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第111話「プランB」

『みんな、ごめん! グリフレットに複製が破壊された!!』



 海底神殿が沈むまで残り2時間を切った頃だった――。


 スマホからリノの叫び声が響く。


 彼女の奮闘の甲斐あってかなりの時間を稼ぐことができたが、これで残りは下層のもう片方と最深部にある一つの、二つだけになってしまった。


『皆さん、リノの複製が破壊されたと同時に、処刑人部隊が最深部へ繋がる大穴へ向かって動き出しました!』


 今度はアイちゃんから報告が届く。


 アイちゃんによると、種口くんに突き落とされた楼を除くほぼ全ての処刑人部隊のメンバー、百人近くの戦力が向かっているらしい。


「こ、ココちゃん。もうプランBしかないと思う……」


「はぁ……こうなったらしゃーないかー」


「え? 最深部に行くんデスか? なんか下層のもう一個だけでも大丈夫かもしれない微妙なラインな気がするんデスけど……」


 アスタの言う通り、リノが時間を稼いでくれたのと、種口くんが楼を最深部に突き落とした影響であれから殆ど一般の探索者が下層まで来なくなったこともあり、残り一個でもなんとかなりそうな気配は漂ってきた。


 だが、念には念を入れておくほうがいいだろう。


《しかし人数を分散すると、下層の複製が破壊されるリスクが上がるので、絶妙に判断が難しいラインになっちゃいましたよね……》


「うーむ。ここはあーしらより、長官に判断を委ねよーか。責任は全て上司持ちってことで」


 俺たちの会話をずっと聞いていたであろう雪枝長官が、「ふむ……」と少し考えこむような声を出し、すぐに口を開いた。


『そうだな……。では最深部へ向かうメンバーは私が決めよう。他のメンバーは今からアイちゃんが指示する座標に行って、教団の連中が来たら速やかに地上へ送り返すように』


 もうこうなったら固まっていても奴らに魔力探知で複製の位置を特定される恐れが高くなるだけなので、複製を守るメンバーはなるべく離れた場所でバラバラに戦った方が良いということだ。


「でも、一般人と教団の連中をどうやって見分けるんデスか?」


『既に一般人は大半が諦めモードで、下層に残ってるのは教団の連中ばかりなので見分けはつきやすいですよ。聖王十字団のマントをつけてる奴とワタシがクロ判定した奴は問答無用でぶちのめしていいです』


 カメラやネットから様々な情報を取得しているアイちゃんの目は、かなり信用できる。


 まあ、仮に間違えて一般人をぶちのめしちゃっても、別に死にはしないんだし後でごめんなさいすればいいだけだ。どうせサキュバス目当てに集まってるアホ共ばかりだろうし、そこまで丁寧に対応する必要もない。


『ただし複製が発見されてしまった段階で、全員でグリフレットを百メートル以内まで近づけないように時間を稼ぐ方向にシフトする』


「くふふ……。じ、時間を稼ぐんじゃなくて、べ、別に倒しちゃっても構わないんだよね……?」


「あ、フレちゃんが前に人生で一度は言ってみたいセリフ7位にあげてたやつここぞとばかりに消化してる! マジウケる!」


《まあ真面目に回答すると、ここでは倒しても地上に送り返されるだけでまたすぐに戻ってきちゃうんですけどね……。楼がいないので再び下層に来るのに多少時間はかかりますが》


