に巻き付き、一瞬でその身体を絞めあげた。
「糸を放てるのが右手だけだとでも思っていたか?」
派手なリアクションで右手から糸を放つと同時に、左手から伸びた糸を気づかれないように地面を這わせて奴の背後に忍び寄らせ、油断した隙を狙って拘束したのだ。
「うぐ……っ!」
「大口を叩いてた割には大したことなかったな。これで終わり――」
「ぬおぉぉぉぉぉーーーーッッ!!」
糸に魔力を込めて首を斬り落とそうとしたその刹那、奴の身体から噴出した灼熱の炎が糸を焼き払った。
全身を燃えるような紅蓮のオーラで包みこんだ男は、ニヤリと口角を吊り上げる。
「へっ、残念だったな。これが俺が"爆炎の火焚"と呼ばれる所以だ。腐っても戦女神の聖域のメンバーなだけあって少しはやるみてぇだが、所詮は糸よ!! 俺の炎との相性は最悪ってわけだ!」
男は大袈裟に両腕を広げると、巨大な火炎弾を生成し放ってきた。
迫りくる炎の弾に対し、俺は再度糸を手のひらから放出し、防御網を作る。
だがその熱量は凄まじく、糸はたちまち焼き切れてしまう。
「はーっはっはっは! もう打つ手なしといったところか? じゃあてめぇの全身を燃やし尽くす前に、そのツラ拝んでやるよ! スズキの素顔はブサイクってのが巷での評判らしいしなァ!? ヒャッハー!」
男はピンポン玉ほどの無数の火球を次々と創り出すと、まるで銃弾のごとく乱射してくる。
俺はその全てを避けながら少しずつ奴との距離を縮めていくが、避けたはずの火球の一つが急カーブして軌道を変えてきた。
「俺の火球はストレートの他に変化球もあるんだぜェ! 喰らいやがれーーッ!」
「――ッ!?」
咄嗟に横っ飛びをして回避するが、避けきれず、黒狐の面を掠めるように火球が通過していった。
衝撃で面が燃え上がりながら吹き飛び、素顔が露わになってしまう。
ぬ、ぬぁぁーーッ!? お、お、俺の黒狐の面がぁぁぁぁ~~~~ッッ!!
これ、市販のものじゃないんだぞ! カッコよさを追求して自分で材料買って自作したものなんだぞ!?
せっかく毎日メンテナンスして大事に使ってたのに……! 許せんッ!! 万死に値する!!
「……お、女?」
地面に膝をつき、燃え盛る面を手に取って嘆き悲しむ俺に向かって、呆然とした声が投げかけられた。
視線を向ければ、赤髪の男だけでなく、ジョセフを含めた処刑人部隊の全員がこちらを見て驚愕の表情を浮かべている。
「女じゃねぇよ」
この格好をするときは黒髪の短髪にしてて、化粧もしてないし顔に偽装も殆ど施していないってのに、仮面を外すと誰もが女だと勘違いしやがる。
電車に乗るとすぐに痴漢されるしよぉ~……本当に失礼な連中ばかりだ。
……ま、そんなことはどうでもいいか。
そろそろお遊びはやめて、真面目に戦おう。
俺は立ち上がると、左右の目につけている黒のカラコンを取り、身体に施している偽装を解き始める。
「電波の一切通じない不感地域は、俺にとって都合がいい。本気を出しても、誰にも正体がバレることはないからだ」
先ほどまでの中高生くらいの少年のような声から一転、まるで幼い子供のような甘くて高い声が俺の口から発せられる。
肩上くらいの長さだった髪はどんどん伸びて腰の下まで届くほどとなり、日本人らしい艶やかな黒色が明るく鮮やかな金色へと変わっていく。
履いていたブーツや穴あきグローブ、黒いマントなどを全て脱ぎ捨てる。
下にはシンプルな白のキャミソールとショートパンツのみを着用しており、身体の凹凸は殆どない。
筋肉や女性らしい丸みをつけている変装中の俺より一回り小さく見え、いつも小学生に間違われる。
「何が起こったかも……誰にも知られることはない。ここでお前ら全員――始末してしまえばな!」
全ての偽装を解いて一歩前に踏み出すと、男たちは二歩後退した。
ざわざわと動揺する声があちらこちらから聞こえてくる。
「こ……こいつは!」
「か、輝くような金色の髪……それに……」
「赤と青のオッドアイ……」
一歩二歩と歩く度に、処刑人部隊の人間たちの後退していく速度が増していく。
「新人類……」
「金色の妖精姫……!」
「全米最強のSランク探索者……っ!!」
金色の髪を靡かせて歩く俺の姿を見て、奴らはそれぞれの感情を表に出していた。
恐怖、困惑、驚愕、畏怖……中には憧憬の色を滲ませている者さえいる。
「シャ、シャイリーン……」
「ゴールドスタイン……!」
「「「「「――――――厄災魔王の一欠片!!」」」」」
男たちの言葉に薄く微笑むと、俺はその場でくるりと回り、華麗にお辞儀をしてみせる。
「Yes, I am. ――My name is Shireen Goldstein. A pleasure to meet you scumbags.」
赤と青の瞳を輝かせながら、俺は凛とした声で答えた。
――シャイリーン・ゴールドスタイン。
それが俺の本名だ。
国籍はアメリカ。
職業はハリウッド女優。(♂)だけど。
父は"涼木 想玄"で、母は"アンジェリーナ・ゴールドスタイン"。
Sランク探索者であり、現在世界に5人しかいない人間の厄災魔王の一欠片の一人でもある。
「シャイリーン……。て、てめぇが……何故こんな場所にいやが――」
「それ、今重要なことか? お前らにはもっと考えるべきことがあるんじゃないのか?」
一瞬の静寂に包まれた部屋の中で、ようやくジョセフが我に返ったように話しかけてきたので、俺は呆れたような声で問い返す。
「あ? なに言って――」
「死後に続きなんてない。死んだら終わり、そうなんだろう? 俺はお前ほど慈悲深くないから、30秒しか待ってやれない」
「――ッ!?」
俺の全身から溢れ出した膨大な魔力が、キラキラと神秘的に輝きながら周囲へ広がり始めると、ジョセフは目を剥いて後方へ全力でバックステップした。
同時に処刑人部隊の面々が素早く散開し、戦闘態勢に入る。
……30秒経った。久々に全力でやってやろう。
金色に煌めく髪をふわりと広げながら、俺は歌うように言葉を紡ぐ。
「――――さあ、終わりの時間だ。『覚悟』の準備は万全か?」




