49:噂話
お兄様に、恋人が居る?
女生徒達の噂話を耳にした瞬間、目の前が真っ暗になるのを感じた。
お兄様だってアカデミーを卒業してもう一人前と言われる年齢だ。
そりゃ恋人の一人や二人、居てもおかしくはない。
でも、本当にお兄様が?
私は何も知らない。
何も聞いていない。
私の知らないところで恋人を作っていたというの?
考えてみたら、私はお兄様のアカデミー時代の交友関係をほとんど知らないんだ。
今の私と同じように同年代の学友達に囲まれ、王都で過ごした三年間。
恋人は勿論、将来を誓い合うような相手が居ても不思議はない。
胸が苦しい。
この気持ちは、なに。
裏切られたなんて思う必要は無い。
無いはずなのに、その想いがどうしても拭い切れない。
ねぇ、お兄様。
お兄様は私に隠し事をしていたの?
それとも、あえて言うまでも無いと黙って居たの?
教えてよ。
何を考え、どうして私に優しくしてくれていたの。
なんで、なんで、なんで――。
「本当だとしたら、ショックだなー。でもそれ、誰が言っていたの?」
続いて耳に響いた言葉に、ハッと我に返る。
咄嗟に壁に隠れるようにして、再び耳をそばだててしまう。
「人伝に聞いただけだから~。私はこの子から聞いたし」
「え~、私は確かぁ……」
会話の間の僅かな間が、酷くもどかしい。
「そうそう、フィリス様から聞いたんだった!」
――フィリスと言えば、フィリス・クワイン伯爵令嬢だ。
彼女の名前が出た瞬間に警戒が走るが、お兄様に関することで何かしたなら、ティアニー公爵家の次期当主と正面切ってことを構えることになる。
いくら彼女が迂闊で私への嫌がらせに熱心だとしても、そこまでするだろうか。
女生徒達に気付かれないように、廊下を歩き出す。
教室に戻って、自身の席に座るより先に、向かったのはクワイン伯爵令嬢の席。
「な、何よ」
突然私が机の前に立ち塞がって、流石の彼女も面食らったようだ。
細々とした嫌がらせはしても、直接向かわれると弱いのかもしれない。
案外可愛いところがある――なんて、今更そんなことでイメージが改善されるはずもないのだけれど。
「聞きたいことがあるの」
「は? 貴女が? 私に?」
心外だとばかりに、クワイン伯爵令嬢が顔を顰める。
「別に込み入った話がしたいわけじゃないわ。貴女がお兄様のことについて、噂していたと聞いたものだから」
「ああ、あの噂」
なんだそのことかとばかりに、令嬢が頷く。
「私だって、人から聞いただけだもの。事の真偽は知らないわよ」
「それでもいいの。知っていることを教えてちょうだい」
私が食い下がると、はぁとばかりに令嬢がため息を吐く。
「教えても何も、貴女が一番良くしっているでしょ。実の兄と、親友のことなんだから」
「え?」
クワイン伯爵令嬢の言葉に、思わず首を傾げる。
確かにお兄様についての噂を聞きに来たのだけれど、どうしてそこで親友が出てくるのか。
……胸がざわつく。
「本当に何も知らないの? ティアニー先生とデイヴィス伯爵令嬢が付き合っているっていう話」
まるで足下が急に消えてしまったかのようだった。
真っ直ぐ立っていられない。
無重力空間に突然投げ出されたような不安定さ。
堪らず、クワイン嬢の机に片手をつく。
「小公爵様がデイヴィス嬢を抱き上げて、仲睦まじくお喋りしていたって噂よ」
足下だけではない。
世界の全てが消えて、色を失ってしまったかのようだった。