『君たち全員でかかれば勝てるかもしれないが、残り時間が少ない以上リスクは避けるべきだな。なるべく時間稼ぎ優先で頼む』


「「「「了解!」」」」


 全員で声を揃えて返事をすると、『ぴろ~ん♪』というメッセージの通知音と共に、アイちゃんから自分たちの配置場所についての連絡が来た。


「じゃあ、あーしはあっちの方行くから! みんな頑張って!!」


「ぼ、ボクはこっち……」


「私は向こうデスね。最後のひと踏ん張り、頑張るデス!!」


《では皆さん、健闘を祈ります》


 それぞれがアイちゃんに指定された場所へと散っていく中、俺も自分の目的地を目指す。


 そして下層の奥にある大穴へ向かって走っていると、イヤホンから長官の声が聞こえてきた。


『すまないね、スズ。最深部の複製は頼めるかい?』


「はい、元からそうするつもりだったので」


『サポートメンバーは必要かい?』


「いえ、俺一人で十分です。むしろ一人のほうが都合が良いので、残りのメンバーは全員で下層を守るように伝えてもらえますか?」


『……わかった。スズがそういうならそうしよう』


 長官はそう告げたあと、「ふぅ……」と大きく息を吐き出した。


『本当は……君にこんなことをさせたくないんだがね……。できればプランAだけで終わらせたかったよ』


「今さらですよ。俺はあいつらに命を狙われていて、自分と家族の安全を確保するには、結局命がけで戦わなきゃいけないんですから」


 最深部では帰還の宝珠がなくなり、戦いは命のやり取りになる。


 雪枝のおじさんは、俺にそれをして欲しくないのだ。新人で中学生のアスタが最深部へ行かなくていいと最初から言われていたのも、それが理由だ。


 走りながらエージェントの格好から全身黒ずくめのスズキの衣装に着替えつつ、俺は処刑人部隊より先に最深部へ向かうため、全速力で足を動かした。


 程なくして大穴の前まで辿り着く。アイちゃんからの情報だと、まだ奴らはここまで来ていないみたいだ。


「じゃあ行ってきます」


『ああ、迅がセーフティエリアで待っていると思うから、そっちも頼んだよ』


「了解。それと万が一にでもグリフレットが最深部へ来ないようにだけ注意をお願いします。あいつが来なければもう最深部の複製を壊される心配はないので」


 グリフレットは人を殺傷するようなことを嫌う。特に相手が俺たちのような十代の少年少女であれば尚更だ。


 なので奴が手伝うのは下層の複製の破壊までで、十中八九命のやり取りの対人戦になる最深部に降りてくることはなく、次元斬の心配はしなくていい。


『わかった。無茶はするなよ、スズ。……といっても、本気を出した君にそんな心配は不要かもしれないがね』


「ええ。任せておいてください」


 そう言って俺は笑みを浮かべると、大きくジャンプして大穴の中へ飛び込んだ。







 バシャリ、と水溜まりに足をつけた感触で着地する。


 きょろきょろと周囲を見渡せば、そこは修練の塔の地底湖エリアに似た雰囲気の空間だった。


 そして、辺りには明らかな戦闘痕と思われる巨大なクレーターやひび割れがあったり、血痕らしきものまで見受けられる。おそらく種口くんと楼がここで戦っていたんだろう。


「種口くんは……楼に勝てたのかな……?」


 いや、心配することはないか。俺は彼が死んでいるなんて微塵も思っていない。


 だから、とりあえず今は最深部の複製を守り抜くことだけを考えよう。


 俺は半径一キロの魔力探知を広げながら、アイちゃんに事前に教えてもらっていた複製のある場所へ向けて歩を進めた。


「あっ、良かった! ……いや、良かったけどマズいな」


 しばらく歩いていくと、800メートルほど離れたセーフティエリアに人一人分の魔力を感じ取った。


 この魔力は種口くんだ。ゆっくりと休んでいるような状態で魔力も安定しているので、間違いなく楼に勝利したとみていいだろう。


 だが下層から降りてくる地点と結構近いのが気にかかる。あまりに種口くんが気楽に居眠りでもしていたら、処刑人部隊と鉢合わせしてしまう可能性だって、十分にある。


「ん? セーフティエリアの外にも小さな魔力反応があるな」


 ……ああ、これはツノマルか。


 案外抜け目ない。ツノマルに番犬をさせることで、不意打ちを食らう危険性を少しでも減らしているんだろう。


 だけど、それでも百人の集団が束になって襲ってきたら危険なので、俺が全員を引きつけたほうが良さそうだ。


 奴らが来る前に合流するって手もあるんだが、正直言って彼がいると処刑人部隊との戦闘はやりづらい。だから今は顔を合わせないほうがいい。


 そう判断し、俺は大急ぎで複製のある地点まで向かうことにした。



 ボス部屋とは正反対の方向に進むと、一番奥に巨大な円形の大広間が見えてきた。


 古の神殿跡地という感じの神秘的な雰囲気の場所で、折れた柱や苔の生えた石板などがところどころに転がっている。


 そのさらに奥へ進むと細い一本道があり、そこを百メートルほど進んだ突き当りには、小さいがそれなりの深さがある泉があった。


「あれが最後の複製だな」


