45:厄介事ホイホイ
林間合宿が終わって、休日を挟んでの登校日。
いつものように馬車でティアニー公爵邸を出て、キャロルが待つデイヴィス伯爵邸へと向かう。
「ルーシー、おはよう」
「おはよう、キャロル!」
キャロルが馬車に乗り込むより先に、馬車を降りてキャロルに抱きつく。
そんな光景も、伯爵邸の人達にとっては見慣れたもの。
皆が皆、微笑ましげに私達二人を見送ってくれる。
「大丈夫? もう目は腫れてないね? よし」
「よしって、何よそれ」
まるで保護者みたいに私の顔をチェックしてくれるキャロルの様子に、自然と笑顔が零れる。
「キャロルはどう? 足はもう大丈夫?」
「全然平気よ、もう普通に走れるくらい」
「暫くは安静にって、言われなかった?」
「なーんにも。少し捻っただけだもの」
馬車に乗り込んで、街道を揺られながら、他愛もないお喋りを続ける。
林間合宿の前に戻ったような、いつもの光景。平和な日常。
それが、少しずつ形を変えていく。
最初に気付いたのは、アカデミーの校舎に入った時。
「あ――」
朝の登校時間。
多くの生徒が玄関から校舎の中に入っていく中、一人だけ、荷物を持って校舎を出ていく生徒とすれ違った。
レジーナだ。
彼女が私達の班の肉を隠したことで、キャロルが崖の崩落に巻き込まれた。
謝罪の一つでもあって然るべきなのではないかと思ったが、俯いたレジーナの顔は、合宿直後の私以上に泣き腫らした顔をしていた。
一瞬だけ彼女が顔を上げて、目が合う。
何も言われぬまま、視線が外された。
レジーナの唇は、きつく引き結んだまま。
彼女はそのまま、荷物を手に校舎を出て行った。
「行こう、ルーシー」
呆然とレジーナの後ろ姿を見つめる私の手を、キャロルが引っ張る。
レジーナがアカデミーを退学になったと知ったのは、教室に着いてホームルームが始まってからのことだった。
レジーナとその実家であるフィアロン商会には、ティアニー公爵家とデイヴィス伯爵家から連名で抗議状が送られた。
娘が崖崩れに巻き込まれて怪我まで負ったデイヴィス伯爵家の怒りは、我が家の比では無いだろう。
王国随一の権力を誇るティアニー公爵家と、領内に港を抱えて交易に影響力を持つデイヴィス家に睨まれて、一商会が存続して行ける訳が無い。
娘が私に嫌がらせをしていたと知れば、今では王国一の商会にまで発展したマモン商会もフィアロン商会との取引は全て中止して、逆に制裁を加えようとするだろう。
わざわざマモンを止める気にもならない。
身から出た錆、自業自得だ。
娘のやらかしたことで商会が傾く羽目になって、経営者は大変かもしれないが、私の知ったことではない。
キャロルをあんな目に遭わされて、私だって怒っているんだ。
この日以降フィアロン商会が日の目を見ることは無くなるだろうが、そんな話は私達の知ったところでは無い。
数多ある商売人が、一人失敗した。
ただそれだけの話だ。
取り巻きを失ったフィリス・クワイン伯爵令嬢だが、王太子殿下の護衛騎士に上手く取り入って、今度騎士団でお得意の治癒魔法を披露する予定らしい。
治癒魔法の使い手は、貴重だ。
巷では、彼女を聖女なんて呼ぶ動きもあるそうだ。
聖女ねぇ。
ますます、きな臭い肩書きが出てきたものだ。
迷い子だけでも面倒事の温床になっているのに、さらに聖女となんて、金輪際関わりたくない。
だと言うのに、厄介事というのはどうも向こうから近付いてくるようです。
いや、聖女様ことクワイン嬢が直接やってきた訳では無いのだけれど。
「ルシール・ティアニー。迷い子は、お前じゃないのか?」
聖女様がご執心の、王太子殿下が妙なことを言ってくるんですわ。









