79:降りかかる火の粉は・・・
「依頼人の裏を取れと言われても、彼自身はちゃんとした推薦人がいる商人で、特に怪しむべきところはないんだよねぇ」
「ちゃんとした推薦人とは?」
冒険者ギルドの一室。
いつも受付で世話になっているギルド職員のマイクさんを前にして、ぎろりと目を光らせる。
「ティアニー家の令嬢である私を前に言うからには、よほどの方なのでしょうね。王家ですか? それとも宰相閣下ですか?」
「い、いや、そこまででは無いんだけど……」
そう言えば君は公爵令嬢だったね、とマイクさんが苦笑いを零す。
そう言えばって失礼だなぁとは思うけれど、常に意識されるより、今みたいにフランクに接してもらう方がずっと有難い。
それはそれとして、私を試験に行かせまいとしていたかのようなあの依頼人はどういう人物なのか。
「彼は教会に出入りしている商人なんだ。依頼でも、向こうの街の教会に届け物で向かっていてね」
「教会……ですか」
「ああ、クワイン枢機卿からの推薦を受けていると聞いている」
クワイン枢機卿……枢機卿と言うからには、教会のお偉いさんだよね。
そんな人が推薦した商人かぁ。
うーん、確かにギルドとしてはどうこう言い辛い相手なのかも……。
……ん? クワイン???
「あの、そのクワイン枢機卿って……ひょっとしてクワイン伯爵家の関係者の方ですか?」
「ああ、確か枢機卿は現伯爵様の弟だったはず」
ってことは、あのフィリス嬢の叔父さんじゃないですかーやだー。
なるほど、どうしてクワイン伯爵令嬢が聖女と呼ばれるほどに教会で影響力があるのかと思ったら、枢機卿の姪ってことになっているのね。
「何か心当たりがあるの?」
「無くは無いのですが……それはそれとして、意味が分からないというか……」
マイクさんの問いに、乾いた笑いしか出てこない。
伯爵家だの枢機卿だのと大袈裟なことを言ってはいるけれど、私を試験に遅刻させるって、単なる嫌がらせ以外の何者でもないよ!!
流石に伯爵家だけでなく枢機卿まで乗り出して、やってることが養女のクラスメイトへの嫌がらせって……ちょっと意味が分からない。
流石に偶然でしょ……って気持ちと、そんな偶然あるかーい! って思いとがせめぎ合う。
私が試験に遅れたことで、一体彼等に何の得があるというのか。
私にとっては留年がかかった大事な試験だから、そりゃ一大事だけれど……私が留年したところで、せいぜいフィリス嬢が高笑いするくらいだろうし。
その為にやったなんて言われたら、見事な嫌われっぷりだなぁと感心してしまうけれど……いや、感心どころでは無いのだけれどね。
「クワイン枢機卿は、今話題になっている“聖女様”の後援者だからねぇ」
「はぁ……」
聖女の影響力は、ギルドにも及んでいるのだろうか。
なかなかどうして、頭が痛い。
「そもそも、教会の枢機卿ともなれば、よほどの証拠でもなければギルドからは口を出しにくいし。抗議するのも、なかなか難しいだろうね。せいぜい、商会に急な依頼変更の苦情を申し立てるくらいだ。そもそも、それも依頼自体がキャンセルという形になって、抗議しづらい状況だし」
「キャンセルと言われても、既に移動を済ませた後でしたから、私でなければ試験に遅れて大変なことになっていましたよ」
「あーうん、それは申し訳ないとは思っているけれど……」
私の単位が足りないのは、ギルドからの依頼を受けて討伐隊に参加していたせいだ。
それを知るだけに、マイクさんは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「でも、一生徒を留年させる為に、わざわざ枢機卿が動くなんて……そんなこと言われてもねぇ」
「ですよねー」
真実を突き止めようとしても、あまりに馬鹿げた状況に、つい追求の手が緩んでしまう。
いや、うっかり留年仕掛けた私としては笑っていられるような状況では無いのだけれど、当人以外にとっては笑い話みたいなものだろう。
これ以上突っ込むような話でも無いのかもしれない。
そう考え、王都の屋敷に戻ってみると、公爵邸には小さな嵐が吹き荒れていた。
「ルーシー、どうやらあの聖女とやらが随分なことをしでかしたようだね」
青筋をビキビキと浮かび上がらせ、凄味のある笑顔を浮かべているのは、ジェロームお兄様だ。
「枢機卿だか何だか知らぬが、伯爵家如きが我が娘にちょっかいを出そうとは、一度痛い目を見なければ身の程を理解出来ないようだな……」
紅色の瞳に静かに怒りを滾らせているのは、我が父リチャード・ティアニー公爵だ。
って、お父様。
久しぶりに王都に来たと思ったら、ひょっとしてその為に来られたのですか!?
二人の空気にあてられて、救いを求めるように、お父様と一緒に王都入りしたのだろうゼフ──ベルゼブブを見遣る。
彼はやれやれと言った様子で、首を横に振った。
「飛び交う藪蚊は、叩き落とすのが一番でしょう」
それを蝿の王が言うんかーい!
私自身が「まぁいいか」で済ませようとしたこの一件、どうやら家族に火を付けてしまったみたい。
公爵であるお父様と、アカデミーきっての秀才と言われたジェロームお兄様の二人を敵に回して、果たしてクワイン家はどうなるのやら……。
あーあ、もう知らないんだからね。