 泉の底には大部屋に在ったのと似たような柱の残骸や瓦礫が見え、その中に擬態するように転移ポータルの複製が沈んでいるのがわかる。


 一見すると只のダンジョンのオブジェクトとしか思えないような見事なステルスっぷりで、今回の件がなければ誰もこれを持ち出したり破壊しようとする人はいなかっただろう。


 それに非常に守りやすい場所だ。


 あの大広間で敵を待ち構えて撃退すれば良いだけだし、万が一グリフレットが来た場合も細道にさえ侵入させなければ次元斬の射程外で済む。


 俺は【黒糸黒子ブラック・ブラック・フェイトウィーバー】で両手から黒い糸を伸ばし、泉の底にある複製を回収する。


 処刑人部隊をここにおびき寄せるために、一旦これを餌として使うことにしよう。


 複製を黒い糸でグルグル巻きにして保護し、背中に背負うと、急いで再び下層から降りてきた地点に戻る。


 するとちょうど続々と人相の悪い男たちが降りてきたので、俺は奴らに見つからないように影から様子を窺った。


「よし、全員そろったか?」


「はい、楼さん以外の処刑人部隊99人、全員集合しています」


 ジョセフが声をかけると、部下の一人が即座に答える。


「ちっ、桃汰のやつミスりやがって。まあいい、あいつも今頃最深部のどこかで複製を探しながら俺たちを待ってるはずだ。桃汰の捜索は後回しにして、まずは最後の複製をぶっ壊すぞ!! 邪魔するやつが居たら全員始末しろ! ここでは帰還の宝珠がないから好きなだけ殺しまくれるぞ!!」


「「「「うおおおおおおおおおおっ!!!」」」」


 怒号にも似た雄叫びが上がる。


 人を殺せると聞いて興奮するとは、やはり奴らは最低の人間だな。本当に胸糞悪くなってくる。


 ……まあいい。とにかくあいつらが俺の所へ来るように誘導しよう。


 そーれそれ。石ころキック。


「何者だ!?」


 俺がわざと小さな物音を立てると、ジョセフの視線がこちらに向いた。


 すると奴の部下たちも一斉に振り向き、各々武器や拳を構える。


 十分注目を浴びたところで、俺は如何にも「ここに複製がありますよ」と言わんばかりに背中の物体をちらりと見せつけ、慌てたふりをしてダッシュで逃げ始めた。


「複製を守る政府のエージェントか! お前らあいつを捕まえろ! 抵抗したら殺しても構わん!!」


 奴らは勢いよく追いかけてくる。予想通りだ。


 高速で走りつつも、奴らがギリギリ俺の背中を見失わない程度にスピードを調整しながら、広範囲魔力探知を周囲に広げる。


 ……うん、全部こっちに向かって来ている。やっぱり単純で助かるな。


 巨大な円形の大広間につくと、俺は急いで奥にある細道に入り、黒い糸を操って複製を元あった泉の底に沈めた。


 そして、広間に戻って追ってきた処刑人部隊と正面から向き合う。


「ここを通りたくば、俺を倒してからにするんだな」


「お前は……戦女神の聖域(ヴァルハラ)のスズキ……か……?」


 黒狐の面を手で押さえながら告げると、ジョセフは訝しげな表情を浮かべた。


 さすがに知っているみたいだな。まあ、これでも俺は最強にして最も人気のあるパーティの一員だから当然か。


「……貴様も政府のエージェントなのか? ああ、戦女神の聖域(ヴァルハラ)のリノがいたんだから、仲間のお前がいたとしてもおかしくはないか。それで? まさか貴様一人で俺たちを相手にしようってんじゃないだろうな?」


「もちろんその通りだが?」


「くっ、くっはっはっは!! あの、あのスズキがか!?」


 ジョセフは嘲笑気味に豪快な笑い声を上げる。


 すると奴の部下たちもそれに釣られるようにゲラゲラと大声で笑い出した。大広間に男たちの下卑た声が響き渡る。


「おいおい、お前のことはいろいろ聞いてるぜ? 確か戦女神の聖域(ヴァルハラ)内の序列は五番目で、しかもチーム内のファン投票でも最下位だったよなぁ? それに他の奴らがSランクなのに対して、お前だけAランクなんだろう? そんなんで俺たちを止められるとでも思ってんのか!?」


 ファン投票の順位は今関係ないだろうが……ッ!


「ここには百人の猛者どもがいるんだぞ! そして俺は世界にたった24人しかいないSランク探索者の一人――"処刑人ジョセフ"様だ! 俺一人でも圧倒的戦力差なのに――」


「23人だろ」


「あ?」


「Sランク探索者は23人だ」


「なに言ってやがる。俺を含めて24人――」


「たった今、ここで一人減るんだから23人だと言っている」


「……面白くもねえ冗談だ」


 ジョセフの目がスッと細くなり、巨大な鎌を右手に構えると、凄まじい怒気を纏った魔力が部屋中を覆い尽くしていく。


 それはまさに世界でも一握りの者しか到達できない領域に至った、トップクラスの魔力使いが放つ圧倒的なまでの威圧感だった。

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― 新着の感想 ―
煽りおるwwwww って感じです
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