92:新しい世界の在り方
「ちょっと待ってもらおうか」
そこに居たのは、ハーヴィー兄様とエディー伯父様──ヒントン辺境伯家の二人だ。
騎士として王城に出入りするハーヴィー兄様はともかく、辺境伯として国境の護りを担うエディー伯父様までここに居るなんて、どんな風の吹き回しだろう。
「ご無沙汰しております、伯父様」
「ああ、元気そうで何よりだ」
スカートの裾を抓んで、エディー伯父様に一礼する。
……そう言えば、私が迷い子であると公表されたことで、私が異世界からやってきた存在だということがバレてしまった。
つまりは、ティアニー公爵家の血を引いていないという訳で……私が地球から来たことを知っているハーヴィー兄様はともかく、エディー伯父様にとっては、私は実の姪ではないということが明るみに出てしまった。
「あの、伯父様……」
「色々と話は聞いている」
伯父様は、大きな手で私の頭を撫でてくれた。
……子供の頃と同じ、乾いた掌。
筋張って、ゴツゴツしていて、ところどころ剣だこが出来ているこの手が、私は大好きだった。
「迷い子様などと、余所余所しい態度をとるつもりはないぞ」
「勿論です! 今まで通りにしてください」
そんな風に距離を置かれたら、きっと泣いてしまう。
たとえティアニー家の血を引いていなくても、私にとって、二人は大事な親族なのだから。
「ルーシーが迷い子だからとか、そんなのは関係ない」
ジェローム兄様と暫し睨み合っていたハーヴィー兄様が、表情を綻ばせる。
「そうだぞ。ずっとルーシーが成長して、我が家に嫁に来てくれる日を、待っていたんだからな!」
「伯父上!?」
エディー伯父様の言葉に、ジェローム兄様が声を上擦らせる。
伯父様ったら、昔っからいつもこうなのよね。
どこまでが本気でどこまでが冗談なのかも分からないんだけど、当のハーヴィー兄様はと言えば、ニコニコと私と伯父様のやりとりを見守っている。
……その横で、ジェロームお兄様が毛を逆立てている訳だけれど。
「皆、玄関先で何をしているんだ」
呆れたような声は、お父様のものだ。
馬車が到着したのに気付いて、出てきたのだろうか。
その後ろには、お母様の姿もある。
「君からも言ってくれ、前々からルーシーは我が家の嫁にと望んでいたというのに」
「ダメです、ようやく兄妹という軛から逃れられたんですから、ルーシーは俺が貰います!!」
エディー伯父様とジェローム兄様の張り合う声に、お父様が眉間に皺を寄せている。
「あのー、貰いますって、物や動物じゃないんですから……」
流石にこんな扱いをされてしまうと、私としてもいたたまれない。
「そうですよ、ルーシーの結婚相手は、ルーシーが選ぶんです」
お母様が、私の肩を抱いて男性陣をキッと睨み付けた。
ああ、やっぱりお母様は私の味方だ……。
「あー、今日もまたルーシー宛に手紙がどっさりと届いている訳だが」
頭が痛いとばかりに、お父様がため息を吐く。
迷い子を取り込む為に、各貴族家からまーお誘いの手紙がわんさかと届くこと届くこと。
中でも一番熱心に恋文を届けてくれるのは──王太子でもある、ライオネル殿下だ。
王家との婚約は、お断りさせていただいた。
だが、ライオネル殿下は、いまだ諦めてはいない。
政略結婚が嫌ならば、より良い関係を築きたいと、毎日甘い言葉を綴った手紙を届けてくる。
おかしいなぁ、こんなはずではなかったんだけれど……。
異世界転生と言えば、ハーレム……なんてのは、小説の中だけだと思っていた。
ため息を吐く私の背を、お父様がぽんと叩く。
「ルーシーが思うまま、君が好きなように生きるといい。私達は、それを一番に望んでいるのだから」
真っ直ぐこちらを見つめる瞳は、柔和な優しさに満ちていた。
お父様の隣で、お母様も同意するように頷いている。
……じんわりと、目頭が熱くなってきた。
初めてこの世界に来た時、暗い夜の森で絶望を味わったけれど……今となっては、この世界に転生して良かった。
この家の子供になれて、私は幸せ者だ。
そう考えると、私を強引に呼び出したという異世界の神様にも、感謝しなきゃいけないのかもしれない。
「そういえば、神罰だの何だのって好き勝手しちゃったけど、大丈夫なのかな」
賑やかな夕食を終えて、寝室で一人、バールに声を掛ける。
のそりと顔を上げた黒猫は、自慢げにふふんと鼻を鳴らした。
「それならば、問題はない。この世界の神なら、とうに滅ぼしてある」
「………………へ?」
バールの話は、寝耳に水だった。
いや、ちょっと待って。
魔王を倒してもらったのまでは把握しているけど……え、神様ってそんな感じで滅ぼしちゃってもいいものなの?
「あの聖女とかいう小娘から魔力を奪いはしたが、あのままではじきに回復して、再び神聖力を使えるようになるだろうと思ったのでな」
「は、はぁ……」
クワイン令嬢は神聖力を失い、迷い子を謀っていた罪で断罪された。
彼女はこの先を一生を、幽閉されて過ごすことになるだろう。
「信仰の元となる神を殺せば、二度と力を与えられることもないからな」
だからって、神様を滅ぼすというのはどうなのか……。
スケールが大きすぎて、今がどういう状況なのか、いまいち把握出来ていない。
この世界は、神様が不在の状態ってこと……?
「それって、クワイン令嬢以外も困るんじゃないの?」
「さぁな」
我関せずとばかりに、バールは前脚を舐めて、顔を擦っている。
いやいや、これって一大事だからね。
今日のおやつを決めるみたいな暢気な話じゃないんだから!
「神といっても、魔王と大差なかったぞ」
「そういう話じゃなくってさぁ……」
ダメだ、この人……もといこの猫、自分が元神様だから、神という存在に対する扱いがとてつもなく軽いんだ。
「この世界は、神様の居ない世界になっちゃったってことなんでしょう?」
「これからは我等が交代で管理していくとしよう。なぁに、慣れたことだ」
わぁ。
神様不在の世界で、これからは悪魔達が新たな神となっていくんだろうか。
ってことは、これからはバールに祈りを捧げて、神聖力を授かるの?
神聖とはとても言い難い力な気が……まぁいいか。
地球で神の座を追われた悪魔達が、新たな世界の神となった。
こんな結末も、たまには良いのかもしれない。
……本当に、良いのかなぁ?









